2010年09月13日

『国家と追悼』好評発売中です。

国家と追悼―「靖国神社か、国立追悼施設か」を超えて国家と追悼―「靖国神社か、国立追悼施設か」を超えて
著者:山本 浄邦
社会評論社(2010-08)
販売元:Amazon.co.jp
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2010年07月27日

関連書籍のご案内

国立追悼施設問題関連の書籍が近日刊行されます。




山本浄邦 編著
 『国家と追悼 −「靖国神社か、国立追悼施設か」を超えて−』
      (社会評論社)四六判上製/256頁、2200円+税
       ISBN978-4-7845-0597-5 C0030


(目次)

  序章…追悼する国家を問う視点
  第1章…【座談会】国立追悼施設論争とは何だったのか?
                  (千葉宣義・菅原龍憲・山本浄邦)
  第2章…〈非宗教/無宗教〉のポリティクス(山本浄邦)
  第3章…ドイツにおける国家と追悼(米沢薫)
  第4章…済州・虐殺と追悼(高誠晩)
  終章…国家による追悼(山本浄邦)



なぜ、加害者である国家が〈追悼の主体〉となりうるのか。

国のための「意義ある死」を立ち上げるために、
        「死者」を線引きするポリティクスを撃つ!

靖国神社に代わる「対案」として浮上した「無宗教の国立追悼施設」構想。
しかし、多様な個性を持った「犠牲者」を単一化・唯一化し「追悼」する
ことで、一つの〈国家〉が顕現される本質は変わらない。
国家によるあらゆる「追悼」を根底から問い続ける宗教者と研究者による
論集。

(お問い合わせ)社会評論社 電話03(3814)3861

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2007年03月07日

「謝罪の施設を造ることが平和国家への道」か?〜ドイツ・戦死者追悼施設新設をめぐって〜

ドイツが新たな戦死者のための、国立追悼施設を新設するという(『毎日新聞』07年1月16日)。報道によれば、メルケル独首相は、昨年11月19日の「国民哀悼の日」に戦後初めて、現ドイツの派兵で死亡した兵士に感謝をささげ、「派兵で兵士が危険にさらされていることを、国民が自覚すべき時が来た」として、2007年中に第二次大戦後の戦死者のための新施設を建設することにしたという。すでに戦後の派兵で60名を超える死者を出しているドイツは、今年1月の時点でも約7700人を国外に派兵している。「派兵で兵士が危険にさらされている」ことを知っていて、である。メルケルのいう「自覚」は、明らかに派兵への批判ではなく、肯定である。

 これまで、日本の国立追悼施設推進論者のなかに、ドイツのノイエ・ヴァッへなどを挙げて、「謝罪のための施設を」と主張するものがあった。私は、この種の意見に決して賛同できなかったが、小泉が執拗に靖国参拝を繰り返すのを見て、「ドイツみたいな施設だったらいいのでは?」と考える人もいたようである。

ベルリン・ユダヤ人犠牲者を悼むモニュメント



 そのような中で浮上した、今回のドイツの新施設建設の計画である。ドイツの「謝罪」施設が、新たな戦死者を生むこと、そしてそれを顕彰することに何ら歯止めにならなかった証拠である。ドイツがナチスや旧東独の共産主義政権にのみ国家暴力の責任追及の矛先を向け、連邦共和国に内在する国家暴力・戦争国家性を問うどころか、自己の国家暴力を「謝罪」施設を設けることにより正当化したことがいよいよはっきりした。



 この期におよんで、まだ「ドイツのような謝罪の施設を造ることが、平和国家への道」などと言えるだろうか?私は、国立追悼施設構想が小泉政権内部から出た直後、記した文章にこう書いた。(山本浄邦「国家による追悼とは何か?」)



「殉死を「賞賛」する思想は「怨親平等」で「新しい戦死者の受け皿にはならない」ドイツの国立追悼施設「ノイエ・ヴァッヘ」にも見られる。追悼碑文には、「我々は讃える、 良心を曲げるよりはむしろ 死を受け入れたすべての人々を。」とある。なぜ殺された人々を「讃え」なければならないのだろうか。もし、戦争拒否をつらぬいて、その結果殺されたのだとしたら、それは悲しまれるとともに、なぜそのようなことが起こったのか検証し、批判されなくてはならないはずである。それは併設の施設でしている、と言ってみたところで、これはどう見ても特定の死を賛美している。それは、ナチスを克服した「新生ドイツ」が、自らの系譜をこの「良心」の人々に見出すことで、今後のドイツという<国家>に殉ずる意味をここに見出しているからである。国家の政治性と宗教性が交錯したところに生まれた言葉である。この人たちの勇敢な死を忘れず、「人道的で平和的な国家」ドイツに敵対する「非人道的で軍国主義的な国家」と戦おう、ということになる。ナチスに殺された人々の系譜に新しい国家を位置づけ、敵対する国家を「ナチスのような国家体制だ」と断定することで、ドイツ軍の軍事力行使が正当化されるのである。この施設完成(1993年)後、ドイツは戦後タブーであったNATO域外への派兵(施設建設と平行して検討。1999年コソヴォ紛争・2002年アフガン戦争に派兵)を行い、死者もでている。
  政治性のない追悼施設を政治集団の典型である<国家>に造らせるなどというのは、荒唐無稽である。国家による追悼施設は国家の政治性(特定の政権のものというよりも、もっと広い意味で)と国民国家の宗教性が交錯する空間を作り出す。それが「仏式」で行なわれても、だ。そのコンセプトが平和であれ戦争遂行であれ、全くの政治性をもたない国立の追悼施設を国家に要求するのは日本国に<国民国家>、さらには<国家>であることをやめなさい、というようなものである。それこそ、靖国の「代案」云々以前にそのような「代案」を実現させる前提としての<国民国家>の「代案」を用意しそれを実現する必要がある。」



 少し長い引用になって申し訳ないが、私はこれを書いた時から今まで、一昨年のベルリンへの現地訪問をはさんでも、この考えに変化はなかった。「顕彰」であれ「謝罪」であれ、戦争国家はそれを利用しながら現在の戦争を正当化してゆく。この文章を公表した当時、「そこまで言ったら、言いがかりではないか」というご意見もいただいたが、果たして「言いがかり」だったのか、ドイツが新施設を造るという報道からご判断いただきたいものである。

(山本浄邦・国立追悼施設に反対する宗教者ネット)

※『情報センター通信』56号に寄稿したものに加筆しました。


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2006年10月30日

<報告>憲法二十条が危ない!緊急全国集会

9b2ffb70.JPG 信教の自由・政教分離を定めた憲法二十条が改悪されようとしている。近年、靖国問題に関する書物がベストセラーになるなど、この問題について関心が高まっているようにも見えるが、実際に二十条が昨今の改憲策動のターゲットになっていることを知る人は、九条改悪について知る人と比べるとはるかに少ない。そこで私たちは<憲法二十条が危ない!緊急連絡会>を結成し、この問題を広く提起してゆくことにした。

 その結成集会として9月18日午後、<憲法二十条が危ない!緊急全国集会>が大阪市中央区の日本基督教団浪花教会で行われた。西日本各地を台風が直撃して交通機関の運行が乱れる中で、近畿各地からは勿論、関東・名古屋・山陰・福岡など全国各地から市民、キリスト者、仏教者など約70名が参加した。
 集会には、京都市仏教会や東京、福岡の靖国訴訟団、現在、大阪で提起されている「合祀はいやです訴訟(靖国合祀取り消し訴訟)」原告その他運動体から連帯のアピールやメッセージが寄せられた。
9.18集会

