日本国憲法の誕生-7/皇室自治・職能代表制

「日本国憲法」無効論 小山常実著 草思社 1995円
5 皇室自治主義と参議院職能代表制案の挫折
皇室自治主義復活の試み
国民主権の明記に続いて、GHQが狙ったのは、全皇室財産を国の財産とすることの明記であった。前述のように、極東委員会は、「日本の新憲法についての基本原則」の中で、「すべての皇室財産は、国の財産であると宣言される」という項目を置いていた。
しかし、皇室財産について規定した「帝国憲法改正案」第84条は、もともとGHQが2月13日に作成した案の翻訳にすぎないものであった。したがって、GHQ側としては、自分のほうから動くことは難しかった。それゆえ、衆議院が第84条の修正を行なおうとしている機会をとらえて、全皇室財産の国有規定を実現していく。
さて、「帝国憲法改正案」第84条は、「世襲財産以外の皇室の財産は、すべて国に属する。皇室財産から生ずる収益は、すべて国庫の収入とし、法律の定める皇室の支出は、予算に計上して国会の決議を経なければならない」と規定していた。
皇室財産については、日本側は、自動車、家具など日常生活に必要とされる私的な私有財産と公的な皇室財産とに大きく二分してとらえていた。さらに公的な皇室財産は、皇位とともに保持されていく宮殿や三種の神器などの世襲財産(hereditary estates)と国有財産とからなっていると理解していた。この三分説は、4月9日のケーディス・入江会談では、ケーディスも認めていた。とこらが、右引用から知られるように、第84条は、国有財産と世襲財産を区別しておきながら、世襲財産から生ずる収入までも国庫に納入する、という矛盾を犯していた。
枢密院審査委員会でも衆議院本会議でも、この矛盾はすでに指摘されていた。7月22日の特別委員会では、原夫次郎と自由党の原健三郎は、ともに、世襲財産の収入を国庫に入れることは天皇の基本的人権を奪うことになる、と主張する。
小委員会に入って、7月31日の第6回の会議で、進歩党の修正案が提案される。これは、「世襲財産及び之れより生ずる収益以外の皇室財産は総べて国に属する。法律の定める皇室の支出は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」というもので、三分説を一貫させ、右の矛盾を解決するものであった。焦点は、「皇室財産から生ずる収益は、すべて国庫の収入とし」の部分を削除したことであるが、8月2日の第8回会議では、社会党だけが賛成を保留する。
社会党の森戸は、「今修正ニナツタモノハ、ドウ云フ事情ガアツテモ貫徹サレル御意向デアリマスカ」(前掲『衆議院帝国憲法改正案委員小委員会速記録』227頁)と述べ、鈴木は「本会議マデ持ツテ行クコトハ確カデスネ、途中デ消エナイデスネ」(同)とまでいう。社会党の二人は、GHQが第84条の修正に反対している以上修正は無理でしょう、といっているのである。
全皇室財産の国有規定
議会の動きに押されて、政府側は、7月23日から3日、第84条の修正についてケーディスに打診している。ケーディスは社会党の予測どおり三度とも難色を示している。三回目の8月6日の会談が終了した後、ホイットニーに呼ばれた入江は、「今問題になっている修正案によれば、皇室財産から生ずる収益を天皇に留保しようとしている。そうだとすると、これは原案に比し、特に天皇の利益を強める案ということになるが、このような修正案は現在の国際的関係を考えると非常に困難な事態を惹起しないものでもない。・・・ここで自分は一案を考えて、これを昨日、日本政府に申し上げてある。それならば結局原案よりも日本政府に有利であり、皇室にとつても有利と思う」(前掲入江『憲法成立の経緯と憲法上の諸問題』372~373頁)と告げられる。
