D&Dで趣味英語 【Infinit Region】

「英語は目的ではなく手段」なのでした。英語を学ぼうなんて思っていなかったのに、気づいたら英語漬けになっていた管理人が贈る趣味の世界。 元祖RPG「D&D」こと「DUNGEONS & DRAGONS」を遊びながら熱量を維持。無理しない、自然体で英語に触れる趣味のブログです。

かつてはコミケにもこの名称で参加。好きなルールは「3rd Edition」。「D&D」らしい雰囲気を醸し出しつつ、メカニカルなところがステキだと思います。なお、英語は専門ではありません。むしろ「苦手」です。なのに、今ではふつうに英語サイトや洋書にも触れています。そのきっかけが「D&D」でした。

豪華ボックス「スターター・セット」

よりわかりやすく、おもしろく。
遊ぶのに必要なすべてが詰まったボックスセットの登場です。


Box_Front



D&Dの新しいルールブック「2024」がリリースされて、気づけば早くも1年が経過していました。コア・ルールブックはそろったものの、まだまだ展開はこれからといった感じで、本格的な稼働は今後に期待というのが現状のステータスです。

そんな中、ついに2024版の「Starter Set(スターター・セット)が発売されました。正式名称は

ダンジョンズ&ドラゴンズ スターター・セット:
  ヒーローズ・オヴ・ザ・ボーダーランズ
Dungeons & Dragons Starter Set:
  Heroes of the Borderlands

今回のスターター・セットは、従来の第5版(5th Edition)のときのものとは大きく異なる製品構成となっています。新しいスターター・セットはどんな内容なのか? 詳しく見ていきましょう。



ぎっしりと詰まった豪華コンポーネント

今回の「スターター・セット」は59.99ドル(現在の為替レートで日本円にして約8,800円)という、前のめりに攻めた価格設定が特徴です。第5版のときの「スターター・セット」は19.99ドルという低価格を実現していて、その価格を比較するとなんと約3倍。ですが、それは極端にコストを絞った前のセットとの比較に過ぎません。世の中にあふれるボードゲームなど、他のアナログゲームと比較した場合、とりたてて高額なわけでもないのです。


5e_2024_Starter_Set
前回の「スターター・セット」との比較。見た目のサイズ感などは変わらず。しかし価格もコンセプトも内容も、すべてが異なります。

もちろん価格が高いぶん「それに見合った内容」になっていますので、価格だけを見て「高い」と判断するのは早計です。その構成は以下のとおり。

Box_Side
持った瞬間から「重い!」と本気で感じる重量感。なお、箱の側面にあしらわれているのは「蝶とともに戯れるヤギ」。このファンシー感というか、フェミニンな感じが「2024」の特徴です。かつてのD&Dだったらここに描かれているのはオークやゴブリン、あるいはド直球にドラゴンだったはず。



そんなわけで、第5版のときの「スターター・セット」が「軽い!」だったのと比較すると、重量までもが対照的な本製品。もちろん、第5版の「スターター・セット」は軽くてもその内容に「価値」がありました。第5版の「スターター・セット」について感じたことは、10年以上前の当時の記事で触れています。

Unboxing_Read_Me_First
箱を開けた状態。最初に目に入るのが「Read Me First=リード・ミー・ファースト」と大きく書かれた「Quick-start Guide=クイック・スタート・ガイド」。

「Read me」はIT分野などにおけるノーティフィケーションで昔から使われていますが、「私を読んで」という意味。ですので「はじめにこれを読んでね」ぐらいの意味となります。このガイドは二つ折りの簡単なもの。気持ちが逸るプレイヤーに、まずは商品の全体構成などを教えてくれます。この1枚が入っていることで、製品の概要をつかむことができます。



その奥に入っているのは4冊のブックレット。まずは「プレイ・ガイド(Play Guide)」。ゲームの遊び方と、基本的なルールが収められています。ぜんぶで32ページ。


Unboxing_Play_Guide
ゲームの遊び方が解説されている「プレイ・ガイド」。カバーに描かれているのはホブゴブリンたちと対峙する冒険者たち。


この製品では「あまり本をたくさん読ませない」仕様となっています。ルールや遊び方について解説されたページは10ページちょっとで、あとは必要に応じて参照する用語解説(Rules Grossary=ルールズ・グロッサリ)などです。


なお、この「プレイ・ガイド」のカバーアートは、本製品の原典である1979年のモジュール「The Keep on the Borderlands=ザ・キープ・オン・ザ・ボーダーランズ(放題:国境の城塞)」のリメイクとなっています。

B2_Keep_on_the_Borderlands のコピー
ホブゴブリンと戦う冒険者たちを描いたB2モジュールのアート。今回のリメイク版のカバーアートでも、パーティーの構成や冒険者たちの装備などが再現されているのがわかる。


さて、この原典となったモジュール「The Keep on the Borderlands=ザ・キープ・オン・ザ・ボーダーランズ(放題:国境の城塞)」について説明すると長くなりすぎるので、ものすごく簡単に書くと

 ・初心者向けの導入用モジュール(日本風に言うと「シナリオ」)
 ・作者はD&Dの生みの親であるゲイリー・ガイギャックス氏
 ・かつての「ベーシック・セット」に同梱されていた


という感じで、歴代のD&D開発者たちも、このモジュールで育ったと語る人が多い、そういう傑作なのです。

そんな経緯もあって、じつは10年以上前の第5版の「スターター・セット」も、このモジュールを意識して作られたものであると公式に述べられていました。当時の本Blogでもそのことについて触れています。

さらには第5版が発売される前の大規模プレイテスト「D&D Next」でも、この冒険の舞台が利用されていたのです。

そのぐらいに「ザ・キープ・オン・ザ・ボーダーランズ(国境の城塞)」は名作であり、初期の冒険を始めやすいセッティングでもあるのです。

なお、D&DというかRPGの生みの親であるゲイリー・ガイギャックス氏ですが、同氏が執筆したD&D製品で邦訳されたのは2冊だけ。この「B2 国境の城塞」と「AC4 マーベラスマジック(AC4 The Book of Marvelous Magic」だけです。後者は共著なので、実質的に純粋なゲイリー・ガイギャックス作品の邦訳は「B2 国境の城塞」のみということになります。


さらに余談ですが、「B2」の「B」は、「Basic=ベーシック」の意味。「AC」は「Accessory=アクセサリ」の意味です。


Play_Guide_Back
今回のブックレットは、背中の綴じ方に特徴があり、糸で縫製されている。


各ブックレットは「中綴じ」なのですが、なんと糸で綴じられています。一般に売られている雑誌などは金属製のステイプラー(いわゆるホチキス)で2ヵ所を留める方式が多く、2014年にリリースされた「第5版」の「スターター・セット」も金属の針で固定されていました。まったくの推測ではありますが、金属針で2ヵ所を留める方式だと、その2ヵ所に集中してストレスがかかるため、使い込んでいく過程でページが破れて分離してしまうという物理的な脆弱性があるのかもしれません。そういう意味でもくり返し長く使われることを念頭に置いた設計なのかも? と思った次第。



さて、2冊目は「ウィルダネス(Wilderness)」。

Book_Wilderness
ごく一般的に、D&Dでは屋内の「ダンジョン」に対して、屋外を「ウィルダネス」と総称しますが、このブックレットも、その例に漏れず「屋外遭遇」について書かれています。

余談ですが「ウィルダネス(Wilderness)」は「ワイルド=Wild」からの派生。ワイルドは「人間の手が入っていない状態」のことで、「ウィルダネス(Wilderness)」は文明化されていない、まだ未開拓の土地というイメージ。



3冊目は「キープ・オン・ザ・ボーダーランズ(Keep on the Borderlands)」。

Book_Keep_on_the_Borderlands
先ほどの1979年のモジュールと同じ書名のブックレット。城塞の中で暮らす人々(NPC)や設備について解説されている。



見ての通り堅牢な城塞で、まさに未開の地における文明の砦といった趣き。「ボーダーランズ(Borderlands)」は「ボーダー(Border)」にある「ランド(Land)」の意。「ボーダー」は「境界」のことで、境界線のことをボーダーラインなどと呼んだりします。この場合、複数形ですのでさまざまな勢力が入り乱れた境界地域であることがイメージされ、人間にとっては未開の土地に面しているという点からも、種々の勢力がひしめく「辺境」というイメージが漂います。