 「わが心、国に渡さぬ」と題して基調講演を行ったノンフィクション・ライターの田中伸尚さんは「憲法改悪運動の中で、九条では各地に九条の会が結成されるなどして関心が高いのに対して、二十条改悪の問題は殆どかえりみられてこなかった。」として自衛隊や日米安保条約など九条をめぐる戦後史と津地鎮祭訴訟から今日の靖国情況に抗する動きなど二十条をめぐる戦後史を比較、「戦争放棄の九条と表裏一体の関係にある、国家神道を復活させないための二十条の改悪が自民党『新憲法草案』において目論まれている。」と憲法二十条の危機的状況を憂慮し、二十条改悪策動を阻止する運動の重要性を訴えた。
 集会の最後には集会アピールを採択した。その後、大阪市役所前や大阪のキタなどをデモ行進し、「憲法改悪反対!」「次の首相も靖国に参ったらアカン!」「九条も二十条も変えたらアカン!」「戦争したらアカンでェ!」「愛国教育なんかいらんわ!」などと休日の市街地を歩く人々に訴えた。
 参加者からは「これまで二十条が危機にあることをよく知らなかったが、今後この問題について自分なりに取り組んでいきたい」という反響が寄せられるなど、「二十条が危ない!」ということについてともに認識を深め今後の連帯を模索する契機となった。<憲法二十条が危ない!緊急連絡会>ではより広く社会に訴えるためQ&A冊子(200円、5冊以上送料不要)を作成し、これを使った各地での自主的な学習会活動を提案している。お問い合わせはメールtsuitouhantai@yahoo.co.jpまで。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

集会決議

本日、われわれは「憲法二十条が危ない!緊急全国集会」に参集した。われわれは、敗戦後、混迷するこの国の方向を模索する時代に日本国憲法を制定し、民自身を主権者とし、基本的人権を尊重し、平和国家を目指して歩もうとこころざした。
 しかし、長期にわたって政権の座にあった自由民主党は終始改憲の機会を狙い、湾岸戦争、「9・11事件」後のアメリカによるアフガニスタン・イラクへの武力による介入などアメリカの戦争に加担し、憲法第九条の戦争の放棄条項を大きく逸脱して戦地に自衛隊を派兵するに至っている。
 戦後60年、すでに憲法九条はボロボロに破られ、その現実と憲法とのズレを理由に自民党は現憲法の改定を実現しようと「新憲法草案」なるものを公表した。この改憲案は、改定どころか新憲法の制定を意図しているともいえるもので、憲法前文をはじめ、現憲法の基本精神(主権在民・基本的人権の尊重・平和主義)を骨抜きにしようとしている。 憲法第九条改悪に対しては、早くから各地に「9条の会」が結成され、強まる改憲の動きに抗する運動が高まりつつある。
<戦争できる国づくり>に走る自民党政権は「新憲法草案」で、この第九条の改定はもちろんのこと、これと密接不可分の第二十条(信教の自由・政教分離)3項を大きく変えようとしている。第3項は「国およびその機関」に、宗教教育及びその他いかなる宗教的活動も禁じているが、「草案」は、「社会的儀礼及び習俗的行為」は宗教でないと強弁している。これは首相の靖国参拝をはじめ戦死者追悼儀礼など、国家による儀礼を「わだかまりなく」行うための姑息な改悪である。帝国憲法下で「信教の自由」の例外として国家神道強制の根拠となった戦前の「神道非宗教」の論理に重なるものであり、国家神道を自ら拒否する立場から、あるいは国家神道を台湾・朝鮮など植民地の人々にも強要した日本国家の歴史的責任を問う立場からも、決して容認することはできない。また、「習俗」の強化は個人よりも集団を優先する社会的風潮を生み出し、あるいは「習俗」に含まれる男尊女卑的な要素により「草案」で条文自体の改正が見送られた二十四条(両性の平等)の危機を招くなど、あらゆる基本的人権をおびやかすものである。
 われわれは、まずはこのような改悪に強く反対するとともに、憲法のみならず、教育基本法の改悪など、あらゆる国家主義的動きに反対し、以下の集会スローガンをともに確認するものである。
われわれは、
1、 憲法の改悪に反対する
2、 教育基本法の改悪、とくに国家主義教育・公教育における宗教教育強制に反対する
3、 憲法第九条の改悪に反対する
4、 憲法二十条(信教の自由・政教分離)の改悪に反対し、その阻止をひろく訴える
5、 首相・閣僚の靖国参拝に抗議し、今後の参拝に対して強く反対する
6、 靖国合祀取り消し訴訟に連帯し、支援する
7、 憲法改悪や靖国問題、教基法改悪など同じ課題を共有する広範な人々と連帯する
以上、決議する。
    2006年9月18日     憲法二十条が危ない!緊急全国集会 参加者一同




inochiky at 17:19|Permalink 集会・イベント 

2006年08月14日

(声明)首相は8月15日に参拝してはならない。

小泉首相が8月15日に靖国神社に参拝しようとしている。
私たちは断固、この暴挙を許す事はできない。
内外の批判に耳を傾け、いつであれ参拝を絶対にしないことを強く求めるものである。
以上、声明する。

2006年8月14日
国立追悼施設に反対する宗教者ネットワーク

inochiky at 22:42|Permalink 報道・関連情報 

2006年03月04日

速報・西本願寺教団「つくる会」から脱退

新しい国立追悼施設をつくる会(略称・つくる会)に参加していた浄土真宗本願寺派(本山=西本願寺)総長・不二川氏は先日、教団の最高議決機関である宗会で、反対の声がつよい教団内世論や「つくる会」が事実上休会状態にあることを述べた上で自ら「脱会した」との認識であることを明らかにしました。

inochiky at 00:05|Permalink 報道・関連情報 

2005年10月25日

日本バプテスト連盟理事会〜「首相の靖国神社参拝は違憲」判決に関する声明

「首相の靖国神社参拝は違憲」判決に関する声明

2005年10月13日

日本バプテスト連盟理事会

理事長 平良 仁志



小泉首相の靖国神社参拝は、「内閣総理大臣としての職務行為であり、憲法20条3
項が禁止する宗教的活動にあたり違憲(政教分離規定違反)である」との明快な判決
が、昨年4月の福岡地裁に引き続き、9月30日、大阪高裁からも出された。

判決は、台湾人116名を含む原告らの損害賠償については結論として、「権利ない
し法的利益が侵害されたものとはいえない」と退けた点など、課題を残しはした。

しかし、首相の靖国神社参拝について「国が靖国神社を特別に支援しており、他の宗
教団体とは異なり特別なものであるとの印象を与え、特定の宗教への関心を呼び起
すものといわざるを得ず、その効果が特定の宗教に対する助長、促進になると認めら
れる」とその違憲性を明確に指摘、更に、思想及び良心の自由、信教の自由などにつ
いては、憲法19条、20条第1項により、「人は、信教の自由の内容として、公権
力による強制のみならず、圧迫、干渉を受けない権利ないし利益をも有するものと解
すべきである」「思想及び良心の自由、信教の自由の内容として、戦没者をどのよう
に回顧し祭祀するか、しないかに関して、公権力の圧迫、干渉を受けずに自ら決定し
、これを行なう権利ないし利益を有すると解する余地が全くないわけではない」とま
で言及した画期的、かつ正当なものである。

これは当然といえば当然の判決内容であるが、先の「小泉圧勝」という選挙結果をう
けて憲法9条、20条などの改憲がさらに画策されつつある状況の中で、この判決を
行なった大阪高等裁判所の良識と勇気を高く評価し、感謝したい。また、多くの新聞
社説も、この判決を支持ないし重視している。

小泉首相は、この判決に対して同日の衆院予算委員会で、「どうして憲法違反なのか
理解に苦しむ」とした上で、年内参拝については「適切に判断する」との発言をくり
返した。小泉首相は、諸外国からの反対の有無にかかわらず、自ら「靖国神社参拝は
中止する」と「適切に判断」すべきである。

