日本国憲法の誕生
―― 日本国憲法は講和条約の限度で有効

日本国憲法の誕生の時期
● =【帝国憲法稼動期間】
■ =【戦争中】─────── 帝国憲法上の交戦権の行使された期間
□ =【講和中】─────── 帝国憲法上の講和大権も行使された期間
○ =【「日本国憲法」稼動期間】───万全な帝国憲法体制に対する制限規範(講和条約)として稼動している期間
講和大権とは、戦争を終結させ、そのための諸条件などを合意するなど、対手国と停戦講和に関する合意を行う権限であって、その内容は、国家滅亡を回避するための広範な権限を含む。
●
●
●
●■ (昭和16年)宣戦布告
●■ ▼
●■ ▼
●■ ▼
●■ 戦闘行為
●■ ▼
●■ ▼
●■ ▼
●■□(昭和20年)ポツダム宣言受諾
●■□ 降伏文書調印 (両者あわせて独立喪失条約)
●■□ ▼
●■□ ▼
●■□独立喪失条約の履行具体化としての講和条約(合意)群
●■□ ・独立喪失条約を具体化した合意。
●■□ ・この合意には事実行為に対する合意も法律行為(もちろん規範創設行為)も両方含まれる。
●■□ ・規範化の原因根拠がこの合意のみによっている場合は講和条約であると評価される。
●■□ ・占領軍には連合国を代表して独立喪失条約に基づく占領政策のために独立喪失条約の内容を具体化
●■□ する権限がある。
●■□ ・日本側から言えば独立喪失条約の履行のための具体化であり13条講和大権に基づく独立回復のため
●■□ の条件を整備する国家行為である。
●■□ 【具体例の一部をあげてその効力を考察すれば次のとおりである】
●■□ ・新しい法律 国内的─制定過程に自律性があれば有効なければ無効 国際的(=講和として)─有効
●■□ ・「東京裁判」を受容 国内的──無効 国際的(=講和として)──有効
●■□○・「日本国憲法」を受容 国内的──無効 国際的(=講和として)──有効
●■□○・領土の侵奪されるを受容
●■□○・経済産業に対する統制と制限を受容
●■□○・自由主義の否定(=特定思想)を受容
●■□○・その他
●■□○ ▼
●■□○ ▼
●■□○ ▼
●■□○(最終講和締結地位の取得)
●■□○(昭和26年)サンフランシスコ講和条約締結
●■□○ ▼
●■□○ ▼
●■□○ ▼
●■□○(昭和27年)サンフランシスコ講和条約(独立回復条約)
●■□○ 最終講和に留保のある内容を除いて原則的にはこの最終講和発効時点で上記講和条約群の一部(「国
●■□○ 際的」と記述されたもの)の効力が独立回復をもって消滅する。
●○
●○
●○
●○ ▼
●○現在に至る。
講和大権
GHQには占領施策実施のため独立喪失条約(ポ宣言、降伏文書)にもとづき独立喪失条約の細目具体化のため連合国を代表して我国と合意する権限がある。 日本側から言えば独立喪失条約の履行のための具体化であり13条講和大権に基づく独立回復のための条件を整備する国家行為である。
■帝国憲法13条 天皇は戦を宣し和を講じ及び諸般の条約を締結す
・戦を宣し=宣戦大権(宣戦布告)
・和を講じ=講和大権(講和条約)
・諸般の条約=条約大権(一般の条約)
南出喜久治氏の論理、新無効論(講和条約有効論)のポイントはこの
1、講和大権に基づく講和条約
2、一般の条約
をキッチリ区別して認識することである。いずれをとっても国内の法律に優越するのは両者同じであるが帝国憲法中の通常の憲法律を制限や停止できるかどうかが違ってくる。
講和大権とは、戦争を終結させ、そのための諸条件などを合意するなど、対手国と停戦講和に関する合意を行う権限であって、その内容は、国家滅亡を回避するための広範な権限を含む。
簡単に短くいえば「日本国憲法」はポツダム宣言が受諾後有効であったように有効であるだけの話
ポツダム宣言の受諾権能が帝国憲法13条のうちの平常時の条約大権ではなく講和大権であったからこそ、帝国憲法の4条11条12条を制限するという内容をもつ反憲法的なポツダム宣言でも有効に受諾され、かつ国内的にも効力を持ち得たのである。
國體>根本規範>講和大権≧講和条約群(憲法的条約)≧通常の憲法律(=憲法改正権)>一般の条約(=条約大権)>法律≧緊急勅令
上記を縦型に図解
http://f.hatena.ne.jp/inosisi650/20070607123355
この規範序列でわかるとおり条約大権は帝国憲法の通常の憲法律に従う(違憲な条約は無効)が、それより上位の講和大権は帝国憲法のうちの通常の憲法律を従わせる(違憲な講和も有効)ことができるから、ポツダム宣言が有効なのだし、停戦ができたし、武装解除が行われたのである。
条約大権と講和大権を外交大権として一括し区別しないとするならば、帝国憲法に矛盾する(違憲内容を含む)停戦条件たるポツダム宣言を受諾できないことになる。
(転載開始)
憲法的条約
http://kokutaigoji.com/reports/rp_kg_h180107-3p.html
繰り返し述べるが、ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印とは、いづれも、帝国憲法第13条の講和大権の行使により締結された「独立喪失条約」である。これを帝國憲法に従つて考察すれば、上記の独立喪失条約の内容は、統治大権(第4条)を制約し、統帥大権(第11条)及び編制大権(第12条)を停止したことになる。そして、これらを停止することを受諾する権限が講和大権といふことになる。このやうに解釈できるためには、各天皇大権の権限序列において、講和大権が、統治大権、統帥大権及び編制大権に優越し、統治大権を制約し、統帥大権及び編制大権を停止しうることが憲法上許容されることが肯定されなければならない。
