現行憲法と皇室典範 南出喜久治 からのつづき
現行憲法と皇室典範 ディベート 1
それでは定刻となりましたので、第3部ディベートに入ります。
ディベートにおきましては国際ディベート学会会長 松本道弘先生にディベートの進め方を説明していただき、水島、南出両先生の参加によるマスメディア・憲法論議を繰り広げていただきます。
ディベートとはテーマに沿った啓蒙を制約された時間の中で説明するものですが松本先生曰く知的武道とのことです。
礼節を重んじる日本人にとってディベートを学ぶことは大切ではないでしょうか。それでは松本道弘先生、水島、南出両先生よろしくお願いいたします。
* * * *
(松本道弘)
ただいまご紹介にあずかりました松本道弘です。えー。ディベートということで突如先ほど呼ばれましてですね。いささか戸惑っておるんですが。
今日、こう、両先生方のお話を伺ってまして、どういうテーマでディベートすればいいのか、考えておりましてね、ふと考えましたのは、共通点からいきますとね
どちらもブルーの世界なんです。
普通日本人がアオといいますとですね英語ではブルーかグリーン、まったくちがうんですね。
光、色の三原色の中でアオといえばブルーとグリーン。これは対立する色なんですけど、日本においてはこれは同じように考えられておりますね。
青信号といえばグリーン・・・という、えー、韓国中国ではミドリ信号になりまして完全に分けられているんですけれども、日本ではね、どうしても一緒になる、で、これをおなじアオと言ってもブルーとグリーンというのは相反するものを引き剥がすというのがディベートなんですね。これを一緒のようにやるというのはこれは腹芸なんですね。
日本の歴史みますとアオが中心にあってミドリが下にきたら皇室・朝廷が強いときなんですね。降下、これはマリンダウン、英語のほうが簡単ですね。それから今度は民間から朝廷にあがっていくのはマリンアップというアップがブルーなんですね。ブルーの中にグリーンがあったと。これが日本の歴史だったんですねえ。
でブルーとグリーンがバランスがとれているうちは治世、これのバランスがくずれると乱世っていうことになるんですね、で日本の場合はブルーが今グリーンに変わってきたっていうのが今の一番大きな問題なんですね。
昨日も実は白川公園の科学館に行きました。10歳の子供とね。・・・・・光る動物ってのをみてきました・・・・海ホタル、これは突如アオに色が変わるんですね。なぜかと訊きますとね。海で光る発光体というのはアオ、ブルーなんですね。自分の身を守るときにですねブルーをだすんですよね。だからその青い色を出すというホタルが同時一斉に発光するとうね、敵から身を守るというね、どんな生命体でもかならず身を守るというねポリオディフェンスメカニズムってのがあるんですけどね。
それが日本の場合には発光機が壊されちゃったんだねえ。ずっとむかしからあったのを国体とか、私はこれを道という言葉をつかうんですけどね。占領軍が道という言葉は危険だというわけで神道指令とともに握りつぶされてしまって、ずっとつながってきたひとつの命、この連綿とつながってきた発想を英語でいうとツーブルーっていうんですがツルーの本当のミドリってのはしつがんの誉れっていうんですかねアイパオってのがずーっとつながっているんです。
私も今年は哲学、日本の原点にもどりたいと思ってシャツもアオにしましてね、青にこだわってきているんですけれども、それが戦後になりますと今度はミドリが中心になってアオがその中に閉じ込められてしまったんですね。それだけのちがいがあります。
えー。法律・・・主権という話もありました・・・・・主権というのもこれはミドリですね。ミドリっていうのはこれはころころ変わるんですよ。だから絶対ってのは本来相容れないものなんですね。ぜんぜん変わらないのはブルーですね。ツーブルーってのは、ずーっと透明であって非常に遠くにあって深いものがアオであって変わらない生き物でね。
えー、ミドリってのは非常にこの、人権ということで愛しますから嫉妬とか憎しみとというのはこれを正当化するものでありましてね。えー、本来アオとブルーとグリーンという対立しているんだけども日本ではごちゃまぜになってるから議論がなかなかできないんですよ。