国家や政治権力は、戦争などの悪事を推し進める時、しばしば教育と宗教を利用して
きた。今日、教育利用では「君が代・日の丸」の強制や教育基本法の改悪、宗教利用
では一連の「ヤスクニ問題」などが引き起こされる中で、イラク派兵が強行され、わ
が国は、再び、戦争のできる国になりつつある。

しかし、「平和を実現する人々は、幸いである」と教えられたキリストを信じる者・
教会は、いかなる武力・暴力も、また戦争への巧妙な形での参加も認めることはでき
ない。そして自衛隊員であろうと誰であろうと殺されてはならない、殺してもならな
い、殺させてもならない。自衛隊をイラクから撤退させるべきである。

信教の自由・政教分離は全ての人権や平和の防波堤であるから、いささかでも侵され
る時、その他の様々な人権も言葉巧みに侵害されていき、やがて、平和が破壊されて
いく。防波堤の破損は微小に見えても、気づいた者が声を上げ補修していかねばなら
ない。

国家の宗教利用だけでなく、宗教の側も政治権力に擦り寄り、利用、癒着し、それに
よって、双方は堕落し、他宗教に対して非寛容になっていった。これはキリスト教の
歴史も例外ではない。その自らの反省に立つと同時に、特に信教の自由・政教分離原
則を重要な信仰的主張としてきたバプテストとして、改めて、自らと国家が再び過ち
をくり返さないためにも、「私たちは信仰による良心の自由および政教分離の原則を
主張する。教会は国家に対して常に目をそそぎ、このために祈り」(日本バプテスト
連盟信仰宣言)つつ歩み続ける。



inochiky at 10:44|Permalink 報道・関連情報 

2005年10月24日

「備後・靖国問題を考える念仏者の会」の抗議文です

2005年10月17日
内閣総理大臣
小泉純一郎様
備後・靖国問題を考える念仏者の会
代表  池田静思

10月17日、小泉総理大臣の第5回目の靖国神社参拝に対し、憲法を全く無視し、国民の反対の声や、日本が侵略戦争によって多大の被害を与えた国々からの声をも一顧 だにしない姿勢は傲慢きわまりないものであります。断固抗議いたします。

私たち「備後・靖国問題を考える念仏者の会」は、1985年の当時の中曽根総理大臣の靖国神社公式参拝をきっかけに発足し、以来20年、靖国神社と国家に象徴される、国家権力の宗教利用や宗教への介入を問うてきました。
 特に2001年に小泉政権誕生以来、「自分が総理大臣の在任中は、年に一回靖国神社を参拝する」ことを公約に掲げたことは全国周知の事実であります。従って、5回目の参拝もその公約の履行でありましょう。記帳の有無や参拝方法の仕方で「私的」を装う姑息さは返って、靖国神社への参拝そのものが、憲法違反であると知った上で、なお平然と行っているとの印象を強めるものでした。
 今年の9月30日には大阪高等裁判所において、2001年の小泉総理の靖国神社参拝は憲法20条に定める「政教分離」規定に違反する「違憲」であるという判決が出され、確定しています。「合憲」という判決を出した裁判はいまだかつてないことはご承知の通りです。
 また、中国や韓国などの、かつての日本の侵略戦争によって2000万を超す犠牲者が出ている国々からの、「侵略を正当化することにつながる」という厳しい批判に対しても、「内政干渉」だという態度を頑なにくずしません。しかし、その態度は、戦争犠牲者とその遺族の人たちの傷口に再び塩を塗り込む行為になっていることをあなたは知らねばなりません。また「再び戦争を起こさないために」といいながら、「われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という憲法前文の理念も無視し矛盾するものです。
 国会議員には憲法順守の義務がある( 99条)ことを全く無視するあなたのあり様は、まさにモラルハザードです。あなたのその姿勢からは、「憲法はどうせ変えるのだから、既成事実を作って何がわるい」とでも言わんばかりの思いが伝わって、まったく一国の総理大臣にあるまじき態度であります。
ここに断固抗議し、総理大臣の職を去られるよう求めます。



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2005年10月23日

各地の訴訟団なども靖国参拝に抗議

以下、各団体の抗議文を転載します。

(小泉首相靖国参拝違憲アジア訴訟団)

以下のURLをご覧ください。

http://www005.upp.so-net.ne.jp/noyasukuni/yasukuni/kougi0510171.htm

(靖国参拝違憲訴訟の会・東京)

内閣総理大臣
小泉純一郎 様
首相の10月17日靖国神社違憲参拝に抗議する!
2005年10月17日
靖国参拝違憲訴訟の会・東京

内外からの強い批判の中、本日、貴職は靖国神社参拝を強行した。
 「アジアの解放」をうたったあの戦争が、その実態において侵略戦争でしかなかったことは貴職自身が国会において公然と認めるとおり、明白な事実である。戦後のあらたな平和憲法による体制はその反省の上に成立した。またファシストであるヒットラーやムッソリーニと手を組んだ日独伊による三国軍事同盟と、それに反対する世界各国が闘う形になった先の大戦の結果、戦勝国となった米ソ中英仏を核として生まれたのが国連であり、戦後の世界秩序もそのようなファシズムによる侵略を否定するところに出発した。
 これに対し、東京裁判によって刑死したA級戦犯などを「濡れ衣をきせられた。」として逆にたたえ、今もあの侵略を聖戦と言い続ける靖国神社は、その戦後の国内および世界の体制を根本から否定する、時代錯誤の軍国主義思想を今も喧伝し続けている。そしてその靖国思想に傷つく日本や韓国、台湾の遺族が合祀の取り消しを要求してもにべもなく拒絶し、それら遺族の感情をまるで無視して強制合祀を続けるのが靖国神社である。
 貴職は靖国に参拝を強行する自分の行為について、中国などから抗議が続くことに対し、心の問題に踏み込むことでいずれ後悔をすることになるだろうと述べる。だが、他方で自己の行為が如何に内外の被害者の癒されぬ心の傷を不当に拡大しても、それについては全く平気な態度を貫いているのである。これが「心の問題」を語る人間のなすべきこととは到底考えられない。
 あの戦争を侵略戦争とする貴職の認識と、その全面的否定を主張の根幹とする靖国神社への公然たる参拝は、全く両立し得ないものであることは明らかであって、貴職の弁明は論理を全く無視した低レベルの言い逃れにすぎない。これでは国際社会においても、日本がまともな議論の相手としては通用しないことを公言しているに等しい。
 さらに国内の法秩序の観点から言っても、先に福岡地裁が明確な違憲判決を下したが、さらにこのたび大阪高裁も貴職の参拝に関し、高裁レベルでの初めての違憲判決を下した。中曽根元首相の公式参拝以来、憲法判断に踏み込んだすべての司法の判決は靖国の参拝を違憲(またはその強い疑い)として認定し続けており、それを合憲とする判断は全く存在しないのである。にもかかわらず、一国の首相たるものがその国の法秩序体系に正面から違反しながら、「何故憲法違反かわからない」と論理以前のコメントを発し続けて居直るという、まともな法治国家としては恥ずべき事態を貴職は生み出し続けてきた。
 今や靖国思想の危険性を指摘するのはアジア諸国に限らない。ニューヨークタイムスやルモンドといった欧米各国の主要メディアもまたそれを批判し、そのような思想を西側社会は受け入れがたいことを主張している。さらには度重なる違憲判決を受け、日本の多くのマスコミも、靖国問題で職が世論をあえてあざむこうとして繰り返した「内政干渉」の問題ではなく、まさに日本自身の憲法問題と
してあるということの意味を強調し、参拝を行わないよう社説などに掲げるに到っている。
 このような状況の中、今回の貴職の行為により、日本のアジアと世界における立場はますます困難なものとなることは火を見るより明らかである。それは侵略戦争で日本が背負った不名誉な傷を再び拡大し、今後の日本社会の行方に暗い陰を投げかけた。
 これほどの愚行にあえてこだわる意味は明白である。貴職はあえてアジア諸国に対して靖国参拝の強行によって挑発を続け、それによって生み出された抗議行動を「内政干渉」と言い続けることで東アジアに不要な緊張を高め、偏狭な日本のナショナリズムを故意に誘発しているのである。これは危機状態にあって外敵を作ることにより、国内の矛盾をごまかそうとする悪質な政治家の行為そのものであろう。
 我々は満腔の怒りを持ってその愚かな行為を糾弾し、裁判闘争を通してアジアと世界の中における日本社会のよりよい地位を回復すべく努力を重ねることをあらためて決意し、この声明を発する。

