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2015年06月

アート見て歩き〜吉田芙希子 個展〜

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今日はKUNST ARZTで吉田芙希子 個展〜メレンゲの部屋〜を見ました。

吉田さんは幼い頃より少女漫画などに登場する美青年、今で言うところのイケメンに魅力され、現在は理想のイケメン像を独自のレリーフにした作品を主に制作しているとのこと。

発泡スチロールの芯材に粘土を使用して作り上げた作品は、滑らかで美しく、完成度が高いです。ヨーロッパ調の装飾的な雰囲気を醸し出しつつ、重々しいところがないのも特長でしょうか。モダンなブティックホテルのロビーなどにあったらさぞや精彩を放つだろうな、という感じ。


イケメン好き、と言っても、吉田さんはあくまでファンタジーとしてのイケメンを具現化しており、顔立ちも、実際にモデルがあるというよりは、様々なイケメンの形状が自分の中で綜合されたものとのこと。
生々しさがなくて、どこか現実離れしたところも、アート作品としての気品に繋がっているのかもしれません。


ともすればサブカル的なイメージのイケメンを、真正面から、新しい美術表現へと昇華させた吉田さんの感性の良さと技術にとても感心させられました。奥の部屋にあったイケメンバッジもとても丁寧で可愛らしいものでした。



http://www.kunstarzt.com/top/top.htm










アート見て歩き〜大石茉莉香 個展〜

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昨日と今日、KUNST ARZTで、大石茉莉香 さんの個展を見て来ました。初日はライブペインティングということで、まだ制作中のものを見ましたので、今日、出来上がったものを鑑賞して来たわけです。

手前の展示室では、アメリカのメディアが東日本大震災で被災した日本をイメージしたデザイン〜ヒビ割れた日の丸〜と、このデザインに対して日本政府が抗議したことを伝える新聞の記事を、それぞれ拡大したものを掲示していました。

いずれも、その上にメタリックに輝くペンキが塗りたくられて、もとのイメージが見えづらくなっています。


原爆投下をはじめ、歴史的な大事件を通してメディアへの「Question」を作品に込める大石さん。昨年、同じくKUNST ARZTで行われた個展では、福島の原発事故をテーマに、メディアと私たちの在り方に疑問を投げかけていました。

今回はそんなメディアの示す短絡性と、ある種の滑稽さを皮肉っぽく演出したように見えました。

奥の展示室にあるのは、壊れたテレビを使った作品。

テレビは数あるメディアの中でも、最もイメージによる影響力が強いと思いますが、この壊れたテレビのオブジェは、そんな現実へのアンチテーゼのようにも見えます。

その破壊されたイメージは、テレビが伝えるものの虚像性を、私たちの前に明確に提示しているように思われます。


一見世界を、人々を支配しているかのように思われるメディアですが、その実体は曖昧で不透明。そして私たちが受け入れているものは、誤解であったり、偏ったものの見方であったり、あるいは付き詰めれば単なる電気信号に過ぎない。

大石さんはそんなメディアの法衣を引き剥がしてみせてくれます。そしてそれが美しいと感じられるところに、私は洗練されたコンテンポラリーアートに共通する、ある種のカタルシスを覚えてしまうのでした。

http://www.kunstarzt.com/top/top.htm

個展初日、ギャラリーでライブペインティング中の作家。

アート見て歩き〜木下珠奈 個展〜

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今日はKUNST ARZTで木下珠奈 個展〜item〜を見て来ました。
木下さんは昨年京都嵯峨芸術大学を卒業、現在、京都市立芸術大学の大学院で版画を専攻しています。

手前のメインの展示室に飾られたのは、主に神社仏閣の世界。シルクスクリーンで表現した狛犬、仁王像、銀閣寺、いずれもとても新鮮な印象です。

蛍光色の軽くて明るい色彩によって、古色蒼然としたモチーフを表現することで、対象から伝統や宗教という属性が剥奪され、それらが全く新しいものに見えて来ます。

背景に写真を使用した銀閣寺は、鑑者の予定調和的な美的価値観を覆す、シルクスクリーンならではの離れ業で、強い存在感を放っています。

また、ふたつの仁王像には、蛍光ペンで描かれたようなムラを控えめに再現していて、チープな感覚をより強めているのがわかります。

木下さんは、玩具の問屋街を見てまわるのが好きで、そういうチープで軽やかな質感のものを愛でるように制作しているとのことでしたが、なるほど、そういうライトなアプローチでの思い切りの良い表現が、彼女の持ち味なのだろうなと思いました。