4冊目のブックレットは「ケイヴズ・オヴ・ケイオス(Caves of Chaos)」。

Book_Caves_of_Chaos
「Caves(ケイヴズ)」と複数形であるのを見ての通り、複数の洞窟群を表しています。カバーアートからも、壁面に複数の入り口があるのを見て取れるように、それぞれの洞窟には傾向の異なる種族が住み着いていて、冒険者たちを待ち受けているわけです。

この洞窟は、基本的には過去のモジュールを踏襲しているのですが、ネタバレではなく2024的な変更を1つ挙げておくと、敵としての「Orc=オーク」が存在しなくなっています。オークはプレイヤー・キャラクターの側になってしまいましたので、2024年版では「2024 モンスター・マニュアル」にもオークはモンスターとして掲載されていません。かつてはこの洞窟群にもオークたちが巣くっていたのですが、それらは別のモンスターたちに置き換えられています。



ブックレットを取り出すと、その奥にあるのが「Handout=ハンドアウト」。その名のとおりプレイヤーたちに「手渡す(hand out)」ための情報が書かれた紙類のことです。

Unboxing_Handout
上記の写真は箱を開けた状態を忠実に撮影したものなので、少しでもネタバレを気にする人は内容を読まないほうがよいと思います。これは「手紙」ですが、このような形式のものを「ハンドアウト」と呼びます。

こちらは見ても害のないハンドアウト。Tavern=タヴァーン(酒場)のメニュー表。店名はDrunken Dragon=ドランクン・ドラゴン(「酔いどれドラゴン」ぐらいの意味)。邦訳時に酒場には「亭」を付けがちですね。『指輪物語』のブリーにある酒場「The Prancing Pony」も「踊る小馬亭」と邦訳されています。

Handout_Drunken_Dragon



ゲーム中の話題を喚起するようなメニューの数々です。

 ・Bottomless Soup=ボトムレス・スープ(底なしスープ)
 ・Good Stew=グッド・ステュー(いいシチュー)
 ・Very Good Stew=ヴェリー・グッド・ステュー(すごくいいシチュー)

などなど。

絶対にプレイヤーから「このシチューはなにが違うの?」という質問が出るはずで、DMのリアクション芸が試されるところです。そのほか、お茶は「Bark Tea=バーク・ティー(樹皮のお茶)」ですし、そもそも無難そうな「Cheese and Fruit(チーズとフルーツ)」だって、「なんのチーズだ?」「どんな果物?」とネタに事欠きません。「Roast Fowl=ロースト・ファウル」の「Fowl=ファウル」とは、家で飼う家禽のことで、発音は野球のファウルと同じ。家禽というのはキジ科やカモ科が多く、基本中の基本はやはり「ニワトリ」なのですが、こんな辺境の地ですからホロホロチョウだったり、大きなダチョウだったりというように「ちょっと変わった鳥」であることもあるかもしれません。こんなメニューからもどんどんアイデアが膨らみます。

ところで、飲食のメニューを見て気づかれた人もいるかと思うのですが、この「スターター・セット」では、いくつかのルールが簡略化されています。そのうちの1つが「通貨」で、すべてのコインが「Gold Piece=金貨」で統一されているのです。「2024 プレイヤーズ・ハンドブック」では、「Ale=エール」の価格はきちんと4cp(Copper Piece=銅貨)で、銅貨4枚となっています。金貨1枚は銅貨100枚に相当しますから、この砦のエールは一般的な相場の25倍の価格ということになります。富士山山頂もビックリの辺境価格と言えます。


冒険の必需品も視覚的に提示できるようハンドアウト化されています。

Handout_Provisioner
皺が入っているように見えるのは印刷による演出。品揃えからして「持ってると便利なもの」が厳選されているという印象です。「Musical Instruments=ミュージカル・インストルメンツ」こと「楽器」は、バード以外でも活用法が与えられました。これについては後で触れます。



ハンドアウトの次は、大型のポスターマップの登場です。

Unboxing_Map
1スクエアが5フィート相当のマップ。標準規格である「1マスが約1インチ(25mm)」のマップで、付属のトークンはもちろんのこと、各自で持ち寄ったミニチュア・フィギュアを用いてプレイすることも可能。

展開した画像を載せてしまうと、これもまたネタバレになるので控えておくとして、A4サイズより小さな「190mm×280mm」が8面相当で「760cm×560cm」という巨大なマップが展開されます。なお、本作に出てくるダンジョンはすべてマップが用意されています(ぜんぶで何枚かもネタバレとなる可能性があるので、ここでは伏せます)。




マップの下はキャラクターシート。このゲームでは4種類のクラスが用意されていて

 Cleric=クレリック
 Fighter=ファイター
 Rogue=ローグ
 Wizard=ウィザード

これらをカスタマイズしながらキャラクターを作成していきます。


Unboxing_Character_Sheet
このキャラクターシートをベースにして、そこにカードを組み合わせてゲームをプレイしていくスタイル。

あえて基本中の基本である4クラスに絞っているところに、明瞭なコンセプトを感じます。D&Dのキャラクター作成は選択肢が豊富で、多彩な組み合わせを提供してくれます。ですが初心者にとっては、その豊富さゆえに選択の幅が広すぎて、高いハードルになってしまっているかもしれません。このセットのように4つのクラスに絞って、カスタマイズの幅を「あえて狭める」というのは、ゲームの基本構造を理解してもらうためのよいアプローチだと思います。



先にも貨幣のところで説明したように、この「スターター・セット」では一部のルールが簡略化されています。このキャラクターシートを見てもAbility Point=アビリティ・ポイント(能力値)は記載されておらず、そのModifier=モディファイア(修正)のみがキャラクターシートに書かれているのがわかります。能力値はD&Dの基幹をなす数値ですが、「能力値はそのまま使わず、修正値を用いる」など、未経験者にとっては難解なシステムでもあります。さらにはキャラクター作成の過程で「能力値を決定」「さらにボーナスを追加」といった複雑なプロセスを説明するのは大変なことです(経験者はウキウキでこなしますが、やはりそれは素地があってのことでしょう)。そういう意味では、各クラスの能力値が最初から固定なのも初心者向けとしては割り切った良い判断だと感じます。




■Hit Dice=ヒット・ダイス

この「スターター・セット」で簡略化されている事例を、もう1つ挙げておくと「ヒット・ダイス」の概念が削除されています。「ヒット・ダイス」は、レベルごとに増加するヒット・ポイントを決定づけるダイスであり、「Short Rest=ショート・レスト(短時間の休息。邦訳では「小休憩」)」時に使用して回復させることのできるヒット・ポイントのリザーブ幅を決定してもいます。この2つの用法がややこしいということもあってか、初心者向けの「スターター・セット」ではヒット・ダイスの概念そのものを簡略化することにしたようです。

Character_Sheet_Cleric_Short_Rest

「キャラクターシート右下の「Short Rest=ショート・レスト(小休憩)」の欄を見るとわかるのですが、ショート・レスト時に回復するヒット・ポイントが「4」と固定になっています。通常のルールでは休息時にヒット・ダイスを使うかどうかという選択が生じて、さらにその使用配分も戦略の一部となるわけです。「スターター・セット」では、たとえレベル1のキャラクターでも、2回目のショート・レスト(小休憩)時に、またヒット・ポイントを回復させることができるということになります。なお、この写真のクレリックは固定で「4ヒット・ポイント」回復ですが、もちろんファイターの場合は「7ヒット・ポイント」回復します。



■Heroic Inspiration=ヒロイック・インスピレーション

もう一つ「2024」での大きなルール変更を挙げておきます。みんな大好き、もらってうれしい「インスピレーション」です。

今回からインスピレーションの位置づけが変わって、きちんとシステムに取り入れられたことで、ルールの中で入手することができるようになりました。第5版のときのインスピレーションは純粋な「ごほうび」という感じで、安定して獲得できるものでもなければ、戦略に組み込むこともできない。そういう「あったらラッキー」ぐらいの位置づけでした。

第5版では「こういう要素もありでしょ」ぐらいの温度感で、ユーザーへの提案といった感じだったインスピレーションですが、幅広く受容されたことを受けてか、「2024」では名称も新たにHeroic Inspiration=ヒロイック・インスピレーションと呼ばれるようになりました。

Heroic_Inspiration
キャラクターシートに配置されたヒロイック・インスピレーションの枠。インスピレーションを獲得したらここにトークンを置いて管理するスタイル。



新旧のインスピレーションを簡単に比較してみましょう。

■第5版のインスピレーション
 獲得方法:
  DMが「いいね」的に授与する

 効果:
  攻撃ロール、セーヴィング・スロー、能力値判定でアドヴァンテージ(有利)
■2024のヒロイック・インスピレーション
 獲得方法:
  DMが「いいね」的に授与する
  Human=ヒューマンは毎日獲得
  Musician=ミュージシャンで仲間に与える

