インフォガイア <マレーシアほんやく@infogaia>

気分次第のシャンソン歌詞翻訳や、お堅くて笑いのない契約書類翻訳、工業産業技術、機械などの技術翻訳、Linux OSに関するIT情報翻訳、これまた、フッと思い立ったときのマレーソング(ラグチンタ)歌詞翻訳、映像翻訳をしています。対象言語は英語がコア言語ですが、フランス語マレー語、アラビア語の翻訳や、いわゆる多言語環境のウェブ翻訳サービスも提供しています。南国の景観が結構気に入っています。英語やらアラビア語、あるいはフランス語といってもただの一地方の世界方言。この点で、イスラム教徒じゃありませんが、西側世界から嫌われ者の庶民ムスリムを陰ながら応援します。السلام عليكمアッサラームアライクム!貧乏人イスラム教徒もはやく中国人みたいにリッチになってくれることを願っています...そうすりゃ、思想宗教は違っても絶対にお友達になれるはずなのです...アルハムドリラーです... Hello, there. Welcome to our blog site. We provide translation service in such languages as Japanese/English/Bahasa Malaysia/Arabic/French... People of our group love tropical scenery here. Ah! c'est bon...bon comme du pain, c'est beau la vie en plein soleil...

Alyah みなみの島の愛の詩 Alyah Kisah Hati3

 しばらくぶりの「南の島の愛の詩」です。アルヤちゃんとおっしゃる歌姫を紹介しましょう。「キサ・ハティ」、つまり「こころのお伽話」という曲です。

 いろいろYouTubeなどを流離っておりますとときに大変な発見をするものです。
ぼくは、恥ずかしながらこのアルヤ嬢をつい最近までしりませんでした。もっと早くに知っていればととても残念であります。彼女たちの「愛」のかたちに圧倒されてしまいます。
 
フランス文学などの愛などは、次からつぎへと言葉の嵐、何かを言わなきゃ気がおさまらんのでしょう。とってもややこしくて、辞書と格闘しないといけません。

 でも南の島のプルンポワンやガディスの方々は言葉少なに思いを語るのです。ひとつひとつの言葉が熾火のような熱を保っているのですね。

 ぼくの友人ですでに還暦を通過された先輩がいらっしゃいまして、つまりかれの奥さんがタイのお方でいらっしゃるとか。で、しょっちゅうですね、日本とタイを往来されているのですね。最近「困窮邦人」などという本が人気を博していると聞いていますが、東南アジアのほうがご先祖さまの祖国よりもずっと過ごしやすいのでありましょう。その先輩もほのかな愛の残り火が恋しいのでしょう。愛があれば貧乏など、困窮生活など何ほどのことか!平気の平座で御座候う。こいつあぁ〜、窮乏生活を体験したことのない常識人には永久にわからんのでしょうが。


Alyah

Kisah Hati

Hatiku hatimu
Menjadi satu cinta
Ku rasa hadirmu menyempurnakan aku
Tapi cinta bukan milik kita
Semua harus berakhir


わたしのこころ、あなたのこころ
愛しあっていたの、ひとつになって
感じていたわ、あなたがいるだけで満たされていたわたし
でも、その愛って、わたし達だけのものじゃなかったのね
すべてがこんな風に終焉ってしまうなんて

Cinta kau dan aku
Takkan mungkin bersatu
Untuk saat ini di dunia ini
Mungkin kita bersama
Nanti di atas sana
Biar ku setia menjaga cintamu
Selamanya

あなたとわたしの愛のものがたり
一緒になんかなれっこなかったのね
現し世の陽炎のようなひとときに
でも、わたしたちきっとめぐりあうとおもう
待っているわ、あの雲居のかなた
穢れないわたしのこころで、ずっとあなたの愛を守りつづける
いつまでも、スラマニャ

Tapi cinta bukan milik kita
Semua harus berakhir

でも、その愛って、わたし達だけのものじゃなかったのね
すべてがこんな風に終焉ってしまうなんて

(あとはリフレイン .... )

Cinta kau dan aku
Takkan mungkin bersatu
Untuk saat ini di dunia ini
Mungkin kita bersama
Nanti di atas sana
Biar ku setia menjaga cintamu