だから憲法改正、改憲か、護憲か、あの要するに改悪かという議論ができましてもこれは南出先生も困っておられるんだけれども何度言ってもわからないと、・・・何で日本人はわからないのかというとそういう発想がないんですね。
論理的にいいますとたとえば現行憲法が無効ってのは最初から機能しない、英語でいえばオフなんですね。結婚でもいままでは結構よかったけれどもこれから別れようねっていったら、・・・・オーバー。
オーバーってのはいままではつながってきたんですよ。いままで有効だったんですよ、いまから無効にしましょうてのがオーバーなんですよね。ゲームーオーバーっていいますよね。ゲームオフっと言ったら結婚破棄、むかしから結婚してなかったはずだ、結婚したときはまちがってたから今はもう完全に全部やめましょう。
だから現行憲法無効論てのはオフなんですが日本人にはピンとこないと、やってるじゃないかと。追認説になってしまうというね。
私なんかまあ、基本的にパール判事をね、もう一度復権させて今日本人が元気がないからインドと日本の合作の東京裁判ね、パール判事というのを大きくドキュメントにして売り出そうかなあと水島先生とさっき話をしてましたけども、こういうことだったら一緒にできないかなあと、なんかそういう夢があるんですね。
日本が自信を失ってしまって、ブルーの世界がミドリに、ミドリってのは現実というモノですからね、目に見えるさわれるっていうのがミドリなんです。だから京都のある人に聞きましたらミドリってのは死を意味する、死んだものだと。ミドリそのものは染められないですよ。染めたとたんに茶色に変わります。アオは紺染めですねえ、京都でアイ染めてのもぜんぜん儲からないらしくて、日本人が仕事をどんどん失っていくらしいんですけど。
本来、紺に染めるということは精神的なものを意味するんです。つまりブルーっていうのはスピリチャー、霊的なものです。で、グリーンていうのはレジ・・・ス、宗教てきですよ。全然ちがうじゃないか、自分を守って法律でまもる、守る、ころころ変わるという意味ですね。
ブルーは変わらない、大海のごとくね。紺碧の海・・・これは永遠のものであってね、で、これはまったく違うものであるにもかかわらず、おんなじようにやっちゃってるから、だから今の皇室危機で女帝を認めるかどうかという問題が、これ国民が何人賛成するか 60%70%気になるですよ、それこそ全然考えてないんですが、 私はこれなぜディベートしなきゃいけないのかと、しかもディベートも西洋的なディベートじゃなくてディベート道であると、なぜかといいますとね、ドウってのはミチなんです。
ミチってのはイノチなんです。イノチってのは何かっていうと、一言で漢字でいうと「糸」というんですね。糸へんというのは6画7画というんですけど、きのう調べたら6画ですねえ。ひとつはこうなって、これはいっしょで、ちょんちょんちょん6画なんですけどね。これはDNAの螺旋構造のように、よじれてるんです。これ糸っていうんですよね。
中国ではこれ糸って・・・・日本独特ですねえ、いざなぎ、いざなみっていうわけでえ、DNA構造が同じようによじれてつながってますから連綿とね、縷々繋がってる、縷々ってのはいとへんがありますから。私の文章の中に糸へんが多いってのがうちの女房が言いますしね、調べてみたら、たしかに糸へんが多いんですよ、だからいろんな人間のしがらみ、絡んでくるとか、縺れるとかね、これ全部糸へんがあるっていうんで、これが日本人のひとつの縁結びの神、縁ていうのは糸です。
これはミドリも糸へんであります。これは竹の皮を綴がすと言います、皮を綴がしたらミドリ色が出てきたっていう漢字ですから、本来ならばミドリを守ってやるのはアオなんです、聖なる空間、ミドリってのは俗ですねえ、ブルーっていうのは聖なるもので、聖と俗、古神道の言葉を使いますと、ハレとケなんです。こんなにちがうんですよ。
最近意味がわからなくなっちゃってね、アオでいいじゃないかってんだけども、この混乱がいままで尾を引いてるんじゃないんですか。マスコミとかいうのは全部グリーンの世界だから、コロコロコロかわっちゃうんですよ。