政府側も、いろいろ交渉するが、結局ホイットニー案を受け入れる。政府の意向を受けて、8月16日の第12回小委員会も、進歩党の原夫次郎の提案という形で、ホイットニー案の字句を整えて、「すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、国会の議決を経て予算に計上されなければならない」という修正案を決定する。GHQは、極東委員会の要求どおり、全皇室財産の国有規定を設けることに成功するのである。
採択の事情説明
第12回小委員会では、ホイットニー案を採択せざるをえない事情を、金森憲法改正担当大臣と芦田委員長とが説明している。だが、特に芦田の説明部分のほとんどが英訳にあたって削除されている。削除された発言の中で、芦田は自分の動きについて説明している。
自分限リノ私見デハアリマシタケレドモ、G・H・Qノ「ウィリアムス」ガ来タ時ニ第八十四条ニハ、皇室の費用は、予算に計上して国会の決議を経なければならない」ト云フ箇条ダケヲ残シテ、其ノ他ノ皇室財産ノ処分ノ問題ハ経過規定デアルカラ、是ハ取ツテ差支ヘナイ文句デアルト云フコトヲ話シタ所ガ、此ノ経緯ハ曩ニモ申シタト思ヒマスガ、ソレモ一ツノ考ヘ方デアルカラ帰ツテ直グ上ノ人ニ話シテ見ル、サウシテ明日中ニ返事ヲスル、斯ウ云フコトヲ約束シテ帰ツタ、之ヲ上ノ方ニ話シテ見タ所ガ、何等之ニ対スル回答ヲ「ウィリアムス」ニ与ヘテ呉レナイト云フノデ、今度電話デ委員課ノ方ニ返事ガアツタ、サウ云フ事情フ事情デアルカラ急ニ返事ハ差上ゲラレナイ、斯ウ云ツテ来タ、ソレハ私ノ直接関係シタダケノ事実デアリマスガ(前掲『衆議院帝国憲法改正案委員小委員会速記録』、264頁)
このように、芦田は、第84条から皇室財産の国有云々の前半部分を削除し、皇室費用の予算計上を規定した後半部分だけを残す案を考え、「ウィリアムス」という人に働きかけて失敗したことを伝えている。そして、さらに、発言を続けて、自分が知っている政府側の動きについても説明している。
尚ホ政府ノ方ニ於テモサウ云フ意味ニ於テ可ナリ事務的ノ折衝ヲ続ケラレタト聞イテ居リマスガ、若シ全然削除シテシマフコトガ困難デアルナラバ、セメテ初メノ半分ヲ憲法ノ補則ニ入レテ貰ヒタイ、憲法補則ハ主トシテ経過規定ヲソコニ盛リ上ゲテアルノダツテ、八十四条ノ初メノ半分モ経過規定デアルノデアルカラ、形トシテモ其ノ方ガ宜シイ、ドウカ経過規定トシテ、セメテハ八十四条カラ切離シテ貰ヒタイト云フ案モ持ツテ行カレタト仄聞シテ居ル、然ル所、先方ハ中々其ノ点ニ承諾ヲ肯ジナイ、結局火曜日ノ夜ト記憶シマスガ、総理大臣ガ「マッカーサー」元帥ト直接話ヲシマシタ結果、其ノ目的ヲ貫徹スルコトガ困難デアルト云フ事情ガ分ツテ、是レ以上政府当局ノ力デハドウニモナラヌト云フコトニナツタノダト聞イテ居リマス(同)
芦田によれば、政府側も、できれば皇室財産の国有云々の前半部分を削除したいと考え、経過規定として補則部分に移動させる案を考え、GHQ側に働きかける。吉田首相がマッカーサーと直接話して交渉するが、やはり失敗したとのことである。このように政府と芦田自身の動きを伝えたうえで、芦田は、「すべて皇室財産は、国に属する」を規定した第八四条修正案を採択するしかないだろうと述べて、発言を終えている。
ソレデスカラ、此ノ一週間ニ亙ツテ政府モ議会モ其ノ点ニ付テハ相当ニ努力ヲシタガ、其ノ目的ヲ達シナカツタ、斯ウ云フノガ今日ノ結果デアルノデアリマス、正直ニ申セバ、議会ハ独自ノ権限ニ依ツテ其ノ規定ヲ省クコトガ出来ルト思ヒマス(この部分は、そのまま英訳されている―――引用者)、併シソレヲナシタ後ノ結果ハドウナルカト云フコトヲ考ヘテ見レバ、或は大局ノ為ニ犠牲ヲ忍ンデ、占領軍ノ意向ヲ或ル程度尊重スルコトガ国家ノ為ニ有利デアルカ、有利デナイカト云フ問題ニ帰着シテ居ル訳デス、ソレデドウスルカ、斯ウ云ウコトダト私ハ思フノデス、是ハ私ノ私見デアリマス(同)
芦田委員長が述べていることから知られるように、小委員会の委員たちは、政府側や芦田がGHQに対して働きかけて失敗したということを明確に知らされていた。それゆえ、芦田もその他の小委員会の議員たちも、議会は自由に政府案を修正できるのではなく、あくまでGHQのせまい意向の範囲内でしか修正できないということを十分に知ったうえで、審議に臨んでいたのである。