Cinta kau dan aku
Takkan mungkin bersatu
Untuk saat ini di dunia ini

Biar ku setia menjaga cintamu
Selamanya


I have quoted these lyrics only for the purposes of education, enlightenment, friendship among concerned nations, peoples and countries. The song and lyrics are strictly proprietary of Alyah and the artists engaged...

youtubeはここで聴いてください。バヤン(影絵)がみごと。幻想的で、このラグとの調和がいい。
http://www.youtube.com/watch?v=wqZphO9us8k&feature=related

ジャン・フェラくんのシャンソン Jean Ferrat Les Poètes4

ぼくの好きなjean ferratくん。<レ・ポエット>

グダグダと歳月を重ねて行き場を喪ったぼくら...ついに辿りついたとある場末の安ホテルの一室...ここで暮らすのか...これから2年、否、3年?かあちゃんと子供を国に置いてけぼりにして?...一体、なんのためだったのか、ぼくの生活は。35年間もの変化のない苦悩の時がまたぞろぼくにのしかかる...寝苦しい夜と闇。隣の部屋がやけに騒々しい...いつものことだが...また夢を視てしまったようだ、同じ夢、でもぜったいに思い返せない夢の鱗雲。
そんな時に聴いてほしい。ジンとくるシャンソンを紹介。

Jean Ferrat
LES POÈTES
Extrait du poème d'Aragon "Prologue"


Je ne sais ce qui me possède
Et me pousse à dire à voix haute
Ni pour la pitié ni pour l'aide
Ni comme on avouerait ses fautes
Ce qui m'habite et qui m'obsède


なにかにぼくは憑かれているのだろうか、それがなにか知る由もない
ぼくはそいつにおおきな声でなにかを言わされる
でも、憐れみとか助けをもとめる叫びじゃない
自分の欠点を告白って類でもない
そいつは、ぼくの中にすみついてぼくをとらえてはなさない

Celui qui chante se torture
Quels cris en moi quel animal
Je tue ou quelle créature
Au nom du bien au nom du mal
Seuls le savent ceux qui se turent

詩をうたうものは身をひきさかれるおもい
ぼくのなかの叫びと名も知れぬ獣の
息の根を断ってやろう、でも、いかなる獣なのか
善と悪の名において
黙して語らぬものたちだけが
そいつの名を知っている

Machado dort à Collioure
Trois pas suffirent hors d'Espagne
Que le ciel pour lui se fît lourd
Il s'assit dans cette campagne
Et ferma les yeux pour toujours

コリユールの丘にマチャドが眠る
そう、たったの三歩、エスパーニャをいでて三歩の丘に
蒼穹の空がかれに重くのしかかる、それがなんだ
かれはこの村に居座り続けるだろう
いつまでもまなこを閉ざしながら

Au-dessus des eaux et des plaines
Au-dessus des toits des collines
Un plain-chant monte à gorge pleine
Est-ce vers l'étoile Hölderlin
Est-ce vers l'étoile Verlaine

湖水と平原を睥睨するかのように
丘陵の屋根のうえに聴こえるろうか聖歌が湧き上がるのを
ヘルダーリンの星に詩っているのだろうか
ヴェルレーヌの星に詩っているのだろうか

Marlowe il te faut la taverne
Non pour Faust mais pour y mourir
Entre les tueurs qui te cernent
De leurs poignards et de leurs rires
A la lueur d'une lanterne


マーローよ、きみには居酒屋が必要だったのさ
ファウスト博士のためじゃなく、そこで死を迎えるために
きみを追い詰める殺し屋に囲まれて
連中のこぶしと嘲笑がきみに襲いかかる
ほの暗い行灯の影のもと

Étoiles poussières de flammes
En août qui tombez sur le sol
Tout le ciel cette nuit proclame
L'hécatombe des rossignols
Mais que sait l'univers du drame

夜空の星は炎の埃
八月の夜空から大地に落ちてくる
その夜、空いっぱいが証言者
ロシニョールたちの殺戮の
だが広大なドラマの果てを誰が知ろうか

La souffrance enfante les songes
Comme une ruche ses abeilles
L'homme crie où son fer le ronge
Et sa plaie engendre un soleil
Plus beau que les anciens mensonges

Je ne sais ce qui me possède
Et me pousse à dire à voix haute
Ni pour la pitié ni pour l'aide
Ni comme on avouerait ses fautes
Ce qui m'habite et qui m'obsède


I have quoted these lyrics only for the purposes of education, enlightenment, friendship among concerned peoples and countries. The song and lyrics are strictly proprietary of Jean Ferrat and the artists engaged...

