法定追認有効説の論理破綻

國體護持(続憲法考)
概念の整理
これまで、占領憲法の効力論として、占領憲法が帝國憲法の改正としては絶対無効であると見解(無効説)の根拠を述べてきたが、ここでもう一度整理し、さらに掘り下げて考へてみる。
法律学は、権利と義務、物権と債権、債権と債務などのやうに、相容れない対立する概念を構築し(峻別の法理)、それをすべての法律事象に当てはめて分類し分析する論理的な学問である。もちろん、ここで議論される、「効力」の有無としての「有効」と「無効」といふ概念も法律学の中心的な概念の一つであることはいふまでもない。
亡尾高朝雄博士は云ふ。「法の妥当的な規範意識内容が、事実の上に実効的に適用されうるといふ『可能性』chanceこそ、法の効力と名づけられるべきものの本質である」と。つまり、一般に「効力」といふものには二つの要素があり、一つは法の「妥当性」、もう一つは「実効性」であり、この双方を満たすのが「有効」、そして、そのいづれかを満たさず又はいづれも満たさないものを「無効」と定義するのである。
従つて、占領憲法が有効か無効かといふ議論(効力論争)は、占領憲法に最高規範としての「憲法」としての「妥当性」があるか否かといふ側面と、さらに、占領憲法はこの「憲法」としての「実効性」を保ち続けてゐるか否かといふ側面とに分解できる。
ところが、これまでの無効説(旧無効説)は、専ら「妥当性」の側面のみで主張されてきた。しかし、ここでいふ無効説(新無効説)とは、「実効性」の側面においてもそれを否定する主張であることが留意されるべきであつて、本章においては、立法行為の有効と無効の概念に関連した概念を明らかにしつつ、この「妥当性」と「実効性」の二つの側面から無効説と有効説の種類と構造を鳥瞰し、有効説の誤謬を背理法などによつて証明することを試みることとする。
不成立、無効、取消
「無効」とは、一旦は外形的(外観的)に成立した(認識し得た)立法行為が、その効力要件(有効要件)を欠くために、当初に意図された法的効果が発生しないことに確定することを言ふ。換言すれば、外形的にはその立法行為(占領憲法)は存在するが、それが所与の内容と異なり、または所定の方式や制限に反し、あるいは内容において保護に値しないものであるが故に、初めからその効力が認められないことである。外形が整へば「成立」するが、その効力が認められないことから、外形すら整つてゐない「不成立」とは異なる。占領憲法が無効であるといふ意味は、帝國憲法第73条の形式的手続を整へて「成立」したとされてゐるものの、「無効」であるとするのであつて、決して「不成立」といふ意味ではない。
民法第96条には「詐欺又ハ強迫ニ因ル意思表示ハ之を取消スコトヲ得」とあり、これは詐欺又は強迫による意思表示であつても一応は「有効(不確定的な有効)」であつて、それを「取消」の意思表示をなすことによつて、行為時に遡つて確定的に無効とするのである。これが「取消しうべき行為」といふ概念である。
これは、英米法における「不当威圧」undue influenceの法理に由来するもので、支配的地位に立つ者がその事実上の勢力を利用して、服従的地位に立つ者の自由な判断の行使を妨げ、後者に不利益な処分または契約をなさしめた場合には、自由恢復の後において、その処分なり契約を取消して無効を主張することができるとされてゐるものである。そして、特に、その詐欺または強迫の程度が著しく自由意思によらない強制下でなされたときは、意思の欠缺となり、その瑕疵の著しさ故に、取消の意思表示やその他の観念の表明を必要とせずに当初から「無効」と評価される。これは、私法理論であるが、およそ社会関係に遍く適用される法理であつて、公法にも適用があることは疑ひはない。
ところで、「取消しうべき行為」は、「瑕疵ある意思表示」であり、後に「取消」によつて遡及的に確定的に無効とすることができるし、あるいは逆に、後述するやうに「追認」することによつて確定的に有効とすることもできる。これは、およそ効力評価において、無効か有効かといふ峻別の法理からして例外に属する範疇である。このやうな概念が定立されるのは、当事者の利益衡量を精緻にすることを目的とする私法固有の事情によるものであつて、私法の中でも団体法において、また、公法においては、法的安定性を重視するため、有効か無効かの二分法による峻別の法理が原則通り適用される。
それゆゑ、占領憲法の効力論争においても、後述するとほり、制定時において、その目的、主体、内容、手続、時期などに瑕疵があれば無効、瑕疵がなければ有効として評価されることになり、「取消しうべき改正行為」といふ概念は成り立たない。現に、この効力論争において「取消説」なるものは存在しないのである。
また、有効説の中には、追認、時効などの私法理論を援用するものがあり、これに対して、これらの普遍的法理を無効説の論拠及び反論として援用することも認められて然るべきものであるから、以下、特段に排除する根拠と理由がない限り、私法理論の普遍的法理を占領憲法の効力論に援用するものとする。
ともあれ、この「無効」とは、無効であることを確定させるための新たな立法行為(占領憲法無効化決議)をしなければならないものではない。法律的、政治的、社会的には無効であることを「確認」する決議(無効宣言決議)をすることは望ましいものの、それをしなければ「無効」が確定しないものでもない。また、占領憲法は無効であるから、占領憲法第96条の「改正条項」の適用はなく、過半数原則による通常の国会決議で充分であることになる。
