保守の思想と保身の欲望
              似て非なるもの

南出文庫・いはゆる「保守論壇」に問ふ(その二)

(略)

論理と情念との相克
 このやうに、論理学といふのは、法律学などの社会科学が「科学」と呼ばれるための中枢的な学問であつて、これを無視しては成り立つものではないことを、学者は勿論のこと、論議を行ふ全ての者が必ず自覚すべきものである。これについては、左翼は比較的論理に忠実であるが、如何せん民族派は論理を無視し、情念のモノサシのみで判断する者が多いことに本当に驚かされる。

 一方では、「科学」といふ印籠の前に平伏しながら、他方では、情念の優越性、超然性を意識して論理を無視するといふ、ジキルとハイドが共存した二重人格のやうでもある。

 特に、論理を重視すると情念が弱まるとし、情念と論理とは相反するものであるとの驚くべき誤解がある。写真を撮られると魂が吸はれてしまふとする昔の迷信を笑ふことはできない。これでは左翼との討論には絶対に勝てない。論理は、情念の向かふ目的の実現のために駆使すべきものである。

 では、真正伝統保守の立場からすれば、いかなる意味においても占領憲法、占領典範に何らかの効力があると認めることは情念において容認できないとすることが必然のことなのであらうか。論理の結論が情念の方向と一致することは望ましいことではあるが、これが相反する場合にはどうすればよいのかといふ問題である。論理と情念(感情)との相克を解決するにはどうすればよいのかといふことである。

 物事には、感情的にはこれを容認できないとしても、論理的にはこれを容認せざるをえないといふことが起こりうるものである。しかし、感情を一時押し殺して臥薪嘗胆しなければならないこともある。情念に反する論理があつたとしても、それを論理を以て克服し、必ずや皇威宣揚、國體明徴の瑞光を仰き得るといふ信念こそが真正伝統保守の道でなければならない。

 そもそも、論理と情念が一致すること自体が不可欠なことではなく、たとへ結論が情念を満たしたものであつても、その論理が破綻してゐては全く意味がない。旧無効説は、憲法と講和条約が国内法と国際法の領界に位置するものであるといふ認識がなく、憲法を専ら国内法体系に限つて認識する点において致命的な論理性の欠如がある。

 むしろ、世論一般において、無効説と言へば旧無効説しかないと誤解するがゆゑに、その矛盾を指摘されて広く賛同者を得られない状態にある。それゆゑ、新無効説による真正伝統保守の革新運動にとつては、この似て非なるものである旧無効説が最大の桎梏となつてゐると言つても過言ではない。

 このやうな論理と情念の相克は、占領憲法の有効説においても同様のことが見られる。

 まづ、昭和21年10月5日に佐々木惣一が貴族院で帝國憲法改正案に対する反対演説をしたことの評価について考へてみる。当時の状況からして、このやうな反対演説をすることの気概と勇気を絶賛するのが保守論壇の主流であると思はれるが、小生はこれとは全く異なつた見解を持つ。

 けだし、ここでの佐々木演説は、「変更してはならぬ」といふ情念によるものであり、自己の学説によれば「変更できる」といふ論理によるものではない。むしろ、この演説は、佐々木の痛切な懺悔に基づくものと言ふべきであらう。佐々木は、非独立の占領下において、近衛文麿の要請に応じて内大臣御用掛に任命され、近衛とともに憲法改正案の起草にあたり、昭和20年11月24日、「帝国憲法改正ノ必要」といふ改正案を天皇に奉答し、貴族院議員として翌21年から「日本国憲法」の審議に参加したのである。

 非独立の占領下において、憲法改正は許されないことを全く自覚せずして、真つ先駈けて帝國憲法の改正を試みたのが佐々木であり、これは学者としても政治家としても万死に値する誤りを犯したものと言へる。

 「改正が可能であるといふ論理」と「改正を不可とする情念」との矛盾に満ちた葛藤を抱きながら、自らが占領下で改正を行ふ嚆矢となつた立場を恥じて、これまでの軌跡を痛切に懺悔する心で行つた演説であつたと受け止めなければ、このやるせない思ひを拭ひ切れないではないか。これは、まさに「オオカミ少年の悲劇」である。

 また、たとへば、曲がりなりにも伝統保守を掲げて占領憲法の「改正」を叫ぶ者が、新無効説に接したとき、その論理の正当性を認めながらも、感情の帰趨として、新無効説を支持できずに有効説による改正論に頼らざるを得ないとの告白を聞くことが多い。

 その理由は、これまで改正運動を共にし、その指導を受けてきた縁のある先輩や同士に反旗を翻してまで新無効説を支持することができないといふやうな情実の感情、横並びの意識、つまり「私情」によるものであつて、決して憂国の「公心」に基づくものではなく、そこには國體を護持しようとする至誠の片鱗などは全く見られない。これは「保守」の思想ではなく、「保身」の欲望であり、この「私情」の行き着くところは、「伝統」の否定と破壊である。

