現行憲法と皇室典範


平成17年4月3日
名古屋講演


続きまして第二部に入らせていただきます。
講師、憲法学者 南出喜久治先生 による「現行憲法と皇室典範」に入ります。
南出喜久治先生は昭和56年司法試験に合格なされ59年大阪弁護士会に登録、現在は京都市弁護士会に所属され訴訟活動としては暴対法指定処分取り消し訴訟、謝罪決議違憲訴訟、NHK衛星放送等請求訴訟等の原告代理人を努められ現在憲法学会会員、日韓文化協会評議員等を務められ主な著書には「日本国家構造論・自立再生への道」「現行憲法無効論」等が御座います。憲法学者の立場から矛盾と虚構の現行憲法が皇室典範にあたえた影響をわかりやすく解説していただきます。それでは南出喜久治先生よろしくお願いいたします。






みなさん、こんにちは。
今、水島さんの方から戦後メディアの関係を色々お話しいただきました。私も非常に示唆に富んだお話でそこの袖で聴いておりました。この戦後メディア・・・ひとつ私なりに付け加えさせていただくと、占領下でいわゆる日本新聞協会という社団法人が出来てるんですね。

これはいかにも綱領等をみると民主主義的新聞ということでね、非常にその言論を保障し自由と民主主義を守るようなそういう風になってますが、これはむしろGHQの占領下において作られたという歴史的過程からするとね、つまりプレスコード当時のGHQの行っておった言論統制それを、いわゆる直接統制ではなくって間接統制に切り替える、そういう社団法人を占領下で立ち上げました。

そしてその中に今現在マスメディアとされているすべての言論機関NHKを含みます。この新聞協会と言いますけれども現在ではラジオ局テレビ局全部入ってます。そして間接統制的にプレスコードを遵守した団体として現在も存続してます。

これが基本的には記者クラブ制度に支えられて、いわゆるメディアのギルド制を確立させている。つまりその中で現行憲法なり、現行憲法がですね、GHQ草案によってつくられたということを報道してはならないだとか、あるいはシナとか朝鮮韓国に対して批判をしてはならないとか、そういう言論統制がずっとされておった団体がまさにこの日本新聞協会という団体なんです。

今のたとえば水島さんらの考え方というのは、まあ、結局こういう間接統制の中から脱却して行ってより自由ですくなくとも真相を語るメディアとして生まれ変わろうという考え方です。ですからこういうメディアの戦後の状況というのは、いまだに占領体制がつづいておる、そういうことなんです。

そして今日みなさんにお話する憲法と皇室典範の関係もしかり、まさに憲法もこの占領下で生まれましたし、戦後の皇室典範もこの占領下で生まれました。すべてが占領下で生まれているものが現在に通じておるというのが実状なのですね。

憲法のことは過去3回にわたってみなさんに色々お話してますので今日はウエイトをですね皇室典範の方にシフトしてお話したいと思いますけれども、まず、皇室典範という言葉これは皇室法と呼ばずにわざわざ戦後においても皇室典範という言いかたをしてますが、まぎれもなく法律です。ところが戦前といいますか、つまり帝国憲法下においては、これも皇室典範というのが存在しました。

ところが現在の皇室典範と戦前の皇室典範とは全く性質がちがいます。おなじ名前の皇室典範ですけれども、名前は皇室典範で同じですけれども全く性質がちがいます。

戦前における皇室典範といいますのは、これは帝国憲法と、いわゆる二元性といいまして憲法と同じレベル、つまり双方が最高法規であってお互いに、憲法によって皇室典範が干渉されることが無いし、皇室典範によって憲法が干渉されることがない、消極的二元主義といいますけれどもそういう性質のものでした。

どうしてかと言いますと、皇室典範といいますのは皇室の家法、つまり家の法律なわけです。性質はね。そうすると、皇室の法をだれが決めるのか、皇室の自治、皇室の内容あるいは皇位継承の問題、宮家の創設、いろんな問題がありますけれども、それはだれが決めるかというと