Fauziah Latiff Aku sebatang kara4


この前、遊遊自在翻訳などやってられるか、などと大ボラを吹いてしまった。

しかし今日またファウジアちゃんの曲を聴いてしまい、こころに響くものあり、あまりにいい曲なので日本語にしておこう、とおもってしまったのです...震災から6ヶ月以上経ったいま、ラグチンタも良いのではと愚考する次第。
 一方このラグはyoutubeでもviewした方が901人と、とっても少ないのがぼくの好みにあっているようだ。蕭条としてさらっと歌い込んでいるのですが、抑え込んだ分だけ、エモーションが爆発しそうなラグチンタ...ファウジアちゃんてきれいだなとあらためて感心。歌詞はちょっと意味深なようなのでちょっと考えてみたいと想います。

参考にLyricsをここにかいておこう。みなさんもみずからチャレンジ?国際交流なんてこういうところから始まるんではないのか、などとおもってしまいます。
さて、ラグチンタのタイトル「アク・スバタン・カラ」とはいかなる意味か?「スバタン」とは、ひと粒?、「カラ」とは辞書にあたると「豆」とか「ピーナッツ」などとある。また「kacangカチャン」などとあるからシンガポールやマレーシアに旅行にいったり、あるいはお住まいの方にはすぐピンとくるであろう...ああ、アイスカチャン!美味しかったなあ〜。

 以前も記載した記憶があるが、これからマレー語を勉強してみたい、民間外交の名も無き礎となりたいと願う名も知らぬ有志の方のために、しつこく辞書を紹介しておこう。マレーシア政府のオンライン辞書 <Pusat Rujukan Persuratan Melayu>でチャリしてみると、sebatang karaとは、「all alone=天涯孤独の、たった一人で」などとあった。
例:Saya hidup sebatang kara di dunia ini などと慣用的に使うらしい。マレー語もなかなか奥深い。
あと、ついでにご紹介申し上げると、このオンライン辞書、例文が豊富でなかなかのスグレモノですが、マレー語・マレー語およびマレー語・英語の辞書なので使いたい人は覚悟が必要かとおもう。また土日や休日はコネクションが最悪です。(もしかして、土日はお休みとか?...さすがマレーシアっすね)

Fauziah Latiff

Aku Sebatang Kara


Sejak usia yang mentah
Aku telah melangkah
Mengenali... hidup yang getir...

Pada tingkat dewasa
Aku lebih tercabar
Kehidupan dalam penitian
Onak duri datang silih berganti...

Aku tak pernah menyerah
Walau badai yang melimpah
Ku aturi tiap langkah dengan gagah
Keringat ku yang mengalir
Perjuangan tak berakhir


Sehinggalah ke hujung titian
Garis yang menamatkan
Perjalanan...

Tangis dalam senyum tiada insan yang tahu
Tiada insan yang bakal mengerti
Jalanan ku tidak seindah mimpi oh...

Tangis dalam senyum ku tiada insan yang tahu
Bahagia... deritaku...
Sebatang kara... oh... hm... m...


youtubeはここ。
http://www.youtube.com/watch?v=dODOLtJnbR0&NR=1

シャンソンをききながら...3

しばらくシャンソンを遊々自在翻訳してなかった。

 震災と津波と福島原発連鎖大爆発...あれからいろんな事があった。いろんなことを考えた。遊々自在翻訳などと言ってる場合か!....

 海のむこうの朋友からもお見舞いのメールなど、若干であるが頂戴もしてきた。ほんとうにありがたいと想った。友あり遠方よりメール来る。だが何を書いたらよいのだろう、ぼくらには真実が知らされていないことをはっきり言うべきなのか。ぼくらは恐怖する、予想だに出来ない真実のすがたは未来に見え隠れしているのではないか?...