 そして、その保身の輩が異口同音に発する口実としては、「貴君の心情は解る。道は異なつても志は同じだから、お互いに反目しては利敵行為になるのでこのやうな論争は慎むべきである。」といふものであつて、これこそ私情を以て論理を否定し、真正伝統保守を蔑ろにする獅子身中の虫として真つ先に殲滅させるべき「敵」に他ならない。

 この改正論と同じやうに、占領憲法の有効説である護憲論は、有効であるとする論理において改正論と共通し、感情の方向において対立するにすぎないから、この感情の対立では信仰の世界における教学論争に等しく、議論は果てしなく平行線である。目糞が鼻糞を笑ふが如く、共に沈み行く船の乗組員同士の喧嘩に過ぎない。

国民主権と象徴天皇といふ試金石
 ところで、占領憲法の有効説は、国民主権なる政治原理を珠玉のやうに有り難がる。しかし、それが人非人の思想であることは「國體護持(革命考)」で既に述べた。百人国家の例(「主権論の敗北と海外での復活」参照)で説明したとほり、娑婆に居る者だけが国家の命運を決定できる生殺与奪の権を持ち、祖先を冒涜し子孫を虐げても当然の如く許される。このやうな傲慢不遜の考へを神聖不可侵(絶対性、無謬性)とする思想が国民主権主義といふものである。

 また、この思想が、基督教の国から生まれたのは余りにも皮肉なことである。ローマ帝国の版図となつてゐたユダヤの地で活動してゐたイエスは、ユダヤ教の祭司や官憲らにゲッセマネで捕らへられて最高法院に連れて行かれ、ローマ総督であつたピラトの前に引き出された。ピラトは、イエスに何らの罪も見出せなかつたが、ユダヤ人の群衆に煽られてその圧力に屈し、イエスに十字架刑といふ極刑に処した。これは、ピラトが、大衆の喝采こそ正義であると判断したのであり、これこそが、国民主権主義の源流である。ゴルゴダの丘で磔にしたイエス殺しの思想、それが国民主権の思想である。

 ところで、占領憲法の有効説によれば、「象徴天皇」といふ地位についても、これは「伝統」に則つたものであるとしてこれを是認する見解が驚くほど多い。「昔から天皇は日本の象徴であつた。」とする考へである。

 しかし、多くの人々は、占領憲法の象徴天皇といふ制度がいかに不条理なことであるのかを未だに気づいてゐない。主人(国民)が家来(天皇)を象徴とすることが論理矛盾であるとの自覚がない。信長軍団の象徴として、家臣の秀吉が用ゐてゐる千生瓢箪の馬印を使ふことはあり得ないのではないか。そして、これまでの我が国の歴史において、一度たりとも天皇が臣民(人民)の家臣となつたことはない。それでもこれが伝統の承継であるとする根拠がどこにあるのか。

 軍事占領下の非独立時代に第二の憲法と言はれた皇室の家法である正統典範を廃止され、新たに家臣を拘束するための法律である占領典範が制定された。これは、元和元年(西暦1615年)の禁中并公家諸法度(行幸禁止、拝謁禁止)より厳しい内容であり、帝國憲法における天皇大権は全て剥奪された上、皇族の自治、自律は完全に剥奪され、皇室財産は全て没収され、さらに、皇族の皇籍離脱が強制されるなど、占領典範は明らかに「皇室弾圧法」であり、この象徴天皇の制度は、「傀儡天皇」の制度といふべきものである。

 さらに、「象徴」といふ言葉は、ギリシャ語のシュンボロン(割符)を語源とする訳語であるとされてゐるが、いづれにせよ、象徴とは、何らかの目印となる「物質」を意味するに過ぎない。さうであるならば、天皇を物質扱ひされ、傀儡化されたことをどうして是認することができるといふのか。

 このやうに考へてくれば、戦後保守か伝統保守かを決定づける分水嶺は、この国民主権と象徴天皇をいづれも肯定するか否定するかといふところにあることに気付く。この二つがこれらを分ける主な試金石と言へる。

 そして、これをいづれも肯定する者が真正戦後保守であるが、この輩の中には、真正伝統保守の傾向の強い者を少しでも取り込むために、伝統保守の立場を装ふために保護色や擬態を用ゐるのである。

 それは、第一に、占領憲法の有効説に立ち、その無効宣言をする意志がないのに、いつまでもそれがヘーグ条約違反の押し付けだなどと負け犬のやうな愚痴を言ふことであり、第二に、講和条約第11条の維持説に立ち、その失効(破棄)通告をする意志がないのに、いつまでもそれがアムネスティ条項の原則に違反した押し付けの規定だと愚痴を言ふことである。この二つの愚痴は、いづれも卑怯で臆病な双子の兄弟のやうな関係にあり、戦後保守思想の醜悪さを端的に示すものと言へる。

 けだしく、真正伝統保守としての生き様は、これまで保守論壇においてなされてきた優柔不断な言説を一刀両断に打破する論理的な透徹性があるが故に孤高の険しさを覚悟しなければならないが、たとへ「賢者ひだるし伊達寒し」と揶揄されても、その厳粛なる操守こそが祖先と子孫とをつなぐ悠久の大義を自覚させてくれるのである。



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