神の差し替え工作(2-1) 神道神学論考 からのつづき
神の差し替え工作(2-2)
憲法の上位価値
神道神学論考 上田賢治著 大明堂 2700円 第三章 実践・応用神学
二、 天皇論の神学的基礎
前章において筆者は、現憲法下、而も占領権力によって普遍的真理として強制され、かつ教育を通じて定着せしめられた価値観の下、我が国伝統の天皇問題を論じようとする時、必ず配慮しなければならぬ幾つかの論点について、私見を述べた。
しかし勿論、これによって天皇論が完結するわけではない。この問題は本来、神道信仰の本質から説き起こされ、護教論としてよりは、むしろ宣教論としてあるべき性質の課題であるからである。以下、多少の重複を恐れず、その神学的基礎について論じておきたい。
1 天皇は天孫邇々藝命に坐す
天皇の御本質を説くためには、まず、我が民族の信仰、<神国>思想について論じておかなければならない。この要語は、すでに『日本書紀』に初見するが、その後、平安朝の公卿日記にも登場し、中世では伊勢神道五部書の一、『倭姫命世記』に現れ、南北朝の北畠親房が『神皇正統記』で強調して以来、広く人口に膾炙した用語となった。
即ち、我が国の歴史を通じて、失われることの無かった信仰なのである。その意味、信仰本質は、勿論、古伝神話によって表明されている。
悲しむべきことに、現在日本のジャーナリストは、自国の神話を知らず(?)ヘブライの伝承神話を、人類普遍の神話の如く取扱い、宗教的には、世界(存在世界一般)が神によって造られたもの、人類の始祖はアダムとイヴとするのが、正しい知識であるかの如く認識しているようである(日々のテレビを観察してみよ)。しかし、我が国の伝承は、これと全く異なる。
それは、一方が、神による天地の<創造>を説くのに対して、他方が、天地の<開闢>と国生みとを伝えているからである。一体何が違うのかを、我々は真剣かつ深刻に考えてみなければならぬと、筆者は考える。
まず前者、ユダヤ・キリスト教の文化伝統では、繰返し述べて来たように、世界も人間も、神によって造られた被造物にすぎない。それらは、有限で相対的なものなのである。
特に存在世界、即ち自然は、法則によって支配された<物>の世界だと理解されている。その故に、生命(いのち)ある唯一の存在(神によって特別に造られた)人間が統御すべきものなのである。
しかしその人間も、自己自身が被造物であることを忘れる(原罪にある)存在に過ぎない。従って、人間のこの世界での営みは、贖罪による神からの赦し、<神の国>への復活・新生、即ち救い(サルベイションは、本来無価値な存在世界からの救出を意味する)に、その目的を置く。
不完全で罪深い人間が造る世俗の<社会>、権力機構としての<国家>など、自己及び人間の救済にとっては、飽くまでも、第二義、第三義問題であるに過ぎない。
キリスト教が神道の現存在世界・世俗の国家を神聖視する姿勢、天皇を現御神(アキツミカミ)と仰ぐ信仰を、許すべからざる偶像崇拝だと断ずる根底には、このような<神(ゴッド)>信仰、現存在世界の理解が隠されているのである。
或は今日、世界を支配し、従って日本人の心をも支配している自然理解や人間観が、もはやこうしたキリスト教の基盤の上にあるのではなく、早くそれから絶縁した人間主義、科学的自然理解に根差すものだとする観察も、成立しうるに違いない。
それを否定する必要はない。しかし、神道の立場から、次の事実を指摘しておく必要は不可欠であろう。
即ちその第一は、例えば共産主義思想によって説かれる理想主義、人間理解が、キリスト教を前駆として成長展開したものであるように、西欧近代に成立した思想原理が、多くキリスト教的発想の印影を留め、思惟の形態として、同型に属するという事実、極限すれば、神なきキリスト教に外ならないということである。
そして第二は、もし純粋に科学的(方法論的価値中立に非ず、価値選択拒否型の)世界観・人間観、それに基づく人生観がありうるとしても、それは、日本の伝統的な文化価値観からすれば、矢張り戦わなければならぬものだということである。