(小泉首相靖国参拝違憲四国訴訟団)

内閣総理大臣

小泉純一郎様



抗 議 声 明



 本日10月17日、小泉首相は国内外からの首相の靖国神社参拝を憂慮し、中止を求める声を無視し、「戦争神社」「侵略神社」と言われる靖国神社への参拝を強行した。一宗教法人を特別視する小泉首相のこの愚行に、私たち「小泉首相靖国参拝違憲四国訴訟団」一同は、深い怒りと悲しみを覚えると共に、現実は悲惨な戦死でしかなかったものを、栄光ある戦死、敬意と感謝を捧げるべき戦死とすり替え賛美する靖国神社参拝に対し、再度強く抗議する。

 そもそも憲法99条には「憲法を尊重し、擁護する義務を負う」と、首相など憲法を最も遵守すべき公的立場にあるものの規定がある。20条3項の「国及びその機関は・・・いかなる宗教的活動もしてはならない」という厳格な政教分離規定には、戦後自らの国のかたちを「祀る国」から「祀らない国」にした平和憲法制定の経緯がある。あまつさえ福岡地裁(2004年4月7日)や大阪高裁(2005年9月30日)で「首相の靖国神社参拝は違憲」との司法判断が確定しているにもかかわらず、小泉首相はあえてこれを無視する政治的暴挙を再び繰り返したのである。

 また1982年に提起された愛媛玉串料違憲訴訟における最高裁大法廷判決(1997年4月2日)においては、公の機関の靖国神社など特定宗教への過度の関わりについて「外形的側面のみにとらわれることなく、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならない」とした上で「特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ない」と15人中13人の裁判官が違憲判決を下しているのである。

 このような首相の靖国神社参拝は違憲であるという司法判断の流れを受けてか、それともアジア諸国の批判を意識してか今回の靖国神社参拝は「私的」参拝を装った。しかしメディアを効果的に利用した首相の実質的宗教活動といわざるを得ない。このような姑息な手段を労してまでも、15年戦争を侵略戦争と認めない靖国神社への参拝行為にこだわることの危険な首相の意図、目的を、今こそ日本国民自身が目覚め、見抜かなければ、未来の「英霊」への受け皿の復権つまりは靖国神社の公共性の復権を許すことに自らが手を貸すことになるであろう。

 私たちはアジア諸国民から再び「日本鬼子」と言われてはならない。私たちは靖国訴訟を通し、首相の不法行為に対してはどこまでも私たちの平和的生存権や宗教的人格権の復権を求め闘う決意をここにあらたにし、抗議声明とする。



     2005年10月17日



小泉首相靖国参拝違憲四国訴訟団

(小泉首相靖国神社参拝違憲千葉訴訟団)

2005年10月17日

内閣総理大臣

  小 泉 純一郎 殿



 小泉純一郎首相は、本日、靖国神社秋期例大祭の初日に、就任以来5度目の靖国神社参拝を強行した。憲法を無視したこの暴挙に対して、私たちは満腔の怒りをもって抗議する。

 内閣総理大臣就任後に行われた2001年8月13日の公式参拝に対し、私たちをはじめ各地の多数の市民、宗教者、戦没者遺族、さらには在韓国・在台湾の戦争被害者や遺族から、「損害賠償」や「再度の参拝差し止め」を求める裁判を提訴されているにも関わらず、本日、性懲りもなく靖国神社に参拝したことは、確信犯的な憲法違反行為であり、断じて許すことはできない。

 靖国神社は、かつての日本の侵略戦争に動員され命を失った人々を「神」と祀り、彼らを「英霊」と讃え、その死に見習ってあとに続けという軍事的・宗教教育施設として今日まで機能している。しかも同神社にはA級戦犯も神として祭られており、同神社への首相や閣僚の参拝については、その度毎に中国や韓国をはじめとするアジア諸国から抗議の声が挙がっている。現に、小泉首相の度重なる靖国神社参拝によって中国首脳との会談は途絶された状態が続いており、今回の靖国神社が我が国のアジア外交に及ぼす悪影響は計り知れないものがある。

 同神社はかつての日本軍国主義の精神的支柱として、国民を戦争に駆り立てる上で大きな役割を果たした神社である。小泉首相は参拝のたびに「心ならずも国のために犠牲になられた方を追悼するとともに、二度と戦争してはならないという不戦の誓いを込めて参拝した。」と説明してきたが、同神社は不戦を誓う場としては全く相応しくない場所である。首相がこのような神社に参拝することによって、私たち原告一同は、平和を損なう靖国独特の教義を押しつけられ、宗教的人格権が侵害されるという精神的苦痛を受けており、それに対して現在損害賠償を請求している最中である。

 小泉首相の靖国神社参拝を巡っては、全国5地域において違憲訴訟が提起され、既に福岡地裁、大阪高裁で違憲判決が出されて確定している。これまでに小泉首相の靖国神社参拝を合憲とした判決は一つもない。しかるに小泉首相は「なぜ憲法違反なのかわからない。」と判決を一蹴し、本日の靖国神社参拝を強行した。

 私たちは、この暴挙に対し、今後とも我が国における政教分離原則の貫徹を目指して、屈することなく闘っていくことを表明する。


(靖国参拝違憲「福岡判決」を活かす会)

抗議文

貴職が本日、靖国神社に参拝したことに強く抗議する。

 スーツ姿で賽銭を投げ、礼拝して、いかにも私的参拝を思わせる様子だったが、私的でも靖国神社参拝は許されないのである。

なぜなら靖国神社は侵略神社・戦争記念神社だからである。中曽根康弘元首相は靖国神社公式参拝の前月に軽井沢で「国のために倒れた人に対して国民が感謝を捧げる場所はある。これは当然のことであり、さもなくして、だれが国に命を捧げるか。……これが、私が言う『戦後政治の総決算』と言うことなのであります」と言って靖国神社参拝は戦死者の再生産をすることだと明言している。靖国神社参拝は「戦争をする国づくり」であることは明白である。

先月末に大阪高裁が、貴職の靖国神社参拝を「憲法違反」と判決を出した時に、私は「民主主義の根幹である三権分立を護るために司法の判断に従い、参拝を中止せよ。個人的な思い込み、思想で参拝することは民主主義国家を破壊する独裁者の行為だ」とFAXを送った。

もう一度言う。三権分立を護るために今後靖国神社に参拝することを止めよ。そして、今日の参拝に強く抗議する。        以上

靖国参拝違憲「福岡判決」を活かす会代表 郡島 恒昭

(日本キリスト教協議会・靖国神社問題委員会)