参議院議員の職能代表制案の挫折
こうして皇室自治主義の試みは失敗に終わるが、日本政府と議会は、さらに、参議院議員の構成方法の問題をめぐっても失敗する。この問題は、前々から、皇室自治の問題とともにGHQと日本側との考えのちがいがもっとも明確な問題であった。もともと政府側は、地域代表議員と職能代表議員で参議院を構成し、衆議院と異なる参議院の特色を出そうと試みていた。地域代表議員は地方議会で選挙母体にして選出し、職能代表議員は各地の商工会議所などを選挙母体にして選出するというものだった(自由党憲法調査会『特別資料十一 日本国憲法の草案について』1954年、25~26頁)。
だが、GHQは、3月4日の徹夜交渉の中でも、すべての議員を全国民からの公選で選ぶことを主張した。その結果、政府提出案第39条①は、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」という案文になった。参議院議員も、衆議院議員のように、全国民からの公選で選任することになったのである。
衆議院も、職能代表議員案を作成しようと試みている。慎重審議のために二院制度をとるならば、参議院議員に衆議院議員と異なる特色をもたせないと意味がないという考えからである。6月25日の衆議院本会議で自由党の北が、26日の本会議で社会党の鈴木が、7月6日の衆議院特別委員会で自由党の神田博が、19日の衆議院特別委員会で社会党の森三樹二が、衆議院議員職能代表制案を述べている。神田は、具体的に「職能団体から推薦した候補者に付て全国民が選挙すると云うようなことは、この39条に反する解釈になるのかどうか」(清水伸『日本国憲法審議録』第三巻、原書房、1976年、150~151頁)と質問している。
この動きを受けて、7月31日の第六回小委員会は、社会党提案にもとづき、職能代表制の可否について話し合っている。しかし、GHQは、職能代表制について反対の意向をもっており、小委員会は、政府側からそのことを知らされていた。進歩党の犬養健は、「関係方面ハ職能代表ト云フ観念ヲドンナ風ニ見テ居ラレマスカ」と質問しているが、これに対して、佐藤達夫法制局次長は、「私共ノ今日マデノ接触ニ於キマシテハ、ソレハ困ルト云フコトナノデス」(前傾『帝国憲法改正案委員小委員会速記録』158頁)と答えている。そのため、第39条①の修正案作りまでは行っていない。
だが、8月16日の第12回小委員会は、付帯決議案を作成し、政府に対して四項目の要求を行っている。その第三項目では参議院の構成について、「参議院は衆議院と均しく国民を代表する選挙せられたる議員を以て組織すとの原則はこれを認むるも、これがために衆議院と重複する如き機関となり終ることは、その存在の意義を没却するものである。政府は須くこの点に留意し、参議院の構成については、努めて社会各部門各職域の知識経験のある者がその議員となるに容易なるよう考慮すべきである」(衆議院事務局編『衆議院帝国憲法改正案委員小委員会速記録「附録」』衆栄会、1995年、40頁)と、述べている。
これは、自由党の付帯決議案を基礎に、各党作成の付帯決議案を種々調整してつくったものである。政府も三大政党も含めて日本側が一致して職能代表制案の考え方をとっていたことは注目されよう。しかし、結局、実現しないまま、今日になでいたっている。そして、付帯決議案で述べられているとおり、参議院は「衆議院と重複する如き機関」となってしまうのである。
日本国憲法の誕生-8/第9条修正ドタバタ劇 へつづく
――――――――――――――――――――――――――――――
もくじ
新無効論概略
新無効論概説・問答編
新無効論の目的・論理概略・現実対処法
新無効論と旧無効論
憲法違反と条約違反 ―― 新無効論と旧無効論
改正?破棄?廃止?無効確認?