故なら、そこには、やはり個別存在における意味の成就、或は終結を説く発想が顕わにされているからである。
さて、我が国の神話では、民族共同体(国家)が、伊邪那岐・伊邪那美、二柱の大神の美戸能麻具波比(ミトノマグハヒ)によって生み成されたと伝えている。国土(自然)と青人草(人間)とは、共に神の生みの子だというのである。
この意味で、<神国>思想は、決して思い上った狂信的イデオロギーなどではない。何故ならそれは、自然も人も、神の子、神と本質的に異なるものではない、という信仰、換言すれば、現実存在の中に生命(いのち)の本質、存在の価値を観る生への態度・姿勢の表明であるに他ならないからである。共同体生みの親である岐美二神でさえ、神話によれば、存在に内在する生命力の顕現(成る神)として語られているのである。
独立自存、永久不変、絶対超越の神を信ずる立場、それ以外を<神>と認めない発想からすれば、神道を偶像崇拝、有限相対なるものを絶対化するものとの、解釈が成立しうるかも知れないが、それは明かな曲解である。何故なら、すでに述べた通り、神道に絶対神は存在しないからである。
国生みの祖神さえ、その初めに過ちを犯され、正しい方法を天津神に問うておられる。その際、天津神は<御卜(ミウラ)>に問うことを教えられた。
それは天津神諸々の意志に問われたのであって、決して、見えざる絶対者に対してではない。神道が多神教であるのも、絶対神が坐(イマサ)ぬからで、尋常(ツネ)ならず勝れた働を示された可畏(カシコ)き存在こそ、<神>と呼ばれ、祭られて来たのである。
我々の生命を養い培う自然は、神霊の宿る所、大いなる働きをもって我々の生命(いのち)を支えている。その意味では、神の力を持つものとして、自然は神なのである。神国思想の基盤は、ここに発していると言ってよい。
しかし、勿論それだけではない。岐美二神の国生み・神生みの果てに、三貴子の長(オサ)、日神・天照大御神が出現(成ります)される。太陽の育む生命力は、殆ど無限に近い。その生命力を受けた天孫天孫邇々藝の命が、地上における生命の営みに、弥栄の祝福を受けて天降られた。
而も人間の食いて生くべき生命の根(稲)は、天照大御神が、高天原において自ら育まれたもの。それを天孫に授けておられる。天孫は、その名も日子穂(ヒコホ)の饒(ニギ)しき神なのである。
我々の祖先(日本人)が生命(いのち)というものをどう理解し、受け止めていたのかを、我々はこの神話を通じて、痛いまでに、心に感じ取ることが出来ると言ってよいだろう。
天皇は、この邇々藝命の直系の御子孫であられる。根底に信仰があることは、申すまでもない。しかし、歴史に明らかな限り、天皇家の系譜、その一系を疑う決定的な証拠はないのである。
日本民族国家の成立は弥生時代、そしてその成長発展は、稲作の普及と軌を一にしている。民族の連合国家が、天皇家の稲作祭祀を国家祭祀として、その統一を維持して来た事実も否定し得ないであろう。
天皇は即位大嘗祭を通じて、生命(いのち)の根源に帰一される営み(その意味体現)を、歴代続けて来られた。神道の信仰視点から見て、国は<神国>、天皇は<神>であられるのが当然、それこそ、我が国の歴史を経た信仰本質の表白に外ならない、と言ってよい。
しかし、戦勝によって、我が国を占領統治した軍政府は、神道のこのような信仰を、軍国主義、超国家主義の温床だと断定し、その廃絶を条件にして、天皇制の存続を認めた。
キリスト教的存在理解に基づく認識、それを中核とする西洋文化圏に育った人間にとっては、或はそれが当然の発想(事実、西洋の東洋侵略はその手法で行われて来た)であったとしても、客観的には、明らかに一文化による他文化の政治的圧殺行為に外ならない。
科学文明の終焉、人間の主体性回復、東洋における生命信仰への憧憬・再評価が、真剣に問われている現代、日本人は、今こそ、自からの文化伝統に生きる価値を自覚し、そのアイデンティティーを確立しなければならないであろう。
2 継承による意味の成就