伝統的にこれは皇室が決めておったわけで

帝国憲法下において憲法によって影響されるということはありえなかったわけです。

ですから、憲法にもそうですし、皇室典範にもお互いがいわば干渉しあわないという法律の規定になっておったわけです。

ところが、現在どうなっておるかと・・・・、
現在は皇室典範は現行憲法と称する占領統治法のさらにその下、法律という地位にあまんじておるわけです。

過去の正統性のある皇室典範というのは廃止されてですね、法律になってしまった。

皇室がですね、

どうして戦前戦後においてこのようなあつかいを受けることになるのか皇室の責任ではない、戦争を始めたことも、負けたこともけっして皇室の責任ではない。


にもかかわらずあたかも皇室がすべての責任をとったがごとく
自らの地位をですね法律にゆだねてしまう。

それを勝手にGHQが行ってしまった、これが現状なんです。現在女帝がどうだとか、こうだとか、いろんな様々な非常に瑣末な議論がされてますけれども、

この根本はどこにあるかというと、皇室の自治法つまり皇室がみずから定めるべき法、法というか皇室の内部規範ですね、これを国民主権という名のもとに国会が決めてしまう。生殺与奪の権を国民が握っている。どうして、なんのために、なんの目的で、国会がですね皇室典範を決めて・・・・

唯一憲法で決まっているのは、現行憲法ですよ、現行憲法の1条に、1条から何条かにありましたけれども皇位は世襲のものであってというのが2条だか3条だったかありますよね。

世襲以外は一切法律が決めるわけです。そういうことをどうして許したのか・・・・。
これは憲法がまったく無効だという議論と同じように、

われわれはこの現行の法律としての皇室典範それ自体を無効であるということを言わないかぎり、この日本の再生というのはありえないという風に私は確信しております。

現にこの現行憲法の1条にどういう風に書いてあるか。これはですね、みなさんお手元にある資料を読んでもらいたいんですが、「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であってその地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」というように規定されています。ところがこれが皇位は世襲のものであってというのが2条以下に書いてあるわけですね。世襲ということと国民の総意に基づくという意味とは相矛盾することになるわけです。

たとえば皇室の自治においてたとえば皇位継承者を誰彼誰々にするというように決めたときに国民の総意によってそれをノーといえるということになる。そうするといったい世襲制というのは守られるのか?皇位というのは、話せばきりがないのですけれども単なる世襲ではないんです。

この皇統というのは日嗣の皇子(ひつぎのみこ)の承継ということですから、単なる血統だけではなくって天照大神からの霊統というのが基軸に存在する。


それをただ世襲であるとか国民の総意に基づくというような話というのは、これは、これはまさにGHQが皇室解体のために作った憲法であって・・・・・・。

みなさん、その、すぐに象徴制、象徴天皇制が戦前においても戦後においても同じだから象徴天皇制が正しいんだという風におっしゃっているけれども、

今現在本当に象徴天皇制なんですか?ちがうでしょう?


私たちからみれば、

あれは単なる傀儡天皇制であって、

つまり象徴っていうのは平和のシンボルは何なんだとかね、あるいはモノを象徴というんです。生身のからだ、それぞれの人格をもっているひとが象徴となると、その象徴の人の人格を否定しないかぎり象徴にはならない。

象徴がものを言ったり、ものを考えたり、ものを発言したりすることによって影響が出る。だから象徴にはいっさい発言は許さないという制度が象徴天皇制なんですよ。

だから象徴天皇制は国民の側から、つまり天皇というのを排除する側からみれば非常に都合のよい統治スタイルですけれども皇統、皇室の立場からみればまったくこれは皇室を虐待というか非常に不遜なことであって、それを

いまだに象徴天皇制だと言って喜んでおるということは、もうそろそろ目を覚ましてもいい頃に来てるんじゃないかと。


もともとそのね、国民の総意に基づくという考え方はどこから来たかというと、ルーツはイギリスにあるんですけれども、これはあの、ホッブスという人の名前聞いたことあるでしょ。ホッブスだとかジョンロックという、これはどういう考え方をした人かというと、これは一言でいうと契約説といいますかね、いわゆる社会契約説というように言われてるんですけれどももっと簡単に言うとどういうことかというと伝統とか歴史というものを完全に否定する考え方なんです。

伝統文化というものの、つまり世襲というものあるいは伝統の相続、一番大事なことは相続を否定すること。

これはあのう、王位継承法というのがイギリスでありました、西暦でいうと18世紀の初頭1701年頃、ここで何がおこなわれたかというとホッブスとかジョンロックとかの言う考え方を完全に否定してですね、つまり主権概念だとか契約説というもの一切排除して「すべては相続される」「自由とか平等という国民の権利、これも相続される」