ただ、出来上がったシルクスクリーン作品は、むしろ完成された高品質な美しさがあり、その技術力も、作品の説得力につながっているのではないでしょうか。

見慣れたものがまるで別の世界のものになっている驚き。暑さにバテて来た今日この頃、清々しい愉悦のような感覚を呼び覚ましてくれる、印象的な個展でした。


寺であるという属性から開放されてしまった銀閣寺。シルクスクリーンならではの離れ業。

仁王像。蛍光ペンで描いたようなニュアンスも面白い。

奥の展示室には創意に満ちた楽しいオブジェが並ぶ。










アート見て歩き〜家原恵太 個展〜

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今日はArt Spot Korin  で家原恵太 個展
〜signs of building〜を見ました。
タイトル通り、街角にあるごく普通の家をモチーフにした絵画展。

家を正面から見たところを、平面的にとらえ画面を構成してゆく家原さん特有の作風。その几帳面な程に丁寧に引かれた線、注意深く配された色彩など、一見すると理知的で感情を排した雰囲気を漂わせています。

ところが見ているうちに、そうしたミニマリズム的な様相から、ある温度のようなものが伝わって来ます。
それはモチーフである家の、アシンメトリーな形から来るのかもしれません。生活をする舞台である家の、住む道具としての役割は、家の形に様々なバリエーションや個性を与えています。

家原さんは、そうした生活を感じさせるものをほとんど絵に書き込んでいません。花や人影、表札すら。しいて言えばカーテンと灯りらしきものぐらい。でも一見静謐で無口そうに見える絵の向こう側に透けて見えて来るのは、実はそこにいる人の暮らしそのものなのかもしれません。

街を歩いていて、家を見るのがとても好きだという家原さん。ごく普通の、人が住んでいる家に特別な魅力を感じるとのこと。そしてそこで人が日々を、人生のある時間を過ごしていることが、家を保たせているとも言います。

描かれていないことによって、描かれたもの。美しく佇む彼の家の肖像画は、そこに人がいて、いきいきと暮らしていることの証であるのかもしれません。https://artspotkorin.wordpress.com/

1F展示室には先日の京展に入選した作品があります。

小品を繋げて並べた展示。それぞれの個性が楽しい。


アート見て歩き〜井上裕葵 個展〜

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今日は京都造形芸術大のギャラリーへ、井上裕葵さんの個展〜予感をたどる〜を見に行ってきました。

針金を使って自ら製作したオブジェをモチーフにした絵画作品、小品から大作、立体も含めて十数点の意欲的な展示でした。

私は井上さんの絵の根底にあるのは、視ることへの飽くなき探究心と、並外れた集中力だと考えていましたが、今回はその密度という点で特筆すべきものだったと思います。

描く対象を自ら作るという取り組み方は、その時点で井上さんのアプローチが、世界の模倣ではなく、独立した絵画世界を己の見方で捉えようとする決意の現れのようにも思われます。

そうして描きながら感じ、感じながら描くプロセスの中で、偶然性や直感を取り入れながら構築された画面は、自然から隔絶された強さと厳しさを獲得しています。

荒々しい線の持つ生命力、油彩ならではのタッチの生み出すダイナミズム、華美ではないけれど豊かな色彩、それらひとつひとつをじっくりと見ていると、「予感をたどる」というタイトルの通り、何か予感めいた戦慄を覚えました。

絵画として自然から引き剥がされ、虚構によって蘇えった世界の背後に、自然のイメージの断片が、それでも透かし彫りのように時々キラリと顔を覗かせているのも、さらにその戦慄を強めました。

若さゆえの勢いや、センシティブな試行錯誤とは一線を画した、厳しくも堂々とした作品群は、井上さんの地力を証明するに余りある展示だったのではないでしょうか。

井上さんは10月にいのくま亭で個展を予定しています。今からとても楽しみです。

ハードで厳しい画面には、しかしアーチストの視覚的な愉悦も感じられる。

現実と虚構が有機的に結びついて、揺るぎのない画面を構築している。


モチーフとした自作のオブジェ。

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