要するにスポーツもグリーンの世界ですねえ。ランクが気になるんですねえ、金、金メダルとったら、私はこのまえテレビ見てましたら、「銀メダルとどうですか」っていわれたら、「うれしくない金がほしかった」こういうことを言ってゆるされるのはスポーツの世界ですねえ。武道家の世界ではぜったいそういうことゆるされない。これは金と銀ほどの差があるんですけども。
えー。わたくし、この両先生の話を聞きましてねえ、両方ともこれはアオですね。ブルーだから、日本の伝統を踏まえた発想ですねえ。すばらしい発想。ただ、ブルーばっかり集まっても人は集まらないんですね、さっきも文句いってましてねえ、だいたい、なんでこんなに人が集まらないんだといったら、これ、集めるのはグリーンの発想なんです。
マーケティングとか、グリーンていうのは中国では侵略なんです。もともと三原色でねえ、アオとミドリとアカ、中国では太陽は黄色にみえますからね、黄色と青とくっつけて緑にしますから、緑の色はきらいなんです。だから中国人は軍服をつけてるときは緑の服をきますから、ミドリは侵略なんです。ずっと繁茂していきますから、マーケティングで視聴率の戦いってのは全部グリーンですねえ。
たぶん水島さんが、今考えておられるのはミドリのねえ、広がっていかなきゃいけないのと、ミドリってな俗っぽいものでうけなきゃいけないし、視聴率のためにやらなきゃいけない、しかし、本人のプライドが、アオのプライドを守りたいというそういうジレンマがある、おありだと思うんですよねえ。
私の場合といいますのはねえ、 大衆にこびをうったほうが視聴率もあがっていいんじゃないか、ひょっとしたら水島さんカッコよくいってるけどどっかからお金でてんじゃないかとか、いろんなね思惑が出てくるかも知らないけれども、ほんとに生一本で、生一本ってのは純粋の「粋」「いき」これはまたこめへんですけど、ほんらい「純」ってのはいとへんですねえ。こういう・・・ありましてねえ、今からやるディベート、私も思い出して両先生に何も申し上げてないんですけど、この今はミドリでやっていかなきゃ食べていけない、で、ブルーというのはやっぱり理想的にねえ、日本の精神的なものでえ、あのう、ずーとこう、神武天皇から発した八紘一宇・・・・・ますけども、紘というのは私の名前です。
さきほと名前がヒロミチと言われましたがミチヒロです、私名前ひじょうに気になるんですよね。オトダマが気になる、明治のおやじがミチヒロのヒロって、いとへんのカタカナのナにムですね。八紘一宇、明治の・・・が亡くなってお前はね、日本のために、世界が一家となればね、戦争がなくなって銃鉄をおさめる、・・・願いをこめて私がもらったというんですよね、そういういとへんというえにしというのがね、そういうのがありまして、今回もえー、私は急に何をしても、さっき会うまでわからなかったんでもっと会っていれば、私のメンバーどーとひっぱってきてよかったんですけども、たまたま知らなくて今日はじめてお会いしまして縁ですから、順縁も逆縁もおなじ縁であるという関係であれば、今日こられた方、たまたま少なかってもですね、私は100人集まろうが1000名であろうが、一人であろうが、おなじようなイメージで話かけてみたいし、・・今回の・・・私はとにかくディベートをやりたいんですわ、15分間まずしゃべらしてくれ、ってわけでね我が儘をきいていただいたんですけども。
これからねえ、私はまあ今日の導入分として、聖か俗かっていうことは、極端に資本主義と共産主義とは同じグリーンなんですよね。グリーンていうのは英語で言えば嫉妬を意味するんですよね。ジェラシーとか、グリーンアイズモンスターとか日本では万博みたいに、グリーンばっかりでしょう?あれ、欧米人がみたら気持ち悪がられるんですね。苔寺って一番きらいなんです。グリーンがきらいなんですよ。
韓国もグリーンよりブルーが好きなんです。ギリシャとか。 日本だけはグリーンが好きで。植林をやってもあんまり評価されないんですよね。全部はだかにしちゃった。ギリシャもむかしミドリがおおかったんだけど、全部きられてしまって産業革命でどんどんどんどん伐られてしまった。今日こられたサトウさんもね植林運動で世界にひろげてゆこうというたまたま東京からこられた人ですけども。