大日本帝国憲法75条違反
法律論議以前!事実関係からの無効
日本国憲法の死亡 ―― 有効論への即効解毒剤
日本国憲法の誕生 ―― 日本国憲法は講和条約の限度で有効
日本国憲法改正論の欺瞞
憲法業者のペテンにひっかかるな!
法定追認有効説の論理破綻
追認有効説の変形――事実の規範力
保守の思想と保身の欲望
追認有効説の破綻と自画自賛
改憲派は「保守」派ではない!小山常実
4月28日問題!大東亜戦争はどうやって戦争終結できたの?
護憲派改正論者に告ぐ!
護憲派護憲論と護憲派改正論は蚤の曲芸!
憲法改正とは祖先との協同作業のことである
憲法学者の騙しテクニック
元凶は東大法学部
(1)「君主殺し」を叫ぶ国立国会図書館HP監修者
(2)「君主殺し」を叫ぶ国立国会図書館HP監修者
大日本帝国憲法に殉死・清水澄博士
「祓庭復憲」現行憲法無効宣言
「憲法無効宣言」南出喜久治講演録
橿原の宮のおきて
神聖をもとめる心 ──祭祀の統治への影響──
神の差し替え工作(2-1) 神道神学論考
神の差し替え工作(2-2) 神道神学論考
史上最悪宗教「利を権ることを尊べ!」
「生きていく」と「生かされている」
欽定憲法とは76箇条の御誓文
(動画)大日本帝国憲法とは?
大日本帝国憲法とは何か 3-1 小山常実
大日本帝国憲法とは何か 3-2 小山常実
大日本帝国憲法とは何か 3-3 小山常実
國體の下に 序章
國體の下に 1-1 何が私たちを決めるのか
國體の下に 1-2 何が私たちを決めるのか
國體の下に 2 生きている者だけの天国
國體の下に 3 命と人権を越えるもの
國體の下に 4 憲法の向こうにあるもの
國體の下に 5 すべては國體の下に
戦後の「疚しさ」(1)
戦後の「疚しさ」(2)
再考 皇室典範改正 議論すべき五つの論点 (2-1) 小山常実
再考 皇室典範改正 議論すべき五つの論点 (2-2) 小山常実
チャンネル桜 渡部昇一の大道無門 ゲスト:小山常実(3-1)
チャンネル桜 渡部昇一の大道無門 ゲスト:小山常実(3-2)
チャンネル桜 渡部昇一の大道無門 ゲスト:小山常実(3-3)
日本国憲法の誕生-1/政府草案/松本乙案
日本国憲法の誕生-2/松本乙案≒民間草案
日本国憲法の誕生-3/GHQ案押付プロセス
日本国憲法の誕生-4/ポツダム宣言違反
日本国憲法の誕生-5/GHQ統制帝国議会
日本国憲法の誕生-6/其ノ筋ノ意向「国民主権」
日本国憲法の誕生-7/皇室自治・職能代表制
日本国憲法の誕生-8/第9条修正ドタバタ劇
日本国憲法の誕生-9/占領軍制定無効憲法

「日本国憲法」無効論 小山常実著 草思社 1995円
5 皇室自治主義と参議院職能代表制案の挫折
皇室自治主義復活の試み
国民主権の明記に続いて、GHQが狙ったのは、全皇室財産を国の財産とすることの明記であった。前述のように、極東委員会は、「日本の新憲法についての基本原則」の中で、「すべての皇室財産は、国の財産であると宣言される」という項目を置いていた。
しかし、皇室財産について規定した「帝国憲法改正案」第84条は、もともとGHQが2月13日に作成した案の翻訳にすぎないものであった。したがって、GHQ側としては、自分のほうから動くことは難しかった。それゆえ、衆議院が第84条の修正を行なおうとしている機会をとらえて、全皇室財産の国有規定を実現していく。
さて、「帝国憲法改正案」第84条は、「世襲財産以外の皇室の財産は、すべて国に属する。皇室財産から生ずる収益は、すべて国庫の収入とし、法律の定める皇室の支出は、予算に計上して国会の決議を経なければならない」と規定していた。