内閣総理大臣 小泉純一郎 様

靖国神社参拝に抗議する声明



 私たちキリスト者は、私たちの国が過去に犯したアジア諸国への侵略戦争の罪責を悔い改めて、日本の国が憲法に明記されている平和主義、国民主権、基本的人権の尊重に堅く立つことを願ってきました。ところが、小泉首相は、私どものその願いを踏みにじり、就任後の2001年8月13日に靖国神社に参拝して以来、毎年1回の同神社参拝を繰り返し、こともあろうに5度目の参拝を10月17日に強行しました。私たちは、小泉首相の靖国神社参拝に対して以下の理由により厳重に抗議します。

大阪高等裁判所は、去る9月30日に、小泉首相の靖国神社参拝について「国内外の強い批判にもかかわらず、参拝を継続しており、国が靖国神社を特別に支援している印象を与え、特定宗教を助長している」として、憲法20条の禁じる宗教的活動にあたると認めました。このような明確な違憲判決が出されているにも関わらず参拝を強行したことに対して厳重に抗議します。

さらに、違憲行為を強行したことは、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と定めた日本国憲法第99条にも違反しており、法治国家の首相としては到底許されない行為であります。

靖国神社は戦前戦中、軍国主義の精神的支柱となったものでります。これに首相が参拝することは、「二度と戦争を起こしてはならない気持ちから」という発言とは裏腹に、戦争を美化し、戦争を肯定する行為と言わなくてはなりません。そして、再び国民に国家のために犠牲になることを強いる国家主義、軍国主義を鼓舞することになります。これは、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意」して成立した日本国憲法の平和主義の精神に反する行為と言わなくてはなりません。

大阪高裁の原告には、台湾の戦没者の遺族116名も含まれ、「日本の植民地支配で被害を被っており、戦前日本の精神的支柱である靖国神社への首相の参拝で苦痛を受けた」と訴えました。このように、首相の靖国神社参拝は、アジア・太平洋戦争において2千万余の人々の命を奪った歴史を無視し、戦争被害者の苦痛を増幅させるものであります。さらに、首相の靖国神社参拝は、アジアの人々に不信感を抱かせ、日本の国に住む者が長年かけて築いてきたアジアの人々との和解と友好の営みを瓦解させるものとなります。

以上のように理由により、私たちは小泉純一郎首相の靖国神社参拝に強く抗議します。



2005年10月17日

日本キリスト教協議会

靖国神社問題委員会

委員長 須賀誠二

(日本バプテスト連盟 靖国問題特別委員会)

戦争への道を開く小泉首相の靖国神社参拝強行に抗議する声明
 2005年10月17日。小泉首相が靖国神社参拝を強行したことに対して、私たち日本バプテスト連盟に加盟するキリスト者は、怒りと悲しみをもって抗議を行う。
 
首相の靖国参拝は戦争への道である。2002年4月21日「所感」において、靖国神社参拝の意義を「将来にわたって、平和を守り、二度と悲惨な戦争を起こしてはならないとの不戦の誓いを堅持すること」と首相自ら表明した。しかし、憲法を侵し繰り返される首相の靖国参拝は、「不戦の誓い」とはうらはらに戦争への道を開いたと私たちは考える。
靖国神社の本質は、かつての戦争被害者、すなわち日本帝国軍人として戦場に駆り出され、侵略者となった者たちを「英雄」として祭り上げ、戦争そのものを美化している点にある。誤った国策によって戦争に動員され、死を強要されたばかりではなく、加害者としての歴史を負わされた人々に対する責任を不問にしたまま靖国参拝し、彼らを「英雄」とする首相の行為は戦争を肯定してことに他ならない。彼らは首相の言う「尊い犠牲」ではない。彼らは被害者である。「赤紙」一枚で戦場に送られた元来被害者である彼らを加害者とした歴史は「尊い犠牲」という言葉ではごまかされはしない。首相の靖国参拝は、「尊い犠牲」という甘言を用いることによって国の責任を曖昧にし、戦争被害者側がいかにも自己決定の内に自ら「犠牲」となったかのような幻想を国民に与えている。そこに戦争を美化し、再び国民を戦場へと誘(いざ)うという意図を見る。
さらに何よりも、かの戦争によってアジア諸地域において殺された2000万人もの人々に対する国家の責任を不問に伏すものである。戦後60年が過ぎた今日、首相の靖国参拝は、アジアとの和解をさらに遠のかせた。自らの過ちをわきまえることが出来ない者たちは、国際社会から尊敬されることはないばかりか、これらアジアの一員として生きる子どもたちの未来を暗くしている。自らの責任について語らぬ者が、加害者たちを「英霊として拝する」ことは侵略戦争の事実を否定することである。被害者の声に聴き、悔い改めることが何よりも大切なのではないか。「やめろ!」というアジアの叫びを無視し、国の代表者が靖国に参拝し続けることは、日本が戦争責任を一切負っていないばかりか、再び戦争を行う危険な国であることを強く印象づけている。
 2005年9月30日大阪高等裁判所は、首相の参拝を「公人の行為」と認定し違憲であるとの判断を示した。しかし、司法の判断を無視し参拝強行に踏み切ったことは、憲法によってのみその存在を根拠付けられる内閣総理大臣たる者が、憲法を無視し無法者と成り下がったことを明白に示している。法治国家が、無法状態になったとき戦争は可能となる。選挙においてどれだけ議席を獲得しようとも、法を守ることができない無法者に政権を担う資格はない。大政翼賛化した時代がいかに不幸な時代であったかを私たちは知っている。真理は数によらないことを歴史は証明している。かつての過ちが繰り返されることを私たちは危惧する。
 戦争を美化してはならない。戦争が美化され、戦争被害者を「英雄」としてあがめ、「国のための尊い犠牲」が社会における最高の道徳的価値とされるとき、私たちは再び戦争の道を歩み始める。国民の生命を守る立場にある首相は、あらゆる戦争への道を破棄することに全力を注がねばならない。それは二度と歩んではならない道なのである。憲法前文に明記された「平和に生存する権利」を私たちは有している。首相や政府の存在意義は、この権利をいかにして守るかにある。今回の靖国参拝は、私たちの「平和に生存する権利」を踏みにじるものである。私たちは、断固として参拝に反対する。
 最後にアジアの犠牲者及び「尊い犠牲」「英霊」と祭り上げられた人々を覚えて祈る。偽りの情報と誤った大義によって戦場に駆り出された人々は、首相の参拝を果たして喜んでいるのだろうか。あらゆる被害者が望むことは、首相自らが言う「不戦」に他ならない。かつての戦争遂行施設であった靖国神社に参拝し続けることで戦争の出来る国へと近づく今日、彼らの「不戦の思い」はますます踏みにじられていく。60年前、私たちは日本国憲法9条を制定することによって、侵略戦争の非を認め、反省し、アジアに対する戦争責任を明確化した。戦争の出来ない国になることが、戦後のアジアにおける日本の唯一の出発点であった。「不戦の誓い」を大儀にし、靖国に通う首相が、不戦の砦である9条の「改正」に誰よりも積極的であることに、私たちは恐怖を感じる。
 私たちは、私たちの信じる神に赦しと、とりなしを祈る。道を見失い、権力に驕る為政者のために祈る。そして、主イエスの述べられた「平和をつくりだす者は、幸いである」との、み言葉にこれまで生きることのできなかった者として自らを悔い改める。私たちは、平和をつくりだす者として幸いに生きたい。
 平和と和解の主が、この国を赦し、正しい道に導かれることを心より祈る。
2005年10月17日
日本バプテスト連盟 靖国問題特別委員会
委員長 辻子 実

(平和遺族会全国連絡会)

