2008年01月18日

アカギは癒し系漫画である

「アカギ」は麻雀漫画である。
当然だ。「アカギ」とは赤木しげるが麻雀を打つ物語であり、麻雀を打つことによってアカギはアカギでいるのだ。麻雀を打てなくなったらそれはアカギではなくなってしまう、というようなことを「天」にて本人が述べてもいる。やはり「アカギ」は麻雀漫画だ。


「天」16巻より 自ら死を選ぶ赤木しげる

「アカギ」は麻雀の展開が遅い。
近代麻雀は月2回発行だが月1でしか掲載されておらず、そのたった1回の掲載時で1巡も進まないことも多々ある。電卓をはじいて残り資産を計算しただけでひと月が終わる事だってある。読者というのは我侭なもので、展開が速ければ「なんであのシーンをもっと深く描かなかった」と不平を口にし、展開が遅いと「いつまでやってるんだ、早く先へ進め」と文句を垂れる。ここ数年の「アカギ」は、ファンとして贔屓目に見てもやはり後者が圧倒的多数を占めているだろう。ネットでの評判を見ていると、中には「鷲巣麻雀の終わりが見えないのでもう読まなくなった」なんて人まで居る。幸いにも福本伸行先生はいまだにカリスマ的人気を誇るおかげで、単行本が発行されれば書店やコンビニなどわりと広く入荷されるので、その存在を気付かれやすい方だろう。だが、そこまでの人気が無ければ「あれ、まだ連載してたの?」と言われてしまう。このように弊害が伴う事もあるし、あまりにスローペースなのも考えものだ。

しかし、スローペースなのは悪いことばかりではない。「物語を深くじっくりと掘り下げる」というのはある種の物語では絶対に必要になってくるものだ。「アカギ」の、そして福本先生の持ち味は、濃厚で過剰なまでの心理描写だ。時には丸々一話使ってまでも細かく心情を吐露することにより、主人公(もしくは敵方)の「勝ち」へ向かう思いなどが読者に強く伝わり、その後の逆転劇へのカタルシスにつながってもいるのだ。それが顕著に現れている作品として「賭博黙示録カイジ」を挙げよう。限定ジャンケン終盤での大逆転劇、Eカード編での一枚一枚選択する度に悩み苦しむ様子などは、読んでいるこっちまでも福本伸行作品の世界に引き込まれるような臨場感を覚えたものだ。


悩み、悩み、悩みぬくカイジwithぼんくらーず

福本伸行作品以外の話になってしまうが、「よつばと!」という漫画がある。「あずまんが大王」で大ブレイクしたあずまきよひこ先生が「あずまんが大王」連載前から構想していた作品だ。(あずまんが大王連載前にすでに「Try!Try!Try!」という「よつばと!」の原型となる短編を描いている) 「あずまんが大王」は、現実の時間に合わせて物語の中でも毎月時間が経過して行き、区切りとなる主人公たちが高校を卒業するまでの3年間で惜しまれながらも連載が終了した。その後の4コマ漫画界にも多大な影響を与え、人気の絶頂期に美しく連載を終えた作品として語り継がれている名作なので、読んだ事が無いという愚か者はぜひとも一読してほしいものだ。いいから読め。とにかく読め。四の五の言わずに読め。ほら、早く。


いずれも読んでおいて損は無い名作です。

失礼、取り乱しました。話を戻して、そんな「あずまんが大王」とは違い、この「よつばと!」は時間の流れがゆっくりしている。夏休み初日から始まったこの作品だが、基本的に一話で一日程度しか進まず、5年間近く連載が続いてもまだ作中では3ヶ月も経っていない。だが、この漫画はそれでいいのだ。たしかに、それこそ「漫画のように」劇的なことなど毎日起こりはしない。だが、それほど劇的なことは無い毎日も、まだ幼いよつばの目から見れば、新しく、面白く、そして輝いているのだ。このように、作品の時間経過を緩める事によって多大な効果を示すケースもあるということだ。普通の漫画では物語の都合によってある程度時間が飛ぶ必要もあるだろう。ただ、そこをあえて描き続ける事によって読者に伝わるものもあるということか。