戦争の結果は、必ずしも正義が勝利するとは限らず、国家滅亡の危機に遭遇することもありうる。大東亜戦争はまさにそのやうな世界的な思想戦争であつた。それゆゑ、講和大権とは、戦争を終結させるための諸条件など、対手国と停戦講和に関する合意を行ふ権限であつて、その内容は、国家滅亡を回避するための広範な権限を含むはずである。しかし、國體(規範)を含め、憲法改正手続によつては改変しえない根本規範をも完全否定した講和は、国家の同一性を損なひ、国家の滅亡を来すこととなるので、講和大権と雖もそのやうな権限まで授権されてゐない。ここに講和大権の限界が自づと存在するのである。しかし、講和大権は、国家緊急権として、國體と根本規範以外の通常の憲法規範(統治技術的な規定など)については、國體と根本規範を維持する必要がある場合に限つて、これを改廃しうる権限があると考へられねばならない。
(転載終了)
連合国によるポツダムでの条件宣言とGHQによる「日本国憲法」という名の東京での条件宣言(GHQ草案)とは、それら受諾する我国行為の法的論理構成としてはまったく異なるところがない。
「日本国憲法」が憲法であることが帝国憲法75条違反であることに加えて、帝国議会による立法行為の実体が存在しなかった事実が平成7年の議事録公開によってあきらかになったことにより「新無効論」という国際法上の有効論への方向付けをさらに補強してくれている。
「日本国憲法」は法律論議をするまでもなく無効
●ポツダム宣言では、「停戦をしたかったらこれをのめ!」
●東京宣言つまりGHQ草案等では、「天皇を護り、早期の占領解除・独立回復をしたかったらこれをのめ!」
との「提示された条件」を講和の一環として同じ13条によって受諾したのである。どちらも条件を受諾したのである。
ポツダム宣言が帝国憲法13条の下位規範として有効になり帝国憲法の4条11条12条を制限や機能停止させたのならば東京宣言たる「日本国憲法」も帝国憲法13条の下位規範として有効になり通常の憲法律を制限していると考えてもなんら論理矛盾はない。
ポツダム宣言が帝国憲法秩序内で帝国憲法に則り有効であったのならば「日本国憲法」も帝国憲法秩序内で帝国憲法に則り有効でなければならない。
上記の「制限」や「停止」について詳述すると、ポツダム宣言を受諾したからといって帝国憲法自体、そのものが変質したとか加工されたとかそういう事実もそう考える必要もない。
この講和大権という権限が通常の憲法律よりも上位にあるためポツダム宣言の実効性が優先され暫定的に帝国憲法の4条11条12条が制限されたことと同じ結果になっているだけの話で、帝国憲法条項自体には一切の加工はおこなわれていないと理解できるし事実もそうである。
国家滅亡の回避
大東亜戦争を戦った我国代表たる政府が帝国憲法13条に基づき
1,国家の滅亡を回避するためにポツダム宣言を受諾(13条が根拠条項=講和条約)し停戦が実現した。
2,一つは天皇を失うことは国家の同一性を失う(=滅亡)ことであるので天皇を護り国家の滅亡を回避するために、あと一つは永久的被占領が国家の滅亡と同義なのでそれによる滅亡を回避すべく早期の独立回復のための条件整備つまり講和の一環策としてGHQ「日本国憲法」宣言を受諾したので最終講和(サンフランシスコ講和条約)締結が早まった。
http://www.youtube.com/watchωv=yfbvkiTe7BY
http://www.youtube.com/watchωv=Ob-d5YJqcsc
http://www.youtube.com/watchωv=tvdHsxuO1v0
帝国議会による議決(←但、日本側の自由意思は皆無)や天皇による公布は当事国の合意による講和内容の履行にすぎない。
滅亡を回避すること、国家の永久存続のためにあらゆる努力を払うのが憲法以前、国家の基本的属性であり国民の責務でしょう。 戦闘を続けることによる物理的な国土人身破壊からの国家滅亡を回避するため講和大権を行使してポ宣言を受諾し停戦した。被占領の永久的継続も国家の滅亡と同値であるから、それを回避するため独立回復の条件整備のひとつとして<連合国による「日本国憲法」宣言>を講和大権を行使して受諾した。講和大権にもおのずと限界があるから、その限界を超えた上位価値の部分はもし「日本国憲法」に包含されていたとしても絶対無効である(例えば国民主権など)。国家の同一性をゆるがすものは絶対無効である。
<停戦後の被占領場面での我が国の課題>
A 国家の同一性(国体)の変更工作による国家滅亡を回避する。
B 永久占領による国家滅亡を回避する。
C 通常の憲法律を保持する。
これらを秤(ハカリ)にかけた場合、講和大権が A や B の滅亡の危機を回避する目的で C を結果的に制限や停止させることを覚悟のうえで講和条約たる「日本国憲法」を受諾することはありうることで講和大権が予定しているところだとも考えられる。そしてA B の危険が去った独立回復後には、そのままでは憲法体制そのものが奇胎であるので、奇胎の「日本国憲法」による講和条約体制から C を含む正統憲法体制に乗り換え原状回復されなければならないのである。
回復すべきことを知覚したのがたまたま子孫であればその義務を承継している子孫達が回復の義務を果たすのが当然の義務である。それによって昨今の各種の現象、戦後の社会問題、靖国問題、教育、歴史認識、国防精神なども根本的に解決するのである。それをやる手段が新無効論である。権能的に立法行為まで行う国会に確認行為が行えないはずもないし、「日本国憲法」の最高性の否定と、憲法としての無効性、講和条約としての有効性のこれらの先行している事実を確認するのであるから、国権の最高機関とうたわれている「国会」が真っ先に自白「確認行為」を行うのが適格である。
