この素晴らしき薄汚れた世界

マスコミの情報操作されたニュースを鵜呑みにせず、 自分で調べた事実に基づき、世界の真実の姿を浮き彫りにしたいと思っています。

日本の精神風土

日本では文化スタイルとして、あまり質問しない。疑問や質問は、一定の暗黙裡に了解された枠中でなら受け入れられるが、答えも枠中の規則通りのことが多い。文化全体、社会全体、個人の意識の中にも、枠をはみ出た質問は失礼、すべきでないという暗黙の了解がある。

自由に、立場が上の人の発言に対しても、疑問を持ち、自由に質問ができるという精神的土壌がないと、物事を深く考えたり、わからないことをわかるようにするという、知的精神活動が抑制される結果、個人の自由意志や積極性も損なわれる。

人々の生活と生命に関わるような大事故、例えば、福島の原発事故のようなことが起こっても、「なぜ起こったのか?「責任者は誰か?「今後起こらないようにするには?」という基本的なことすら、聞けない雰囲気の基には、枠内でしか質問してはならないという日本文化の抑圧がある。

外国の多く、特に欧米、中東、中央アジアでは、問題が発生すれば、それに真正面に対決し、熟考したらすぐさま対処するのが普通だ。しかし、日本では、それが従来の価値観に抵触したり、立場が上の人と関係した場合、対決を避け、そっとしておき、時間と成り行きに任せるという態度が一般的だ。

ゴミの分別は無意味で無駄!

日本では、ゴミを細かく分別させてから収集してますが、全然エコではありません。無駄であり環境保全にすらならないのです。

細かく分別すればするほど、物流効率は悪くなります。専用の収集車を何台も使って集めなければならなくなるため、それにかかる要員、収集車、時間が格段に増えるのです。分別せずに一度に集めるほうが効率的です。

自治体にもよりますが、ゴミを分別しても、例えばプラスチックなど業者にお金の払って引き取ってもらって焼却してるのをご存知でしたか?。ゴミの分別収集は、エコロジーとか全く関係ないのです。

さらに、ゴミを分別し処理するための全国を管轄する特殊法人のような天下り先になる組織があり、その建物の建設費や人件費などが(広い意味での)税金から賄われています。これらは本来は必要ないものです。ゴミの分別は天下り利権になっているのです。

燃やせるゴミと燃やせないゴミ、ダンボールなど紙と空き缶など金属資源として再利用できるものなど、最低限の分別をするだけで充分なのです。海外の主要先進国では大抵そういう方法でゴミを集めて処理してます。

焼却施設は、市町村毎で作るのは非効率的なので、一定地域でまとめて大きな施設を作れば、焼却能力が高い施設ができるから、大抵のものが焼却でき有毒ガスも発生しませんし、上記のような特殊法人も不用なのです。

毎朝決まった時間に収集に来るゴミ収集車。朝の決まった時間に、非常に細かく分別して出すことが当たり前になっています。しかも一部の地域では、ゴミごとに自治体指定の透明なゴミ袋(高い!)に入れて出さなければならないなど、たかがゴミを出すだけでかなりの手間隙がかかります。

もし、間違ったゴミ袋に入れたら、持って行ってくれない所も少なくないようです。非常に細かく分別してゴミを出すのは国民としての義務のように私たちはいつの間にか思わされていますが、ちょっと仕組みを調べて考えれば無駄、無意味なことがすぐわかるはずです。

住民にゴミを細かく分別させているにも関わらず、収集したらまとめて燃やしてる自治体も少なくないようです。全くの無駄で余計に手間隙と費用がかかることやってるのです。

例え、本当にリサイクルしてたとしても、リサイクル費用が焼却や埋め立て処理費用より多かったら意味がありません。

分別ルールを守っていない家庭ごみの袋を開けて、誰が出したかを特定する開封調査を行う自治体が大都市を中心に少しずつ増えているそうですが、プライバシーの侵害だし、調査する人間の人件費の無駄、人的資源をそんなことに使う無駄など幾重にも無駄無意味な行為です。

