神の支配する政治
國體の話を続けましょう。
日本に稲作が伝えられたのは、紀元前三世紀ごろのことです。これまで、生きていくために食べ物を探して動き回らなければならなかった生活から、-カ所にとどまることができる生活に変わっていったのです。
これを機に、各地で稲作による農耕共同社会ができました。この段階ではまだ、家族や近隣の村落などのように、社会は自然発生的に生まれたもので、そこに住む人々は互いに面識をもち、生活のほとんどの面で密接にかかわり合いをもっていました。(ゲマインシャフト)
その後、これらが寄り集まって、部族による多くの国造りが進み、さらにまた、この部族がお互いに血縁を結び、広がっていきました。こうして各地の部族連合が血縁によって結びついてできた統一国家が大和朝廷です。
このころは、もちろん科学というものが生まれるずっと以前のことです。人々はすべてを自然に委ね、時にはその猛威にさらされながら生きていました。その中で、毎日、日が昇り、沈んでいく。季節が移り、木々が育ち、そして枯れ、人が生まれ死んでいく -。そんなことすべてが神秘的に映ったはずです。
そして目に見えるもの、手にとるものすべてに神が宿っていると感じました。これが精霊信仰=アニミズムです。さらには神や霊と対話ができ、それを人々に伝える能力をもつ者が現われました。(シャーマニズム)
大和朝廷では、このアニミズムとシャーマニズムのなごりである神惟の道(かんながらのみち=かみのみち・神道)を総命(すめらみこと=天皇)が主宰していました。
総命は、神惟の道をご祖先への崇拝(祖霊信仰)に基づいて、皇祖皇宗(皇祖は始祖である天照大神、または神武天皇のこと、皇宗はそれ以降の天皇)をはじめとする八百萬(やおよろず=たくさんの)神々につかえました。
そして神事をつかさどり、社稷(すめらおおもとお=作物が豊かに実るよう祈り、土地の神を祭るという、借仰の中心となる考え)の祭りごとを行いました。
このように、神々や祖先を祭こと(祭祀)と政治が一致し、統治者が神や神の代理者として治めていく政治を神政政治(テオクラシー)といいます。
文字通り神の支配する政治であり、これは「国王といえども神と法の下にあり」という言葉が意味する「法の支配」、つまり「正義の支配」による立憲君制度です。
私たちの国が、誰に倣うわけでもなく、こうしてつくり上げていった神の支配する政治は、律令制と呼ばれる統治制度を中国から導入するときにも、ひと工夫を凝らしました。
制度をそのまま鵜呑みにするのではなく、日本独自のものを創り上げました。それが神祗官(じんぎかん)です。
朝廷の祭祀をつかさどるこの役職は、国政を統括する太政官(だじょうかん)より上の位に位置するものでした。法(正義)の支配のもとに神政政治が行われ、それを具体化するために神祗官がもうけられたというわけです。
王覇の辮と和の精神
このように、本来、皇室は神々とご先祖を祭り、豊作と人々の安全を祈る役割をになう存在だったのです。
もうひとつ、この神政政治から王覇の辮(おうはのわきまえ)という、皇室の伝統的な統治の考え方が導き出されました。
それは、天皇は王者として大御稜威(おおみいつ=権威)をもち、覇者に統治をまかせ、それを受けた覇者は大御稜威の権威によって国を治める-という王覇分離の原則です。
神政政治=法=正義の支配。そして王覇の辮。
このふたつの、国を治める皇室の伝統の底流には、和の精神が流れています。「和を以って貴しと為す」(わをもってとうとしとなす)とはじまる聖徳太子の憲法十七條(いつくしきのり:憲法/とをあまりなな:十七/をち:條)はあまりにも有名です。
この精神は、外交にも内政にも遺憾なく発揮されました
当時、大国であった中国に対して、へりくだったりおもねるような態度を見せず、だからといって「征服するぞ」といった攻撃的な態度も見せず、対等な友好関係をつくろうとしました。
また国内では、この憲法十七條が、政治だけでなく産業や文化、芸術などを通じて、広く国民の中に生かされました。そのひとつが先ほど述べた萬葉集でした。
和の精神は、平等、公平といった考えをも導き出しました。つまり「平等を手段とし、公平を目的とする」という考え方は、和の精神から来る統治の基本原則に他なりません。
萬葉集が、作者の身分や地位で左右されず、作品自体の良し悪しだけをみて評価されたことは、「価値の創造は、平等、公平に、能力に応じて実現する」という平等、公平の理念から導き出されたものです。
さらにこの理念は、後に大化の改新の公地公民制度(土地を国のものとして、戸籍によって口分田として分け与える)や、明治維新の四民平等(封建的な身分制度の撤廃)に生かされていきます。
和魂漢才-。日本人の精神を忘れることなく、進んだ中国から学ぼうとする姿勢をいいます。つまり心は和の魂をもちつつも、外国からの知識は“道具”として吸収していこうとする実用主義の考え方です。