違憲無効という異常状態は治癒されなければならない。実力によって改廃させられたものは、いったんは瞬間的にでも原状回復されなければならない。折り目正しく原点に立ち返り、正統性を保持しそこから筋道を通して時宜に応じた改変により憲法が確立されなければならない。決して改憲論のように「講和条約を改正しよう」などと歴史的脈絡のない自殺行為を行なってはならないのである。講和条約たる「日本国憲法」(及び下位の占領典範)を今頃国家の中心に据えるということは、結局、危険がさったあとにみずからが占領軍の手先、代理人となって A の国家の同一性の変更工作に加担するという国家滅亡行為を犯していることになるのである。国家の自殺である。愚か者の集団自殺である。
私どもはGHQの子孫なんですか? 畠奈津子
あらゆる先人の努力を無にしてしまうことであり人間のやるべきことではない。これが護憲派改正論のおぞましい真姿である。今頃ポツダム宣言の改正をいう人間がいたらキチガイ扱いされるはずなのであるが・・・
結果的にそれに準じたことを国家をあげて保守を名乗った人間が先導してやっているのが今の日本国なのである。やってられないね。それに比べればまだ護憲派護憲論の方がすこしは罪が軽いが、どちらも完全に正気の沙汰ではないところまでいっている。
憲法への追認と講和条約への追認
このようにぎりぎりの講和の内容として受諾せられた「日本国憲法」も講和の要素であるから原則どおり最終講和(サンフランシスコ講和条約)発効の昭和27年時点で既にご破算となっているべきものである。ところが、現実には、法律論のように割り切られることなく事実として「日本国憲法」は今日まで実効性を保っている。この事実をどう捉えるかということであるが・・・。
一度単純に「日本国憲法」を憲法として追認したという立場に接近して論じてみよう。その前にどのように無効状態なのかをみてみよう。「日本国憲法」は帝国憲法の改正(=継承)によって生まれたと一般に理解されているところであるが、その改正(=継承)が、
(1)その存在根拠となる帝国憲法の改正禁止規定に違反している(帝国憲法75条違反)
(2)実質的に帝国憲法を否定し廃棄する目的で行われている(連合国が「日本国憲法」をダミーとして出現させている)
(3)立法行為の実体がない(日本側の自由意思の欠落)
のである。
これはどういう意味かというと、
(1)は手続的に存在根拠となる元の憲法に違反しているという意味である。
(2)は内容的に存在根拠となる元の憲法に違反しているという意味である。
(3)これこれによって無効とマイナス評価される以前に、有効とプラス評価する材料がなく、引き算するための対象が不存在、つまり規範の種類に応じた法の構築行為が不存在という意味である。
この状態を瑕疵などという範疇といえるかどうかということである。後日の(追認などの)行為によって治癒されるべきものかどうかということである。
(1)について述べるとわかりやすい捉え方はこうである。
憲法違反の行為を後日の追認により有効になることを認めるのであれば結果的に憲法違反をゆるすことになり憲法の自己否定となる。つまり、正面からは違憲であるが、時間をおいて追認というバイパスを使えばどしどし違憲行為が有効とできることになる。これでは法律学の自殺自滅である。そんな追認を設定する無法者に憲法をもつ資格がないということである。
帝国憲法75条違反を例にすると、これは天皇の一身専属にかかる憲法改正発議権が円満に行使できない状態におかれている期間内、摂政設置以上の国家の変局期間内の憲法改変や皇室典範改変を禁止している条文である。
この条文だけで完全軍事占領下に出現した「日本国憲法」は憲法として無効、占領典範も無効という結論になるのであるが、この無効がなんらかの後日の治癒、追認などによって有効に転化するのなら帝国憲法75条は結果的には空文、おかざりだということである。
さらに(3)を考察すると、追認が本来行われるべきであった立法行為に代替できるほどの効力をもつと考えてよいものなのか?という問題がある。(3)を後日補うのであれば、追認が「法創造の原動力」になり得るものでなければならないのである。
つまり、10で有効なものに対し、5欠落しているから無効だと評価され、それを追認できるのかという問題と、10で有効なものに対し、もともと10欠落している0状態だから無効だと評価されており、それを追認できるのかという問題は全然ちがうからである。
追認がその10の欠落を補えるということは、追認という行為が立法行為に変わる「法創造の原動力」になるという意味になるのである。
さらに、追認というにも(3)のとおり元々立法行為の実体がないものであるから、追認しようとも追認の対象物、対象の治癒すべき行為が何なのかが曖昧で明らかではないのである。規範の出現には議会立法による場合や命令や条約締結がある。(3)のとおり立法行為(議会審議)の実体がないのであるから追認ができるとしても「日本国憲法」は憲法や法律としての追認を受けるわけにはいきそうにないと思考するのが自然のはずである。又、既述のとおり追認で憲法違反をバイパスして乗り越えるわけにはいかないはずである。
そうであれば、占領軍から交付されたGHQ案をしぶしぶ政府が受諾し、帝国議会審議段階においても「国民主権」を政府と議会が受諾した国家間の双方行為という事実態様に着目すれば、もともとが「日本国憲法」が講和条約だったということになり、法律行為の実体が存在した講和条約(合意)への追認と考えるのが自然である。この追認であれば帝国憲法75条違反という改正禁止制限にかからず、審議機関での日本側自由意思による立法行為の不存在という致命的な無効原因も治癒する必要がない。「日本国憲法」を講和の要素とみる限りは被占領下に一旦は完全に有効に成立している。さて、これも最終講和締結、その発効によって解消消滅したはずのものであるが、これこそ現実の追認によって実効性が消滅しなかったと評価すべきである。このとおり完全に無効な行為に対する追認論理を要する憲法業者(「日本国憲法」が憲法である場合の最大受益者)のいう追認と、一旦は完全に有効な行為として成立していた行為(講和条約)の戦後空間への継続、ひきのばし(追認)とをくらべれば、後者の講和条約への追認と理解する方が憲法違反にもならずはるかに合憲合理的な論理である。