 効果:いずれか1つのダイスが振り直せる

これまでのインスピレーションは「いいね」的な授与が基本だったのですが、「2024」ではそれに加えてゲーム的なメカニクスの中で獲得できるようになりました。


Human_Back
Human=ヒューマンのカード裏面。Resourceful=リーソスフルという特徴のおかげでLong Rest=ロング・レスト(長い休息の意で、邦訳は「大休憩」)をとるたびにヒロイック・インスピレーションを獲得できる。


Background_Entertainer_Back
本製品ではEntertainer=エンタテイナー(芸人)が楽曲を奏で、これを聴いた2人の仲間にヒロイック・インスピレーションを与えることができる。

この「スターター・セット」ではエンタテイナー(芸人)に紐づいていますが、厳密に言うとヒロイック・インスピレーションの源泉となっているのはMusician=ミュージシャンという「2024」で新たに追加されたFeat=フィート(特技)です。

このフィート(特技)ではShort Rest=ショート・レスト(小休憩)かLong Rest=ロング・レスト(大休憩)をとった時に楽器を奏でることで、Proficiency Bonus=プロフィシエンシィ・ボーナス(習熟ボーナス)と同じ人数にヒロイック・インスピレーションを与えることができます。



このように「2024」ではインスピレーションを獲得する機会が増えたわけですが、その効果にも変更が加えられました。

従来のインスピレーションは「Advantage=アドヴァンテージ(有利)を与える」というものでしたが、「2024」からは「ダイスが1つ振りなおせる」というものに変更されました。ダメージ・ダイスでも、ソーサラーのWild Magic Surge=ワイルド・マジック・サージ(魔法暴走)でも、なんでも振りなおすことができます。また、今回はアドヴァンテージ(有利)ではありませんので、アドヴァンテージ(有利)で振ったダイス2つのうち1つを振りなおす、といったこともできます。そういう意味では従来以上に活用の幅が増えたんじゃないでしょうか。




さて、インスピレーションで脱線が長くなりましたが、セットの中身を掘り下げていきましょう。

キャラクターシートの奥にはトークンが入っています。

Unboxing_Token
これは金貨を表したトークン。ゲーム世界の貨幣体系を再現したものというよりは、ビジュアル的に所持金をカウントするためのもので、「25gp」などという変わったコインも用意されている。このほかヒット・ポイントなどの増減するリソースもトークンで管理する形式で、これらトークンはぜんぶで273個。



さて最奥部には、専用のトレーにダイスとカード類が収納されています。トレーは分離後のトークンなどを分類して片付けておくことができる構造。整理用のチャック付き袋も用意されていて、まるでボードゲームのコンポーネントのようです。

Unboxing_Cards



このゲームでは「アイテム」「装備品」「呪文」「NPC」「モンスター」といったものは、すべてカードで管理されます。ルールブックにデータ類は記載されておらず、DMもプレイヤーも、カードで情報を参照する方式です。いちいちルールブックを開くことなく、各自が手元のカードでリソース管理ができるのは大きなメリットと言えるでしょう。




セットの内容物はこれで全部となるのですが、本製品は全体に「鉛筆と紙のゲーム」ではなく「ボードゲーム」や「カードゲーム」にプレイ感覚を寄せようとしているのかなと感じました。

ゲームの「見た目の印象」というのは大切で、モノクロの専用用紙に細かな字で「びっしりと数値」が書かれたゲームは、なんだか近寄りがたい印象を与えるのではないでしょうか。古き良きシミュレーション・ウォーゲームが「細かなヘクス」「大量のユニット」で威圧感を醸し出しているのと同様に、TRPGも「初心者を寄せ付けぬ圧」をまとっているのです。我々はその点に無関心だったんじゃないかと、あらためて考えさせられました。

その点、この「スターター・セット」は「鉛筆いらず」「難解なキャラクターシートを排除」「ルールブックを精読する機会を極力減らす」といった、初心者が「TRPGって難しいな」と感じそうな要素を上手に回避していると感じました。

【これまでのTRPG】
・筆記用具で用紙に細かな字をいっぱい書いている
・なんだか文字密度の高い、でっかい本を開いている


【このスターター・セット】
・カラフルなボードとトークン
・場や手札にはカード


上記のように比較してみただけでも「場の雰囲気」は大きく異なります。

初心者への「威圧感の排除」という意味では、上記のプレイ風景の違いはとても大きな意義があるように思います。

ヒット・ポイントの推移を「紙と筆記用具で記録する」という伝統的な方式から「トークンを得たり捨てたり」にするだけでも、多くの未経験者にとってはカードゲーム的なダメージ・カウンターの気分で遊べるぶん大きな印象の違いとなることでしょう。

初めての人をゲームに誘う際にも「分厚いルールブック」「難解なキャラクターシート」をいきなり手渡すのと、この「スターター・セット」を使うのとでは「釣れる率」に大きな違いが出てきそうです。まず最初にこのセットで遊んでもらって、根底にあるおもしろさを理解してもらったあとに、「じつはこれを使うとさらに楽しくなるんだけどね」とか言いつつ、おもむろに背後から384ページ・A4判のルールブックを取り出すのは、まだアリな流れなんじゃないでしょうか。


Character_Sheet_Cleric_01_Built
キャラクターシートに装備品とトークンを配置し、手札を揃えた状態。シートの上にカードとトークンを置いて、手札を持ったプレイ風景は、従来のTRPGよりもボードゲームやカードゲームに近い。実際のプレイではテーブルの中央にマップが広げられていて、その上にキャラクターのコマやモンスターのトークンが配置されるので、さらにボドゲ感が強くなる。




さて、上記が今回の「スターター・セット」に関する感想と結論になるのですが、ここから先はもっとマニアな人たちに向けて、カードなどのルール詳細を掘り下げていきたいと思います。こんなところまで長文を読んできたリテラシーある人ならば、さらに興味深く読んでもらえるものと思います。

NPC_Background_Cards
開封前のカード。カードはぜんぶで164枚。このカードやトークンなどのおかげで、初心者でも情報を管理しやすく、参照性も大幅に向上。ベテランのD&Dプレイヤーも「これは遊びやすい」と感じるはず。

前述した「鉛筆を使わせない」という設計でありながら、本作ではきちんとキャラクターをカスタマイズしながら作成することができるようになっています。それは、この豊富なカードによって実現されています。

キャラクターの作成には2種類のカードを使います。

 Background=バックグラウンド(背景)
 Species=スピーシーズ(邦訳不明)

これらは「Origin=オリジン」と呼ばれるカードで、その名のとおりキャラクターの「出自」を表しています。このカードを1枚ずつ選んで、キャラクターシートと組み合わせて使用する仕組みです。



■Species=スピーシーズ

スピーシーズは、従来の第5版までの「Race=レイス(種族)」に相当するものです。

Spieces_Dwarf

この「2024」からはヒューマンやエルフ、ドワーフなどといった生来の生物学的な分類は「スピーシーズ」と呼称されるようになりました。なぜ「Race=レイス」という呼称が廃止になったのかについてはさまざまな議論があり、ここで触れると長くなるので割愛しますが、人種差別主義のことを「Racism=レイシズム」などと言ったりしますし、「Race=レイス」は科学的な分類に基づいた概念ではないとの指摘もあったりするようですし、いろいろと使用を検討せねばならない用語であったようです。D&Dが今後も長く発展を遂げていく上では、どこかで見直すタイミングが必要で、それを「2024」で実施したのかなと考えています。


さて、そのスピーシーズですが、この「スターター・セット」では4種類の中から選ぶことができます。

・Dwarf=ドワーフ
・Elf=エルフ
・Halfling=ハーフリング
・Human=ヒューマン

いずれもD&Dの根幹をなす基本的な種族です。


Spieces_Elf

今回の「2024」からは、種族によってAbility Point=アビリティ・ポイント(能力値)が補正を受けることはなくなりました。たとえば第5版のハイ・エルフはDexterity=デクスタリティ(敏捷力)が2、Intelligence=インテリジェンス(知力)が1、それぞれ上昇しましたが、今回の「2024」では、そうした能力値の補正はなくなりました。ここにも「2024」の未来へ向けた思想が表れているような気がしていて、生まれによって才能が制約を受ける(能力値が減少することがなくても、伸びる他種族と比較して相対的に不利になる)ということを回避したのかなと感じています。