 かってどさ回りの営業マンで数々の事業所を駆けずり回って、何千というカスタマーにお会いし名刺を交換してきたが誰一人として朋友はできなかった。かってぼくらの尊敬すべき上司がおしゃっていたことを思い出す...「お客さんとは、友だちにはなれない。」...まさにそのとおりとなってしまった。いま思い返すと、その方も友だちができなかったのであろう。クソ長い人生をたったひとつの影をひきずって歩く。これがぼくらの浮世だとおもう。

 シャンソンを聴くとなにかを語りたくなる。そういうものか。ぼくの場合はどうもそうらしい。マレーソング、ラグ・チンタも同じ効能があるのだろうか。音楽はひとを饒舌にするのか?おそらく人様に聴いてもらえない言葉をメロディーに託すのであろう。歌詞などどうでもいいのかもしれない。


日本語入力など4

SuSe11.3 この感じがいい。スーザのgnome渋いですね。

susedesk1

ぼくのSuseの画面。
日本語入力はSCIM-Anthyを使ってますが、ubuntuのそれよりスムースなようです....

No.2 wine報告続き- Windows98 三葉虫そふと5

ubuntuでwine1.3を使って古いWIN98ソフトをトライと紹介...ソフトは動くがひどい文字化けならぬ全く日本が出ない...解決策としてロケール<システムワイドの言語設定>を日本語に変えたら文字化け無しになるだろうとかきましたがさっそく試した。 綺麗に日本文字が出ました。
永世名人将棋shot

ウ〜ム・・よく出来た。また動きも快適俊敏です。
こんな具合...

永世名人2



ということで小生満足です。

また、因みにubuntuにwineをインストールして設定しました。日本語入力システムは、グーグルが開発したというMOZCと定番のAnthyを使用。
でもなんか句読点が変ですね...解決策、対応策はあるか?

wine報告<ちょっとお遊び....Windows98 三葉虫そふと>4

Shogipic1
Linux Ubuntu wine1.3...ちょっと遊んでみようとWindows98で使った名人将棋を発見。(かってIBMThinkPadについてきたアプリ)

かなりまえにも、SuSeで試したので、今回はubuntu11.04でためす。 wineは1.3で仕上がりは上記写真となりました...でもロケールを英語にしてあるので日本語が皆...□□□...になってしまった。
おそらくはロケールを日本語にすれば解決するであろう。

ただ将棋も佳境になると、つまりこっちが勝ちそうになった土壇場でいつもフリーズするので、どなたか解決法をご存知であればご教授してほしい。

このごろお国にはやるもの...戯れ歌を祖国にささげます5

 やっぱりというか、予想はついていたのではありますが、この福島原発事故の真の原因究明もなされないまま、うやもやになろうとしています。変化の兆しとして、ジャーナリストの広瀬隆氏と明石昇二郎氏の両氏が、7月15日、原子力発電族の親方連中を刑事告発されたという自由報道協会ニュースがあった。おそらくまったく無視されるであろうと考えていたが、やはり、9月7日になってもなんのフォローアップ報道もないのである。ぼくらの社会正義や弱者を守りたいという自然な感情はどこに消えてしまったのか。もうぼくらの日本では、真実を正面から見据えることがタブーとなりつつあるのかも知れない。
 日ごろの鬱憤を晴らすべくすこしく戯れ歌をものしてみた。これは、被災者の方々を馬鹿にしたものではないことをご了解して頂きたい。むしろ、発言の場の無いぼくら有象無象の、得体の知れない権力機構に対する儚い告発であると理解して戴ければと願うのです。

このごろお国にはやるもの 
(天下御免のNHKに報道をまかしておいていいのか?とぼくは愚考するのです...)