皇室財産については、日本側は、自動車、家具など日常生活に必要とされる私的な私有財産と公的な皇室財産とに大きく二分してとらえていた。さらに公的な皇室財産は、皇位とともに保持されていく宮殿や三種の神器などの世襲財産(hereditary estates)と国有財産とからなっていると理解していた。この三分説は、4月9日のケーディス・入江会談では、ケーディスも認めていた。とこらが、右引用から知られるように、第84条は、国有財産と世襲財産を区別しておきながら、世襲財産から生ずる収入までも国庫に納入する、という矛盾を犯していた。
枢密院審査委員会でも衆議院本会議でも、この矛盾はすでに指摘されていた。7月22日の特別委員会では、原夫次郎と自由党の原健三郎は、ともに、世襲財産の収入を国庫に入れることは天皇の基本的人権を奪うことになる、と主張する。
小委員会に入って、7月31日の第6回の会議で、進歩党の修正案が提案される。これは、「世襲財産及び之れより生ずる収益以外の皇室財産は総べて国に属する。法律の定める皇室の支出は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」というもので、三分説を一貫させ、右の矛盾を解決するものであった。焦点は、「皇室財産から生ずる収益は、すべて国庫の収入とし」の部分を削除したことであるが、8月2日の第8回会議では、社会党だけが賛成を保留する。
社会党の森戸は、「今修正ニナツタモノハ、ドウ云フ事情ガアツテモ貫徹サレル御意向デアリマスカ」(前掲『衆議院帝国憲法改正案委員小委員会速記録』227頁)と述べ、鈴木は「本会議マデ持ツテ行クコトハ確カデスネ、途中デ消エナイデスネ」(同)とまでいう。社会党の二人は、GHQが第84条の修正に反対している以上修正は無理でしょう、といっているのである。
全皇室財産の国有規定
議会の動きに押されて、政府側は、7月23日から3日、第84条の修正についてケーディスに打診している。ケーディスは社会党の予測どおり三度とも難色を示している。三回目の8月6日の会談が終了した後、ホイットニーに呼ばれた入江は、「今問題になっている修正案によれば、皇室財産から生ずる収益を天皇に留保しようとしている。そうだとすると、これは原案に比し、特に天皇の利益を強める案ということになるが、このような修正案は現在の国際的関係を考えると非常に困難な事態を惹起しないものでもない。・・・ここで自分は一案を考えて、これを昨日、日本政府に申し上げてある。それならば結局原案よりも日本政府に有利であり、皇室にとつても有利と思う」(前掲入江『憲法成立の経緯と憲法上の諸問題』372~373頁)と告げられる。
政府側も、いろいろ交渉するが、結局ホイットニー案を受け入れる。政府の意向を受けて、8月16日の第12回小委員会も、進歩党の原夫次郎の提案という形で、ホイットニー案の字句を整えて、「すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、国会の議決を経て予算に計上されなければならない」という修正案を決定する。GHQは、極東委員会の要求どおり、全皇室財産の国有規定を設けることに成功するのである。
採択の事情説明
第12回小委員会では、ホイットニー案を採択せざるをえない事情を、金森憲法改正担当大臣と芦田委員長とが説明している。だが、特に芦田の説明部分のほとんどが英訳にあたって削除されている。削除された発言の中で、芦田は自分の動きについて説明している。