で、私はここでディベートのテーマとして取り上げたいのはですねえ、君主制としてのブルーですね。ロイヤルブルーとか、ブルーというのは連続性を意味するんです。グリーンてのはコロコロ変わるんです。
この相反するものをどうやって、やっていくのか、いいことやってもあつまらないんです。だけれどおもしろくバーンとここに藤原紀香とかね、関係ないひともってきたほうが4、5倍集まるかもしれない、そういうときになったらジレンマがあるんですよね。いいことやっても人があつまらなきゃしょうがないし、で、とにかく今テレビに出てるひと引っ張りこんできたら必ず人が集まる、そうしたら深い話は出来ないですよね。
マスコミの発言みてタブーというのはものすごく多いです。私もNHKにずっと出てまして、英語ですらですよ、外人さんに「なぜ?」「ホワイ?」と訊いたら、あの松本道弘ってのは外人さんに失礼である・・・・失礼のわけがない、「なぜ?」と訊いたらいけないのか・・・それをきいちゃあいけないんです、そういんもんだと、そういうところをNHKに対して苦々しい思いがあります、但し、私は日本から一歩もいかずにNHKのネイティブと英語でケンカするという機会をあたえられて、いただいたということでね、NHKに多少の恩義はあります。
だからNHKの不買運動って私も非常にねえ、内心なんかこう、過去の傷が膿んできますね。南出先生の・・・とってはやれやれーって反面ちょっとまっておれはNHKで育ったことがあるんだという複雑な気持ち・・・、そこでですねえ、まず、もう私ここでしゃべるわけにいかないんで、みなさんこの、いい理念があっても、それを実際、もっと俗受けさせるというのはねプライドの問題もあるんですけど、そこをどううまくバランスをとって行けるか、えー、水島さんからお伺いしたいですね。
(略)
(松本道弘)
大衆を相手にしようと思ったらねえ、現行憲法無効論といったらちょっとむつかしいね、これは。ときどき、もう改正にした方が人が集まっていいじゃないかという誘惑あったと思うんですけど南出先生、・・・頑固なとこあるん・・・ですけどねえ、どうなんですか、これは。もうちょっと大衆受けしようと思ったら・・・・だけどう、プライドがゆるさないとかなんかあったんですか?
(南出喜久治)
いやいやプライドの問題ではなくってね。あのう、思想家としてね、あるいは社会活動家という立場とそしてそれを啓蒙する人と使いわけないかんのでね。いっしょにすると、理念が不純になると、あのう、語り部がおらなくなる。だから、今の話だとそのブルーならばブルーに徹する人がまずいるんです。ね。
で、ブルー・・・・グリーンの人もブルーに興味するグリーンの人もいるべきだし、それを全部一緒にすればいいというもんではない。だから、あのう、そうですね、ぼくがすくなくともこの無効論を言ったのはもうかれこれ15年ぐらい、15年ぐらいなります。
で、平成になってから、平成天皇に請願法にもとづいて現行憲法は無効であるということを宣言していただきたいという天皇請願からスタートしてるんです。ぼくの運動はね。
だから、あのう、思想家としての立場をつらぬかないと、これをまあ、改正でもいいですよとか、妥協してしまうとね、そしたら、芯柱がズレてしまうと運動ってのは絶対にできない。だから、吉田松陰という人がいて、それこそ草莽崛起といって、ちょうど3人が共通するのがその理念でやって、運動やってきたと思うんだけども。
その草莽崛起の構造はね、いろいろあるんです。ぼくはあるときにこういうこと言ったことあるんです。あのう、あるまあ、あのう民族の関係の人達を集めて言ったのは、「寿司理論」というのを言ったんですよ。寿司、にぎり寿司、で、やはりものごとを進めるためには、そのなんらかの階層構造がある。
で、一番運動の起点になるのは、一番中核になるのは、いわゆるそのなんらかの理念をもった大衆が要る、大衆を集めることが要る、運動組織としてね。で、それは味付けされたシャリの部分として、ね、その上にやっぱりきちっとした、もう、まぎれもない、新鮮なネタがのってないと。
それがね、それがねまああのう、多少ちょっとネタは多少ふるうてもええわっていうわけにはいかん。これは絶対に新鮮なものでないといかんし、絶対に食中毒起こしてもいかんわけね。
