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2015年10月

井上裕葵 個展「アクセスワール」

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井上裕葵 個展「アクセスワール」

井上裕葵さんの作品を初めて見たのは昨年の秋の事でした。巨大な布に描かれた抽象的で、捉えどころのない、底しれないエネルギーを感じさせる作品でした。後日井上さんがいのくま亭を訪ねて来られ、小柄な女性だったので、この人があんな大きな作品を描いたんだと、少し驚きました。

井上さんとそのとき少し話をして、その淡々とした口調の中に、自分に描けるものを描き尽くしたい、という情熱をとても強く感じました。

それからしばらくして、今も常設展で飾らせていただいている作品を持って来ていただきました。石膏の下地に絵の具を注射器で飛ばす技法で描かれた作品は、今見てもとてもユニークで新鮮です。そして「自分で立体を作って、それを描くつもりだ」と聞き、それはとても良いなと思いました。きっと面白いことになるんじゃないかという予感がしました。

そして今年、京都造形芸術大学で個展「予感をたどる」を見たときに、とても充実してきた、という思いが湧き上がったのを覚えています。

自分で作った立体の形や質感を追いかけて描く視線、描くという制作行為そのものの、イキイキとした感性が画面に漲っていました。今回の個展でもその中の小品を展示していますが、とても評判が良いです。

井上裕葵というアーチストは、何を描いて上手いとか、井上といえばこの描き方、というようなスタイルにはまらず、描くことが即エネルギーとして転換し、自由に放射してゆくというタイプになると思います。だからこれからさらに広い世界に触れて、触発されて、どのような進化をしてゆくのか、とても楽しみな作家の一人ということが言えるでしょう。

現在いのくま亭で公開している大作も、彼女の家からいのくま亭までの景色の写真をコラージュしたものがベースで、さらに現場での空気感を取り入れながらペイントするというものです。

作品が、鑑賞の対象物として孤立するのではなく、見る人を包み込み、心に触れることを求めてきたという井上さん。幼い頃、絵や漫画を描くことで仲間が集まり、他者と対話が出来るようになったという彼女にとって、絵を描くことは己が幸せに生きるためのコミュニケーションとして、欠かせないものでありつづけているのかもしれません。

今回は展示空間で作業をするということにも、焦点を置いていたといいます。井上さんは、いのくま亭の、ちょっと個性的な空間を、完全に自分のものにしてしまったと思います。その場での制作によって、作品がみるみるうたちに空間を支配してゆくのは、みていてとてもエキサイティングでした。

本人も楽しく、エキサイティングな経験が出来たようですし、今後、どのような空間で、どのような世界をつくりあげていくのか、とても楽しみです。来年の秋に再度個展を予定していますが、その時には公開制作というのもやってみたいね、とお話ししているところです。



アート見て歩き〜反響定位 WORK IN PROGRESS2015

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アート見て歩き
反響定位 WORK IN PROGRESS 2015
堀川団地

京都精華大学の大学院で版画を学んでいる方たちによる展覧会。会場はパラソフィアでも会場として使われていた堀川団地です。

作品は三つの部屋に分かれて展示されていましたが、技法は版画に限らず、普段の表現から外へと出てみようという試みのひとつとのことでした。写真を使用したり、映像作品もありました。

堀川団地という、特異な場を舞台にそれぞれの作家が思考し、なかなか面白い展示でした。ここは住んでみたいなと思うような、味のある、面白い空間ですが、
ただ、アートを展示するということは、それぞれの作品との相性もあるでしょう。上手く行っているものと、そうでないものがありました。

全体としては新鮮で、個性豊かな才能が楽しめるインスタレーションで、爽やかな印象が残る反面、今の若い人たちのアートが求めている「場」とはなんなのか、考えさせられるところもありました。

大八木夏生

澤田華

劉李杰

松本さやか

杉本奈奈重

川崎麻祐子

河脇紗耶

丸尾莉加

アート見て歩き〜ひみこ 個展〜

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アート見て歩き
ひみこ 個展
ぼくはクマ
KUNST ARZT

KUNST ARZTの扉を開けると、壁一面がピンクと白のクマのぬいぐるみでいっぱいです。目に染みるような鮮やかな光景はインパクト大でした。

作者のひみこさんは、現在京都造形芸術大の大学院生です。同ギャラリーのホームページには、彼女の過去の作品も紹介されていますが、いずれも派手なインスタレーション。

アーティストステートメントで、「…私と他者が対等にコミュニケーション出来るツールとしてインスタレーション作品を中心に制作している。」と語るひみこさん。

今回のクマのぬいぐるみを使った展示については「私という個性のない人間がどこまで個性的なものを作り出すことが出来るかという挑戦」とのことで、今や様々なキャラクターやグッズとなり、愛されているクマのぬいぐるみの没個性を逆手にとったインスタレーションとなっています。

そのクマのぬいぐるみは、全て目をくり抜かれていました。何故なら目は、一つ一つが存在を主張してしまうからなのだとか。確かに、口元だけでクマとわかるそのぬいぐるみたちは、非常にフラットで、個別性を全く意識させないことに成功しています。

そんなキャラクターを使って出来上がったその部屋の恐るべき(?)個性は、ひみこさんの狙い通りの成功作に思えました。

一方、奥の部屋には、最初等身大の人形かと思われた人物=少女が、ぬいぐるみを纏い、ぬいぐるみとともに、そこに不思議な存在感とともに座っています(やはり目は隠され、匿名性を維持してはいますが)。

この部屋の雰囲気というのは、実際に見て感じるものが実に微妙で、表の部屋のある意味思い切った潔さとは異なる、多重的で、不可思議なものでした。

作者の意図とは少し違うのかもしれませんが、ぼくはここを作者の深層心理のように受け止めました。まるで表の部屋で没個性を個性へと昇華させ、燃えるような空間を投げ出して見せた彼女の、置いてきぼりにされた生の個体のように。作者のセンシティブで孤独な内面世界を覗き見た気分で、心がゾワゾワして、そしてその空間に引きずりこまれたいという欲求を抱きました。

KUNST ARZTの狭い階段を下りて行く時に、その壁に沢山貼り付けられた、さまざまな、クマのスケッチをみたとき、ふっと息をついて、気持ちが軽くなったような気がしました。まるでそれぞれが、生まれ持った個性を取り戻して喜んでいるみたいに思えたのです。

http://www.kunstarzt.com/top/top.htm

井上裕葵のタブロー

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針金等による自作のオブジェをモチーフにし、その視覚的「直感をたどる」ことによって、井上さんの描くものは、実体と視覚的真実の間を貫いきました。
その結果、作品は主題でもあり付属物でもあるという現象を引き起こし、「視る」ことの体験そのものを拡張し、今回の「アクセスワール」のように、鑑賞者を包み込むような空間の獲得へと突き進んでいます。
前個展から継続して展示されたタブロー小品は、一年という短期間で彼女が見せた飛躍の過程を知る上で非常に興味深いものであり、今後我々が目にすることになるであろう、革新的な絵画作品の萌芽となるでしょう。

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