ゆえに「日本国憲法」は講和条約の限度で有効なのである。
名称にとらわれず実態に応じた規範の地位を得せしめるのが新無効論である。つまり新有効論である。
13条 天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス
75条 憲法及皇室典範ハ攝政ヲ置クノ間之ヲ變更スルコトヲ得ス
先頭の時系列の一覧をみていただきたい。13条にもとづき宣戦布告した戦争(大東亜戦争)のまっただ中の、それもポツダム宣言受諾を始点として突入した非独立トンネルを走行している我が国が行うあらゆる努力・行為は、非独立トンネルから脱出するための努力、結局13条の講和行為である。天皇の「日本国憲法」に対する裁可や公布行為も大きくみて講和大権上の行為とみるのが正解である。憲法改正という国家の「単独行為」を装うことが講和(双方行為)の履行であった。履行の一環として「日本国憲法」を憲法名義で公布されたまでのことである。
「東京裁判」も不当な裁判だとはいえ「東京裁判」という行為のどこにも有効な成分がまったくなかったのかと言えばそうではない。結局、国際法上の「戦争終結を目指した国家間合意たる講和」という成分のみを取り出せばその意味では有効なのである。
不当であろうが生け贄であろうが実施されたという講和と履行の連鎖が蓄積されたから最終講和締結の日が訪れたのである。それと同じく「日本国憲法」も憲法として違憲無効であろうと、そこには有効な成分がないかといえばそうではない。おなじように抽出すれば講和としては有効なのである。いや講和としてのみ有効といいうる。それならそれに応じた扱いをすればいいだけの話である。それが「新無効論」である。
裁判でない「東京裁判」も、憲法でない「日本国憲法」も法理論的に考察すれば帝国憲法の13条上でのみ有効な講和の産物である。その意味でのみ「日本国憲法」は有効なのである。
<判定!>
帝国憲法を普通に読めば「日本国憲法」は帝国憲法(13条)の下位に有効な講和条約となる。
【幻想】 「日本国憲法」(最高法規)>法律>命令
【実体】 不文憲法(国体法)>帝国憲法>「日本国憲法(講和条約)」>法律>命令
帝国憲法体制がポツダム宣言を受諾することによって帝国憲法に相反する内容のポツダム宣言が有効に規範として存在し機能した。同じ理屈で、「日本国憲法」という連合国による<東京宣言>を受諾した帝国憲法体制は帝国憲法の下位に「日本国憲法」を有効に機能させることができるのである。
現在の国家機関の存在根拠はもとをたどれば帝国憲法から発するのである。現在の国会がこれらの法段階、階層構造(国体>帝国憲法>日本国憲法>法律)を事実確認(「日本国憲法」は憲法として無効と確認)決議したからといって何も問題は発生しません。死んでもこれを肯定できない抵抗勢力は保身と営業の必要な憲法業界のみである。
【大前提】憲法業者は「日本国憲法」で食っていかねばならない。
【小前提】「日本国憲法」が憲法として有効でなければならない。
【結―論】「日本国憲法」が憲法以外のものとして有効であることが解明されることになる新無効論などあってはならない。
学問を構築するにあたっては国家社会の利益より憲法業界の利益が優先されるのである。東大あほう学部を中心とする憲法業者の保身、憲法業界の共同利益のために一般国民と政治家、生きている人間だけではなく祖先や子孫たちも含めとんでもないウソ学問による犠牲をはらっているわけなのであるが、「日本国憲法」最大の受益者たる憲法業者にふりまわされるのはいい加減にやめるべきである。
「新無効論」の論理で、憲法として無効、講和条約として有効の確認決議をまずやるべきなのである。 現況の法的安定はまったくゆらぎません。
次に、帝国憲法改正審議にはいりましょう。審議完了までは講和条約たる「日本国憲法」(相手国は既に締結者の地位を離脱している)を暫定基本法に格付けて通用させ改正版帝国憲法確立と同時に暫定基本法を廃止すればいいのである。(注)
(注、平成20.1.18追記)この「新無効論」実施手順は、この記事掲載以降の新無効論理解の進展により、もっと簡便な行程になることが理解できましたので参考リンクを提示します。 http://blogs.yahoo.co.jp/inosisi650/30365077.html

帝国憲法さえ守る気がまえがあれば、被占領下の改正や制定は75条違反で(憲法として)無効になり13条に基づく講和条約として有効になるのである。
このように我々はいまだに明治の先人に護られているのである。
米製憲法無効論/大日本帝国憲法改正論/西村眞悟
新無効論による現実対処法
http://ameblo.jp/tonarisann/entry-10024909224.html
http://mahoramato.com/book/html/products/list.php?category_id=2

有効説と無効説の図解
http://blog.livedoor.jp/inosisi8000/archives/1880990.html
帝国憲法
―― 日本国憲法は講和条約の限度で有効

日本国憲法の誕生の時期
● =【帝国憲法稼動期間】
■ =【戦争中】─────── 帝国憲法上の交戦権の行使された期間
□ =【講和中】─────── 帝国憲法上の講和大権も行使された期間