で、それが政治理念だと思うし、思想だと思うし、絶対にゆるぎない信念だと思うんです。寿司とはそれだけで成り立つかといえば、それだけなら理念があって大衆があって左翼運動といっしょなんで、まあ、左翼運動でもいいんだけども、だけど、その間にわさびがある。わさびがある。
これは何かというたらピリっとするものといったら何かというたらある意味では暴力でもあるわけ。圧力でもあるわけ。実力でもあるわけ。で、それがね、これもねえ、わさびがねえ、ごてーーと、ついてたらね、こら喰えたもんじゃない。かといってなかっても喰えたもんじゃあない。ちょっとあるからおいしい。
このちょっとの加減が問題で、僕はあのうきれいごと言うつもりはないんで、こういう者が、思想を説く者が別に殉教してもいい、それで血祭りにあげられても構わない。それはそれによって、身を捨ててでも理念が残ればそれでいいと思う、その人の役割はそれでいいと思ってるし。
それでそれに続く大衆があればいいし、それを切り開く暴力、実力があってもいいと思う。それが社会運動だと思ってるんです。僕の考え方はね。だから、こういうものっていうのは、いつでもそうなんですけど、全体としてはそりゃねえ、ぐちゃぐちゃにすればひとつの味になってしまうかもしれないけれども、あのう、なんでもそうですよ。あの、日本人とたとえば韓国人との嗜好の違いで決定的なものはね。
日本人は例えばカレーライス食べる、カレーとごはんとね、別にぐちゃぐちゃに混ぜんと食べる、それはね、カレーの部分とごはんの部分とのね微妙な味のちがい、それを舌で感じるほどの感受性の高いまあ民族である・・・ところが、まあ、別に韓国人をあげつらうつもりはないけれども、全部混ぜて食べるのも、ひとつの同じ味をずっとつづけられるという利点はあるんだけど、日本人はそれを好まないわけ。
で、日本人の場合は、韓国人の場合、たぶん思想家も運動家も一体となって動くと思う、それがあの韓国のバイタリティーやと思う。つまり、日本人の場合はね、思想に殉ずるやつと、もう、運動に徹する場合と、例えば明治維新でも、あのう、例えば金集めに徹するやつと、・・・・のに、そういうものによって日本の運動というのは成り立ち得るんとちがうか、いうように思っているんでぼくはずーとこの、その15年来こういうことのジレンマの中でやっぱり自分のスタンスっていうのは絶対に思想的には変節してはならない。
というのはこれはねえ、現行憲法無効っていうのは、これはメディアにとっては最大のタブーでね。絶対にメディアに載らない。で、一部は載るんだけど、迎合した人が載る。名前はいわないけれども、例えば正論に無効論唱えた人も居るけど迎合するのよ、つまり、絶対に妥協しないというスタンスの人間は絶対にタブーなんです。
(松本道弘)
うん。なるほどね。
(南出喜久治)
それはね、すべてのメディア同じことです。だから、僕はそういうふうに思いますし、だから逆に言うと、水島さん今日ちょっとはじめてお会いさせてもらってね、まあ、松本先生は前からのお知り合いだから、まあ、いきなり引っ張り出してそのう松本先生にお話してもらうことにはなったんだけど。
今の出た戸塚さんしかりですね、あのう、教育論においてやっぱりあの人のものってのは、あれを凌がするものはない脳幹教育においてね。あの人を凌がする者はない。これは現にあのう戸塚ヨットスクールを支援する会の理事長が石原慎太郎なんだから、こら、まぎれもなくね、その理念の正しさってのはあるんです。
で、誤解されてもしかたのない部分もあったし、それを叩いたマスコミも狙いもわかるんです。だけどあの人がもし、あのう、戸塚さんが変節すればただの人です。
(松本道弘)
なるほどね。
(南出喜久治)
で、ぼくも変節してね、改正論でもいいんだと言い出したらただの人っちゅうか、変節漢とした言われない。
現行憲法と皇室典範 ディベート 2 へ
現行憲法と皇室典範 ディベート 1
それでは定刻となりましたので、第3部ディベートに入ります。
ディベートにおきましては国際ディベート学会会長 松本道弘先生にディベートの進め方を説明していただき、水島、南出両先生の参加によるマスメディア・憲法論議を繰り広げていただきます。