神道の信仰を構成する中軸要素として、西洋に発する宗教学は、従来、自然崇拝と祖先崇拝とを挙げて来た。これは、キリスト教者が理解するように、<物>に過ぎない自然を神格化し、或は人間をさえ神格化して礼拝するものと規定するのでない限り、(事実日本人は、神でないものを神として礼拝して来たのではない。
そう見るのは、キリスト教流の創造神を、発想の前提とする者に限られている)決して誤りではない。しかしより正確に言えば、この二要素は、原理的に相互に分離独立した信仰であるのではない。記紀以下の古典を見れば明かなように、日本人は、神話に登場する人格神(その多くは、同時に自然神でもある)を祖先神とし、祭祀して来ているからである。
天皇家もまた、その例外ではない。言うまでもなく、皇祖天照大御神は、同時に、自然神(太陽)でもあられるからである。
そこで、今もし、<信仰>が、人間の生命(いのち)、生の営みに対する価値的姿勢、或は意味的認識の表出であるとすれば、我々は疑いもなく、日本の神話を通じて、我々の祖先が、何を価値とし、どのように生きて来たのかを、知ることが出来る、と言ってよい筈である。それが、本稿の主題、天皇信仰、天皇の御存在とどうつながるのか、最後にこの問題を論じておきたい。
我々日本人は、歴史を通じて、いわゆる<自然>の中に神を見て来た。それは、自然に対して、人間の生命(いのち)、その存続に不可欠な、生命(いのち)の営み(働き)を感得して来たからに外ならない。自然は決して、人間と異質な<力>として認識されていたのではない。だからこそ、自然と人間とは、共に神の生みの子であるとする信仰、神話伝承を成立せしめ得たのである。
しかし他方、我々人間個人の生命(いのち)は、我々自身の親たちから直接的には授けられ、かつその生命は、小は家族共同体から始まる各種共同体の存立によっても支えられているのである。日本人のこうした生命(いのち)の存続についての認識は、各種共同体を単位母体とする自然神及び祖先神に対する祭りによって、遺憾なく表明されている。即ち、生命(いのち)を支える根源的な<力>は、三つあると、認識されて来たのである。
更に、次の事実は、特に注意を払う必要があろう。それは、日本人の祖先祭祀が、何を目的とするものであったのか、という点である。今日、最も一般的な認識は、恐らく、仏教流の理解、即ち死者供養のため、ということになろう。祖先(死者)は、煩悩に基づく多くの悪事を為し、或はその業報を受けるべき立場にあるのかも知れない。
煩悩は怨念となって、この世に執着し、或は成仏(浄土往生、久遠の実在に帰一)し得ていない可能性も強い。そうした怨念・業報を断ち、完全に人間の生から解脱させるために行うのが、布施行である。
しかし、大多数の日本人が行って来た死者祭祀は、このような仏教信仰に基づく供養ではない。中心の営みは、むしろ新年の神迎えと同じく、祖霊を迎え、<ハレ>の供膳を共食し、親族と共に、現世の幸せを和楽享受し、弥栄を寿ぐことに在る。即ち、この国における生の営み、その<継承>の確認儀礼だと言いうるのである。
戦後の日本に支配的刹那的享楽主義、人間の生を現世に限定して、それ以上の問いを放棄する姿勢、そしてそれとは裏腹に、死の不安の克服のため、心を常に<超越>或は<来世>に向ける態度。神道が教学を説かぬ故の、現実に対する伝統的な価値観の混乱は、目に余るものがあると言ってよい。
家庭の崩壊が進み、都市社会での共同体喪失が、こうした傾向に拍車をかけている事実も、否定し難いであろう。しかし他方、日本人の文化伝統が、全く失われたとも、することは出来ない。すでに縷説した通り、日本人は、全体生命との<つながり>の中で、自己の生命(いのち)を見詰めて来たのである。
<個>による生命(いのち)の完結など、本来ありもせず、また有りえもしない、というのがその信念であった。神話伝承によると、青人草(人間)の死は、国生みの祖神・伊邪那美大神(伊邪那岐大神によって拒否された死)の呪いによる。皇孫でさえ、大山津見神の祈念を拒否された結果、生命短かき御存在になられたという。