○ =【「日本国憲法」稼動期間】───万全な帝国憲法体制に対する制限規範(講和条約)として稼動している期間
講和大権とは、戦争を終結させ、そのための諸条件などを合意するなど、対手国と停戦講和に関する合意を行う権限であって、その内容は、国家滅亡を回避するための広範な権限を含む。
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●■ (昭和16年)宣戦布告
●■ ▼
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●■ 戦闘行為
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●■□(昭和20年)ポツダム宣言受諾
●■□ 降伏文書調印 (両者あわせて独立喪失条約)
●■□ ▼
●■□ ▼
●■□独立喪失条約の履行具体化としての講和条約(合意)群
●■□ ・独立喪失条約を具体化した合意。
●■□ ・この合意には事実行為に対する合意も法律行為(もちろん規範創設行為)も両方含まれる。
●■□ ・規範化の原因根拠がこの合意のみによっている場合は講和条約であると評価される。
●■□ ・占領軍には連合国を代表して独立喪失条約に基づく占領政策のために独立喪失条約の内容を具体化
●■□ する権限がある。
●■□ ・日本側から言えば独立喪失条約の履行のための具体化であり13条講和大権に基づく独立回復のため
●■□ の条件を整備する国家行為である。
●■□ 【具体例の一部をあげてその効力を考察すれば次のとおりである】
●■□ ・新しい法律 国内的─制定過程に自律性があれば有効なければ無効 国際的(=講和として)─有効
●■□ ・「東京裁判」を受容 国内的──無効 国際的(=講和として)──有効
●■□○・「日本国憲法」を受容 国内的──無効 国際的(=講和として)──有効
●■□○・領土の侵奪されるを受容
●■□○・経済産業に対する統制と制限を受容
●■□○・自由主義の否定(=特定思想)を受容
●■□○・その他
●■□○ ▼
●■□○ ▼
●■□○ ▼
●■□○(最終講和締結地位の取得)
●■□○(昭和26年)サンフランシスコ講和条約締結
●■□○ ▼
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●■□○(昭和27年)サンフランシスコ講和条約(独立回復条約)
●■□○ 最終講和に留保のある内容を除いて原則的にはこの最終講和発効時点で上記講和条約群の一部(「国
●■□○ 際的」と記述されたもの)の効力が独立回復をもって消滅する。
●○
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●○ ▼
●○現在に至る。
講和大権
GHQには占領施策実施のため独立喪失条約(ポ宣言、降伏文書)にもとづき独立喪失条約の細目具体化のため連合国を代表して我国と合意する権限がある。 日本側から言えば独立喪失条約の履行のための具体化であり13条講和大権に基づく独立回復のための条件を整備する国家行為である。
■帝国憲法13条 天皇は戦を宣し和を講じ及び諸般の条約を締結す
・戦を宣し=宣戦大権(宣戦布告)
・和を講じ=講和大権(講和条約)
・諸般の条約=条約大権(一般の条約)
南出喜久治氏の論理、新無効論(講和条約有効論)のポイントはこの
1、講和大権に基づく講和条約
2、一般の条約
をキッチリ区別して認識することである。いずれをとっても国内の法律に優越するのは両者同じであるが帝国憲法中の通常の憲法律を制限や停止できるかどうかが違ってくる。
講和大権とは、戦争を終結させ、そのための諸条件などを合意するなど、対手国と停戦講和に関する合意を行う権限であって、その内容は、国家滅亡を回避するための広範な権限を含む。
簡単に短くいえば「日本国憲法」はポツダム宣言が受諾後有効であったように有効であるだけの話
ポツダム宣言の受諾権能が帝国憲法13条のうちの平常時の条約大権ではなく講和大権であったからこそ、帝国憲法の4条11条12条を制限するという内容をもつ反憲法的なポツダム宣言でも有効に受諾され、かつ国内的にも効力を持ち得たのである。
國體>根本規範>講和大権≧講和条約群(憲法的条約)≧通常の憲法律(=憲法改正権)>一般の条約(=条約大権)>法律≧緊急勅令
上記を縦型に図解
http://f.hatena.ne.jp/inosisi650/20070607123355
この規範序列でわかるとおり条約大権は帝国憲法の通常の憲法律に従う(違憲な条約は無効)が、それより上位の講和大権は帝国憲法のうちの通常の憲法律を従わせる(違憲な講和も有効)ことができるから、ポツダム宣言が有効なのだし、停戦ができたし、武装解除が行われたのである。
条約大権と講和大権を外交大権として一括し区別しないとするならば、帝国憲法に矛盾する(違憲内容を含む)停戦条件たるポツダム宣言を受諾できないことになる。
(転載開始)
憲法的条約
http://kokutaigoji.com/reports/rp_kg_h180107-3p.html
繰り返し述べるが、ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印とは、いづれも、帝国憲法第13条の講和大権の行使により締結された「独立喪失条約」である。これを帝國憲法に従つて考察すれば、上記の独立喪失条約の内容は、統治大権(第4条)を制約し、統帥大権(第11条)及び編制大権(第12条)を停止したことになる。そして、これらを停止することを受諾する権限が講和大権といふことになる。このやうに解釈できるためには、各天皇大権の権限序列において、講和大権が、統治大権、統帥大権及び編制大権に優越し、統治大権を制約し、統帥大権及び編制大権を停止しうることが憲法上許容されることが肯定されなければならない。