能力値の上昇こそなくなりましたが、それでもスピーシーズが与える影響は絶大です。

Dwarf_Back のコピー

たとえばドワーフであれば、「Tremorsense=トレマーセンス」が使えるようになりました。「Tremor=トレマー」は地面の振動。「Sense=センス」は感覚なので、地面の振動を感知する能力です。暗闇はもちろんのこと、壁の向こう側であっても、同じ地面に接している相手の場所が特定できますので、「これは!」と思えるぐらいのインパクトがある能力と言えましょう。

カードの下部にある〇は「パワー・トークン」を置くスペースです。トークンを2つ置いておき、使用するたびにトークンを支払います。Long Rest=ロング・レスト(大休憩)をとると、またトークンを2つ置き直すという仕組みです。

まったくの余談ですが、映画「トレマーズ」の題名には「トレマー」が含まれているように、劇中に出てくる怪物「Graboid=グラボイド」は、この「トレマーセンス」の能力を持っています。D&Dだと「Ankheg=アンケグ」「Bulette=ブレイ」「Umber Hulk=アンバー・ハルク」、そして「Purple Worm=パープル・ワーム」などがこの能力を持つクリーチャーの代表格でしょうか。




■Background=バックグラウンド(背景)

キャラクターがどのような経歴を経て、現在に至ったのか。その背景を表す来歴です。

Background_Acolyte
巨大な寺院が描かれた「Acolyte=アコライト(侍祭)」のカード。


裏面にはアコライトがどういうものなのかという解説と、このバックグラウンドから得られる詳細が記述されています。


Background_Acolyte_Back

いちばん上の目立つ場所に「WHAT YOU NEED TO PLAY=プレイに必要なもの」という欄があります。ここに書かれたカードを手札としてボックスから取り出せばよいという、とても親切でわかりやすい仕様です。

3枚のスペル・カードを取り出すように書かれています。
 Detect Evil and Good=ディテクト・イーヴル・アンド・グッド
 Guidance=ガイダンス
 Spare the Dying=スペア・ザ・ダイイング


そのあとに書かれているのがアコライトの簡単な説明です。
You devoted yourself to service in a temple. There you performed rites and learned how to channel divine power in service to your place of worship and the people who prayed there.

あなたは、とある寺院での奉仕に身を捧げてきた。そこで祭祀を司り、神から分け与えられた力を、信仰の場と、そこで祈る人々にもたらすすべを学んだ。
冒頭で得られた3枚のカードは、こうした来歴があって身につけたものなのだということがわかる説明の流れです。

そして、このカードにもトークンを置く場所があります。

ガイダンスとスペア・ザ・ダイイングは「Cantrip=キャントリップ(初級呪文)」ですので、使用回数に制限はありませんが、ディテクト・イーヴル・アンド・グッドは1レベル呪文で使用回数に制限があるため、この〇にトークンを置いて管理していくわけです。


この「スターター・セット」では、装備品やアイテム類もすべてカード化されていて、ビジュアル的なエイドとしつつも、ルールブックを開くことなくデータが参照できるようになっています。先にも書いたように、そもそも本製品にはデータが掲載された本というものは存在せず、すべてが「カード」で完結する仕様です。

Equipment_Mace のコピー
メイスのカードの表面。左下にダメージ・タイプと使用するダメージ・ダイスが表示されている。

Bludgeoning=ブラジオニング(殴打)
6面体ダイス+STR
「STR」はその昔から使われている能力値の略称で、「Strength=ストレンクス(筋力)」のこと。


Equipment_Mace_Back のコピー
メイスのカードの裏面。「2024」で新たに導入された「Mastery Property=マスタリー・プロパティ」が書かれています。
If you hit a creature with this weapon, that creature has Disadvantage on its next attack roll before the start of your next turn.

あなたがこの武器を用いて1体のクリーチャーに命中させた場合、あなたの次のターン開始の前まで、そのクリーチャーは次の攻撃ロールにディスアドヴァンテージ(不利)を得る。

このプロパティは「Sap=サップ」と名付けられています。英英辞書で「Sap」の意味を調べてみると下記のように出てきます。
gradually weaken or destroy (a person's strength or power)
徐々に弱らせる、あるいは壊す(人物の強さや力を)
つまりは相手を「弱体化」させることができるわけですが、残念ながらクレリックではこのマスタリー・プロパティを使うことはできません。専用の資格が必要なのですが、この「スターター・セット」ではファイターしか扱うことができないものなので、その詳細は簡略化されています。

第5版には存在しなかった新ルールなので、ちょっと掘り下げて『2024 プレイヤーズ・ハンドブック』の内容にまで触れておきますと、この「マスタリー・プロパティ」を活用できる「Weapon Mastery=ウェポン・マスタリー」を有するのは5クラスあります。ですが、それぞれ使える度合いが異なるのです。


 Barbarian=バーバリアン
  最初に2つの武器を選べる。レベルによって最大4つにまで増加。
  Melee Weapon=メレイ・ウェポン(近接武器)のみ。

 Fighter=ファイター
  最初に3つの武器を選べる。レベルによって最大で6つにまで増加。

 Paladin=パラディン
  2つの武器を選べる。

 Ranger=レンジャー
  2つの武器を選べる。

 Rogue=ローグ
  2つの武器を選べる。
  ローグが習熟している武器に限定される。

選ぶ武器はロング・レスト(大休憩)時に切り替えができるので、その日の状況や戦略に応じてスイッチしてくことが可能です。やはりファイターは武器のエキスパートであり、他のクラスを圧倒する汎用性が与えられています。

いくつか武器を見ておきましょう。

Equipment_Longsword_Back のコピー
Longsword=ロングソードはメイスと同じくSap=サップ。

Equipment_Shortsword_Back のコピー
Shortsword=ショートソードは「Vex=ヴェクス」。次の攻撃ロール時に自分がAdvantage=アドヴァンテージ(有利)を得ることができます。

これまでのロングソードとショートソードの性能差は、おもにダメージダイスの大小によるものでした(ダメージ・タイプなどは異なりますが)。ですが「2024」では、このマスタリー・プロパティによって、より戦略的に使い分けていくことができるようになったわけです。

なお「Vex」を英英辞書で引くと

make (someone) feel annoyed, frustrated, or worried, especially with trivial matters.
(誰かを)苛立たせたり、腹立たせたり、不安にさせたりすること、とりわけ些細なことで。
とあります。つまるところ煽り系の効果があるということですね。





呪文についても変更点をいくつかピックアップしておきたいと思いますが、その前に魔法全般に関する変更点について触れておきます。

「2024」では、新たに「Magic Action=マジック・アクション」という新アクションが定義されました。

すごく雑な説明をすると、従来の「アクション」を使って呪文を行使することを指し、呪文のほかに特定の「Class Feature =クラス・フィーチャー(クラスの特徴)」やマジック・アイテムでも、このアクションが必要とされます。なんで従来のアクションのままではダメだったのかというと、
One Spell with a Spell Slot per Turn

各ターンに呪文スロットを用いるのは1呪文
(呪文スロットを使う呪文は各ターンに1回)
というコンセプトを厳密にしたかったからのようです。


第5版では、ファイターのAction Surge=アクション・サージ(怒涛のアクション)などを使うと「2回のアクションが取れる」ため、呪文を2連発できてしまいます。D&Dに限らず、ファンタジーRPGでは魔法が非常に強力です。システムを使い倒して1ターンに魔法を連発すると卓上のバランスが損なわれるケースにもなりかねません。呪文をはじめとする「マジック関連」を「マジック・アクション」と定義することで、こうした行為が発生しないように再調整されたのだと思います。




さて、そのように調整が入った呪文ですが、本製品では武器などと同様に、すべての呪文がカード化されています。表面には効果範囲などが図示され、裏面に詳細な記述が掲載されている仕様です。

Burning_Hands のコピー
この「スターター・セット」の呪文カードには、視覚的に効果範囲がわかるよう図が描かれている。Burning Hands=バーニング・ハンズのカードには、きちんとCone=コーン状(円錐形)に「上下にも広がり」が描写されている。

Cone=コーンは円錐形で、アイスクリームのコーンの形状のこと。工事現場などで使われる赤いコーンも同様の形をしています。D&Dでは「Cone of Cold=コーン・オヴ・コールド」という呪文がありますが、あれは呪文名そのものが形状を表している一例です。


Faerie_Fire のコピー
こちらはFaerie Fire=フェアリー・ファイアーのカード。効果範囲がCube=キューブ(立方体)なので、これもまた立体的に効果範囲が示されている。