中部大学の武田邦彦教授によれば、「ゴミは家にある何でも良い袋に入れて出して焼却すれば良い」そうです。

今の日本はゴミ処理をこんな感じで行ってます(自治体によって多少の違いはあります)。

1.指定のゴミ袋を買う

2.分別する

3.特定のものは紐で縛って特定の日に出す

4.分別して出した袋を当番が調べる

5.トラックで集める

6.分別したゴミは使わないので一緒に焼却。

7.それでは市民に約束したのと違うのでプラスチック類を分けて業者にお金を渡して引き取ってもらう。

8.プラスチックを分けたのでカロリーが減ってゴミを焼くときに灯油をかける。

9.業者は引き取ったプラスチックは使い道がないので焼却する。

ちなみに、ペットボトルのキャップでワクチンを寄付するという活動がありますが、90リットル入りの袋に詰め込んでも100円位にしかならないそうです。その袋を運ぶ宅配料金は600円も700円もかかります。最初から宅配料金分を寄付した方が手間も費用も安くすむのです。

合成洗剤を使うリスク

合成洗剤は主として石油から作られます。合成洗剤に含まれている合成界面活性剤の残留分は、女性ホルモンを撹乱するノニルフェノールと言う化学物質(環境ホルモン)に変化します。ノニルヘノールは、衣類から皮膚表面へ付着し体内へ浸透していきます。

十分に衣類をすすいでも、合成洗剤は衣類に残留します。洗濯する回数が増えるほど、合成洗剤の成分が残留し累積していきます。

合成界面活性剤で精子は死にます。だから避妊薬として販売されていました。女性用避妊フィルムは、合成界面活性剤が主成分の避妊薬でしたが、発癌性があるため販売停止になっています。

ノニルフェノールによる女体への影響としては、乳ガン、子宮筋腫、子宮筋炎の他、不妊の原因にもなります。

合成洗剤の洗濯液は、分解が遅く、河川、地下水を汚染し、微生物を殺し植物の生長を阻害し飲料水汚染の原因になると指摘されています。

僕は粉石鹸の使用しています。石けんの原料は天然成分の動植物から取れる油脂です。ヤシ油、牛脂、ラード、なたね油、大豆油、米油、オリーブ油、パーム油、天ぷら廃油からも作ることができます。

石鹸は、すぐ水と炭酸ガスに分解されるので、合成洗剤のように水を汚染しません。石鹸のカスは微生物の栄養源となります。

僕は洗濯も歯磨きも、石鹸を使ってます。

日本の政治状況は、戦争前夜か?!

ナチスのナンバー2だったヘルマン・ゲーリングの語録から。

「一般市民は戦争を望んでいない。貧しい農民にとって、戦争から得られる最善の結果といえば、自分の農場に五体満足に戻ることなのだから、わざわざ自分の命を危険に晒したいと考えるはずがない。当然、普通の市民は戦争が嫌いだ。

しかし、結局、政策を決定するのは国の指導者であり、国民をそれに巻き込むのは、民主主義だろうと、ファシスト的独裁制だろうと、議会制だろうと共産主義的独裁制だろうと、常に簡単なことだ。意見を言おうと言うまいと、国民は常に指導者たちの意のままになるものだ。

簡単なことだ。自分たちが外国から攻撃されていると説明するだけでいい。そして、平和主義者については、彼らは愛国心がなく、国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。この方法はどの国でも同じように適用するものだ」

「希望」は「絶望」

民進党が事実上、解党し、「希望」の党と合体するらしいが、改憲と安保法制に賛成するかを踏み絵にされ、リベラル派と称する比較的まともな価値観、政治信条、人間性を持った議員は撥ねられるようだ。