同系統のゆったりとした空気を持つ作品として、「よつばと!」と並んで頻繁に挙げられる天野こずえ「ARIA」という作品がある。こちらももはや説明など不要と思われるが、テラフォーミングされた火星のネオ・ヴェネツィアを舞台としたいわゆる「水と癒しの物語」である。作中では、緩やかに移ろい行く季節の風景や豊かな自然、そして暖かな人々の交流などがじっくりと描かれている。季節の移ろいを表現するために多少時間が飛ぶことはあるが、これも基本的には「緩やかな時間の流れ」を感じる作品である。ちなみに、日曜深夜1時開始のアニメ版を見ていた時は、毎週毎週、安らぎとともに襲い掛かってくる睡魔との闘いだったものだ。




ここで話を「アカギ」にまで戻そう。前述の「よつばと!」「ARIA」と比べて、「時間の経過が緩やか」以外に共通点はあるだろうか? そう、もう1つ明らかな共通点がある。俗っぽい言葉になるが、それは「癒し系」ということだ。

「アカギ」を単なる麻雀漫画としてしか感じたことが無い方は、「コイツは何をトチ狂ったこと言い出したんだ」と思われるかもしれない。しかし、「アカギ」も癒し系漫画であることは紛れも無い事実なのだから仕方ない。「アカギ」の時間経過が緩やかになったのは必然性があるのだ。今の「アカギ」は、「勝負」を見せるために物語をじっくり掘り下げているのではなく、鷲巣巌・赤木しげるという「魅力ある素材」を十二分に表現するために時間が必要になっているのだ。

「よつばと!」ではよつばの周りの世界を、「ARIA」では美しきネオ・ヴェネツィアの世界を表現するために、作品の全てがつぎ込まれている。そして、その「世界」を見ることにより、我々読者は「癒し」を得ている。一方「アカギ」で描かれているのは、もはや「勝負」という事象ではない。確実にその一歩先の段階へ進んでいる。それは、鷲巣巌と赤木しげるの2人を中心に作られる「世界」なのだ。アカギがポーカーフェイスで凡人(読者)には及びもつかない勝負をし、鷲巣様は赤木の動向に一喜一憂し、安岡・仰木や吉岡・鈴木などの白服たちはその2人に驚きざわざわする。あの現世から隔離された特殊空間。それこそが「アカギ」という作品で描かれる「世界」なのだ。


重要なのは「世界」

まぁたしかに、それがなぜ「癒し」に結びつくのだと言う人も居るかもしれない。しかし、これら「癒し系漫画」の世界で描かれているのは、バトル漫画のような熱くて慌しい世界などとは違う。濃密に描かれた風景や心理描写からは、その場の空気まで伝わりそうな「仮想の世界」を感じることが出来る。そんな緩やかな世界の空気を共に味わうことこそが、せせこましい現代に生きる我々の最高の癒しなのだ。そもそも、アカギの打牌一つ例えるのに大袈裟に核やら戦艦やらまでいちいち引き合いに持ち出す様子は、見てて口元を緩めずには居られないではないか。ついには「鬼の子」だの「悪魔」だのと言い出し、まだ少年のアカギに対して怯え逃げ惑う鷲巣様。これは、ホラー映画やお化け屋敷を怖がるステレオタイプの美少女キャラと何が違うと言うのかね。もはや萌え対象でしかあり得ないではないか。ああもう鷲巣様かわいいよ鷲巣様。「鷲巣様とチュッチュしたいよ〜」とか「こんな天気のいい日に鷲巣様とキャッキャウフフできたらなァ」と考える紳士淑女が現れるのも仕方ないではないか。


「ARIA」はしばしば『未来形ヒーリングコミック』と紹介されている。これぞまさに、A.D.2301年を舞台にしたこの作品を的確に表現しているキャッチフレーズだ。そこでこれを踏まえて考えると、(鷲巣様の比喩表現内では携帯電話が描かれてはいたが)昭和という時代を舞台にした「アカギ」を紹介するキャッチフレーズはこれ以外に無い。