なお、難解なルールが簡略化されている本製品ですが、呪文に関しても細かなルールが省かれています。それがComponents=コンポーネント(構成要素)です。

コンポーネントとはスペル(呪文)を発動する際に必要な構成要素で、
 ・Verbal=ヴァーバル(音声)
 ・Somatic=ソマティック(動作)
 ・Material=マテリアル(物質)
という3要素があります。

呪文を行使する際に「声が出せるか」「身体で呪文に必要な表現ができるか」「必須となる物質は手元にあるか」といったことを考慮するのは、やはり専門的なルールになるのでしょう。

余談ですが、Somaticの「Soma=ソーマ」とは、ギリシア語で「肉体/身体」のこと。

生命を形作る肉体そのものにも霊性や神秘性が宿っていて、それらを特定の所作で動かすことで、この世界の知られざる力に干渉できるということなのでしょう。「Soma=ソーマ(肉体)」という言葉のチョイスもセンスがよいなと感じています。




さて、その呪文ですが「2024」では回復系の呪文が大きく見直されました。


■Cure Wounds=キュア・ウーンズ

Spell_Sacred_Cure_Wounds_Back のコピー
回復量がダイス1つぶん増加して2d8に。上位レベルのスロットを使用すると、2d8ずつ回復量が増加。



■Healing Word=ヒーリング・ワード

Spell_Healing_Word_Back
ある種の救急救命呪文と言えるヒーリング・ワードもダイスが倍の2d4に。上位スロットを使った場合も、同様にダイスが倍増していく。



上記2つの呪文を見た印象だけですと、シンプルに「なるほど、回復量が増えたのか」と感じるかもしれないのですが、「2024」では治癒と回復に関するバランスが抜本的に見直されているという印象です。


■Spare the Dying=スペア・ザ・ダイイング

Spell_Spare_the_Dying_Back
キャントリップ(初級呪文)ながらも生死を分かつシチュエーションで活躍するスペア・ザ・ダイイング。

スペア・ザ・ダイイングはヒット・ポイントが0になって倒れたPCの容体を安定させることができる呪文です。直接的にヒット・ポイントを回復させる呪文ではないものの広義の治癒系呪文と言えるわけですが、離れた場所で倒れている仲間にも使うことができるようになり、より救命力が上昇しました。具体的にはRange=レンジ(射程)が、第5版のときの「Touch=タッチ(接触)」から「15フィート」となりました。さらに、術者のレベルが高くなれば、より遠くの仲間を救うことができるよう強化されています(この製品では3レベルまでしかサポートされていないため、カードには記載されていません)。

なお「Spare=スペア」は、日常的に外来語として使われている「スペア・キー(予備の鍵)」のスペアですが、ここでは動詞で「危険を顧みず助ける」ぐらいの意味。「Dying=ダイイング」は「die=死ぬ」の現在進行形で、「ただいま死につつある」という意味。つまりは「瀕死」です。



呪文ではないのですが「2024」における回復のあり方を端的に示すアイテムがあるので、ちょっとだけ脱線します。ヒット・ポイントを回復させるポーションです。

■Potion of Healing=ポーション・オヴ・ヒーリング

Equipment_Potion_of_Healing のコピー

この製品におけるポーション・オヴ・ヒーリングは「マジック・アイテム」カードではなく、通常のEquipment=イクイップメント(装備)カードに分類されています。

Equipment_Potion_of_Healing_Back のコピー
効果は第5版と変わらず2d4+2ヒット・ポイントを回復するが、「2024」ではボーナス・アクションで服用できるようになった。


上記のように「2024」では、ポーション・オヴ・ヒーリングの服用はボーナス・アクションで実行できるようになりました。なお、これは他のポーションでも同様です。

このように「2024」では回復系が
 ・より効果が高く
 ・より広範囲に
 ・より軽いアクション負担で

実施できるように調整されています。


率直に言えば「キャラクターが死ににくくなった」ということになりますが、ではなぜそのようなことになったのかという点について触れると、これもまたこの記事で扱いきれるものではないと思います。第5版でユーザー層が拡大したことも影響しているでしょうし、キャラクターが死ぬことを許容しないプレイスタイルが増えたこともあるでしょう。ですが、たんなる被ダメージと回復量のバランスが悪かったという問題ではないように思うのです。被ダメージと回復量のバランスは、過去のルールブックを遡ってみる限り、ユーザー受けがよかった3rd Edition(第3版)などと比べて、そんなに変化しているわけではないのです。

個人的に思うのは、第5版は趣向を凝らした特殊な能力が増えたと感じていて、それまでの第3版や第4版のような位置取りとダメージ最大化を狙う遊びからはちょっと変化を遂げて、別のものになったという実感はありました。そういった能力を活用することも考えたとき、「回復」の意義が相対的に低下したのかなというのは実際にプレイしていて感じていたところです。つまり、仲間のキャラクターがピンチに陥った際に「キュア・ウーンズで1d8+WIS回復させる」よりも有効な選択肢が山ほど用意されている。ゆえに、不安定で少量のヒット・ポイントしか回復できない可能性を考慮したならば(ダイス目が1とか2となるリスクを考慮するならば)、ほかにもっと有効な戦略がいっぱいあるわけです。

さっさと戦闘を切り抜けることも含め、第5版はそういうゲームになっていて、そうした選択肢と同じ俎上に「回復」という選択肢を上げるには、このぐらいのバランス調整が必要だったのかな、と。そのように思うのでした。




さて、呪文の続きです。「2024」では多くの呪文が改訂されていますが、この「スターター・セット」で遊べる範囲でインパクト強めなのが、みんな大好きこちらの呪文です。

■Sleep=スリープ

Sleep_Back のコピー
1レベル呪文であるため、D&D呪文の中でも抜群の知名度を誇るスリープ。「2024」からはセーヴィング・スローの対象となった。

D&Dにおけるスリープは特殊な位置づけにありました。序盤は非常に強力で猛威を奮うのだけれども、キャラクターが成長するにつれて、どんどん存在感がなくなり、やがて使われる機会もなくなっていく。その原因は「セーヴィング・スローをさせない問答無用の効果」と「効果がヒット・ダイス(第5版ではヒット・ポイント)に基づいている」というところにあります。影響を与えられるヒット・ポイントやヒット・ダイスは、さほど大きいものではありませんが、序盤の弱いクリーチャー相手であればかなりの効果が期待でき、しかもセーヴィング・スローいらずです。冒険の序盤はこれ一発で戦闘を決定的にするほどの破壊力が期待できるわけです。しかし、敵のヒット・ダイスやヒット・ポイントが高くなってくると、効果はほとんど期待できない。そういう序盤偏重型の呪文だったのですね。

それが今回の「2024」では「セーヴィング・スローが必要に」「その代わり中盤以降も効果が期待できる」ということで、末永く使える呪文へと変身しました。

序盤の遭遇をスリープ一発で解決できた決定力を失った代わりに、もっと長いライフサイクルを持った呪文へと生まれ変わったわけです。

それゆえ、今回の改訂をどう受け止めるかは個人差があるかもしれません。人によって「強くなった」「弱くなった」どちらの感想もありうると思います。序盤のコボルドやジャイアント・ラットをパタパタと眠らせていた決定力がなくなったことを寂しく思う人もいるかもしれませんし、ずっとレギュラーメンバー入りできるほどの変貌を遂げたことを喜ぶ人もいるかもしれません。悲喜こもごもな改訂なのではないかと思うのでした。



「2024」では多くの呪文が「使いやすくなる」方向で調整されているのですが、中には制限が課せられた呪文も存在します。その筆頭と思われるのがこちら。

■Spiritual Weapon=スピリチュアル・ウェポン

Spiritual_Weapon_Back のコピー
「2024」からはスピリチュアル・ウェポンにConcentration=コンセントレイション(精神集中)が必要となった。

スピリチュアル・ウェポンの強さは「精神集中いらず」で、ほかの呪文と組み合わせて幅広く使える点にあったのですが、やはりというか当然というか、今回からは精神集中が必要とされるようになってしまいました。この呪文は実質的に「クレリックの追加攻撃」として機能しますので(というか通常の武器攻撃よりも強い)、これまでフリーで使うことができていたのがむしろアンバランスであるというのは納得のいくところです。

ですが一方的に弱体化したかというとそんなことはなく、上位の呪文スロットを使ったときの威力は倍増しています。

 第5版=2レベル・スロットごとに1d8
 2024=1レベル・スロットごとに1d8

他の呪文と組み合わせるといった自由度は失われたスピリチュアル・ウェポンですが、純粋なパワーは増大しました。全体としてはバランスのとれた改訂になっているんじゃないでしょうか。