前原氏は、改憲と安保法制に賛成し推進する側だから、最初から、篩いにかけられることは了解済みのはず。

小池氏が安倍政権の反対勢力というのは違う。目指す政治体制、社会的価値観の基本は同じだからだ。安倍が負けそうだから、小池氏の政治勢力で補おうということ。成り行きで小池氏が首相でもいいと、日本会議や保守反動政治勢力と財界は考えているはず。


「希望の党」には、野党連合潰しの目的もあるはずだ。少なくとも、一般庶民にとって「希望の党」はその名とは正反対の「絶望の党」となるだろう。自由民主党が実現している社会が、自由でも民主的でもないのと同じだ。

イメージ選挙、争点がはっきりしない選挙、野党の政策があいまい、反対ばかりでは何事も進まない、などというマスコミが選挙の度に垂れ流す戯言を素直に聞き、選挙に棄権したり、テレビの露出が多い(つまり支配層に都合にいい)候補に投票すれば、待ち受けているのは確実に「絶望」に向けって加速度を上げて突き進む社会が待ち受けているだろう。

彼らの発言をネットで拾い集めて精査すれば、彼らが庶民のための政治や社会を実現するはずがなく、庶民からいかに搾取し命までも自由に使える国家の建設が目的だとわかるはずだ。

お金の真実

株式投資をしていた頃、経済や金融システムとお金についての本を読んでいたことがあります。

その中で特に印象に残った、お金の真実について書きます。

ときに神秘的な存在として扱われていることもあるお金ですが、その成り立ちは神秘とは対極にあるようです。

一般には貨幣は政府がつくっていると考えられています。労働の対価として貨幣(お金)は支払われて、いろいろなモノを買うことができる便利なもの程度の認識でしょう。

現在、我々が使っている貨幣は、法律によって強制通用力を持っています。どこでもお金で売り買いできるし、(要求されれば)しなければならないということです。

お金で、ほとんどの欲望を満たすことができます。魔法だとか、宇宙からのエネルギーだとか、まるで神秘的な力のように思い込んでいる人もいるほどです。

その結果、皆がお金を求めて働き、お金をいかに使うかを考えながら生きているような人生になっています。

日銀のような中央銀行は“無”からおカネを生み出し、国民はそれに対して利息を支払う義務を負うしくみなっているそうです。

(日本の場合)政府は造幣局で刷ったお札を原価(25円程度)で日銀に売ります。日銀はそれを額面通りの金額(1万円なら1万円分)で日本政府に買ってもらいます。さらに額面の金額の何パーセントかの利子を受け取ります。

世界中のほとんどの国の中央銀行の大株主は、欧米、特に欧州の超巨大金融財閥です。
世界中から莫大なお金が、彼らのところに自動的に流れ込んでいくという仕組みが、金融システムの第一の目的だそうです。

市中銀行(我々が預金している銀行)も、ほとんど”無”に近いものからお金を我々や企業に貸し付けています。日銀に預ける担保となる金額の数百倍から千倍もの額を、市中銀行は貸し付けることができるのです。

常識から言えば、これは詐欺行為に近いはずです。自分が持ってないものを貸して利益を受け取り、返せない場合は、預金通帳に記載された数字の替わりに(銀行ローンの場合は、現金の授受すら発生しません)、現実に価値のあるもの…家や土地などの財産を没収するのですから。

利子というのが、これまた曲者で、中央銀行からの借金というカタチで市中(世の中)にお金が出回っているのですが、返済するときには、必ず利子が付きます。ということは、出回っているお金の価値(額面)以上のものを返済する必要があるわけだですが、市中にそんな金はありません。供給元が中央銀行だからだです。

利子を返すために、さらにお金を借りる必要があるのです。このサイクルが延々と繰り返されるというわけです。

利子分を稼ぎだせた企業なり個人は問題ないですが、市中には利子分のお金が出回っていません。だから、必ず足りなくなるわけで、資本主義金融システムの下では、必ず借金を完済できない「敗者」が出てくる仕組みになっています。