ディベートとはテーマに沿った啓蒙を制約された時間の中で説明するものですが松本先生曰く知的武道とのことです。
礼節を重んじる日本人にとってディベートを学ぶことは大切ではないでしょうか。それでは松本道弘先生、水島、南出両先生よろしくお願いいたします。
* * * *
(松本道弘)
ただいまご紹介にあずかりました松本道弘です。えー。ディベートということで突如先ほど呼ばれましてですね。いささか戸惑っておるんですが。
今日、こう、両先生方のお話を伺ってまして、どういうテーマでディベートすればいいのか、考えておりましてね、ふと考えましたのは、共通点からいきますとね
どちらもブルーの世界なんです。
普通日本人がアオといいますとですね英語ではブルーかグリーン、まったくちがうんですね。
光、色の三原色の中でアオといえばブルーとグリーン。これは対立する色なんですけど、日本においてはこれは同じように考えられておりますね。
青信号といえばグリーン・・・という、えー、韓国中国ではミドリ信号になりまして完全に分けられているんですけれども、日本ではね、どうしても一緒になる、で、これをおなじアオと言ってもブルーとグリーンというのは相反するものを引き剥がすというのがディベートなんですね。これを一緒のようにやるというのはこれは腹芸なんですね。
日本の歴史みますとアオが中心にあってミドリが下にきたら皇室・朝廷が強いときなんですね。降下、これはマリンダウン、英語のほうが簡単ですね。それから今度は民間から朝廷にあがっていくのはマリンアップというアップがブルーなんですね。ブルーの中にグリーンがあったと。これが日本の歴史だったんですねえ。
でブルーとグリーンがバランスがとれているうちは治世、これのバランスがくずれると乱世っていうことになるんですね、で日本の場合はブルーが今グリーンに変わってきたっていうのが今の一番大きな問題なんですね。
昨日も実は白川公園の科学館に行きました。10歳の子供とね。・・・・・光る動物ってのをみてきました・・・・海ホタル、これは突如アオに色が変わるんですね。なぜかと訊きますとね。海で光る発光体というのはアオ、ブルーなんですね。自分の身を守るときにですねブルーをだすんですよね。だからその青い色を出すというホタルが同時一斉に発光するとうね、敵から身を守るというね、どんな生命体でもかならず身を守るというねポリオディフェンスメカニズムってのがあるんですけどね。
それが日本の場合には発光機が壊されちゃったんだねえ。ずっとむかしからあったのを国体とか、私はこれを道という言葉をつかうんですけどね。占領軍が道という言葉は危険だというわけで神道指令とともに握りつぶされてしまって、ずっとつながってきたひとつの命、この連綿とつながってきた発想を英語でいうとツーブルーっていうんですがツルーの本当のミドリってのはしつがんの誉れっていうんですかねアイパオってのがずーっとつながっているんです。
私も今年は哲学、日本の原点にもどりたいと思ってシャツもアオにしましてね、青にこだわってきているんですけれども、それが戦後になりますと今度はミドリが中心になってアオがその中に閉じ込められてしまったんですね。それだけのちがいがあります。
えー。法律・・・主権という話もありました・・・・・主権というのもこれはミドリですね。ミドリっていうのはこれはころころ変わるんですよ。だから絶対ってのは本来相容れないものなんですね。ぜんぜん変わらないのはブルーですね。ツーブルーってのは、ずーっと透明であって非常に遠くにあって深いものがアオであって変わらない生き物でね。
えー、ミドリってのは非常にこの、人権ということで愛しますから嫉妬とか憎しみとというのはこれを正当化するものでありましてね。えー、本来アオとブルーとグリーンという対立しているんだけども日本ではごちゃまぜになってるから議論がなかなかできないんですよ。
だから憲法改正、改憲か、護憲か、あの要するに改悪かという議論ができましてもこれは南出先生も困っておられるんだけれども何度言ってもわからないと、・・・何で日本人はわからないのかというとそういう発想がないんですね。