『過去形ヒーリングコミック』

「アカギ」(特に鷲巣麻雀編)は、麻雀漫画界最強の癒し系作品であると言えるだろう。いや、もう最強とかではなく、癒し系そのもの。新ジャンル・癒し系麻雀漫画。親役満をテンパった鷲巣様が「でっかい役満です」とか「いわお、いま、さいきょう」と言い出さないのがおかしいくらい。


絵:コトポッポさん@HAPO SCHIROLL
いわおちゃんはこの勝負が終わったら家族(白服)とハワイ旅行をする予定です。

一筒を頭ハネされた鷲巣様は安岡に「うんこー!一筒なんてうんこー!」と暴言を吐き、安岡は安岡で「うんこうめー!うんこロン!!」と反抗する。「アカギに勝ったら75年の人生の最高地点。至福の瞬間が見える!」という自分ルールを破られておかんむりの鷲巣様も、最終的には「はわわわわ、結局わしの一筒が頭ハネされちゃいましたー。でも、こうして4人全員が1枚ずつ一筒を持つことになるなんて、わしだけじゃなくみんなも一筒が大好きなんですねー。これってもしかして運命なんでしょうかー?」と穏やかに感想を述べ、そこへ白服は駆け寄りながら「鷲巣様!恥ずかしいセリフ禁止です!」と言う。


絵:コトポッポさん@HAPO SCHIROLL
うん、違和感が全くありませんね。

一方、安岡に差し込んだアカギは不敵な笑みで「あらあら、うふふ」。そんな世界が本来あるべき「アカギ」の世界なのだ。


鷲巣様!恥ずかしい行動(牌投げ)も禁止です!
写真右は「ざわけっと5」での実写版w(画像:「HAPO SCHIROLL」より)


ここまで読んだ者には今の「アカギ」に欠けている物と、その答えも分かるのではないだろうか。そう、今のアカギには「社長」が居ないのだ! 鷲巣様があまりに人外に限りなく近い(歯並びとか骨格とか)萌えキャラだからというのもあり、存在すべきマスコットキャラクターの出番までも奪ってしまっているのだ。これは由々しき問題なのだろうか? 否、問題とはならない。福本伸行作品と「社長」というキーワードは容易に結びつく。そう、「賭博堕天録カイジ」でカイジと十七歩で対局中の村岡社長だ。「カイジ」を「アカギ」の派生的な作品と捉えれば、「ぷいにゅー!(カイジくんの切る番ざんすよ)」と喋る社長の姿が容易に想像できよう。福本伸行先生は「ARIA」のようにマスコットキャラクターを必要とせずとも、その世界観を作り出す鷲巣巌というキャラクターと兼用することにより、容易に「アカギの世界」を成立させてしまった。そして、その余ったアイデアを「カイジ」シリーズへ流用したのだ。恐るべきアイデアの宝庫!

思い返せば、「カイジ」シリーズには利根川先生・兵藤会長・大槻班長・一条支配人・村岡社長など、やたら役持ちの登場人物が多いではないか。そしていずれ劣らぬ萌えキャラっぷり(注:筆者主観)。役員に萌えキャラを据えるという「ARIA」の手法に、福本先生はいち早く気付いていたのだ。福本伸行という遅咲きの天才は、いつになったらその才能の底を見せるのだろう…。


「どか〜ん」てw
目が肥えた者には書き文字が「ぷいぷいにゅ〜♪」と読めます。


今の「アカギ」は、近代麻雀向け・オヤジ向けにコーティングした仮の姿に過ぎない。そこに隠された本来のアカギの姿を敏感に感じ取り、アカギの世界に萌えている者こそが、アカギの真の意味を感じられている選ばれし者なのだ。世間的には「一般男性向けのアツいギャンブル漫画」ということになっている作品に対して「萌え」という感情を持ち込むことには抵抗があるかもしれない。だが、罪悪感を覚える必要など微塵も無い。我々こそが福本作品の真の姿を察知できている優秀な読者なのだから。

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初出:「ざわけっと5」発行の近代麻雀漫画生活コピー本。若干加筆修正あり。

「過去形ヒーリングコミック」と言いたいだけの結論ありきのコラムでしたが、いかがだったでしょうか?楽しんでいただけたのなら幸いです。
残り2本のコラムもそのうち公開しようと思っています。