自分限リノ私見デハアリマシタケレドモ、G・H・Qノ「ウィリアムス」ガ来タ時ニ第八十四条ニハ、皇室の費用は、予算に計上して国会の決議を経なければならない」ト云フ箇条ダケヲ残シテ、其ノ他ノ皇室財産ノ処分ノ問題ハ経過規定デアルカラ、是ハ取ツテ差支ヘナイ文句デアルト云フコトヲ話シタ所ガ、此ノ経緯ハ曩ニモ申シタト思ヒマスガ、ソレモ一ツノ考ヘ方デアルカラ帰ツテ直グ上ノ人ニ話シテ見ル、サウシテ明日中ニ返事ヲスル、斯ウ云フコトヲ約束シテ帰ツタ、之ヲ上ノ方ニ話シテ見タ所ガ、何等之ニ対スル回答ヲ「ウィリアムス」ニ与ヘテ呉レナイト云フノデ、今度電話デ委員課ノ方ニ返事ガアツタ、サウ云フ事情フ事情デアルカラ急ニ返事ハ差上ゲラレナイ、斯ウ云ツテ来タ、ソレハ私ノ直接関係シタダケノ事実デアリマスガ(前掲『衆議院帝国憲法改正案委員小委員会速記録』、264頁)
このように、芦田は、第84条から皇室財産の国有云々の前半部分を削除し、皇室費用の予算計上を規定した後半部分だけを残す案を考え、「ウィリアムス」という人に働きかけて失敗したことを伝えている。そして、さらに、発言を続けて、自分が知っている政府側の動きについても説明している。
尚ホ政府ノ方ニ於テモサウ云フ意味ニ於テ可ナリ事務的ノ折衝ヲ続ケラレタト聞イテ居リマスガ、若シ全然削除シテシマフコトガ困難デアルナラバ、セメテ初メノ半分ヲ憲法ノ補則ニ入レテ貰ヒタイ、憲法補則ハ主トシテ経過規定ヲソコニ盛リ上ゲテアルノダツテ、八十四条ノ初メノ半分モ経過規定デアルノデアルカラ、形トシテモ其ノ方ガ宜シイ、ドウカ経過規定トシテ、セメテハ八十四条カラ切離シテ貰ヒタイト云フ案モ持ツテ行カレタト仄聞シテ居ル、然ル所、先方ハ中々其ノ点ニ承諾ヲ肯ジナイ、結局火曜日ノ夜ト記憶シマスガ、総理大臣ガ「マッカーサー」元帥ト直接話ヲシマシタ結果、其ノ目的ヲ貫徹スルコトガ困難デアルト云フ事情ガ分ツテ、是レ以上政府当局ノ力デハドウニモナラヌト云フコトニナツタノダト聞イテ居リマス(同)
芦田によれば、政府側も、できれば皇室財産の国有云々の前半部分を削除したいと考え、経過規定として補則部分に移動させる案を考え、GHQ側に働きかける。吉田首相がマッカーサーと直接話して交渉するが、やはり失敗したとのことである。このように政府と芦田自身の動きを伝えたうえで、芦田は、「すべて皇室財産は、国に属する」を規定した第八四条修正案を採択するしかないだろうと述べて、発言を終えている。
ソレデスカラ、此ノ一週間ニ亙ツテ政府モ議会モ其ノ点ニ付テハ相当ニ努力ヲシタガ、其ノ目的ヲ達シナカツタ、斯ウ云フノガ今日ノ結果デアルノデアリマス、正直ニ申セバ、議会ハ独自ノ権限ニ依ツテ其ノ規定ヲ省クコトガ出来ルト思ヒマス(この部分は、そのまま英訳されている―――引用者)、併シソレヲナシタ後ノ結果ハドウナルカト云フコトヲ考ヘテ見レバ、或は大局ノ為ニ犠牲ヲ忍ンデ、占領軍ノ意向ヲ或ル程度尊重スルコトガ国家ノ為ニ有利デアルカ、有利デナイカト云フ問題ニ帰着シテ居ル訳デス、ソレデドウスルカ、斯ウ云ウコトダト私ハ思フノデス、是ハ私ノ私見デアリマス(同)
芦田委員長が述べていることから知られるように、小委員会の委員たちは、政府側や芦田がGHQに対して働きかけて失敗したということを明確に知らされていた。それゆえ、芦田もその他の小委員会の議員たちも、議会は自由に政府案を修正できるのではなく、あくまでGHQのせまい意向の範囲内でしか修正できないということを十分に知ったうえで、審議に臨んでいたのである。
参議院議員の職能代表制案の挫折