戦争の結果は、必ずしも正義が勝利するとは限らず、国家滅亡の危機に遭遇することもありうる。大東亜戦争はまさにそのやうな世界的な思想戦争であつた。それゆゑ、講和大権とは、戦争を終結させるための諸条件など、対手国と停戦講和に関する合意を行ふ権限であつて、その内容は、国家滅亡を回避するための広範な権限を含むはずである。しかし、國體(規範)を含め、憲法改正手続によつては改変しえない根本規範をも完全否定した講和は、国家の同一性を損なひ、国家の滅亡を来すこととなるので、講和大権と雖もそのやうな権限まで授権されてゐない。ここに講和大権の限界が自づと存在するのである。しかし、講和大権は、国家緊急権として、國體と根本規範以外の通常の憲法規範(統治技術的な規定など)については、國體と根本規範を維持する必要がある場合に限つて、これを改廃しうる権限があると考へられねばならない。
(転載終了)
連合国によるポツダムでの条件宣言とGHQによる「日本国憲法」という名の東京での条件宣言(GHQ草案)とは、それら受諾する我国行為の法的論理構成としてはまったく異なるところがない。
「日本国憲法」が憲法であることが帝国憲法75条違反であることに加えて、帝国議会による立法行為の実体が存在しなかった事実が平成7年の議事録公開によってあきらかになったことにより「新無効論」という国際法上の有効論への方向付けをさらに補強してくれている。
「日本国憲法」は法律論議をするまでもなく無効
●ポツダム宣言では、「停戦をしたかったらこれをのめ!」
●東京宣言つまりGHQ草案等では、「天皇を護り、早期の占領解除・独立回復をしたかったらこれをのめ!」
との「提示された条件」を講和の一環として同じ13条によって受諾したのである。どちらも条件を受諾したのである。
ポツダム宣言が帝国憲法13条の下位規範として有効になり帝国憲法の4条11条12条を制限や機能停止させたのならば東京宣言たる「日本国憲法」も帝国憲法13条の下位規範として有効になり通常の憲法律を制限していると考えてもなんら論理矛盾はない。
ポツダム宣言が帝国憲法秩序内で帝国憲法に則り有効であったのならば「日本国憲法」も帝国憲法秩序内で帝国憲法に則り有効でなければならない。
上記の「制限」や「停止」について詳述すると、ポツダム宣言を受諾したからといって帝国憲法自体、そのものが変質したとか加工されたとかそういう事実もそう考える必要もない。
この講和大権という権限が通常の憲法律よりも上位にあるためポツダム宣言の実効性が優先され暫定的に帝国憲法の4条11条12条が制限されたことと同じ結果になっているだけの話で、帝国憲法条項自体には一切の加工はおこなわれていないと理解できるし事実もそうである。
国家滅亡の回避
大東亜戦争を戦った我国代表たる政府が帝国憲法13条に基づき
1,国家の滅亡を回避するためにポツダム宣言を受諾(13条が根拠条項=講和条約)し停戦が実現した。
2,一つは天皇を失うことは国家の同一性を失う(=滅亡)ことであるので天皇を護り国家の滅亡を回避するために、あと一つは永久的被占領が国家の滅亡と同義なのでそれによる滅亡を回避すべく早期の独立回復のための条件整備つまり講和の一環策としてGHQ「日本国憲法」宣言を受諾したので最終講和(サンフランシスコ講和条約)締結が早まった。
http://www.youtube.com/watchωv=yfbvkiTe7BY
http://www.youtube.com/watchωv=Ob-d5YJqcsc
http://www.youtube.com/watchωv=tvdHsxuO1v0
帝国議会による議決(←但、日本側の自由意思は皆無)や天皇による公布は当事国の合意による講和内容の履行にすぎない。
滅亡を回避すること、国家の永久存続のためにあらゆる努力を払うのが憲法以前、国家の基本的属性であり国民の責務でしょう。 戦闘を続けることによる物理的な国土人身破壊からの国家滅亡を回避するため講和大権を行使してポ宣言を受諾し停戦した。被占領の永久的継続も国家の滅亡と同値であるから、それを回避するため独立回復の条件整備のひとつとして<連合国による「日本国憲法」宣言>を講和大権を行使して受諾した。講和大権にもおのずと限界があるから、その限界を超えた上位価値の部分はもし「日本国憲法」に包含されていたとしても絶対無効である(例えば国民主権など)。国家の同一性をゆるがすものは絶対無効である。
<停戦後の被占領場面での我が国の課題>
A 国家の同一性(国体)の変更工作による国家滅亡を回避する。
B 永久占領による国家滅亡を回避する。
C 通常の憲法律を保持する。
これらを秤(ハカリ)にかけた場合、講和大権が A や B の滅亡の危機を回避する目的で C を結果的に制限や停止させることを覚悟のうえで講和条約たる「日本国憲法」を受諾することはありうることで講和大権が予定しているところだとも考えられる。そしてA B の危険が去った独立回復後には、そのままでは憲法体制そのものが奇胎であるので、奇胎の「日本国憲法」による講和条約体制から C を含む正統憲法体制に乗り換え原状回復されなければならないのである。
回復すべきことを知覚したのがたまたま子孫であればその義務を承継している子孫達が回復の義務を果たすのが当然の義務である。それによって昨今の各種の現象、戦後の社会問題、靖国問題、教育、歴史認識、国防精神なども根本的に解決するのである。それをやる手段が新無効論である。権能的に立法行為まで行う国会に確認行為が行えないはずもないし、「日本国憲法」の最高性の否定と、憲法としての無効性、講和条約としての有効性のこれらの先行している事実を確認するのであるから、国権の最高機関とうたわれている「国会」が真っ先に自白「確認行為」を行うのが適格である。