利子を払うためには、常に借金をしなければならず、それを返すためには、継続的に経済成長しなければならないということです。

これが(資本主義)金融システムの本質だそうです。

しかし、地球の資源は有限です。このシステムのままでいけば、利用可能は資源は採掘利用し尽くされ、近い将来、人や動物が住めるような環境としての地球は、破綻することは確実でしょう。

これが、現代の問題の根本なのです。

原発事故の現在

2011年の3月、福島第一原発は爆発しました。その時から現在でも、日本は(特に福島周辺と首都圏)放射能に汚染されたという認識は必要です。

爆発直後よりは放出される放射性物質は大幅に減ったとはいえ、現在も放射能は大気中に出ています。爆発時の量が恐ろしいほど大量だったから大幅に減ったとはいえ、安心できる状況ではありません。4号機には大量の核燃料が保管され、建屋は爆発で崩れそうな状態です。補強工事はされてますが、大きな余震があって倒壊すれば、少なくとも東日本は人が住めない状態になります。

空間線量は、半減期が長い放射性物質では3.11以前の何倍かに高止まりしてるし、食品や水からの内部汚染の問題も継続してあるのです。いくら低線量でも何十年も続くことを考えれば、汚染度を知り可能な限り低線量のものを選択することが健康被害防止に必要不可欠です。

事故は収束してません。冷温停止状態といっても、核燃料はメルトダウンして、コンクリートを溶かして地中にめり込んでいるはずです。温度計のある格納容器内には、もう燃料の大部分はないと見ていいと思います。その温度を測っても意味がないということです。

放射能が5年や10年で無くなることはありません。今の大人が生きている間に原発事故が廃炉まで含めて完全に収束することは無いし、半減期が長い放射性物質の脅威は半永久的に続くのです。「10万年後の安全」という使用済み核燃料の永久保管プロジェクトをドキュメントしたフィンランドの映画を見ましたが、使用済み核燃料は、少なくとも10万年保管しなければ、安全と言えるレベルにまで放射能は下がらないのです。

内部被曝のことを過小評価してる人が多いと感じています。福島や関東の児童の尿からセシウムが検出されています。甲状腺に異変がある児童も出てきています。量が少ないから心配ないと言う専門家がいますが、排泄されず内部に留まり続ける核種もあるのです。内部に蓄積された放射性物質で、体内で被曝させられ続けるのです。これが何十年も続いても健康に影響が無いと考えるほうが無理があると思います。

被曝による健康被害は、放射能病と呼べるような特殊な体調不良の形をとらないのです(線量が非常に強い場合は別)。癌、甲状腺異常、白血病、心筋梗塞などは、比較的知られていますが、それだけではありません。放射能による健康被害は、あらゆる体調不良の形をとるのです。脳が障害を起こし知能が低下するという話もあります。

放射能被害に限りませんが、因果関係の科学的証明が無いことは、安全を意味しません。因果関係が後で証明されることは、ごく普通のことです。因果関係が証明された時は、広範囲に大量の被害者が出たときかも知れません。そのときから対策をはじめても遅すぎるのです。

このような環境下での生活を余儀なくされたという認識が無いと、少なくとも健康を維持しながらは生き残れないかも知れません。

無から作られるお金

私たちはお金が政府によって作られていると信じていますが、それは真実の一部分に過ぎないようです。

紙幣や貨幣は造幣局という政府機関が作っているのは、大多数の人が知っている通りです。しかし世の中に流通しているお金の大部分は造幣局によって作られているのではないのです。

それを作り出しているのは、銀行と呼ばれる民間の会社です。私たちの多くは、銀行は預金者によって預けられたお金を貸し出していると思っていますが、それは事実とは違うようです。