和魂漢才-。日本人の精神を忘れることなく、進んだ中国から学ぼうとする姿勢をいいます。つまり心は和の魂をもちつつも、外国からの知識は“道具”として吸収していこうとする実用主義の考え方です。
この姿勢で、私たちは過去、稲作や漢字など、多くのことを中国から学びました。そして仏教もこの国から伝えられたもののひとつでした。
仏教が伝えられた当初、それまであった神惟の道(かんながらのみち)との間で、互いに争いが生まれました。
しかし伝えられた仏教は、その当時、すでに中国の中で儒教や道教、そしてその他の土着の宗教などが融合されていていました。
ふたつの宗教は争っているうち、ともに多神教(さまざまのものに神を見出すというように、多くの神々信じる宗教)であることを理解していきました。
こうして両者は、日本書紀に「天皇信佛法尊神道」(すめらみこと、ほとけのみのりをうけたまひ、かみのみちをとうとびたまふ)と記されているように、“日本教”として発展的に統一されていきました。(アウフヘーベン:衝突し、その中のあるきっかけで融合し、さらに開花する)
自決と進取
また、進んだ中国から学ぼうと、遣隋使や遣唐使などによる文化交流も盛んに行われました。
しかしその中で私たちの国は、経済交流、つまり貿易は行いませんでした。
お金でものをやりとりするのは簡単ですが、お金がなくなったときや、相手がものを売ってくれなくなったとき、そんなやり方ではたちまち困ってしまいます。
それならば、作り方そのものを学び、改良を加え、日本にあったもっといい方法をあみ出していこうとする交流にしようという考え方でした。
稲作が伝わっても、それだけにとどまらず、採取や狩猟、漁獲を混合させた稲作中心の農耕による自給自足を確立していったのです。
ここからもわかるように、日本が目指したものは、食糧や資源、エネルギーなど人々に不可欠なものを「外国に依存せず、自分たちでまかなっていこう」とする自給自足経済の確立、つまり自決(自分の力を頼みに生きていくこと)の精神であり、そのための技術向上を目指して文化交流する、すなわち進取(従来の慣習にこだわらず、進んで新しいことをしようとすること)の精神でした。
これこそが日本の伝統なのです。
それに引き換え、いまはどうでしょう。
世界で第四位のエネルギー消費国でありながら、わが国のエネルギー自給率は二○%にとどまっています。また食糧自給率は四○%(カロリーベース)をかろうじて保っていますが、私たちが食べる牛などの飼料となる穀物の自給率はわずか二八%(カロリーベース)にしか過ぎません。
これでは、自分たちが正しいと信じることをやろうとしても、いつも石油や食糧を売ってくれる国々の都合を伺いながら、物事を決めていかねばなりません。またこのような結果となることがわかりながら、何もしてこなかったわけです。
これは取りも直さず、自決と進取の精神という國體に反していることに他なりません。
萬世一系
神惟の道(かんながらのみち=神道)の主宰者として、天皇家はその歴史を積み重ねてきました。それは必ずしも血統といった血の繋がりだけを絶対視するものではなく、先祖の霊を代々受け継ぐ正統な継承者として、混血総体ともいうべき“霊統’’を貫いてきました。
それは今日まで絶えることなく、現在の今上天皇まで一二五代、初代・神武天皇の即位から二千六百六十四年(平成十六年)を数えます。これは、世界でも例を見ないほどの長きにわたっています。
しかしこの価値は、単に世界最長というだけでなく、萬世一系であるという伝統に大きな意義があります。
人は父母の慈愛を受けて生まれ、その父母もまた、祖先の慈愛を受けてこの世に生を得ました。そして自分たちも慈愛をもって子孫をもうけ、これが連綿と営まれてきました。
親が子を慈しみ、子が親を敬うことは、人間としての本性であり、またすべての人類に通じる普遍の真理です。ここに自分が先祖から生を受け、生かされているという感謝と敬虔な思いが生まれます。
これこそが祖先崇拝(祖霊信仰)であり、皇室にみる萬世一系は、まさしくこれを体現しています。
総命(すめらみこと)という大和言葉は、そのすべてを集約しているのです。
また、あらゆる人々の祖先は、皇祖皇宗からはじまっている-という深い思いからくる民族意識によって、その皇祖皇宗の末裔である総領が総命(天皇)として尊ばれ、あがめられるのです。
冒頭の教育勅語の中で、皇祖皇宗の現代訳を「私たちの祖先」としたのは、この意味が含まれています。
國體防衛権
人々の暮らしと営みは、個人の意思や自覚によって決まる場合もありますが、多くは生活をともにする集団のありようで決まってきます。
それを決めるものは、人々が生活する地域や作物や産業の分布、気候風土など、地域的要因によるものが上げられます。また、民族や宗教、使う言葉や文化、風習といった、生まれながらにして備えられたもの、つまり生来的要因もあります。
この二つの要因が変わることで、人の暮らしや営みも変わっていきますが、その変化は本来、人為的なものでない限り、大河の流れのようにゆっくりとしたものです。
