アルベール・ベガン著作集を求めて

  • author: inmymemory
  • 2012年07月07日

以下は私的メモ

『アルベール・ベガン著作集 第1巻 ロマン的魂と夢 -ドイツ・ロマン主義とフランス詩についての試論』(1972/6/30)
『アルベール・ベガン著作集 第2巻 現存の詩 -クレティアン・ド・トロワからピエール・エマニュエルまで 付ネルヴァル』(1975/5/30)

バルザック、パスカル、ベルナノスについての評論が翻訳されている、ロマン派のニュークリティシズム(ヌヴェール・クリティーク)の旗手アルベール・ベガンによる詩評集。
出版社である国文社のWEBサイトには全3巻(A5判上製箱入)とあるが、2巻しか出ていない。
しかも、オンライン書店では全て売り切れ。

ベガンの批評はたんに主観にとどまる印象批評を意味するものではない。
彼の批評は「共感」にもとづいており、おのれの生の関心と共鳴する作家以外は選ばないように見えるが、その場合批評家は書くことによっておのれ自身の冒険を試みるのであり、また言葉を創ることによって、おのれの個人的・精神的冒険の一階梯を修了することになる。
魂の救済と聖性探究の道を究めるなかで、独善的主情性と神秘主義から救ったのは、事物の現存、神の空間における事物の現存への強固な確信であった。

「しばらくの感覚のしびれのあとに、
一つの新たな生がはじまる、
時間と空間の隔てを超えて、
おそらくは、死の後にわれわれを待っている生にも似て…
その瞬間から、私はおのれの夢の意味を求めようと努めてきた。そして、この不安は、覚醒の状態での私の思考にも影響を及ぼした。外の世界と内部の世界とのあいだには一本の絆あるのがわかるように私は思った…」ネルヴァル

「「夢は人間を精霊たちとの交わりに導き入れるものだという、夢についての私の考えをもって、私は希望をいだいていた…なお希望を抱いていた。」全ての決定的な出来事は夢のなかで生起する。けれども、ついには、ーこれこそ勝利の兆しなのだがーネルヴァルがあれほど好んだホフマンの「悪魔の霊薬」の中でのように、夢の中で得たものが、目覚めている生にとっても確かなものとなるのである。以後、光をおびて来る精神の世界で得たものや諸々の確信や約束は全て、地上の世界でも同様に得られており、ネルヴァルは穏やかな心をもって、そこにもどって来るのである。」ベガン
 
「夢は仙女たちの手が織る衣であり、えもいわれぬ匂いがする。」 ネルヴァル
 
(プルーストはネルヴァルより、魂の内奥の冒険がいかなるものであるか、を受け継いでいる。)
 
「ー私は考えた、どうしてかくも長い間、私は自然の外に在って、自然と一体になることなしに存在し得たのであろうか、と。一切は生きていて、一切は動き、一切は照応している。私から、あるいは他のものから発する磁気光線がいかなる障害にあうこともなく、創造された事物の無限の連鎖を貫いている。これは世界を覆うある透明な網目であり、その細い糸は次から次へと惑星へ、さらに恒星へとひろがっている。今は地上の囚われの私も、我が喜びと苦しみをともにする星々の合唱に和するのである。」『オーレリア、あるいは夢と人生』Aurélia ou le rêve et la vie 1855年

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