こうして皇室自治主義の試みは失敗に終わるが、日本政府と議会は、さらに、参議院議員の構成方法の問題をめぐっても失敗する。この問題は、前々から、皇室自治の問題とともにGHQと日本側との考えのちがいがもっとも明確な問題であった。もともと政府側は、地域代表議員と職能代表議員で参議院を構成し、衆議院と異なる参議院の特色を出そうと試みていた。地域代表議員は地方議会で選挙母体にして選出し、職能代表議員は各地の商工会議所などを選挙母体にして選出するというものだった(自由党憲法調査会『特別資料十一 日本国憲法の草案について』1954年、25~26頁)。
だが、GHQは、3月4日の徹夜交渉の中でも、すべての議員を全国民からの公選で選ぶことを主張した。その結果、政府提出案第39条①は、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」という案文になった。参議院議員も、衆議院議員のように、全国民からの公選で選任することになったのである。
衆議院も、職能代表議員案を作成しようと試みている。慎重審議のために二院制度をとるならば、参議院議員に衆議院議員と異なる特色をもたせないと意味がないという考えからである。6月25日の衆議院本会議で自由党の北が、26日の本会議で社会党の鈴木が、7月6日の衆議院特別委員会で自由党の神田博が、19日の衆議院特別委員会で社会党の森三樹二が、衆議院議員職能代表制案を述べている。神田は、具体的に「職能団体から推薦した候補者に付て全国民が選挙すると云うようなことは、この39条に反する解釈になるのかどうか」(清水伸『日本国憲法審議録』第三巻、原書房、1976年、150~151頁)と質問している。
この動きを受けて、7月31日の第六回小委員会は、社会党提案にもとづき、職能代表制の可否について話し合っている。しかし、GHQは、職能代表制について反対の意向をもっており、小委員会は、政府側からそのことを知らされていた。進歩党の犬養健は、「関係方面ハ職能代表ト云フ観念ヲドンナ風ニ見テ居ラレマスカ」と質問しているが、これに対して、佐藤達夫法制局次長は、「私共ノ今日マデノ接触ニ於キマシテハ、ソレハ困ルト云フコトナノデス」(前傾『帝国憲法改正案委員小委員会速記録』158頁)と答えている。そのため、第39条①の修正案作りまでは行っていない。
だが、8月16日の第12回小委員会は、付帯決議案を作成し、政府に対して四項目の要求を行っている。その第三項目では参議院の構成について、「参議院は衆議院と均しく国民を代表する選挙せられたる議員を以て組織すとの原則はこれを認むるも、これがために衆議院と重複する如き機関となり終ることは、その存在の意義を没却するものである。政府は須くこの点に留意し、参議院の構成については、努めて社会各部門各職域の知識経験のある者がその議員となるに容易なるよう考慮すべきである」(衆議院事務局編『衆議院帝国憲法改正案委員小委員会速記録「附録」』衆栄会、1995年、40頁)と、述べている。
これは、自由党の付帯決議案を基礎に、各党作成の付帯決議案を種々調整してつくったものである。政府も三大政党も含めて日本側が一致して職能代表制案の考え方をとっていたことは注目されよう。しかし、結局、実現しないまま、今日になでいたっている。そして、付帯決議案で述べられているとおり、参議院は「衆議院と重複する如き機関」となってしまうのである。
日本国憲法の誕生-8/第9条修正ドタバタ劇 へつづく
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もくじ
新無効論概略
新無効論概説・問答編
新無効論の目的・論理概略・現実対処法
新無効論と旧無効論
憲法違反と条約違反 ―― 新無効論と旧無効論
改正?破棄?廃止?無効確認?