論理的にいいますとたとえば現行憲法が無効ってのは最初から機能しない、英語でいえばオフなんですね。結婚でもいままでは結構よかったけれどもこれから別れようねっていったら、・・・・オーバー。
オーバーってのはいままではつながってきたんですよ。いままで有効だったんですよ、いまから無効にしましょうてのがオーバーなんですよね。ゲームーオーバーっていいますよね。ゲームオフっと言ったら結婚破棄、むかしから結婚してなかったはずだ、結婚したときはまちがってたから今はもう完全に全部やめましょう。
だから現行憲法無効論てのはオフなんですが日本人にはピンとこないと、やってるじゃないかと。追認説になってしまうというね。
私なんかまあ、基本的にパール判事をね、もう一度復権させて今日本人が元気がないからインドと日本の合作の東京裁判ね、パール判事というのを大きくドキュメントにして売り出そうかなあと水島先生とさっき話をしてましたけども、こういうことだったら一緒にできないかなあと、なんかそういう夢があるんですね。
日本が自信を失ってしまって、ブルーの世界がミドリに、ミドリってのは現実というモノですからね、目に見えるさわれるっていうのがミドリなんです。だから京都のある人に聞きましたらミドリってのは死を意味する、死んだものだと。ミドリそのものは染められないですよ。染めたとたんに茶色に変わります。アオは紺染めですねえ、京都でアイ染めてのもぜんぜん儲からないらしくて、日本人が仕事をどんどん失っていくらしいんですけど。
本来、紺に染めるということは精神的なものを意味するんです。つまりブルーっていうのはスピリチャー、霊的なものです。で、グリーンていうのはレジ・・・ス、宗教てきですよ。全然ちがうじゃないか、自分を守って法律でまもる、守る、ころころ変わるという意味ですね。
ブルーは変わらない、大海のごとくね。紺碧の海・・・これは永遠のものであってね、で、これはまったく違うものであるにもかかわらず、おんなじようにやっちゃってるから、だから今の皇室危機で女帝を認めるかどうかという問題が、これ国民が何人賛成するか 60%70%気になるですよ、それこそ全然考えてないんですが、 私はこれなぜディベートしなきゃいけないのかと、しかもディベートも西洋的なディベートじゃなくてディベート道であると、なぜかといいますとね、ドウってのはミチなんです。
ミチってのはイノチなんです。イノチってのは何かっていうと、一言で漢字でいうと「糸」というんですね。糸へんというのは6画7画というんですけど、きのう調べたら6画ですねえ。ひとつはこうなって、これはいっしょで、ちょんちょんちょん6画なんですけどね。これはDNAの螺旋構造のように、よじれてるんです。これ糸っていうんですよね。
中国ではこれ糸って・・・・日本独特ですねえ、いざなぎ、いざなみっていうわけでえ、DNA構造が同じようによじれてつながってますから連綿とね、縷々繋がってる、縷々ってのはいとへんがありますから。私の文章の中に糸へんが多いってのがうちの女房が言いますしね、調べてみたら、たしかに糸へんが多いんですよ、だからいろんな人間のしがらみ、絡んでくるとか、縺れるとかね、これ全部糸へんがあるっていうんで、これが日本人のひとつの縁結びの神、縁ていうのは糸です。
これはミドリも糸へんであります。これは竹の皮を綴がすと言います、皮を綴がしたらミドリ色が出てきたっていう漢字ですから、本来ならばミドリを守ってやるのはアオなんです、聖なる空間、ミドリってのは俗ですねえ、ブルーっていうのは聖なるもので、聖と俗、古神道の言葉を使いますと、ハレとケなんです。こんなにちがうんですよ。
最近意味がわからなくなっちゃってね、アオでいいじゃないかってんだけども、この混乱がいままで尾を引いてるんじゃないんですか。マスコミとかいうのは全部グリーンの世界だから、コロコロコロかわっちゃうんですよ。
要するにスポーツもグリーンの世界ですねえ。ランクが気になるんですねえ、金、金メダルとったら、私はこのまえテレビ見てましたら、「銀メダルとどうですか」っていわれたら、「うれしくない金がほしかった」こういうことを言ってゆるされるのはスポーツの世界ですねえ。武道家の世界ではぜったいそういうことゆるされない。これは金と銀ほどの差があるんですけども。
