2018年10月28日

『パッドマン』

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この2時間17分の作品に監督は一体どれほどの思いを込めたのだろう。

基本ラインはある平凡な男の1つのモノづくりに対するアイデアと努力と苦労のサクセスストーリーである。こだわりが強い、職人基質の主人公が知恵と工夫で何かを作り上げていく過程はそれだけでも面白い。

そして愛する妻へのラブストーリーでもある。二人が幸せな結婚生活営んでいることが冒頭の1曲で伺える。ストーリーを無理やり詰め込むことなく、曲で表現してしまうのはインド映画の素晴らしいところである。そこに現代的な女性パリーとの関係がスパイス的に加わる。この監督の奥様が監督した『マダム・イン・ニューヨーク』の主人公シャシとフランス人同級生のような友情にも似ていた。

21世紀になっても人々の偏見、悪しき慣習、「悪霊を追い払う」というレベルの馬鹿げた考えがいかに人を不幸にしているかということも触れている。インドの村が舞台になっているが、私達日本人は彼らのことを笑えるだろうか?偏見はその小さな社会での常識でもある。日本の常識が世界に通用しているのかということを考えれば、彼らを攻めることはできない。

その一方で、村の人たちの優しさや、おそらく昔から何も変わらない素朴で美しい風景にほっとさせられる。ロンドン在住のパリーがインドの伝統楽器、タブラ奏者ということも面白い。新しいもの、変化するだけが良いというわけではない。長く伝えていくべきもの、変わらないでいてほしいものが存在することをほのめかしているような気がした。

そして最も重要なテーマの1つだと思うが、この監督は間違いなくフェミニズムの視点があると思うのだが、それがとてもフラットだ。つまり肩肘張って女性の権利だけを訴えるのではなく、真のフェミニズムとは、男女関係なく相手を思いやることなのでは?という提案をされているようだった。

例えばこの監督の前作『Ki & Ka』ではバリキャリ奥さんのために、主夫をすすんで受け入れる夫との関係性をコミカルに描いていた。この作品でもパリーの父は妻を早くに亡くしたため、母役を喜んで受け入れることにより、より一層父の役割を明確にさせ、娘といい関係性を築いてきた。

しかし女性の自由を奪っているのは他ならぬ女性自身であるケースが少なくない。妻のガヤトリは何度も「恥」という単語を口にした。インドでは親戚や近所の人たちに蔑まれたら生きていけない。そして悪しき固定観念を女性自身がいつまでも引きずっている。その意識を変えなければ、世の中は変わっていかない。

インドでもちょっと先進的な人たちは自分たちの国のよくないところはわかっている。だがそれを強みに変えて、世界に打って出る力強さも持ち合わせている。「インド最高!」「インドがちょっと本気になれば、世界でだって勝負できるんだ!」とてらいもなく言えるインド人のたくましさや自国に対する誇りは、常に遠慮がちな日本人も少し取り入れるべきところがあるような気がした。

この作品の素晴らしいところは主人公ラクシュミーのパッド作りの話に終わらせていなかったことだ。ここではあえて内容は言わないが、その先にもう1歩も2歩も話をすすめたところにこの作品の本当の意義がある。ちょっとだけ触れると、収入を得ることは自由の切符を得ることでもある。それを知らない人へのメッセージにもなっている。

「生理」はなかなか話題にしづらく、まして男性なら少し腰がひけるであろうテーマである。だがある男の「タブー」への挑戦は、時代が抱える様々な問題を白い綿でできたようなものにすべて吸収させた。これらを1つの優しいストーリーにした力量は素晴らしく、映画の持つパワーを感じずにはいられなかった。  

Posted by indoeigatushin at 00:52 |この記事のコメント(1)