日本人にとって、死は、神々の意志に基づくのである。しかし、その同じ神話は、皇孫(スメミマ)による中津国での営み、青人草の生の営みを治らす御業(ミワザ)が、天地と共に窮りなく、生み成し栄えて行くことを、生成力の神・高御産巣日神と、生命の恵み・天照大御神との言祝ぎによって、予祝されている、とする信仰を伝えている。
個人の生は、時間的・空間的にも限られたものであるが故に、個に生命(いのち)の成就、存在の意味の完結を求めることは、はじめから空しいのである。神道は、人間を共同体の成員として<人間>でありうる、と理解して来た。
親を祀り、親の命(いのち)を受け継いで、次の世代に受け渡す。生命の営みの環、その一環としての自己の自覚と営みに、生命(いのち)の本質、存在の意味の成就を見て来たのである。
天皇(スメラミコト)もまた、民族共同体(それこそ家々の生の営みを支える基軸の力)の祭りを、祖宗の祭りとして、継承して来られた。初代神武天皇が、その即位四年春二月に、「可効祀天神用申大孝」、「祭皇祖天神」玉うたとする『日本書紀』の伝承は、こうした信仰、民族の精神を、余すところなく表現している、と言ってよいだろう。そしてこの信仰こそ、正しく民族国家・日本の文化的自己同一性に外ならないのである。
日本の民族宗教である神道、つまり日本人の生活には、極めて現実に即した価値選択の姿勢が窺われる。それが活力となって、我が国の発展に寄与して来た事実も疑えない。歴史を回顧すると、神道はまた、常に国家的危機の時代に、国民の民族的意識を覚醒させ、文化的自律性、自己回復力として働いて来たように思われる。天皇の御存在が、常にその中心にあったことは、指摘するまでもない。
しかし、この神道が持つ求心力は、個別特殊原理の強調をその本質的性格とする故に、一方、極端に走れば極めて危険な自己破壊力ともなり、他方、普遍的なるものへの強い希求を、同時に内包して来たとも言いえよう。神仏習合をはじめとする多様な神道思想の盛行は、その否定し難い証左である。
しかし、葛藤こそ、普遍的な生の与件であるに外ならない。我々の務めは、動く時代の中で、あるべき限りのわざを為し、皇孫の治(シラ)しにお応えすることなのである。
神の差し替え工作(2-2)
憲法の上位価値
神道神学論考 上田賢治著 大明堂 2700円 第三章 実践・応用神学
二、 天皇論の神学的基礎
前章において筆者は、現憲法下、而も占領権力によって普遍的真理として強制され、かつ教育を通じて定着せしめられた価値観の下、我が国伝統の天皇問題を論じようとする時、必ず配慮しなければならぬ幾つかの論点について、私見を述べた。
しかし勿論、これによって天皇論が完結するわけではない。この問題は本来、神道信仰の本質から説き起こされ、護教論としてよりは、むしろ宣教論としてあるべき性質の課題であるからである。以下、多少の重複を恐れず、その神学的基礎について論じておきたい。
1 天皇は天孫邇々藝命に坐す
天皇の御本質を説くためには、まず、我が民族の信仰、<神国>思想について論じておかなければならない。この要語は、すでに『日本書紀』に初見するが、その後、平安朝の公卿日記にも登場し、中世では伊勢神道五部書の一、『倭姫命世記』に現れ、南北朝の北畠親房が『神皇正統記』で強調して以来、広く人口に膾炙した用語となった。
即ち、我が国の歴史を通じて、失われることの無かった信仰なのである。その意味、信仰本質は、勿論、古伝神話によって表明されている。
悲しむべきことに、現在日本のジャーナリストは、自国の神話を知らず(?)ヘブライの伝承神話を、人類普遍の神話の如く取扱い、宗教的には、世界(存在世界一般)が神によって造られたもの、人類の始祖はアダムとイヴとするのが、正しい知識であるかの如く認識しているようである(日々のテレビを観察してみよ)。しかし、我が国の伝承は、これと全く異なる。
それは、一方が、神による天地の<創造>を説くのに対して、他方が、天地の<開闢>と国生みとを伝えているからである。一体何が違うのかを、我々は真剣かつ深刻に考えてみなければならぬと、筆者は考える。
まず前者、ユダヤ・キリスト教の文化伝統では、繰返し述べて来たように、世界も人間も、神によって造られた被造物にすぎない。それらは、有限で相対的なものなのである。