・・・・・・・・よく天賦人権論なんていいましてね、いわゆる神さんがあたえてくれた人権なんだという考え方を採る考え方があります。

これはまさにルーツは何かというとホッブスとかジョンロックの考え方なんです。神さんから与えてもらうものだから別に歴史伝統はいらんわけです。オギャーと生まれたらその人は神さんから人権をあたえられ自由を与えられるわけです。
生まれてくるたびにそれが繰り返されるから別に相続の関係、がいたから、祖先がいたから、だから我々は自由が与えられているんだということではないんです。


で、もともとイギリスのいわゆる保守主義の考え方というのは王権をだんだんと制限して行った、王権を制限していくことによって自由を勝ち得て来たという歴史なんです。これは日本の伝統とはちがうんですよ。ちがうんですが。

日本に参考にすべきことは何かと言いますと、王権、王の地位の承継もそれから国民に与えられた自由とか権利とかこういうものもすべて相続される。

があり祖先があり、今、自由を得たからその遺産として承継していくんだと・・・・・
我々は木の股から生まれたのではない。
親が居り、その親にも親がおり、ずうっと祖先がある。だからその人達の偉大な功績によって受け継いできた自由があり権利があって、はじめて我々に自由と権利がある。



そういう考え方がイギリスの伝統的な保守思想なんです。

我々はある意味ではそれを見習わなければならないのであって、そういう考え方をして来たバークとかコーグとかいう人達の考え方というのを本来のイギリスの伝統保守の考え方の中から我々も学ぶ必要があるのであってね。

その主権論だとかあるいはその契約説つまり国家と個人とが契約するんだというような考え方ね、そういうような考え方によって伝統とか文化とかいうものを否定してしまうようなホッブスとかジョンロックの考え方、これがフランス革命に行ってルソーの考え方になったわけですから、我々がこれから敵対すべきことはルソー主義なんですよ。

ルソー主義と敵対しなければ夫婦別姓の考え方も色んな考え方も、これらは歴史とか伝統とかすべてを否定するところからスタートしますから、いまでは共産主義とかそういう問題ではない。共産主義もルソー主義のなれのはてですから一番大事なことは今、反共と言えばいいように思っている人はそろそろ居なくなっていると思うけれども反共以上に考えなければならないのは反ルソーであり反ホッブスであり反ジョンロックなんですよ。

この考え方を打破していかなければ絶対に我々の本来の伝統思想というものは生まれてこない。再生しない。そういうことを我々としては意識していく必要があるだろうというように思います。

えー、もともとですね。こういう政治思想こういう政治哲学こういう風なものというのはどうも日本人はピンとこないし、いままでフランスの思想だとかイギリスの思想だとかいうことを言えば、「あっ、そんなもんだなあ」「あっ、そういうもんかなあ」・・・・・いままでの大学の勉強もですね全部は比較法学つまりイギリスの歴史はどうだったか法制、法制度はどうであったか、フランスの法制度はどうであったかとかいうふうなことだけをずーと比較してって、そして日本に無理やりあてはめようとする。

つまり本来ならば日本人は日本人なりに歴史文化伝統があったわけだからそれに基づいて自分なりの考え方、自分なりの正しい道というものを見付ければいいのに・・・・、そら、諸外国の例を参考にするというならいいんですけどね。ですけど、いかにもそのう権威づける。

で、ほとんどの明治期もそうですけど、外国の文献を翻訳してそしてそれに講釈を書くようなものを書けば博士論文を○△◇とかね。あるいは大学教授に。なんかこう、外国語をきちっとマスターして外国の翻訳をしてその法制度を研究してそれを日本との比較において論述すれば学者になれた。

ところがその日本のたとえば伝統とか文化を一所懸命勉強して、そういう学部は別としてもね、

とくにそういう法学部においては、まったくそういう考え方がなかって、日本固有の研究をして日本固有の法制史を勉強してそして日本の本来あるべきものを、ひとつの論理立てをしてって説明していこうという観点が全くない。

むかしから日本はシナからあるいはヨーロッパから、そういう知識を得てそれを日本なりに解釈してって日本なりに適応していく技術のうえでは非常にすばらしいんですけれども法制史あるいは法のそういう理念とかそういうものに関しては全くその独自性がない。

そういう状況の中でずーっと戦前戦後歩んできた。ヨーロッパに欧米に追いつけ追い越せってことからかまあ、日本の国是になってしまって、それのモノマネをして行く、そういう中でそれが進歩だそれが文明開化なんだという歴史の中で育まれてきた学術というものがいよいよ限界に来ている。