違憲無効という異常状態は治癒されなければならない。実力によって改廃させられたものは、いったんは瞬間的にでも原状回復されなければならない。折り目正しく原点に立ち返り、正統性を保持しそこから筋道を通して時宜に応じた改変により憲法が確立されなければならない。決して改憲論のように「講和条約を改正しよう」などと歴史的脈絡のない自殺行為を行なってはならないのである。講和条約たる「日本国憲法」(及び下位の占領典範)を今頃国家の中心に据えるということは、結局、危険がさったあとにみずからが占領軍の手先、代理人となって A の国家の同一性の変更工作に加担するという国家滅亡行為を犯していることになるのである。国家の自殺である。愚か者の集団自殺である。
私どもはGHQの子孫なんですか? 畠奈津子
あらゆる先人の努力を無にしてしまうことであり人間のやるべきことではない。これが護憲派改正論のおぞましい真姿である。今頃ポツダム宣言の改正をいう人間がいたらキチガイ扱いされるはずなのであるが・・・
結果的にそれに準じたことを国家をあげて保守を名乗った人間が先導してやっているのが今の日本国なのである。やってられないね。それに比べればまだ護憲派護憲論の方がすこしは罪が軽いが、どちらも完全に正気の沙汰ではないところまでいっている。
憲法への追認と講和条約への追認
このようにぎりぎりの講和の内容として受諾せられた「日本国憲法」も講和の要素であるから原則どおり最終講和(サンフランシスコ講和条約)発効の昭和27年時点で既にご破算となっているべきものである。ところが、現実には、法律論のように割り切られることなく事実として「日本国憲法」は今日まで実効性を保っている。この事実をどう捉えるかということであるが・・・。
一度単純に「日本国憲法」を憲法として追認したという立場に接近して論じてみよう。その前にどのように無効状態なのかをみてみよう。「日本国憲法」は帝国憲法の改正(=継承)によって生まれたと一般に理解されているところであるが、その改正(=継承)が、
(1)その存在根拠となる帝国憲法の改正禁止規定に違反している(帝国憲法75条違反)
(2)実質的に帝国憲法を否定し廃棄する目的で行われている(連合国が「日本国憲法」をダミーとして出現させている)
(3)立法行為の実体がない(日本側の自由意思の欠落)
のである。
これはどういう意味かというと、
(1)は手続的に存在根拠となる元の憲法に違反しているという意味である。
(2)は内容的に存在根拠となる元の憲法に違反しているという意味である。
(3)これこれによって無効とマイナス評価される以前に、有効とプラス評価する材料がなく、引き算するための対象が不存在、つまり規範の種類に応じた法の構築行為が不存在という意味である。
この状態を瑕疵などという範疇といえるかどうかということである。後日の(追認などの)行為によって治癒されるべきものかどうかということである。
(1)について述べるとわかりやすい捉え方はこうである。
憲法違反の行為を後日の追認により有効になることを認めるのであれば結果的に憲法違反をゆるすことになり憲法の自己否定となる。つまり、正面からは違憲であるが、時間をおいて追認というバイパスを使えばどしどし違憲行為が有効とできることになる。これでは法律学の自殺自滅である。そんな追認を設定する無法者に憲法をもつ資格がないということである。
帝国憲法75条違反を例にすると、これは天皇の一身専属にかかる憲法改正発議権が円満に行使できない状態におかれている期間内、摂政設置以上の国家の変局期間内の憲法改変や皇室典範改変を禁止している条文である。
この条文だけで完全軍事占領下に出現した「日本国憲法」は憲法として無効、占領典範も無効という結論になるのであるが、この無効がなんらかの後日の治癒、追認などによって有効に転化するのなら帝国憲法75条は結果的には空文、おかざりだということである。
さらに(3)を考察すると、追認が本来行われるべきであった立法行為に代替できるほどの効力をもつと考えてよいものなのか?という問題がある。(3)を後日補うのであれば、追認が「法創造の原動力」になり得るものでなければならないのである。
つまり、10で有効なものに対し、5欠落しているから無効だと評価され、それを追認できるのかという問題と、10で有効なものに対し、もともと10欠落している0状態だから無効だと評価されており、それを追認できるのかという問題は全然ちがうからである。
追認がその10の欠落を補えるということは、追認という行為が立法行為に変わる「法創造の原動力」になるという意味になるのである。
さらに、追認というにも(3)のとおり元々立法行為の実体がないものであるから、追認しようとも追認の対象物、対象の治癒すべき行為が何なのかが曖昧で明らかではないのである。規範の出現には議会立法による場合や命令や条約締結がある。(3)のとおり立法行為(議会審議)の実体がないのであるから追認ができるとしても「日本国憲法」は憲法や法律としての追認を受けるわけにはいきそうにないと思考するのが自然のはずである。又、既述のとおり追認で憲法違反をバイパスして乗り越えるわけにはいかないはずである。