特に存在世界、即ち自然は、法則によって支配された<物>の世界だと理解されている。その故に、生命(いのち)ある唯一の存在(神によって特別に造られた)人間が統御すべきものなのである。
しかしその人間も、自己自身が被造物であることを忘れる(原罪にある)存在に過ぎない。従って、人間のこの世界での営みは、贖罪による神からの赦し、<神の国>への復活・新生、即ち救い(サルベイションは、本来無価値な存在世界からの救出を意味する)に、その目的を置く。
不完全で罪深い人間が造る世俗の<社会>、権力機構としての<国家>など、自己及び人間の救済にとっては、飽くまでも、第二義、第三義問題であるに過ぎない。
キリスト教が神道の現存在世界・世俗の国家を神聖視する姿勢、天皇を現御神(アキツミカミ)と仰ぐ信仰を、許すべからざる偶像崇拝だと断ずる根底には、このような<神(ゴッド)>信仰、現存在世界の理解が隠されているのである。
或は今日、世界を支配し、従って日本人の心をも支配している自然理解や人間観が、もはやこうしたキリスト教の基盤の上にあるのではなく、早くそれから絶縁した人間主義、科学的自然理解に根差すものだとする観察も、成立しうるに違いない。
それを否定する必要はない。しかし、神道の立場から、次の事実を指摘しておく必要は不可欠であろう。
即ちその第一は、例えば共産主義思想によって説かれる理想主義、人間理解が、キリスト教を前駆として成長展開したものであるように、西欧近代に成立した思想原理が、多くキリスト教的発想の印影を留め、思惟の形態として、同型に属するという事実、極限すれば、神なきキリスト教に外ならないということである。
そして第二は、もし純粋に科学的(方法論的価値中立に非ず、価値選択拒否型の)世界観・人間観、それに基づく人生観がありうるとしても、それは、日本の伝統的な文化価値観からすれば、矢張り戦わなければならぬものだということである。
故なら、そこには、やはり個別存在における意味の成就、或は終結を説く発想が顕わにされているからである。
さて、我が国の神話では、民族共同体(国家)が、伊邪那岐・伊邪那美、二柱の大神の美戸能麻具波比(ミトノマグハヒ)によって生み成されたと伝えている。国土(自然)と青人草(人間)とは、共に神の生みの子だというのである。
この意味で、<神国>思想は、決して思い上った狂信的イデオロギーなどではない。何故ならそれは、自然も人も、神の子、神と本質的に異なるものではない、という信仰、換言すれば、現実存在の中に生命(いのち)の本質、存在の価値を観る生への態度・姿勢の表明であるに他ならないからである。共同体生みの親である岐美二神でさえ、神話によれば、存在に内在する生命力の顕現(成る神)として語られているのである。
独立自存、永久不変、絶対超越の神を信ずる立場、それ以外を<神>と認めない発想からすれば、神道を偶像崇拝、有限相対なるものを絶対化するものとの、解釈が成立しうるかも知れないが、それは明かな曲解である。何故なら、すでに述べた通り、神道に絶対神は存在しないからである。
国生みの祖神さえ、その初めに過ちを犯され、正しい方法を天津神に問うておられる。その際、天津神は<御卜(ミウラ)>に問うことを教えられた。
それは天津神諸々の意志に問われたのであって、決して、見えざる絶対者に対してではない。神道が多神教であるのも、絶対神が坐(イマサ)ぬからで、尋常(ツネ)ならず勝れた働を示された可畏(カシコ)き存在こそ、<神>と呼ばれ、祭られて来たのである。
我々の生命を養い培う自然は、神霊の宿る所、大いなる働きをもって我々の生命(いのち)を支えている。その意味では、神の力を持つものとして、自然は神なのである。神国思想の基盤は、ここに発していると言ってよい。
しかし、勿論それだけではない。岐美二神の国生み・神生みの果てに、三貴子の長(オサ)、日神・天照大御神が出現(成ります)される。太陽の育む生命力は、殆ど無限に近い。その生命力を受けた天孫天孫邇々藝の命が、地上における生命の営みに、弥栄の祝福を受けて天降られた。
