「母の呼び名に、あの日を思う」
(月刊「れいろう」より)
・・・・・・・
お母ちゃん、お袋、おばあちゃん、母。その呼び名に、その姿が浮かびます。
五歳の夏の日。私は、草刈りカマを振り回して五針ほどの傷をおいました。
母の自転車に乗って病院に通いました。その途中の急な坂道で、母は自転車を降りて何度も立ち止まります。麦わら帽子で母の表情は見えませんが、背中は汗でびっしょり。「お母ちゃん、だいじょうぶかなぁ」と心配になりました。
小学生になって、衣替えの朝のことです。
「今日からこの服だよ」と母が学生シャツを渡してくれました。兄には新しいシャツを、私には兄のお古。「お兄ちゃんは、いつも新しくていいなぁ」。それを聞いた母の表情は寂しそうでした。
夕方、家に帰ると、母が新しいシャツを私に渡してくれました。「いつもごめんね」と。申し訳ない気持ちでした。でも、「お母ちゃん、ごめんね」とは言えずに、ただうなずきました。
中学生になると、お袋と呼ぶようになりました。
「お袋」と初めて呼んだとき、母の少し驚いた表情を今も覚えています。その頃から、親とはほとんど話さなくなりました。「別に」「はいはい」ばかり。母と一緒にいることが、恥ずかしくさえ感じていました。
大学は下宿生活。初めての仕送りは現金書留でした。
その中に、母の手紙?がありました。新聞の折り込みチラシの裏地に、鉛筆書きしたものでした。「やさい、食べなさい」などと、本当に拙い文字、文章…。言葉になりません。母が小さく感じられて、「ありがとう」と心の中で伝えました。
結婚して子どもを授かると、「おばあちゃん」です。
子どもや孫に、そう呼ばれることに母も嬉しそうでした。母は、景子の闘病中、弟の康平を預かり世話をしてくれました。そして、晩年は、認知症で寝たきり状態になりました。
当時、私にはある心配がありました。母の葬儀に行けるだろうか。
私は講演活動をしており、自分の都合で突然キャンセルにできないこともあります。母は一月一日に旅立ちました。みんなに迷惑をかけないかのように…。
死別後、私が人前で話す呼び名は、ほとんど「母」となりました。ただ、家族とお墓参りに行くときには、「おばあちゃん」と呼んでいます。
母の呼び名には、自分の人生と家族の歩みがあり―。母の日に、その呼び名とともに、思い出を語ってみませんか。
・・・・・・・・
メルマガ「いのちの授業 あの日から」は、週1回(月曜日頃)、鈴木中人の著書&会報「いのちびと」&出会いなどからお届けします。*会報「いのちびと」は、1年/1500円で定期購読できます。

(月刊「れいろう」より)
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お母ちゃん、お袋、おばあちゃん、母。その呼び名に、その姿が浮かびます。
五歳の夏の日。私は、草刈りカマを振り回して五針ほどの傷をおいました。
母の自転車に乗って病院に通いました。その途中の急な坂道で、母は自転車を降りて何度も立ち止まります。麦わら帽子で母の表情は見えませんが、背中は汗でびっしょり。「お母ちゃん、だいじょうぶかなぁ」と心配になりました。
小学生になって、衣替えの朝のことです。
「今日からこの服だよ」と母が学生シャツを渡してくれました。兄には新しいシャツを、私には兄のお古。「お兄ちゃんは、いつも新しくていいなぁ」。それを聞いた母の表情は寂しそうでした。
夕方、家に帰ると、母が新しいシャツを私に渡してくれました。「いつもごめんね」と。申し訳ない気持ちでした。でも、「お母ちゃん、ごめんね」とは言えずに、ただうなずきました。
中学生になると、お袋と呼ぶようになりました。
「お袋」と初めて呼んだとき、母の少し驚いた表情を今も覚えています。その頃から、親とはほとんど話さなくなりました。「別に」「はいはい」ばかり。母と一緒にいることが、恥ずかしくさえ感じていました。
大学は下宿生活。初めての仕送りは現金書留でした。
その中に、母の手紙?がありました。新聞の折り込みチラシの裏地に、鉛筆書きしたものでした。「やさい、食べなさい」などと、本当に拙い文字、文章…。言葉になりません。母が小さく感じられて、「ありがとう」と心の中で伝えました。
結婚して子どもを授かると、「おばあちゃん」です。
子どもや孫に、そう呼ばれることに母も嬉しそうでした。母は、景子の闘病中、弟の康平を預かり世話をしてくれました。そして、晩年は、認知症で寝たきり状態になりました。
当時、私にはある心配がありました。母の葬儀に行けるだろうか。
私は講演活動をしており、自分の都合で突然キャンセルにできないこともあります。母は一月一日に旅立ちました。みんなに迷惑をかけないかのように…。
死別後、私が人前で話す呼び名は、ほとんど「母」となりました。ただ、家族とお墓参りに行くときには、「おばあちゃん」と呼んでいます。
母の呼び名には、自分の人生と家族の歩みがあり―。母の日に、その呼び名とともに、思い出を語ってみませんか。
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