小泉首相の靖国神社参拝に対する抗議声明

 小泉首相は、国の内外の厳しい批判がある中で、2005年10月17日、5度に
わたる靖国神社参拝を行いました。
 なぜ小泉首相は、福岡地方裁判所、大阪高等裁判所の「明確な違憲判断」(憲法第
20条政教分離原則違反)に基づく確定判決も、また戦後60年の今もなおアジア太
平洋地域の国々・人々に対して行った侵略・加害の歴史も何ら意に介さないのでしょ
うか。
 日本はアジア侵略を行った時、旧植民地時代に多くの犠牲者を生んだだけでなく、
戦後60年の今もなお、台湾、韓国・朝鮮の戦死・戦病死者を靖国神社に勝手に合祀
しています。そして戦後も何ら変わることなく、靖国神社は、245万余の合祀者を
「英霊」と呼び、その死を「顕彰」(ほめ称える)対象として春秋の例大祭を行って
います。そうした中で、侵略された国々の戦没者遺族あるいは遺児の方々が「勝手な
合祀は『民族的人格権』の侵害である」として強い抗議の意思を表明しているのです。
そうした戦没者遺族の痛み・苦しみ・憤りの思いを、首相はどうして何ら問題にしな
いのでしょうか。なぜ国民の一部の特定の集団の要望にのみ答えて、特定の宗教団体
である靖国神社に参拝をくり返すのでしょうか。
 私たちは、再び「戦争の惨禍」(日本国憲法前文)を繰り返さない決意の下、小泉
首相が先頭に立って、アジアの国々・人々と真の親善友好の政治を履行し、日本が1
日も早く「国際社会において、名誉ある地位を占め」(「前文」)るために、最善の
努力を払うよう強く要望し、ここに5度にわたる靖国神社参拝に抗議の意思を表明し
ます。
                    
2005年10月17日

平和遺族会全国連絡会代表 西川重則

(政教分離の侵害を監視する全国会議)

小泉首相の靖国神社参拝に対する抗議声明

 小泉首相は2005年10月17日、5度目の靖国神社参拝を行いました。
 私たちは、以下の理由により、強く抗議を表明します。
 宗教団体であり宗教法人である靖国神社に首相が参拝することは、参拝の態様の如何にかかわらず、憲法が徹底して厳格に定めている国家と宗教の政教分離に違反します。

 靖国神社には、戦後60年の今もなお、245万余の多くの日本人の戦死・戦病死者と共に合祀されている旧植民地時代の戦争被害者及びその遺族の「民族的人格権」を蹂躙したまま合祀されています。

 したがって首相の参拝が、アジア太平洋地域の国々・人々の心をいかに深く傷つけているかを考えるべきであり、首相としてあるまじき行為であることを、私たちは、改めて強く指摘せざるを得ません。

 首相は、くり返しわが国が、「国際社会において名誉ある地位を占め」るべきことを強調していますが、その実現のためには長期にわたる侵略・加害の歴史の事実を深く自覚し、同じ過ちをくり返すことのない平和憲法に則した政治をこそ履行すべきであることをここに強くもとめます。

 最後に、「戦争の惨禍」(日本国憲法「前文」)をくり返さないために、日本国憲法の命と言われる思想・信条の自由、とくに憲法第20条第3項「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」という政教分離原則を順守することがいかに重要であるかについて、深く留意すべきであります。

 政教分離の順守の如何は、アジア太平洋地域の国々・人々に対して、まさにわが国が「名誉ある地位」を回復するための試金石であることを知るべきであります。

 ここに重ねて首相の5度にわたる靖国神社参拝に対して、強く抗議の意思を表明します。
 2005年10月17日
 政教分離の侵害を監視する全国会議事務局長 西川重則
  内閣総理大臣 小泉純一郎殿

(宗教法人恵泉バプテスト教会社会部)

小泉首相の靖国神社違憲参拝に抗議します

内閣総理大臣 小泉純一郎様
2005年10月17日
宗教法人恵泉バプテスト教会社会部

本日、行われた首相の靖国神社違憲参拝に対して抗議します。
私たち恵泉バプテスト教会は、平和と和解の主イエス・キリストに従う群れです。また、ピリューリタン革命の担い手として特に「信教の自由・政教分離原則」を強く主張し、近代市民社会の自由権、平等権の確立に貢献してきた歴史を持つ、キリスト教プロテスタントのバプテスト派に属するものです。
私たちは、貴職が靖国神社参拝を行なわないよう要請した声明、また靖国神社参拝を行ったことに対しての抗議声明を出した経緯があります。
貴職が、一宗教法人である靖国神社に参拝したことに対して、日本のみならず台湾を始めアジア諸国の戦没遺族者などが貴職を提訴し、本年9月30日に大阪高裁で「違憲判決」が出されました。
 靖国神社は明治以降の日本が、欧米列強に伍してアジア支配を行おうとした日本の軍国主義的政策にそって、その精神的な支柱として当時の政権によって作られた特異な軍事的宗教的施設であることは明白な事実です。
 一国の長である貴職が国の大阪高裁で「違憲」判決が出たにもかかわらず、首相の座を降りることなく、最高法規である憲法を無視して参拝を行ったことは法治国家として恥ずべき行為であると言わなければなりません。
 このような誤った行為を真摯に反省し、繰り返すことのないよう申し入れと抗議をします。







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真宗遺族会が首相に抗議文

2005年10月17日
内閣総理大臣
小泉純一郎様
真宗遺族会(事務局長 菅原龍憲)

このたびの小泉首相の靖国参拝に強く抗議します
私たち真宗遺族会は二十年来、自らの宗教的信念に基づき、また戦没者遺族の立場において、首相は靖国参拝をすべきでないことを強く訴えてきました。
にもかかわらずこのたび、またまた小泉首相は靖国参拝を強行しました。私たち遺族の思いをまるで切り捨てるがごときこのような行為に対して私たちは激しい怒りと屈辱的な思いをもって強く抗議します。
小泉首相は靖国神社参拝の中で「戦没者に対して敬意と感謝を表する」という言葉を執拗にくり返してきました。このような言葉が、そのもっともらしさにもかかわらず如何に欺瞞に満ちたものであるか、私たち遺族は悲痛な思いで受けとめております。
天皇や国家の名のもとに動員され、他国民を殺し、自らも殺されていったというのが戦没者の実相であります。そのような戦没者の「悲惨」に対して、国家の指導者が、己が国家責任も慚愧も表明することなく、いたずらに戦没者を顕彰することは戦没者を限りなく貶めることであり、遺族の心を深く蹂躙するものであります。
靖国神社という宗教性をもって国民の心情を吸収し、国民を国家に帰属せしめようとする政治支配に対して、私たちは内面の自由を求めるたたかいを更に持続していくことを決意するとともに、このたびの小泉首相の靖国参拝に対して強く抗議します。

以 上


inochiky at 22:48|Permalink

2005年10月20日

国立追悼施設に反対する宗教者ネットワークからも靖国参拝に抗議

事務局は以下の抗議文を首相宛に送りました。


「10月17日の首相の靖国参拝に抗議します」

首相は去る10月17日、各方面からの、とりわけ戦争で苦しめられた内外の被害者たちの反対の声、そして先日の大阪高裁での違憲判決を嘲笑うかのような靖国参拝をまたもや強行しました。

そこで、首相は再び戦死者に「敬意」を捧げたと発言しましたが、これは戦死者の行為は敬うべきことであるとする靖国神社の英霊教義を首相がマスコミを通じて布教する行為であり、このようなことは非戦国家としても、また信教の自由・政教分離の観点からも断じて容認できるものではありません。