最後にマジック・アイテムをいくつか。先に説明した「マジック・アクション」に関連したアイテムとして呪文の巻物「Spell Scroll=スペル・スクロール」です。


■Spell Scroll of Fireball=スペル・スクロール・オヴ・ファイアーボール

Magic_Item_Spell_Scroll_of_Fireball
いかにも炎の力を蓄えていそうなファイアーボールのスクロール。3レベルまでを対象とした本製品では究極の破壊力を誇る切り札となる。


Magic_Item_Spell_Scroll_of_Fireball_Back
カードの裏面。範囲内の可燃物すべてに着火するという忘れがちな副次効果もしっかりと記載されている。

スペル・スクロール(呪文の巻物)は、呪文をCast=キャスト(発動)できるマジック・アイテムです。第5版では「アクション」を要しましたが、「2024」では「マジック・アクション」が必要であると明記されています。第5版でもスペル・スクロールとほかの呪文は同一ターンで併用できませんでしたが、よりわかりやすい形にルールが整理された印象です。




さて、そのように「マジック・アクション」が定義される中でアイテムの位置づけにも変化が生じました。その一例がポーションでしょう。


■Potion of Invisibility=ポーション・オヴ・インヴィジビリティ

Magic_Item_Potion_of_Invisibility
ポーション・オヴ・インヴィジビリティのカード表面。このポーションは液体も不可視であるため、その外見は空っぽのVial=ヴァイアル(小瓶)に見える。

見ての通り、一見しただけでは「空っぽの瓶」にしか見えないポーション・オヴ・インヴィジビリティですが、瓶を振ってみると明らかに液体の重心が移動する手応えが感じられ、あまつさえ液体の水音すら聞こえます。こういった謎めいた描写で「?」と感じ、自力でその答えに気づけると「!」と思えるところがアナログなゲームならではの文芸的な魅力かなと思います。

Magic_Item_Potion_of_Invisibility_Back
カードの裏面。2レベル呪文のインヴィジビリティに相当する効果が得られます。

上記のように、このポーションを服用すると呪文と同じ効果が得られるわけですが、ポーション・オヴ・ヒーリングのところで説明したように「2024」ではポーションは「ボーナス・アクション」で使用できるようになりました。このポーション・オヴ・インヴィジビリティも例外ではなく、ボーナス・アクションでその効果が得られます。

同様の効果をもたらすRing of Invisibility=リング・オヴ・インヴィジビリティは、姿を消すためにその都度「マジック・アクション」が必要になります。ボーナス・アクションで効果を得ることのできるポーションは相対的に手軽さが増して、その存在価値を高めたわけで、これまで以上にポーションが意識的かつ戦略的に使われていくことになるんじゃないでしょうか。




さて、以上が「2024」の「スターター・セット」のざっくりとした内容になります。

先にも書いたように、この製品はたくさんの文字を読まずにプレイすることができます。

そういう意味では趣味英語の初心者にもオススメできるわけで「D&Dのスターター」「TRPGのスターター」というばかりではなく、「英語のスターター」としても秀逸と言えます。

これまでにもさんざん書いてきましたが「英語は慣れ」であり、せっせと勤勉に勉強しなくても、長時間にわたって英語に自然な形で触れていると、わりとすぐに辞書なしで英語が読めるようになります。そういう意味では、このセットでセッションを回すと、英語の習得効果は相当なものになると思います。

もちろん、机に向かって勉強することでも英語力は向上すると思いますが、興味のあるゲームを楽しんでいるほうが苦痛も少なく、結果的には期せずして長時間触れ続けることができるはずです。

そういう意味では「2024」へのルール改訂はよい機会であり、自分の世界を広げる絶好のチャンスなのではないでしょうか。

いちど英語が読めるようになると本当に世界が広がります。ネット翻訳に頼らずに英語に触れられるようになるとその他の趣味も楽しくなりますし、社会的な承認が必要となった際に英語資格(TOEICなど)も簡単にこなせるようになります。

ぜひ、この機会に冒険へと旅立ち、世界を広げてみてください。幸運を祈っています。





最後に最後の余談。

本製品には1つだけ筆記用具を使うシートが含まれています。


Combat_Tracker

戦闘時の行動順などを記録できるCombat Tracker=コンバット・トラッカー。右上には各キャラクターのDeath Save=デス・セーヴをチェックする欄も。

筆記用具を避けてきた本製品ですが、このシートだけはいかにもRPGらしいモノクロで細かなシートです。とはいえ、肝心の筆記用具は同梱されておらず、用途的にもプレイ上「必須」というものではありません。

作りとしては、上部が糊付けされていて切り離して使える仕様であるため、シートは使い捨てというか「消耗品」という扱いです。

わざわざこんな紙にしなくとも、ほかのトークンやハウドアウトなどと一緒にPP加工された撥水仕様のボードを同梱することもできたはずで、そうすればホワイトボード用マーカーで繰り返し使うこともできたでしょう。なのに、こんなに「TRPGっぽさ」を感じさせるシートが「必須ではないオプション」として同梱されている。

製品開発者が意図したものなのかどうかわかりませんが、このことが結果的に「本格的なTRPGらしさのカケラ」「次にルールブックを手にとってもらった時のための準備運動」「いきなり文字と空想力だけの世界に放り込まれた時のための備え」になっているように感じられます。

先にウォー・シミュレーションの「へクスとユニット」について触れましたが、ああいった「本格的な趣味の雰囲気」に憧れて入ってくる新規ユーザーも少なからず存在するはずで、そういった特殊性は否定的に捉えられるべきではないと考えています。そのような「知的遊戯」が持つ誘引力は、ことTRPGにおいては「多面体ダイス」と「筆記用具とシート類」にあるような気がします。多面体ダイス(Polyhedral Dice=ポリヘドラル・ダイス)はこの製品に同梱されていて満たされるはずですので、このシートはそういった「自分は今TRPGを遊んでいるんだ」という気持ちを充足させてくれる補足アイテムとして機能するように感じられるのでした。





【この記事に関連する過去のエントリ】

■最新「5th Edition」のボックスセット『D&D Starter Set』
11年前の第5版「スターター・セット」発売時の記事

本文中でもリンクを貼っていますが、第5版の「スターター・セット」に関する当時の感想&解説。今では参照できなくなってしまった公式サイトの情報なども引用してあります。

■「RPGが生まれるまで」を描いた公式歴史書
元祖「ダンジョンズ&ドラゴンズ」誕生にまつわる公式資料集

■ダンジョンズ&ドラゴンズ D&D 50周年
「2024」コア・ルールなどについて

■40年を振り返る■コア・ルールブックの変遷
40周年のときにD&Dオフィシャルに掲載されたルールブックの変遷





RPGの成立とトールキン

その昔からよくある通説として「トールキン作品の影響を受けてD&Dが成立した」というものがあります。

とくに根拠を示されなくても、なんとなく腑に落ちるというか、「まあそういうものだろ」と思えてしまう、自然であるがゆえに広く流布した言説といえます。

では「D&D」の生みの親たちがトールキン作品のファンであったかというと、そこまでシンプルな話でもないような気がしています。

ねんのため補足しておくと「D&D」はRPGという概念を生み出した「元祖」にあたりますので、あらゆるRPGの御先祖様ということになります。

さらにねんのため補足しておくと(こんなページを見つけて読みに来る人たちには、ほとんど必要ないと思うのですが)、「トールキン」とはイギリスの作家「John Ronald Reuel Tolkien(J.R.R.トールキン)」のことで、彼の著作は映画化されて「ホビット」や「ロード・オブ・ザ・リング」として広く知られていますし、原作の邦訳版である『ホビットの冒険』や『指輪物語』も、つとに有名です。

そんなトールキンと「D&D」との関りがわかる、興味深い資料が『The Making of Original D&D 』には掲載されています。


TMoODD_thangorodrim
その資料とは、1969年から1970年にかけて発行されたFanzine(ファンジン)「Thangorodrim(サンゴロドリム)」です。

順を追って説明していきますと、「ファンジン」とは、まさに「ファン」による「マガジン」という意味の造語で、現在の「同人誌」「ミニコミ誌」に近いものを指します。日本でもかつてはSFファンやアニメファンによる同人誌的なものをファンジンと称していましたが、現在はあまり使われているのを目にしません。で、この「Thangorodrim」はゲームサークルの会報的なファンジンとして機能していたようです。

そして「Thangorodrim」とは、トールキン世界に出てくる「山」の名称。3つの峰が連なる巨大な火山なのですが、一連の映画を見た人の中には「そんな山、出てきたっけ?」と思う方もいるかもしれません。映画には出てきませんので、記憶にないのが正解です。この火山は「the First Age」に存在した山で、あの映画の時代からは数千年もの時代を遡りますし、一連の映画とは直接的な関係はありません。