そうであれば、占領軍から交付されたGHQ案をしぶしぶ政府が受諾し、帝国議会審議段階においても「国民主権」を政府と議会が受諾した国家間の双方行為という事実態様に着目すれば、もともとが「日本国憲法」が講和条約だったということになり、法律行為の実体が存在した講和条約(合意)への追認と考えるのが自然である。この追認であれば帝国憲法75条違反という改正禁止制限にかからず、審議機関での日本側自由意思による立法行為の不存在という致命的な無効原因も治癒する必要がない。「日本国憲法」を講和の要素とみる限りは被占領下に一旦は完全に有効に成立している。さて、これも最終講和締結、その発効によって解消消滅したはずのものであるが、これこそ現実の追認によって実効性が消滅しなかったと評価すべきである。このとおり完全に無効な行為に対する追認論理を要する憲法業者(「日本国憲法」が憲法である場合の最大受益者)のいう追認と、一旦は完全に有効な行為として成立していた行為(講和条約)の戦後空間への継続、ひきのばし(追認)とをくらべれば、後者の講和条約への追認と理解する方が憲法違反にもならずはるかに合憲合理的な論理である。
ゆえに「日本国憲法」は講和条約の限度で有効なのである。
名称にとらわれず実態に応じた規範の地位を得せしめるのが新無効論である。つまり新有効論である。
13条 天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス
75条 憲法及皇室典範ハ攝政ヲ置クノ間之ヲ變更スルコトヲ得ス
先頭の時系列の一覧をみていただきたい。13条にもとづき宣戦布告した戦争(大東亜戦争)のまっただ中の、それもポツダム宣言受諾を始点として突入した非独立トンネルを走行している我が国が行うあらゆる努力・行為は、非独立トンネルから脱出するための努力、結局13条の講和行為である。天皇の「日本国憲法」に対する裁可や公布行為も大きくみて講和大権上の行為とみるのが正解である。憲法改正という国家の「単独行為」を装うことが講和(双方行為)の履行であった。履行の一環として「日本国憲法」を憲法名義で公布されたまでのことである。
「東京裁判」も不当な裁判だとはいえ「東京裁判」という行為のどこにも有効な成分がまったくなかったのかと言えばそうではない。結局、国際法上の「戦争終結を目指した国家間合意たる講和」という成分のみを取り出せばその意味では有効なのである。
不当であろうが生け贄であろうが実施されたという講和と履行の連鎖が蓄積されたから最終講和締結の日が訪れたのである。それと同じく「日本国憲法」も憲法として違憲無効であろうと、そこには有効な成分がないかといえばそうではない。おなじように抽出すれば講和としては有効なのである。いや講和としてのみ有効といいうる。それならそれに応じた扱いをすればいいだけの話である。それが「新無効論」である。
裁判でない「東京裁判」も、憲法でない「日本国憲法」も法理論的に考察すれば帝国憲法の13条上でのみ有効な講和の産物である。その意味でのみ「日本国憲法」は有効なのである。
<判定!>
帝国憲法を普通に読めば「日本国憲法」は帝国憲法(13条)の下位に有効な講和条約となる。
【幻想】 「日本国憲法」(最高法規)>法律>命令
【実体】 不文憲法(国体法)>帝国憲法>「日本国憲法(講和条約)」>法律>命令
帝国憲法体制がポツダム宣言を受諾することによって帝国憲法に相反する内容のポツダム宣言が有効に規範として存在し機能した。同じ理屈で、「日本国憲法」という連合国による<東京宣言>を受諾した帝国憲法体制は帝国憲法の下位に「日本国憲法」を有効に機能させることができるのである。
現在の国家機関の存在根拠はもとをたどれば帝国憲法から発するのである。現在の国会がこれらの法段階、階層構造(国体>帝国憲法>日本国憲法>法律)を事実確認(「日本国憲法」は憲法として無効と確認)決議したからといって何も問題は発生しません。死んでもこれを肯定できない抵抗勢力は保身と営業の必要な憲法業界のみである。
【大前提】憲法業者は「日本国憲法」で食っていかねばならない。
【小前提】「日本国憲法」が憲法として有効でなければならない。
【結―論】「日本国憲法」が憲法以外のものとして有効であることが解明されることになる新無効論などあってはならない。
学問を構築するにあたっては国家社会の利益より憲法業界の利益が優先されるのである。東大あほう学部を中心とする憲法業者の保身、憲法業界の共同利益のために一般国民と政治家、生きている人間だけではなく祖先や子孫たちも含めとんでもないウソ学問による犠牲をはらっているわけなのであるが、「日本国憲法」最大の受益者たる憲法業者にふりまわされるのはいい加減にやめるべきである。
「新無効論」の論理で、憲法として無効、講和条約として有効の確認決議をまずやるべきなのである。 現況の法的安定はまったくゆらぎません。
次に、帝国憲法改正審議にはいりましょう。審議完了までは講和条約たる「日本国憲法」(相手国は既に締結者の地位を離脱している)を暫定基本法に格付けて通用させ改正版帝国憲法確立と同時に暫定基本法を廃止すればいいのである。(注)
(注、平成20.1.18追記)この「新無効論」実施手順は、この記事掲載以降の新無効論理解の進展により、もっと簡便な行程になることが理解できましたので参考リンクを提示します。

帝国憲法さえ守る気がまえがあれば、被占領下の改正や制定は75条違反で(憲法として)無効になり13条に基づく講和条約として有効になるのである。
このように我々はいまだに明治の先人に護られているのである。
米製憲法無効論/大日本帝国憲法改正論/西村眞悟
新無効論による現実対処法
http://ameblo.jp/tonarisann/entry-10024909224.html
http://mahoramato.com/book/html/products/list.php?category_id=2

有効説と無効説の図解
http://blog.livedoor.jp/inosisi8000/archives/1880990.html
帝国憲法

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