而も人間の食いて生くべき生命の根(稲)は、天照大御神が、高天原において自ら育まれたもの。それを天孫に授けておられる。天孫は、その名も日子穂(ヒコホ)の饒(ニギ)しき神なのである。
我々の祖先(日本人)が生命(いのち)というものをどう理解し、受け止めていたのかを、我々はこの神話を通じて、痛いまでに、心に感じ取ることが出来ると言ってよいだろう。
天皇は、この邇々藝命の直系の御子孫であられる。根底に信仰があることは、申すまでもない。しかし、歴史に明らかな限り、天皇家の系譜、その一系を疑う決定的な証拠はないのである。
日本民族国家の成立は弥生時代、そしてその成長発展は、稲作の普及と軌を一にしている。民族の連合国家が、天皇家の稲作祭祀を国家祭祀として、その統一を維持して来た事実も否定し得ないであろう。
天皇は即位大嘗祭を通じて、生命(いのち)の根源に帰一される営み(その意味体現)を、歴代続けて来られた。神道の信仰視点から見て、国は<神国>、天皇は<神>であられるのが当然、それこそ、我が国の歴史を経た信仰本質の表白に外ならない、と言ってよい。
しかし、戦勝によって、我が国を占領統治した軍政府は、神道のこのような信仰を、軍国主義、超国家主義の温床だと断定し、その廃絶を条件にして、天皇制の存続を認めた。
キリスト教的存在理解に基づく認識、それを中核とする西洋文化圏に育った人間にとっては、或はそれが当然の発想(事実、西洋の東洋侵略はその手法で行われて来た)であったとしても、客観的には、明らかに一文化による他文化の政治的圧殺行為に外ならない。
科学文明の終焉、人間の主体性回復、東洋における生命信仰への憧憬・再評価が、真剣に問われている現代、日本人は、今こそ、自からの文化伝統に生きる価値を自覚し、そのアイデンティティーを確立しなければならないであろう。
2 継承による意味の成就
神道の信仰を構成する中軸要素として、西洋に発する宗教学は、従来、自然崇拝と祖先崇拝とを挙げて来た。これは、キリスト教者が理解するように、<物>に過ぎない自然を神格化し、或は人間をさえ神格化して礼拝するものと規定するのでない限り、(事実日本人は、神でないものを神として礼拝して来たのではない。
そう見るのは、キリスト教流の創造神を、発想の前提とする者に限られている)決して誤りではない。しかしより正確に言えば、この二要素は、原理的に相互に分離独立した信仰であるのではない。記紀以下の古典を見れば明かなように、日本人は、神話に登場する人格神(その多くは、同時に自然神でもある)を祖先神とし、祭祀して来ているからである。
天皇家もまた、その例外ではない。言うまでもなく、皇祖天照大御神は、同時に、自然神(太陽)でもあられるからである。
そこで、今もし、<信仰>が、人間の生命(いのち)、生の営みに対する価値的姿勢、或は意味的認識の表出であるとすれば、我々は疑いもなく、日本の神話を通じて、我々の祖先が、何を価値とし、どのように生きて来たのかを、知ることが出来る、と言ってよい筈である。それが、本稿の主題、天皇信仰、天皇の御存在とどうつながるのか、最後にこの問題を論じておきたい。
我々日本人は、歴史を通じて、いわゆる<自然>の中に神を見て来た。それは、自然に対して、人間の生命(いのち)、その存続に不可欠な、生命(いのち)の営み(働き)を感得して来たからに外ならない。自然は決して、人間と異質な<力>として認識されていたのではない。だからこそ、自然と人間とは、共に神の生みの子であるとする信仰、神話伝承を成立せしめ得たのである。
しかし他方、我々人間個人の生命(いのち)は、我々自身の親たちから直接的には授けられ、かつその生命は、小は家族共同体から始まる各種共同体の存立によっても支えられているのである。日本人のこうした生命(いのち)の存続についての認識は、各種共同体を単位母体とする自然神及び祖先神に対する祭りによって、遺憾なく表明されている。即ち、生命(いのち)を支える根源的な<力>は、三つあると、認識されて来たのである。