(略)
追認
これは、「破棄」のところで述べたとほり、私法の領域でいふ「取消」の対極にある概念である。つまり、GHQの強迫により国家の自由意思を抑圧してなされた立法行為(占領憲法の制定)に瑕疵があり、「不確定的に有効」と評価されるものについて、それを将来に向かつて「確定的に有効」であることを承認する行為のことである。つまり、二度と取消をすることができないといふ意味では「取消権の放棄」である。
また、前述したとほり、その瑕疵の程度がさらに著しいときは、「取消しうべき行為」ではなく「無効」であるが、この場合にも「追認」ができるとされてゐる。つまり、「無効行為の追認」である。ただし、「取消しうべき行為の追認」の場合は、行為時(立法時)に遡つて確定的に有効となるのに対し、「無効行為の追認」の場合は、追認時から有効となつて遡及効がないといふ違ひはある。
占領憲法の効力論において、有効説の一種にこの追認を契機とする見解(追認有効説)がある。また、この変形として、民法第125条の法定追認の規定を借用し、追認の意思表示がなされなくとも、追認をなしうる時以後に、占領憲法が有効に存在してゐることを前提とし、占領憲法を踏まへた更なる立法行為や行政行為などの国家の行為がなされたときは、追認したものと看做すといふ見解(法定追認有効説)もある。
しかし、「無効行為の追認」については法定追認の制度自体がないので、法定追認説では、取消うべき行為の追認の場合に限定されることになると思はれるが、追認説では、「取消うべき行為の追認」とするのか「無効行為の追認」とするのかについて明確ではない。
いづれにしても、これらの見解の骨子としては、占領憲法が憲法として無効であつても、将来に向かつて憲法としての適格性があるとして追認すれば、以後は憲法として有効となるとする論理であり、これについては、前章でその批判の概要を述べたが、これらの見解とこれに類似する言説の矛盾についてさらに敷衍する。
(略)
ところで、前述したとほり、追認有効説は、占領憲法を「取消しうべき行為」であるとして追認するのか、あるいは「無効行為」であるとして追認するのかが定かではない。しかし、帝國憲法の改正行為が「取消しうべき行為」であるとするのは、そもそもその根拠に乏しいので、やはり「無効行為」として追認を想定してゐるのであらう。また、法定追認有効説は、おそらく「無効行為の法定追認」を主張するものと思はれるが、無効行為の追認にはそもそも法定追認の規定はなく、類推適用もされない。この法定追認の制度は、取消しうべき行為といふ不確定な法律状態を速やかに解消するために、たとへ追認の意思表示がないとしても、これと同視できる行為や表示があれば、それを追認と看做すことによつて利益衡量を実現するための規定であるから、初めから無効であるものを特段の意思表示もなしに殊更に有効とすることは私的自治の原則に違反し、当事者にとつては不意打ちとなるからである。
このやうに、無効行為の追認を想定して構築された追認有効説や法定追認有効説は、その出発点において論理破綻を来してゐることになる。
上記南出喜久治氏の論文から追認有効説と法定追認有効説の関連部分を整理してみました。
【ポイント1】
追認とは「取消」の対極にある概念である。
追認対象によって2つに区別できる。
●「取消しうべき行為」の追認
⇒「不確定的に有効」と評価されるものについて将来に向かって「確定的に有効」であることを承認する行為。
⇒遡及して有効になる。
●「無効行為」の追認
⇒追認時から有効となる。
⇒遡及しない。
【ポイント2】
追認有効説には2種類ある。
●追認有効説
⇒追認は意思表示に基づく。
●法定追認有効説
⇒私法たる民法125条の考え方を援用し、有効を前提として国家の行為がなされたときは追認したものと看做す。
【ここで整理】
上記の組み合わせにより4つの有効説の可能性パターンが考えられる。
A「取消しうべき行為」の追認有効説
B「取消しうべき行為」の法定追認有効説
C「無効行為」の追認有効説
D「無効行為」の法定追認有効説
しかし、
【ポイント3】
「法定追認有効説」の援用もとの民法125条には「取消しうべき行為」の追認要件が法定されているのであって、「無効行為」の追認については法定追認の制度自体が存在しない。
つまりDはあり得ない。
【ポイント4】
「取消しうべき行為」という概念は私法固有の概念であって公法上では成り立たない。
いい変えればわかりやすい。「取消しうべき憲法改正行為」という概念は成り立たない。
つまりAもBもあり得ない。
残ったのはCだけ!?あれれ?
しかも「法定追認有効説」組は全滅。
結論:法定追認有効説って、
事実に適用する以前に論理内部で既に破綻していて、説としてスタートラインにさえついていません。
ま、ここで述べているようなこと「つべこべ」いわずとも有効論は既に全滅しているけど。
平和条約発効の日をもって法定追認だとよ(笑)
憲法違反と立法行為不存在でも「瑕疵」なんだとよ。
wmv ファイルダウンロードは、こちら 6.97MB
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/DetailωrefShinCode=0100000000000031877444&Action_id=121&Sza_id=A0


コメント