看護学校にて教室方式で「いのちの授業」。授業前に渡される学生名簿には、全て読み仮名が添えられています。最近は、名前が読めない、その意味が分からないのです。 

 「いのちの授業」では、自分の名前の命名の思いを尋ねます。名前には、家族の思いが込められているからです。生徒・学生から教えてもらい、そうかぁ!と新発見のことも。

 私の「中人(なかと)」も、「なかひと」さんと読まれることがほとんどです。父は「中庸な人になってほしい」と命名。でも、子ども心に「中庸って、何?」状態でした。歳を重ねた今、親の思いを実感です。

 人生とともに、命名の思いを深めていくのかもしれません。命名の思いが、いのちの花となりますように!

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