しかし最近は、国際化という名のもとに、特定の文化、つまり「世界基準」(グローバル・スタンダード)が猛威を振るっています。
地球上のどこでも、“金太郎飴”のように「画一的、均一的になることがよい」とされる時代になってしまい、その勢いは、すさまじいスピードで世界各地に広がりを見せています。
しかしこのことは、人々の暮らしと営みを急激に変えることに繋がります。
すると、人々がその土地で、祖先とともに営々と培ってきた文化の連続を、その時代で断ち切ってしまうことになりかねません。そして人々が祖先から伝統的に受け継ぎ、それを子孫に引き継がせようとしてきた国家や社会の命脈というものを壊したり、失ったりすることになりかねません。
国際化を追い求める前に、このことを考えてみなければなりません。
大河ドラマの影響もあって、最近は攘夷という言葉をよく耳にするようになりました。
外国人を撃ち払って日本に入れないこと。この攘夷と言う考え方は、学問というよりもむしろ、人が肌で感じる素直な思いからはじまったものでした。
つまりこれは、自分たちのもっている文化とは違ったものに対する違和感ということに他なりません。このような現象は歴史的にみて、時代を超え、世界各地にあります。
たとえばよその国が武力で侵入してきたとき、私たちには、自分たちの暮らしと営みを守るために、敵に対して抵抗すること(抵抗権)や、自分たちを守ること(自衛権)が、権利として認められています。
それは、たとえ法律に書かれていなくとも、人間が生まれながらにしてもっている権利として認められていること(自然権)です。
同様に、異文化が好ましくない形で入ってきた場合も、民族、伝統、言語、宗教、風俗習慣、経済といった、人々の暮らしと営みを支える文化、伝統のすべてを守る権利が認められるはずです。つまり國體を守る権利=國體防衛権です。
このことは、建国の精神とか国家・社会の同質性などを守るという、「本能」に根ざすものです。
国家・社会の同質性
では、国家・社会の同質性とはどういうことなのでしょうか。
これを説明する前に、「国家」という字をみてみましょう。
国家という言葉は、国と家という字でできています。これは「囲いをもって家となす」ということを意味します。
たとえば、いまあなたがご両親と兄弟で暮らしているとしましょう。
家は梁と柱でできています。一緒に暮らす父母や兄弟が梁(横軸)です。そして祖先から子孫へと、絶えることなく続いてきた血統が柱(縦軸)なのです。
このような家がいくつも集まってできた共同社会にも縦(柱)と横(梁)の関係があり、これらを取り囲んで国家になります。
つまり国家も家も、柱と梁による同じ構造になっています。国家を構成するひとつひとつの家をみてみると、国家のミニチュアのような形をしており、そのミニチュアが寄り集まった国家をみれば、やはり家と同じ構造だということに気づきます。(フラクタル構造)
国家・社会の縦と横の同質性というのは、このような意味をもっています。
先に述べたように、国家・社会の縦と横の同質性を守るための國體の自衛権や抵抗権は、外国からの武力侵入と同じように、自然権として認められ、国家・社会の命脈を維持するという本質的な規範(行動や判断の基準となる決まりごと)となっています。
この國體防衛権は、国家・社会だけでなく、ひとりひとりが生まれながらにしてもっているものです。
この國體を汚したり、攻め入ってきたもの、またその虞(おそれ)のある行為に対して、私たちが誅伐(罪のある者を討つこと)を加えることは、きわめて正当な行為なのです。
國體を汚したり、攻め入ってきたもの、またその虞(おそれ)のある行為とは、現行憲法を支え、無謬、絶対とされる国民主権であり、そこから導かれる矛盾多き現代人権論、家族を壊す個人主義であり、そして条文の奥にある精神を認めず、書かれていることの解釈にのみ躍起となる法実証主義であり、また主権という概念を日本の国情を理解せず直輸入し、國體そのものの意味を間違ったまま押し広め、かたくなにまで憲法典(文字となって表されたもの)に固執する現代憲法学の姿勢-です。
すべては法と正義、つまり國體へと回帰していかなければなりません。しかしこれらは、私たちが國體に帰る道筋を教えないばかりか、私たちから國體を見えなくし、國體そのものを壊そうとするものばかりです。
これからひとつひとつ、これらについてお話していきましょう。
國體の下に 2 生きている者だけの天国
すべては法と正義、つまり國體へと回帰していかなければなりません。しかしこれらは、私たちが國體に帰る道筋を教えないばかりか、私たちから國體を見えなくし、國體そのものを壊そうとするものばかりです。
これからひとつひとつ、これらについてお話していきましょう。
國體の下に 2 生きている者だけの天国

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