ここに再三にわたる靖国参拝という暴挙に対し、猛烈に抗議します。

2005年10月20日
国立追悼施設に反対する宗教者ネットワーク 
事務局長 山本 浄邦


inochiky at 22:27|Permalink

韓国より小泉靖国参拝に対する抗議

10月17日の小泉首相の靖国参拝に対し、
太平洋戦争被害者補償推進協議会
(共同代表:李熙子さん)
から抗議声明が届きました。
>
> --------------------------------------------------
>
> 小泉首相の靖国神社参拝に伴なう抗議声明
>
> 今日(10月17日)、日本の小泉純一郎首相は内外の反対を押
し切って靖国神社参拝を敢行した。韓日国交正常化40周年を迎
えて望ましい過去史清算に基づいた新しい韓日関係を確立しよ
うとしている両国市民の努力を無残に踏みにじる暴挙以外の何
者でもない。
>
> 過去、日本はアジア各国を侵略してアジアの民衆を虐殺し、
ひいては彼らを侵略戦争の銃弾の的として動員した。アジアの
所々に無残に死んでいった怨魂は終戦60年が過ぎてもその恨み
をはらすことができずにいる。この間、韓国はじめアジア各国
は日本の反省と謝罪を追及してきた。しかし小泉首相は、アジ
ア太平洋侵略戦争をアジアを解放してやるための「大東亜聖戦
」であったと主張し侵略戦争の首謀者であるA級戦犯を軍神と
崇めている靖国神社を毎年参拝してきた。
>
> 私たちは小泉首相が軍国主義の象徴である靖国神社を訪問、
参拝することは過去の日本の侵略戦争を正当化するのみならず
、犠牲者や遺族に癒えることのない傷跡を残し、侮辱すること
であると絶えず指摘してきた。韓国や日本、沖縄、台湾の遺族
は小泉首相の靖国神社参拝が政教分離を謳った日本国憲法に違
反し、遺族らに精神的被害を加えているもので、これを中止さ
せるべきであるという訴訟を起こした。先の大阪高等裁判所の
判決(9月30日言い渡し)で日本の司法は首相の参拝が靖国神
社を特別な位置に格上げし参拝者が増えていることなど、相当
な影響を及ぼしており、靖国神社の宗教化を醸成、促進する役
割を果たしていると判断した。
>
> 裁判所のこのような判断を気にもかけず、小泉首相はまた靖
国神社を参拝した。これは憲法を守護すべき首相が先頭に立っ
て憲法を破るものであり、法治主義に対する深刻な挑戦行為だ
といえる。さらにアジアを蔑視して日本中心の覇権をねらって
いた過去の軍国主義を復活させる宣言であり、「終戦60年」を
「軍国元年」に引き戻そうとする歴史の反動以外の何者でもな
い。
>
> 小泉首相の靖国神社参拝は平和な共生のアジアを願っている
周辺国の反発のみならず、日本内の国民感情にも大きな葛藤と
分裂を起こすだろう。小泉首相の「大日本帝国の暗い過去に対
する復古」は結局、「民主主義の未来に対する自滅」の道にな
るであろうことを警告する。小泉首相は速やかに靖国神社参拝
について謝罪し、外交的修辞で反省と和解の言葉を繰り返すの
ではなく、実践としてこれらを立証するべきである。
>
> 2005年10月17日
>
> 民族問題研究所
>
> 太平洋戦争被害者補償推進協議会


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2005年09月05日

菅原氏に週刊ポストが「お詫び」

http://blog.livedoor.jp/inochiky/archives/50034081.html
↑菅原氏、週刊ポストに抗議 という投稿をしましたが、後日同編集部が菅原氏宅を訪問し、謝罪した上、さらに後日、下記の回答書を菅原氏に送りました。

(以下、同編集部からの回答を転載)

                            平成17年9月3日
浄土真宗正蔵坊
菅 原 龍 憲 様
                   (株)小学館『週刊ポスト』編集部
                         編集長 福 田 博 章

謹啓  初秋の候、益々ご健勝のことと拝察致します。
さて、弊誌平成17年7月22日号記事に対する貴殿よりのご指摘につき、記事該当箇所を調査致しました。その結果、一、貴殿が取り組んでいる合祀取り下げはあくまで宗教的信念と遺族の立場からのものであり、A級戦犯に関わりのないものであること、二、個々人の死は等しく追悼されるべきであり靖国神社の恣意によって選別することは遺族の意思を無視した行為である、とのご主張を、弊誌担当記者が正確に理解できず、その結果、A級戦犯合祀、東郷神社への分祀に関するコメントが、貴殿の意に反するものとなっていたことが分かりました。
これにより貴殿ならびに関係各位にご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。
今後はより慎重な取材を心がけ正確な報道を期して参りますので、ご指導、ご鞭撻を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。
謹白


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2005年08月02日

滋賀県議会議員、靖国参拝で政務調査費から玉ぐし料

滋賀県議会議員、靖国参拝で政務調査費から玉ぐし料


自民党系会派の議員20数人が今年1月に靖国神社を参拝した際に、政務調査費から玉ぐし料を支出していたことが2日、わかったそうです。


県議会事務局は「宗教活動に政務調査費を支出するのは不適切」としているそうですが、こんなことがまかりとおると思っている県議が20数名もいるとは本当に驚きです。

関係者によると、会派の議員二十数人が行政視察で東京を訪れた際、靖国神社に参拝し、玉ぐし料などとして1人当たり約1000円を支出していたということですが、少額だからいいというわけではないことは今更言うまでもありません。


inochiky at 18:33|Permalink

2005年07月22日

西本願寺有志が九条の会結成

浄土真宗本願寺派の信楽峻麿龍谷大元学長や当ネットの山本浄邦事務局長など僧侶・門徒有志が呼びかけ人となって「本願寺九条の会」を結成、現在、賛同人とカンパを募っています。
政府や国会に九条改憲反対を訴えるとともに教団にも九条改悪反対を表明するようはたらきかける。
詳しくは本願寺九条の会のHPにて。

http://www18.ocn.ne.jp/~hongan9/MyPage/menu0.html





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2005年07月19日

真宗大谷派(東本願寺)が改憲反対決議

真宗大谷派(東本願寺)の最高機関である宗議会において、6月14日、『日本国憲法「改正」反対決議』が可決されました。

全文は真宗大谷派のHP内に公表されています↓

http://www.tomo-net.or.jp/info/news/050615_2.html



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2005年07月15日

菅原龍憲氏が『週刊ポスト』に抗議

小泉首相靖国参拝違憲アジア訴訟団の原告団長で、国立反対ネット加盟団体の真宗遺族会事務局長である、菅原龍憲氏が、14日、『週刊ポスト』7月22日号に掲載された記事のなかで菅原氏の発言とされる部分に捏造があったとして、抗議及び要請書を送付しました。

http://www.weeklypost.com/050722jp/index.html

記事は東郷神社にA級戦犯を遷す、というテーマで菅原氏があたかもA級戦犯と親族が一緒に合祀されていることが問題で、A級戦犯が分祀され、自分達の親族も霊璽簿から削除されれば問題が解決するかのような発言をしたかのように書かれており、東郷神社の提案に関心をもっているかのような印象を与えるものでした。菅原氏は、「これほどまでにひどく発言を捏造されたのは、いままで数々の取材を受けてきたが、今回が初めて。東郷神社の問題などは関心もないし、靖国をA級戦犯の問題と考える事自体が靖国問題の矮小化になると記者には答えた。あくまで訂正と謝罪を求める。」と語っています。

なお、

http://joho.easter.ne.jp/post.htm

に抗議及び要望書の全文を掲載しました。



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2005年07月12日

【投稿】入学式雑感

全国で「日の丸・君が代」の強制がひどくなっていますが、その只中でご子息の入学式に参加した日本バプテスト京都教会の大谷牧師からいただいた玉稿を転載いたします。

入学式雑感

 いよいよ第1子が小学生。入学式に行った。嫌な意味で緊張した。わかってはいたが、日の丸、金屏風の圧力は、相当なものだった。意味のわからないもの、そう、例えばおばけと遭遇しているかのような、そんな緊張だった。
 校門で身を縮めて、このような状況に反対するビラを配っておられたご婦人の姿が、脳裏にあらわれる。救われたような気がした。あの世界も同時にあるわけだから、おばけをじっくり観察するか・・・。