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この記事へのコメント

1. Posted by emifuwa   2008年01月17日 21:53
「いわお いま さいきょう」で新しい扉が開きました。いのけんさん、コトポッポさん、ありがとう ほんとうにありがとう
2. Posted by sid@terror   2008年01月17日 22:23
研究室で読んでいたら笑いをこらえるのがつらかったです。
ついでに変質者扱いされました。
謝罪と(ry
3. Posted by おか2   2008年01月18日 08:29
昨日腐女子で雀士の友人の勧めで「咲saki」全巻買ってハマッてしまいました。
それでネットをめぐってこちらのサイトにたどり着きました。
いやぁ、ものすごい闘牌の考察ですねww
ひとつ思うのは、なんかアカギみたいないやらしい小さいアガリがないのが、今の咲の不満なんですけどねwwww


あと、アカギですが・・・・
要は鷲巣様萌え漫画ですよね?違いますか?www
4. Posted by 名無しさん   2008年01月18日 12:23
うむ、じつにげんしけん的コラムですね。

これは敵性思想扱いされるわけだなぁw


むしろこういう異端の切り口で新しい価値を見出せなければ、
今のアカギにはまったく価(ry 終わった作家扱いは免れますまい。
いのけんさん、実にいい仕事。
5. Posted by いのけん   2008年01月20日 07:18
>emifuwaさん
開けてはいけない扉ではないことを祈りますw

>sid@terrorさん
研究室中に布教しちゃえばいいじゃないのw
謝罪と賠償は断るニダ

>おか2さん
>要は鷲巣様萌え漫画
そう、その通りでございますw

>名無しさん
終わった作家とまでは思いませんが、「麻雀漫画」としてだけ見ればあの遅すぎる闘牌はやはりなんとも言えんところ。
とはいえ、ただただ某巨大掲示板で悪口を言うようなのはつまらない行為。
このように新たな漫画の楽しみ方を考えてみるのはどうですか、って感じですかね。

「ホモはいかんぞ、非生産的な!」という言葉もありますが、こういう意味では生産的なものもあるのかもしれませんねw
備忘録:太字は麻雀漫画
6/1 近代麻雀1日号
6/1 麻雀小僧(14)
6/1 鉄牌のジャン!(2)

6/3 HUNTER×HUNTER(33)
6/6 喧嘩稼業(7)
6/6 賭博堕天録カイジ ワン・ポーカー編(11)
6/6 ドリフターズ(5)
6/8 みつどもえ(17)
6/8 弱虫ペダル(45)
6/13 モンスター娘のいる日常(10)
6/15 近代麻雀15日号
6/15 むこうぶち(44)
6/15 牌王血戦ライオン(2)
6/17 無敵の人(2)

6/17 かくしごと(1)
6/17 天野めぐみはスキだらけ!(2)
6/17 ラーメン大好き小泉さん(4)
6/18 酒のほそ道(39)
6/20 凍牌〜人柱篇〜(13)
6/23 デンキ街の本屋さん(12)
6/23 げんしけん 二代目の十一(20)
6/23 大人のそんな奴ァいねえ!!(2)
6/24 美食探偵 明智五郎(2)
6/27 天 新装版(10)
6/30 楽園 Le Paradis(21)
7/1 近代麻雀1日号
7/12 麻雀破壊神 傀 増刊号
7/4 あの娘はヤリマン(2)
7/7 甘々と稲妻(7)
7/13 ちはやふる(32)
7/13 初恋モンスター(7)
7/15 近代麻雀15日号
7/15 カナ 丹花の闘牌(1)
7/15 ナナヲチートイツ 紅龍(1)
7/16 鉄鳴きの麒麟児 歌舞伎町制圧編(4)
7/19 ジョジョリオン(13)
7/19 かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜(2)
7/20 ワカコ酒(7)
7/20 少女決戦オルギア(3)
7/22 ネオ寄生獣
7/25 君死ニタマフ事ナカレ(3)
7/25 ハイスコアガール CONTINUE(1)-(5)
7/25 ハイスコアガール(6)
7/27 天 新装版(13)
7/29 天牌(85)
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