実際は預けられた預金や銀行自体が稼いだお金を貸すのではなく、銀行ローン(つまり借金)自体が、お金を創造しているのです。もちろん返済されるという約束のもとで。

ローンの借り手は、借金額プラス所定の利息を支払う義務を負っています。ローンを返済できなければ、家や車など、担保となる資産を失う誓約をさせられるのはご存知の通りです。巨額の銀行ローンが払えなくなって自殺してその保険金で支払ったということさえあります。

銀行は借り手の口座にローンの金額を印字(パソコン入力)するだけで、魔法のようにその金額を手に入れることができる仕組みになっているのです!これを信用の創造と呼んでいます。実際に銀行の金庫に巨額の紙幣が保管されているわけではないのです。

お金は価値を現していると思っている人が大部分だと思いますが、現在では、実際のところは負債なのだです。昔は、お金の価値の裏づけとして、金(ゴールド)や銀などがあり、銀行へ行けば、紙幣とその額面に見合った金を交換できましたが、現在では、現実的な価値の裏づけはないに等しいのです。したがって、お金は借金として創り出されているということになっています。

新しいお金の大きな部分は、誰かが銀行からお金を借りると創られるという仕組みになっているということです。その結果としての世の中に流通しているお金の総額は、人々が借りられる限界の総借金額となるそうです。

銀行は自分で持っていないお金を貸し付けるのだから、魔法、あるいは詐欺行為と類似行為をやっているという人さえいます。ただし、合法的にですが。

銀行は政府の積極的な協力があってはじめてマネーシステムを行使できます。借り手が借金の誓約をしたら銀行は借り手の負債をコンピューターに入力するとデータ処理して帳尻を合わせます。借り手の立場から見ればこれはローンのお金になります。金額の数字を入力するだけでもお金が作られるのは、政府がそうすることを認定していて誰もがそれをお金として受け入れなければならないと決められているからです。

再度言いますが、銀行は手持ちのお金を貸しているわけではありません。彼らはお金を、お客が借金する(銀行が融資する)こと創り出しているのです。

そしてその借金は潜在的には無限であり、我々の欲望がお金の供給源ともいえます。

この地球には信じられないほどの豊かな資源があります。しかし我々人類は、技術革新、生産力が増大しているにもかかわらず、生活にゆとりがなく、政府、会社、個人を問わず、ほとんどが銀行に対し、大量の借金を負わされています。

現実に世界で実際の富を築いている人々が借金苦に陥っていることは珍しくありません。ただ単に富を象徴するお金を、無から作り出している金融機関によって。

借金がないのならお金は存在しないのです、今の金融制度では。

ローンの供給が干上がるにつれて、お金の供給はなくなっていきます。銀行が貸し渋りをすれば、景気が悪くなるのは当然のことです。

銀行はただ元金だけを持っています(作ります)。元金に対する利息は作りません。

借り手が利息を支払うためにお金を稼げる場所は、市場経済の中だけです。私たちは創られた以上のお金を返済しなければなりません、利息というカタチで。

借り手は全体の資金量が元金しかないところから(実際に流通しているお金の量)、元金と利息を返済しなければならないので、借金した人、誰もが元金と利息を返済するのは不可能と言えます。

なぜなら利息というお金は存在せず、単なる仮想の数字にしか過ぎないからです。新しくローンとして創造されたお金が、全体的な不足分に追いついている間だけシステムの破綻を間逃れているのが、現在の金融システムです。

お金は商業生産を促進します。貨幣供給が増加するにつれて、生産と取引量も同じように成長しない限り、お金の価値が下がってインフレになります。

この金融システムを維持するためには、実物経済の永久的な成長が必要で、それには世界の資源とエネルギーを永久に拡大して消費する必要があるのです。さらに自然資源から取られた原料が毎年毎年永年にゴミになっていくのが、現代物質文明、資本主義の宿命です。貨幣システムを崩壊から防ぐために。

これが、我々人類が直面している問題の根本原因なのかも知れません。
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