このごろ都にはやるもの
ヨウ素、セシウム、液状化
ホウレンソウも小女子も
はたまた水道の
水も信じちゃいけません
最近じゃ、しゃぶしゃぶ牛肉が
あなおそろしや放射能
百倍拾倍五千倍

ああ、一方で、
何とも懲りない先生方が
立派な肩書ぶらさげて
訳の分らぬ解説を
秒刻み分刻みで垂れ流す

ああ、みなさん
掛け値なしの風評被害とは
あなたがたエラサンの
存在自体と発言なのです

みんなわかっているけれど
言ってししまえば失業貧乏
ながいものにはまかれろなんて
言う連中は
きまってみんなお金持ち

さてみなさん
これで終わりじゃありません
つい最近もあちこちの
ぼくらの子供が通ってる
学びの園の学校で
学校給食大騒ぎ

穢れを知らない小さな命
純粋無垢のそのまなこ
わたしもぼくも怖いんです
野菜もお肉も匂いがするの
噂にきいたセシウムが
たんまりはいっているかも知れず
食べたくないの金輪際

おかあちゃんも言ってたよ
心配だから今日からは
弁当もっていきなさい
校長先生ごめんなさい
お役人のお言葉や
勲章を待ってらっしゃる先生方も
まるで信用できないの

だってだって
ぼくもわたしもまだ若いのよ
これからぼくらの人生を
とことん楽しむつもりなの

ああ、それにしても
はっきり言わない人たちね
ぼくらは入れぬ雲居のお庭
いったい何年お勉強
積んでできたのか大先生

ああこの浮世、真実があるのなら
言ってほしいの今すぐに
見せてほしいの迷わずに
あんたに好漢(おとこ)の肝あれば
もっと世の中ハッピーに
楽しい人生おくれるの
愉快な人生なんて、やはり夢の中?

嗚呼、みなさん
こんな調子で責任者を追及しましょう。ぼくら青空びんぼう人の有象無象も数がそろえば大勢力となります。
どうでしょうか?







 
 
 

このごろお国にはやるもの5

この前、一言いわせてほしい、と書きました。が、あれからしばらく世の中のことなど見聞きするほどにあほらしくなるほど腹がたって夜も眠れず、睡眠不足がたたって首筋を寝違えてしまいました。
それにしてもですね、あの有名な、国家のエネルギーの根幹を担う原子力安全委員会やら保安院のかたがた、どっかの学校の先生やら超エリートをお集めになったと聞き及んでおりましたが、何をか言わんやですね。ヤラセやら隠蔽やら、はたまた恫喝偽善と欺瞞怠慢など、その辺のチンピラさんぴんと変わるところがなかったのですね。破廉恥と恥辱とオジェジェにまみれた魑魅魍魎の群れであったのでした。

ぼくら下々の、青空プータロウ失業者としては、まったく発言の場などあるはずもないのではありますが、それでもブログなどで少しばかり鬱憤をはらさにゃああ、などと筆をとった次第。しばらく、ぼくら場末の貧乏人の思いをつづってみたいと思うのです...

ひと言云わせてほしい。3

今日は7月23日土曜日、大震災と津波、それとあの忌まわしい原発の大爆発から四ヶ月が過ぎた。しばらく何も書いていなかったので思いを書き留めておこう。

あれから色んな事が報道され議論されてきたが、原発事故に関して言えば、予想通りウダウダ、グダグダ、核心に触れることがタブーであるかの如き垂れ流し下痢便議論続出で、ぼくら庶民の大方はすでに白旗を掲げつつあるところ。かくなる絶望感は何故であろうか。頭をめぐらしよくよく思考実験してみれば、一蓮托生の先生方やお偉方、はたまたお殿様などのお仲間たちだけが、右と左にお別れになって、ディベートゲームに興じていらっしゃる、のであると解ったのである。

NHKでも、どこぞの放送局でもよいのだが、どれもこれも表面的な、表層的な報道で終始しており、突っ込みが足りないように思う。核心にちかづいて来たなと思うと、司会者がするりと躱して別の話題にすりかえしてしまう。あるいは、裏の裏に潜む巨悪や矛盾を避け、苦しみさまよう庶民の苦境のみを報道しているだけである。

議論や討論を実施するまえに、結論はすでに整えられており、見せかけだけの討論会。庶民から智恵を求めることはないであろうと思う。例えば、福島からはすでに何万という児童が転校転出をしているという。お上の情報報道がまったく信用できないからだ。最後は自分の判断で生き延びることしか出来ないのであろう。

かくして、真実は永久に明らかにされず、ぼくらはまたぞろ闇の中を彷徨う見殺しにされる付和雷同の労働者の群れでしかないのか。

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