そんな山の名前を冠したファン会報に、D&Dの生みの親であるゲイリー・ガイギャックス氏が記事を執筆しています。

その名も「Grayte Wourmes(グレイト・ワームズ)」。タイトルのとおりドラゴンを紹介していくコラムです。

TMoODD_Grayte_Wourmes

この記事でゲイリー・ガイギャックス氏は、さまざまなドラゴンのバリエーション設定を開示していて、それらは後年の「D&D」に出てくるおなじみのドラゴンたちの設定そのままです。「D&D」が生まれる4~5年も前から、ゲイリー・ガイギャックス氏のアタマの中には「グリーン・ドラゴン」「ブルー・ドラゴン」といった五色のドラゴンの明確なイメージがあったということがわかります。これらドラゴンの設定は「D&D」のもとになったシミュレーション・ゲーム「Chainmail」でも言及され、現在もほぼそのまま「D&D」に継承されています。

ところで、この「Thangorodrim」ですが、その名のとおりトールキン世界を舞台にしたゲームサークルの会報で、そのサークルではミドルアース(Middle-earth=中つ国)の設定を使って「ディプロマシー」というボードゲームをプレイしていたようです。

「ディプロマシー」というゲームは、とってもシンプルで、もともとは第一次世界大戦前の世界を舞台にした戦略ゲームです。特徴としては「乱数を使わない」ことや、「複雑なプレイヤーの手番のようなものがない」ことから、プレイヤー同士が「一堂に会する」必要がありません。むしろ「密約」や「裏同盟」などが重要な役割を果たしますので、相互の会話が聴き取れないほうが(もっと言うと相互に会話したことすら気づかれないほうが)より高度で奥深いプレイが楽しめるという側面もあります。ゆえに、インターネット以前の時代には郵便の手紙で遊ぶ「プレイ・バイ・メール」に好適で、この「Thangorodrim」のサークルに参加したプレイヤーたちは「ARNOR(アーノール)」だの「MORDOR(モルドール)」だのといった陣営に分かれてミドルアースの覇権を争っていたわけです。

ディプロマシー
ウィザーズ・オブ・ザ・コースト(Wizards of the Coast)

ちなみに、この「ディプロマシー」というゲーム、ファンタジー戦役とは相性がよく、大ヒットしたドラマシリーズ『A Game of Thrones(ゲーム・オブ・スローンズ)』のボードゲームも「ディプロマシー」をベースにしています。


このボードゲームは「ドラマ」ではなくて「原作」のほうに基づいていますので、ドラマでは削除されてしまった人物も登場していて、よりマニアックな仕上がりになっています。

A Game of Thrones the Board Game
Petersen, Christian T.
Fantasy Flight Pub Inc
2019-06-18



さて話を戻しまして、そんな「トールキン・ファン」が集まるサークルの会報「Thangorodrim」なわけですが、この資料を見て感じるのは「へー、そんなに古い時代からドラゴンの設定があったんだ」という意外な驚きもさることながら、むしろ「ガイギャックス氏のトールキン作品に対する姿勢」が垣間見えるようで、そちらのほうがこの資料の興味深いポイントであるように思えます。

そもそも「Thangorodrim」と言えば、黒いドラゴン「Ancalagon the Black(黒竜アンカラゴン)」にゆかりの深い、ミドルアース北方のロケーションです。アンカラゴンの強烈な炎は伝説となっていて、劇中でもガンダルフがどんなドラゴンよりも強い炎の持ち主として挙げているほど。そんな名称を冠した会報に、ゲイリー・ガイギャックス氏は「ブラック・ドラゴンは酸のブレスを吐いて、南方のジャングルに生息しているんだ」などと「僕のかんがえたドラゴン」を寄稿しているわけです。

ふつう、ファンによる創作というのは、もうちょっと「作品世界の設定」に寄り添ったものになるものです。「劇中では描かれていない空白の時代を埋める設定を考えた」だとか「登場人物たちの関係性について掘り下げてストーリーを作ってみた」だとか、そういったものになるはずで、ミドルアースを舞台にするならば劇中の登場人物や地名と連動していたりするなど、なんらか「原作の設定に基づく」のがファン的な二次創作と言えるものでしょう。ところが、ゲイリー・ガイギャックス氏の文章にはトールキン的な地名は一切出てこず、たんに「East=東」だとか「South=南」だとか書かれているのみ。どこにもファン創作特有の「熱量」や「愛情」、「執着」といったものが感じられないのでした。少なくともゲイリー・ガイギャックス氏にとって、このサークルに参加した目的は「トールキン以外」のところにあったんじゃないかと、そのように思われるほどに無関心なことこの上ないのです。

この資料の興味深いところは、「有名になる前」のゲイリー・ガイギャックス氏の「デフォルトの姿勢」がわかるところで、少なくともこの資料からはゲイリー・ガイギャックス氏がトールキン作品の熱心なファンである形跡は感じ取れません。

そのようにトールキン作品に興味がなさげなゲイリー・ガイギャックス氏ですが、D&Dの前身となるシミュレーション『Chainmail』にはトールキン作品のモンスターが収録されていました。

TMoODD_Fantasy_Supplement
D&Dの前身となるシミュレーション・ゲーム『Chainmail』は、中世の戦闘を扱ったヒストリカル・シミュレーションだったわけですが、それに「ファンタジー要素」を追加するためのサプリメントが「Fantasy Supplement」でした。これもまた『The Making of Original Dungeons & Dragons』に収録されています。

さて、前述のとおりゲイリー・ガイギャックス氏自身は、あんまりトールキンに傾倒しているようには見えないわけですが、『Chainmail』のサプリメントには「トールキンっぽい要素」が入っているわけです。なんでそんなことになったのかというと、これについてはゲイリー・ガイギャックス&デイヴ・アーネソン氏の研究家であるKent David Kelly氏による著作『HAWK & MOOR』で次のように書かれています。

Gary, however, had included Tolkien monsters in the Fantasy Supplement not because he loved Middle Earth (he enjoyed The Hobbit, but found The Lord of the Rings to be boring, and never seemed to have made it through the explanatory appendices), but rather because he knew that The Lord of the Rings was by far the most read work of fantasy fiction in the United States.  He included Tolkienesque monsters to encourage sales, although his own tastes leaned more towards the classic pulp adventures of Swords & Sorcery.

ゲイリーはトールキン作品のモンスターたちを「Fantasy Supplement」に収録したが、それはミドルアースが好きだったからではなく、『The Lord of the Rings』がアメリカでもっとも広く読まれているファンタジー・フィクションだと知っていたからだった(彼は『The Hobbit』は楽しんだものの、『The Lord of the Rings』は退屈だとみなしていて、『追補編』まで通して読んだことは決して無かったものと見受けられる)。ゲイリーがトールキネスクな(トールキン風の)モンスターを入れたのは売り上げを伸ばすためで、彼自身の嗜好はクラシックなパルプ冒険小説のソード&ソーサリーのほうに寄っていた。

ありていに言うと「売るために知名度の高いコンテンツの要素を盛り込んだ」ということになります。ゲイリー・ガイギャックス氏の立場から、ものすごく端的な表現をするならば「自分は退屈だと思うけど、好きな人が多いから入れた」となるわけです。自分は好きでもないのに、肌感としてトールキンがウケていることはわかっていた。「なるほど、みんなトールキンでゲームしたいのだな」という実感は、こうしたグループに参加したりしたファン活動を通じて感じ取れた部分もあるんじゃないかと、そのように思うのでした。

ゲイリー・ガイギャックス氏は、生前いろいろなサイトに降臨してファンと交流し、さまざまな疑問に答えていましたが、その中でやはり明確に上記と同じ主旨の回答をしています。
I was absolutely certain that the D&D game would be popular and have legs back in 1972 when I completed the initial draft of the rules. That assurance never wavered from then on.

The size of the potential audience was not ascertained by me or anyone else, however. I was thinking of the customer base being military game fans and imaginative literature (SF, fantasy, horror, occult) readers--maybe 100,000 persons or so. That's why I was careful to add as much as possible to appeal to the fans of J.R.R.T. so as to broaden the audience base.

