自立再生会
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連載
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序 章
 私たちは、漢字と仮名を組み合わせて、大和言葉を使っています。
 漢字は、それ自体が意味をなす表意文字です。古代の人々が、山や川を見ながら「山”はこんな形、川”はこんな形」と語るうち、これらの字が生まれて来ました。
 また、仮名は漢字が日常使われる中で、少しでも書きやすいように、少しでも覚えやすいものに-と、長い年月をかけて改良して来たものです。
 ゆえに漢字も仮名も、元々は絵ですから、書道が今日、芸術として残っているのだと考えられます。
 私たちが普段何気なく使う大和言葉は、このように表意文字と表音文字とによって精巧に織り成された、世界でも稀有な言葉のひとつです。この中には、古代から続く人々の営みが集約されています。
 これを縦軸に、そして父母、兄弟という家族を横軸に、人々は社会や国を築いてきました。その中で連綿と営まれてきた私たちの本質というべき伝統や文化は、有形無形を問わず、今日まで多くのものを遺しています。
 しかしそれがこのわずか数十年で、霧がかかったように見えなくなったり、あるいはすっぽり抜け落ち、そしてこの国の迷走がはじまりました。
 皮肉なことにそれは、命や人権の大切さが声高に叫ばれれば叫ばれるほど、霧は深く濃いものとなっていくのです。
 そして世情は物騒になり、残忍な事件は後を絶たず、家族の絆は薄れ、思い上がった者と卑屈な者とが際立つ社会になっていきました。
 命や人権の大切さを繰り返されるたびに感じる空虚な思い、そして命と人権を導く国民主権はその名とは裏腹に人々の無力感を止められず、この3つを保障するはずの現行憲法自体、今や鴻毛の如き軽き存在となり果てています。
 これまで命も人権も、国民主権も憲法も、決して間違いないものと教えられてきました。
 しかし実は、これらの影に隠れて見えなくなっているものにこそ真理が存在する-ということを、私たちは知らねばなりません。
 私たち共通の祖先として皇統にみる萬世一系、天皇をも下に置く法と正義の存在、その法と正義が支配する立憲君主、和の精神とそこから導き出される平等と公平、自立再生経済を実現する自決と進取の精神。そしてこれらの中核をなすものこそ、いざとなればわが身に代えてまで守ろうとする家族の絆であり、大和言葉によって紡がれた伝統と文化に他なりません。
 人々がこれらを國體と呼ぶのか、天皇(すめらみこと)と呼ぶのか、あるいは日本人の本質と呼ぶのかはわかりません。
 しかし影に隠れて見えないなら、一度どかせてみて、憲法の向うにあるのはいったい何なのかを見るしかありません。その上で、憲法の本質とは何か、そして私たちが求め、私たちに求められる真の憲法とは何なのかを、いまこそ探らねばなりません。

注・・・本項を読むにあたって
 本項では、「國體(こくたい)」と表記しています。これは、戦前に用いられた「国体」と、これから述べる國體とは、意味が異なるということを区別するため、この表記にしたものです。
 また文体は、今日の学校教育において、いまだ日本古来の正統仮名遣いともいうべき歴史的仮名遣いが十分に教えられていないという現状を踏まえ、できるだけ多くの方々にとって読みやすいものにしたいとの趣旨から、あえて現代仮名遣いによることと致しました。





國體の下に 1-1 何が私たちを決めるのか