今回の皇室典範に関する議論もそうです。えー。自立再生会のhpでも私の論文を載せさせてもらっているので繰り返し同じ話をするつもりはありませんけれども基本的にはこの皇室典範さきほどお話したように「本来の皇室典範がどうあるべきか」ということをよっぽどよく考えてみないと我々国民がああでもないこうでもないと言うことがはたして当然のように皆さん思うかもしれないけれどもそうではない。

たとえばですよ。民法という法律があります。民法という法律の中でたとえばですね、夫婦の財産においては夫婦別産制といいましてね、夫の財産と妻の財産は別だということにっておる。これもホント言ったらおかしい話でね、夫婦共産制つまり夫婦は一体のものだ、夫婦家族は一体のものだ、財産というものは一体のもので切り離されたものではない、夫の財産は妻の為にあり妻のもまた夫の為にある、子供もそうだ。

つまり家族主義というものを解体していく過程の中で、つまりそれはGHQの家族攻勢がまさに夫婦別産制にしてですね、親子をどんどんどんどんと核家族化していく、そういう風な中で生まれているわけです。ところがね夫婦のあいだ、あるいは家の中で取り決めをする、このまえあのう、堤・・・コクドの堤さんの関係で家憲というのが堤安二郎さんの家憲というやつが話題になったけれども、あれをみてマスコミは笑うんだけれども、本来、家憲というものがあっていいじゃないですか。

家の伝統的な成り立ちそれがその内容の善し悪しは色々あると思う。だけど家には家の一家なら一家なりのやっぱりキマリってものがあってそれがずーっと伝承していく、そういうものがあっていいじゃないですか?それを当然のように認めるのがイギリスなんですよね。だから世襲して行く。世襲こそがすべてなんだという考え方を採るわけです。

ところが先ほど言ったような、われわれが個々の家ですら今、夫婦別産制で夫婦間契約が無効だとされている・・・ちょっとむつかしい話ですけれども、夫婦が離婚状態になるまでの間に取り決めたことは一切無効なんです。法的効力もないとするわけです。

つまり家憲を禁止しているわけです今の民法典は。そういう考え方から皇室も同じように憲法で決めて皇室の自治に一切ゆだねない。皇室をがんじがらめに今の現行皇室典範で縛りあげる。そういう思想になってしまっているわけです。

それは何かというとすべてが
国民主権主義という妄想
の中から生まれるわけです。どうしてこの国民主権というのが妄想かというのを少しお話します。まずね、主権という概念はどこから出てきたかということですけれども、これもルーツは全部イギリスから出てきます。

さっきのホッブスだとかジョンロックのあたりの思想から出てきます。もともとどういう論争だったかというとホッブスはこう言うたんです。その当時主権概念、つまり一番大きな権力をもっているのは何かといえば国王なんですよね。ところが、エドワードコークという人が居って、これはまあ、あの、イギリスの国会議員などして・・・・した人なんですけどもコークという人がどういうことを言ったかというと、ホッブスとの論争の中でね、つまり

イギリスには伝統的に王位も継承して行くとともに我々の家も継承して行く、その宗家として王家があるんだと、だから王家が存続するということは我々の家も存続して行くんだと、そういう世襲というものが相続というものが我々の自由も権利も平等というすべてのものも、すべての勝ち得たものはすべて相続して行くんだ、という考え方の中で出てきていますから、その考え方をなんていうかといいますとそれはコモンローという世界なんですけれどもね、コモンローというものがある、それは「普遍の法律であって永遠の真理である」というのをコモンローというです。その永遠の真理に支配されているんだと。王といえども我々国民といえどもすべてコモンローというものに支配されているということを言い切るわけです。

これは我々の日本の状況からいえば、まさに日本の国柄、国体これによって支配されている我々は・・・・・
その考え方と共通するわけです。

エドワードコークという人はホッブスとの間で何を言ったかというと、
王といえどもコモンローの支配下にある」、

私が言う

天皇といえども国体のもとにある

という

法律といえども、国民といえども国体のもとにある


と言っているのと同じ意味で

国王といえどもコモンローのもとにある

ということを言い切ったわけです。

で、それに対してホッブスは何を言ったかというと、

国王にオールマイティーの主権をあたえるべきだ

・・・・・・・ここから、始まったのです。

主権というのは、あのう、法律の本を読んだり解説してもらうと眠たくなるんで簡単に言いますとね、オールマイティーの権力だという風に考えてください。絶対にあやまっていないし絶対的に無制限で一切制約されない、そして永久のものである。まあ、いわば絶対神神の存在ね、その神の存在を王が王様が持つのか国民が持つのかという議論になってしまったわけです。