私にはD&Dが人気を得て、永続的に続くであろうという確信が、1972年の時点、私がルールの草稿を書き上げた段階でありました。その確信は揺らぐことはありませんでした。

ですが、潜在的な顧客の数は私にもわかりませんでしたし、誰にわかるものでもありませんでした。私が想定していた購買者層は、ミリタリーゲームのファンとイマジナティヴな文芸(SFやファンタジー、ホラー、オカルトなど)の読者たちで、おそらくは10万人か、そのぐらいであろうと思われました。だからこそ私は、念には念を入れて、ファン層をより広げられるよう、J.R.R.T.(トールキン)のファン層にもアピールしたのです。
(DRAGONSFOOT FORUMS 2005年3月15日)

ゲイリー・ガイギャックス氏がトールキン的な要素を『Chainmail』に取り入れた経緯は、きわめて実利的な判断ということになりますが、返して言えば「ユーザーのニーズが理解できていた」という言い方もできます。ある意味で優秀なマーケッターと言えるのではないでしょうか。「ゲームを作って生きる」と覚悟を決めた同氏は的確に時代のニーズを読み取って、中世を舞台にしたシミュレーションゲームにファンタジー要素を盛り込み、新しい市場を切り拓いていったわけです。

そもそもD&Dによって確立されたRPGはアクション・オリエンテッドで、トールキン作品のコンセプトとはアプローチが異なります。トールキン作品は映画でこそ「バリバリのアクション」に魔改造レベルでチューニングされていますが、原作では単純明快な娯楽的バトルはさほど多くありません。「The Hobbit(ホビット)」でもほとんどアクションシーンはありませんし、クライマックスの「The Battle of the Five Armies(五軍の合戦)」も映画のような派手なシーン描写はありません。ビルボは早々に気を失って、気がついたらケリがついていた……みたいな展開です。巨大なドラゴンSmaug(スマウグ)でさえも物語中に倒されるシーンの描写はなく、「あれ? あいつ死んだの?」みたいな気づいたら死んでいたというぐらいにアクション描写を避けてあります。現代の娯楽感覚だと「竜殺し」のシーンは絶対に盛り込むところでしょうが、それよりも「ドラゴンはどうなった?」という緊迫感を引っ張るほうで物語を盛り上げている印象です。「The Lord of the Rings(ロード・オブ・ザ・リング=指輪物語)」も基本的には「戦闘を回避」の方向に進むので、印象としては「逃げてばっかり」であり、序盤で挫折する人が多いのも無理からぬことではないかと思うのです。トールキン作品は魔術や呪術に対して抑制的ですし、定命の者たちに恩恵をさすげてくれる神様や信仰も存在しないので、あの世界観をベースにしたとしたら便利な呪文を無数に備えた魔法システムも実現しなかった可能性が高いでしょう。表層的にはD&Dとトールキン作品はつながってみえるかもしれませんが、トールキンの文学性に傾倒していたらあんな娯楽性の高い、明瞭なダンジョンハックゲームとなることはなかったように思います。

と、そのようにD&Dとトールキン作品は、ぱっと見でつながって見えますが、本質的に異なる点が多く、それらを直系の系譜のように語るのは、ちょっと難しいというのが現実です。その一方で、ゲイリー・ガイギャックス氏がD&Dの前身となる『Chainmail』にトールキン・ファンを取り込むための要素を加えたことは歴史的事実としてあるわけです。

この関係は「Thangorodrim」でゲイリー・ガイギャックス氏が示した姿勢に通じているように思います。ミドルアースで遊ぶサークルに参加しておきながらトールキン作品とはまったく無縁の自己設定を開示してしまう自分流のスタイル。これをして「空気を読まない」とまで言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、必要以上に周囲を意識しすぎないメンタルが垣間見えます。後年になって、『指輪物語』という不動の地位を確立した「文学作品」に対し、きっぱりと「退屈」という忌憚のない感想を述べている同氏です。そのように自分の嗜好を明確にしつつも、しかしながら自分が好みとするわけではない要素も取り入れてしまう柔軟な姿勢。この『Thangorodrim』にはトールキン作品とD&Dとの関係がよく現れているように思います。


【50周年や振り返りの記事】

■「RPGが生まれるまで」を描いた公式歴史書
元祖「ダンジョンズ&ドラゴンズ」誕生にまつわる公式資料集

■ダンジョンズ&ドラゴンズ D&D 50周年
「2024」コア・ルールなどについて

■新生「D&D 5th Edition」始動!
「5th Edition=第5版」が発表されたときの記事

■40年を振り返る■コア・ルールブックの変遷
40周年のときにD&Dオフィシャルに掲載されたルールブックの変遷

■最新「5th Edition」のボックスセット『D&D Starter Set』
「Starter Set(スターター・セット)」のコンセプトについて
☆「ファンデルヴァーの失われた鉱山」を遊んだ人にとっては、
10年ぶりの「答え合わせ」ができる記事だと思います。

公式キャラクター・シート開封■2024 D&D

「2024」こと「D&D 2024」ですが、今回も公式アクセサリとしての「キャラクター・シート」がリリースされています。

「2024 D&D Character Sheets」
Character_Sheet_Front_01
このデジタル化された社会で、いまさら公式のキャラクター・シートを販売する意義とはなんぞや、と思わないでもないのですが、今回もきちんとした製品としてのキャラクター・シートが単独製品として発売されました。

Character_Sheet_Back_
製品の背面。「勇者たちを作ろう、その者たちは伝説となる=Create Heroes Who Become Legends」とあります。既存の製品は、いわゆる「シュリンク」というやつで、製品全体がラッピング保護されていたのですが、今回からは環境への配慮からかプラスチックなどを使わない梱包に。中身のシートだけ抜き取られたりしないよう「開封済みかどうか」がわかるように紙にミシン目のジッパーが付いた仕様となりました。日本だとお菓子の箱などでよく見かけるタイプのものです。

Character_Sheet_opening
ジッパーをペチペチと開けていくと、内部からキャラクター・シートを収めたフォルダが現れます。


Character_Sheet_on_Sleeve_
見開きのフォルダには、左右25枚ずつ。合計で50枚のキャラクターシートが収納されています。50枚は両面印刷で、すべて同じデザイン。


Character_Sheet_Main_page
表面には全クラス共通の基本情報を効率的に配置。第5版だと技能(Skill)が一覧になっていましたが、今回は技能(Skill)が各能力値(Ability Score)に紐づく形で分散配置されています。


Character_Sheet_Spell_List_
こちらは裏面。呪文(Spell)リストのCとRとMはチェックボックスになっています。それぞれ「Concentration=コンセントレイション(精神集中)」「Ritual=リチュアル(儀式)」「Material Component=マテリアル・コンポーネント(物質要素)」の頭文字ですね。装備(Equiiment)の欄に3つの「Magic Item Attunement=アテューンメント(同調)」の欄があるのも2024版ならではの工夫ではないでしょうか。マジック・アイテムはどうせ3つまでしか同調できないのですから、最初から3つの欄を設けておくのは管理上の利便性からも、とても合理的なのではないかと思いました。


冒頭でも「本製品を発売する意義は?」と書いたように、現在はネットワーク上から同じキャラクター・シートが無料でダウンロードできてしまいます。「あえてお金を出して公式のキャラクターシートを買うか?」と思ったりもしたのですが、コロナ以降「人と人とが直接対面する価値」が見直されてきていると思います。実際に集まってゲームをする際に、公式アクセサリとして専用フォルダから取り出して配布するという演出を挟むと、それ相応に場の雰囲気の演出としては有効なんじゃないかと思います。OA用紙のコピーではなく、わざわざ「有料のアクセサリ」を配布するのは、ゲームを楽しむ時間に特別な価値を添えてくれるというのはあるかなと思います。紙のキャラクターシートは時間を経て、やがて「思い出」「記憶」へと昇華されていきます。それが正式なオフィシャル版シートに記されているというのは、いつか遠い未来に振り返ったとき、そのセッションの参加者たちの気持ちに思った以上の価値を添えてくれるんじゃないかと思います。


【50周年や振り返りの記事】

■「RPGが生まれるまで」を描いた公式歴史書
元祖「ダンジョンズ&ドラゴンズ」誕生にまつわる公式資料集

■ダンジョンズ&ドラゴンズ D&D 50周年
「2024」コア・ルールなどについて

■新生「D&D 5th Edition」始動!
「5th Edition=第5版」が発表されたときの記事

■40年を振り返る■コア・ルールブックの変遷
40周年のときにD&Dオフィシャルに掲載されたルールブックの変遷

■最新「5th Edition」のボックスセット『D&D Starter Set』
「Starter Set(スターター・セット)」のコンセプトについて
☆「ファンデルヴァーの失われた鉱山」を遊んだ人にとっては、
10年ぶりの「答え合わせ」ができる記事だと思います。