2017年06月04日

『ヒンディー・ミディアム』

インドの下町でファンション店で成功した夫婦が娘を一流学校に入れるために奮闘するお受験狂想曲。

親が子供にいい教育を受けさせたいと願うのは世界共通。カネ、コネ、お受験予備校、あらゆる手段を使っても子供をいい学校に通わせたい。でもいつの間にか目的が「教育」ではなく学校に入ることそのものになってしまっている。階級社会やインド特有の貧しい人たちへの優先入学制度など、社会問題をコメディタッチで描いた。主演のイルファンは安定の演技。

日本でも受験戦争が問題になるが、インドのそれはもっと厳しいかもしれない。事業には成功したものの、公立学校出の夫婦はそのコンプレックスから娘にいい教育を受けさせたいと願う。また貧しい町の労働者階級の親は、息子を推薦枠でいい学校に入れて人生の成功を願っている。『マダム・イン・ニューヨーク』でも英語ができない主婦がコンプレックスを抱いていたが、「英語」ができることはステイタスであり、中上流階級のたしなみであり、成功への第一歩なのだ。代々引き継がれた貧しき連鎖は英語を使う私立学校に入学することで断ち切ることができると信じられている。

『きっと、うまくいく』は過酷な競争社会の中で友情の大切さと「学ぶこと」の本当の意味を教えてくれた。『ヒンディー・ミディアム』でも行き過ぎたお受験戦争という舞台で人間同士の結びつきや正しく生きることについて描かれていた。

私はこのような社会問題をコメディタッチでさりげなく問題提起する作品が好きだ。宗教ビジネスを扱った『pk』や母を探す少女が印パの緊張をやわらげる『Bajrangi Bhaijaan』などが代表的だと思うが、ストレートに怒りを前面に出す作品よりもやわらかく心にしみるのだ。そして笑いのフィルターをかけて社会問題を訴える作品は、とても緻密で高度な脚本が必要なのではないかと思っている。

この作品はデリーの街の雰囲気も良く出ていた。
蚊やネズミと同居する下町の家の様子、人をかき分けて乗るバス、配給の水。片や高級車が止まる落ち着いた住宅街、ピザとミネラルウォーターの生活。お受験予備校の面接想定問題「貧しき人へ」のマニュアル通りの答え「分かち合うこと」を、奇しくも自分たちが体験することによって親自身が学んだのだった。

親の必死さは時に滑稽だ。日本ならありとあらゆる神社に行って合格祈願という話もありがちだが、インド人がモスクやシク教寺院、教会にまで行って「どんな神様でもいいからお願い!」というのは強烈な切望感が伝わった。「娘が鬱になってドラッグに手を出したらどうするの!?」という母親の台詞からはインドも鬱やドラッグが問題になってるのかなあ、と。笑えるけれど笑えない話。

インド映画はこういうテーマをまとめようとするとどうしても説教っぽくなってしまうが、中流のイルファンの正論をスルーする上流階級の人たちの態度にリアルが感じられた。

英語、お受験、ママ友からの差別、クラス分けされた社会・・・など、日本でも受ける要素がたくさんある。
配給会社さん、買うならコレですよ。
  

Posted by indoeigatushin at 22:49 |この記事のコメント(0)