当時は王様に主権をあたえると、いやそんな大きなオールマイティーの神に代置できるような神と同視できるような生殺与奪の権を国王にあたえるわけにはいかない、国王といえどもやはり我々と話し合いによって得てきた権利と自由がある、それを守ってもらわなければならない、王権にも制約があるんだという考え方とまったく両極端になったわけですね。

そしてイギリスは最終的には、まあ、これはイギリスの話しても仕方ないですけれども、権利章典の中で、権利章典と王位継承法の中で「王権というのは制約される」そして自由と平等が世襲する権利なり相続する権利なり相続する義務もあるんだというようにうたって主権概念を排除したんです。
ここにイギリスのまあ賢明さというのがあったんです。

ところがこのホッブスの考え方がずーっと伝統的に、まあヨーロッパに渡ってフランス革命に行ってルソーの考え方にもなっていった、で、主権概念がよみがえった。この主権というのは何かというと、結局一切の制約もないし、一切のあやまりがないとすることなんですよね。

ところがそのときにも矛盾があった。どういう矛盾かというと、もし主権が、国民に主権があるという考え方をもし採るとするならばね、あるいは国王に主権があるというような考え方を採るというならば自己矛盾が起こるわけです。

ここは、よーく聴いてくださいよ。仮に国民主権ということに例をあげましょうか。
国民に主権が存在する。
どういうことかというと、国民は一切のこと、つまり神の地位に昇るわけです。国民全体がね。神の地位に昇って、一切あやまらないし、つまり、間違いを起こさないし、一切その決断において制約がない。

ところが、日本国憲法に書いてある基本的人権の尊重主義だとかね、あるいは国民主権主義だとか絶対平和主義だとか、なにか知らないけどなにかそんなことが学者の間では説明されるよね。ところが基本的人権尊重主義というけれども国民主権主義を前面に押し出したら国民の名のもとに基本的人権は制約できるでしょ?

国会で、つまり国民主権の集約間接民主制によって国会が、これは国民の代表だから、国民主権つまり主権の主体者だから、国民が国民の名のもとに国民の権利義務を制約できるわけでしょ。そしたら基本的人権を否定しようとするのも主権者の意思であれば制約出来るということになってしまう。
これは明らかに論理矛盾なんです。

だから国民主権主義をいう人に、もし、みなさんがね、今度学者の連中に訊いてみてください。国民主権というものが絶対的なものなんですかと、もしそれが普遍の真実ならば国民主権というのは国民が総意によって、あるいは多数決原理によって決められると、

どんなことでも決められる、

そういうことでしょ?

それが主権ですから、もし主権がいや基本的人権の制約が出来ないんだということになると主権ではなくなる・・・・・絶対権力ではなくなる。だから、そこに学者のいわば矛盾とごまかしがある。だからもし国民主権主義が、これは普遍の真理だという学者に対して、みなさん素人でもいいんですから素朴に質問を投げかけてみてください。

もしそうならば、国民主権に基づいて一切のものを否定することが出来るんですかと、基本的人権が一切ないとか、あるいは奴隷制を復活してもよいだとか、人を殺してもいんですかということを、人を殺してもいんだと、差別を肯定してもいいし人を殺してもいいというようなたとえば法律を国民主権の名のもとに決められるという、つまり、これがですね、一番おそろしいホッブスとかジョンロックとかルソーのいうところの法実証主義の、実証法学の一番危険なところなんです。

法律で決めて何でもできる。法律に書いてないことは法律ではない。

文化とか伝統とかいうのは法律に書いてないからこれは法律ではない。

法律に書いたもの文章で書いたもののみが法律である。いう考え方に行ってしまう。

憲法が変えられなくっても法律でなんぼでも規定が出来るということになってしまう。
えらい長くなりましたけれども一応時間の制約がありますので、この程度にさせていただいてあとはまた第3部ということでみなさんにまた聴いていただきたいと思います。どうも、ご静聴ありがとうございました。


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