更に、次の事実は、特に注意を払う必要があろう。それは、日本人の祖先祭祀が、何を目的とするものであったのか、という点である。今日、最も一般的な認識は、恐らく、仏教流の理解、即ち死者供養のため、ということになろう。祖先(死者)は、煩悩に基づく多くの悪事を為し、或はその業報を受けるべき立場にあるのかも知れない。
煩悩は怨念となって、この世に執着し、或は成仏(浄土往生、久遠の実在に帰一)し得ていない可能性も強い。そうした怨念・業報を断ち、完全に人間の生から解脱させるために行うのが、布施行である。
しかし、大多数の日本人が行って来た死者祭祀は、このような仏教信仰に基づく供養ではない。中心の営みは、むしろ新年の神迎えと同じく、祖霊を迎え、<ハレ>の供膳を共食し、親族と共に、現世の幸せを和楽享受し、弥栄を寿ぐことに在る。即ち、この国における生の営み、その<継承>の確認儀礼だと言いうるのである。
戦後の日本に支配的刹那的享楽主義、人間の生を現世に限定して、それ以上の問いを放棄する姿勢、そしてそれとは裏腹に、死の不安の克服のため、心を常に<超越>或は<来世>に向ける態度。神道が教学を説かぬ故の、現実に対する伝統的な価値観の混乱は、目に余るものがあると言ってよい。
家庭の崩壊が進み、都市社会での共同体喪失が、こうした傾向に拍車をかけている事実も、否定し難いであろう。しかし他方、日本人の文化伝統が、全く失われたとも、することは出来ない。すでに縷説した通り、日本人は、全体生命との<つながり>の中で、自己の生命(いのち)を見詰めて来たのである。
<個>による生命(いのち)の完結など、本来ありもせず、また有りえもしない、というのがその信念であった。神話伝承によると、青人草(人間)の死は、国生みの祖神・伊邪那美大神(伊邪那岐大神によって拒否された死)の呪いによる。皇孫でさえ、大山津見神の祈念を拒否された結果、生命短かき御存在になられたという。
日本人にとって、死は、神々の意志に基づくのである。しかし、その同じ神話は、皇孫(スメミマ)による中津国での営み、青人草の生の営みを治らす御業(ミワザ)が、天地と共に窮りなく、生み成し栄えて行くことを、生成力の神・高御産巣日神と、生命の恵み・天照大御神との言祝ぎによって、予祝されている、とする信仰を伝えている。
個人の生は、時間的・空間的にも限られたものであるが故に、個に生命(いのち)の成就、存在の意味の完結を求めることは、はじめから空しいのである。神道は、人間を共同体の成員として<人間>でありうる、と理解して来た。
親を祀り、親の命(いのち)を受け継いで、次の世代に受け渡す。生命の営みの環、その一環としての自己の自覚と営みに、生命(いのち)の本質、存在の意味の成就を見て来たのである。
天皇(スメラミコト)もまた、民族共同体(それこそ家々の生の営みを支える基軸の力)の祭りを、祖宗の祭りとして、継承して来られた。初代神武天皇が、その即位四年春二月に、「可効祀天神用申大孝」、「祭皇祖天神」玉うたとする『日本書紀』の伝承は、こうした信仰、民族の精神を、余すところなく表現している、と言ってよいだろう。そしてこの信仰こそ、正しく民族国家・日本の文化的自己同一性に外ならないのである。
日本の民族宗教である神道、つまり日本人の生活には、極めて現実に即した価値選択の姿勢が窺われる。それが活力となって、我が国の発展に寄与して来た事実も疑えない。歴史を回顧すると、神道はまた、常に国家的危機の時代に、国民の民族的意識を覚醒させ、文化的自律性、自己回復力として働いて来たように思われる。天皇の御存在が、常にその中心にあったことは、指摘するまでもない。
しかし、この神道が持つ求心力は、個別特殊原理の強調をその本質的性格とする故に、一方、極端に走れば極めて危険な自己破壊力ともなり、他方、普遍的なるものへの強い希求を、同時に内包して来たとも言いえよう。神仏習合をはじめとする多様な神道思想の盛行は、その否定し難い証左である。
しかし、葛藤こそ、普遍的な生の与件であるに外ならない。我々の務めは、動く時代の中で、あるべき限りのわざを為し、皇孫の治(シラ)しにお応えすることなのである。

コメント