 「起立、礼」。式が始まる。何に礼をしているのか。説明はない。そして、間髪いれず君が代。なるほど、立ったままの状態で、君が代となるわけだ。立った状態から座るのは、座った状態のまま立たないこととは桁違いの力がいる。これも、お上からの指導によるものなのか。座らなかった。立ったまま、周りをよく見てみた。何人か歌わない教師もいるだろう・・・。いなかった。また変な緊張が走った。・・・ただ、僕が歌っていない人を見つけられなかっただけ・・・。そこに託してみる。上級生が見事に君が代を歌う。大きな口をあけて、大きな声で。しかし!嬉しかった。なんとも魂のこもらない歌とはこのこと!ただ歌っているだけ。君が代が上滑りしている印象を受けた。だから短期的な洗脳はないだろう。がしかし、長期的に慣習として身にしみることはあるだろう、とも思った。


 校長の話がはじまる。NHKスペシャルにも取り上げられた、全国的に有名な公立の実験的小学校。そこの校長だけに期待した。・・・が・・・。「考える子」「がんばる子」「やさしい子」「きたえる子」になれ!という話だった。そして頭文字をとって「がかやき」だという。話の内容は極めて単純な優性思想。しかし倫理の中身が語られることはなく、賢く強い子がよい!という枠しかない。しかも何のためにそういう子になるのかという、目的も語られない。また、この4つの倫理も、「かがやき」に無理やりあてはめた感もあるほどに、練られていない。またもや、おばけと遭遇したような感を持った。目的も中身もなく、宙に浮いている倫理的な教訓。意味のない言葉。それはまさにおばけ。さらにおどろいたのは、「新一年生はすごい!すばらしい!」を連発していたこと。「すごい」「すばらしい」という、抽象的で、でも気分が良くなる言葉の連発ほどに、意味のない、しかし、人々を不思議な雰囲気に持っていくおばけ的なものはないのかもしれないと思った。いったい校長は新一年生の何を知っていて、すごいとか、すばらしいと言うのだろう?少なくとも、僕のところの第1子や、僕の教会に関わっている子どもたちについて、そんな安価な判断をされても本当に困る。別に、すごくなってほしくもなければ、すばらしくなってほしくもない。具体的に歴史を生きている者として、歴史を生きてほしいだけ。数え切れない困窮が転がっている歴史の只中を。


 PTA会長の話が続いた。京都の文化と伝統を、街をあげて学ぶことができる学校とのこと。そして「ありがとう」の言葉と、元気で居ることが、友だちを作るという倫理。ここでも、倫理。背筋が冷たくなるのを感じた。道徳、倫理しか語られないのは何なのか。しかも、友だちを作るのは「ありがとう」の言葉なのか。元気でいないと、友だちはできないのか。大変やなあ!と思った。脅しやなあ!と思った。僕は、僕がかかわる子どもたちに、全身全霊で同級生たちとぶつかるなかで、ちゃんとつまづいて、ちゃんと限界を知って、お互いの違いが違い以上のなにものでもなく、しかしその違いを担い合って、ちゃんと共に生きる友達をつくることができることを、叫んでいこう。それはつまり、理由で何であれ、出会った先生や同級生は、なんとしても愛していきたい!というところで、友だちは友だちとなることを、伝えていこう。 

 校長とPTA会長の話の共通点は、「歴史」が語られていないこと。具体的な、事実と真実とを含んだ歴史が無視されているということ。つまり、中身と目的のすべてが無視されているということ。だから、残っているのは倫理・道徳だけ!ということ。中身のない倫理、すなわちそれは、カタチにはめること以外のなにものでもない。そしてカタチにはめるための、抽象的ながら、気分のいい言葉が並べられる。「すごい」「すばらしい」「伝統」「文化」。つまり、おばけが並んでいる。そうだ。いま、子どもたちは、おばけを教育されるわけだ。時代状況のなかで、その歴史の意味を問うことなく、なんとなく気分のいい雰囲気に流れることができるような、しかも、その気分のいい雰囲気が真実であり、真理であると言ってしまうところの、そういうおばけを身につけようとしている・・・。
 おばけを身につけたら、おばけになっちゃうよ。おばけになったら、人間のこと、いのちのこと、人格のことなんか、わからなくなっちゃうよ。さあ、おばけ退治をしなきゃ。


 何で退治する?それは校長とPTA会長が教えてくれた。彼(女)らは、気持ちのいいこと、楽しいこと、嬉しいことだけを語った。そう、おばけは、そこでしか生きられないから。だから、僕らはちゃんと見よう。ちゃんと聞こう。ちゃんと語ろう。 
この世界に転がる、そして子どもたちの精神にも転がる、痛み、苦しみ、悲しみなどを。おばけはこれが一番嫌い。でも、世界中の痛み、苦しみ、悲しみを、全部掘り起こすくらいの勢いで、そしてその痛み、苦しみ、悲しみを、つまりそういう証言をあつめて、つまり「歴史」を盾にして、おばけを退治しよう!「具体的」な証言で、「抽象的」な心理的雰囲気を退治しよう!それはつまり、世界史の困窮の前に立ち続けるということ!
 愛する第一子。きっとおばけと人間のはざ間にある学校で生活するわけだけど、その現場で生きるからこそ、そのはざ間を瞬時に見抜けるような、そういう力を、せっかくだから養って欲しい。教科書にかじりつく必要もなければ、跳び箱や鍵盤ハーモニカにかじりつく必要もない。あなたは、あなたが今まで、僕やみんなにしているように、同級生や先生たちみんなをじっくり見て、じっくり聞いて、いつも僕にしてくれるように、応答してくれたらいい。そのひとつひとつの向かい合いのなかに、真理が隠されているから。その向かい合いの繰り返しこそ、あなたの「歴史」になるから。そして「歴史」が、あなたに「いのち」「人格」となるから。
大谷心基(日本バプテスト京都教会牧師・守ろう憲法と平和 きょうとネット代表幹事)

 



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共謀罪のこと

ロンドンの爆破事件に関連して、共謀罪について述べたが、共謀罪って何?という方もおられると思うので、そのことを少し書いておきたい。

簡単に言えば、共謀罪というのは、実際に犯罪を犯さなくても、話をしただけで「犯罪について共謀した」として逮捕・起訴され、罪に問われる、というものだ。政府与党は今国会の会期が延長されたのを機に、今まで実現する事が出来なかったこの共謀罪を加えた刑法改正を実現しようとしている。

たとえば、居酒屋で、サラリーマン2人が酔っ払って上司への愚痴をこぼし、「2人であいつをぶん殴ってやろうか!」「そうだ、殴ってやろう!」と言えば、暴行を共謀したとして「立派な」犯罪者にされてしまうのだ。また、「パレスチナの人々を救援するために、送金しよう!」「賛成!」と口にしただけでも、テロ資金供与の共謀罪として逮捕・投獄できるのである。さらに、労組運動において「徹夜で団交だ、あくまで社長を退席させないぞ!」と組合の会議で幹部が相談したとすれば、組織的監禁を共謀したとして罪に問われる。警察は幹部を逮捕し、組合運動自体を危機に追いやることもできる。

これでは冗談も言えないし、社会運動への弾圧にもたやすく利用できてしまう。日弁連などもこれを問題視しており、このような当局による不当な治安強化を許すわけにはいかないだろう。

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/2004/0426hs.htm



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