大日本帝国憲法75条違反
法律論議以前!事実関係からの無効
日本国憲法の死亡 ―― 有効論への即効解毒剤
日本国憲法の誕生 ―― 日本国憲法は講和条約の限度で有効
日本国憲法改正論の欺瞞
憲法業者のペテンにひっかかるな!
法定追認有効説の論理破綻
追認有効説の変形――事実の規範力
保守の思想と保身の欲望
追認有効説の破綻と自画自賛
改憲派は「保守」派ではない!小山常実
4月28日問題!大東亜戦争はどうやって戦争終結できたの?
護憲派改正論者に告ぐ!
護憲派護憲論と護憲派改正論は蚤の曲芸!
憲法改正とは祖先との協同作業のことである
憲法学者の騙しテクニック
元凶は東大法学部
(1)「君主殺し」を叫ぶ国立国会図書館HP監修者
(2)「君主殺し」を叫ぶ国立国会図書館HP監修者
大日本帝国憲法に殉死・清水澄博士
「祓庭復憲」現行憲法無効宣言
「憲法無効宣言」南出喜久治講演録
橿原の宮のおきて
神聖をもとめる心 ──祭祀の統治への影響──
神の差し替え工作(2-1) 神道神学論考
神の差し替え工作(2-2) 神道神学論考
史上最悪宗教「利を権ることを尊べ!」
「生きていく」と「生かされている」
欽定憲法とは76箇条の御誓文
(動画)大日本帝国憲法とは?
大日本帝国憲法とは何か 3-1 小山常実
大日本帝国憲法とは何か 3-2 小山常実
大日本帝国憲法とは何か 3-3 小山常実
國體の下に 序章
國體の下に 1-1 何が私たちを決めるのか
國體の下に 1-2 何が私たちを決めるのか
國體の下に 2 生きている者だけの天国
國體の下に 3 命と人権を越えるもの
國體の下に 4 憲法の向こうにあるもの
國體の下に 5 すべては國體の下に
戦後の「疚しさ」(1)
戦後の「疚しさ」(2)
再考 皇室典範改正 議論すべき五つの論点 (2-1) 小山常実
再考 皇室典範改正 議論すべき五つの論点 (2-2) 小山常実
チャンネル桜 渡部昇一の大道無門 ゲスト:小山常実(3-1)
チャンネル桜 渡部昇一の大道無門 ゲスト:小山常実(3-2)
チャンネル桜 渡部昇一の大道無門 ゲスト:小山常実(3-3)
日本国憲法の誕生-1/政府草案/松本乙案
日本国憲法の誕生-2/松本乙案≒民間草案
日本国憲法の誕生-3/GHQ案押付プロセス
日本国憲法の誕生-4/ポツダム宣言違反
日本国憲法の誕生-5/GHQ統制帝国議会
日本国憲法の誕生-6/其ノ筋ノ意向「国民主権」
日本国憲法の誕生-7/皇室自治・職能代表制
日本国憲法の誕生-8/第9条修正ドタバタ劇
日本国憲法の誕生-9/占領軍制定無効憲法

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