えー。わたくし、この両先生の話を聞きましてねえ、両方ともこれはアオですね。ブルーだから、日本の伝統を踏まえた発想ですねえ。すばらしい発想。ただ、ブルーばっかり集まっても人は集まらないんですね、さっきも文句いってましてねえ、だいたい、なんでこんなに人が集まらないんだといったら、これ、集めるのはグリーンの発想なんです。
マーケティングとか、グリーンていうのは中国では侵略なんです。もともと三原色でねえ、アオとミドリとアカ、中国では太陽は黄色にみえますからね、黄色と青とくっつけて緑にしますから、緑の色はきらいなんです。だから中国人は軍服をつけてるときは緑の服をきますから、ミドリは侵略なんです。ずっと繁茂していきますから、マーケティングで視聴率の戦いってのは全部グリーンですねえ。
たぶん水島さんが、今考えておられるのはミドリのねえ、広がっていかなきゃいけないのと、ミドリってな俗っぽいものでうけなきゃいけないし、視聴率のためにやらなきゃいけない、しかし、本人のプライドが、アオのプライドを守りたいというそういうジレンマがある、おありだと思うんですよねえ。
私の場合といいますのはねえ、 大衆にこびをうったほうが視聴率もあがっていいんじゃないか、ひょっとしたら水島さんカッコよくいってるけどどっかからお金でてんじゃないかとか、いろんなね思惑が出てくるかも知らないけれども、ほんとに生一本で、生一本ってのは純粋の「粋」「いき」これはまたこめへんですけど、ほんらい「純」ってのはいとへんですねえ。こういう・・・ありましてねえ、今からやるディベート、私も思い出して両先生に何も申し上げてないんですけど、この今はミドリでやっていかなきゃ食べていけない、で、ブルーというのはやっぱり理想的にねえ、日本の精神的なものでえ、あのう、ずーとこう、神武天皇から発した八紘一宇・・・・・ますけども、紘というのは私の名前です。
さきほと名前がヒロミチと言われましたがミチヒロです、私名前ひじょうに気になるんですよね。オトダマが気になる、明治のおやじがミチヒロのヒロって、いとへんのカタカナのナにムですね。八紘一宇、明治の・・・が亡くなってお前はね、日本のために、世界が一家となればね、戦争がなくなって銃鉄をおさめる、・・・願いをこめて私がもらったというんですよね、そういういとへんというえにしというのがね、そういうのがありまして、今回もえー、私は急に何をしても、さっき会うまでわからなかったんでもっと会っていれば、私のメンバーどーとひっぱってきてよかったんですけども、たまたま知らなくて今日はじめてお会いしまして縁ですから、順縁も逆縁もおなじ縁であるという関係であれば、今日こられた方、たまたま少なかってもですね、私は100人集まろうが1000名であろうが、一人であろうが、おなじようなイメージで話かけてみたいし、・・今回の・・・私はとにかくディベートをやりたいんですわ、15分間まずしゃべらしてくれ、ってわけでね我が儘をきいていただいたんですけども。
これからねえ、私はまあ今日の導入分として、聖か俗かっていうことは、極端に資本主義と共産主義とは同じグリーンなんですよね。グリーンていうのは英語で言えば嫉妬を意味するんですよね。ジェラシーとか、グリーンアイズモンスターとか日本では万博みたいに、グリーンばっかりでしょう?あれ、欧米人がみたら気持ち悪がられるんですね。苔寺って一番きらいなんです。グリーンがきらいなんですよ。
韓国もグリーンよりブルーが好きなんです。ギリシャとか。 日本だけはグリーンが好きで。植林をやってもあんまり評価されないんですよね。全部はだかにしちゃった。ギリシャもむかしミドリがおおかったんだけど、全部きられてしまって産業革命でどんどんどんどん伐られてしまった。今日こられたサトウさんもね植林運動で世界にひろげてゆこうというたまたま東京からこられた人ですけども。
で、私はここでディベートのテーマとして取り上げたいのはですねえ、君主制としてのブルーですね。ロイヤルブルーとか、ブルーというのは連続性を意味するんです。グリーンてのはコロコロ変わるんです。
この相反するものをどうやって、やっていくのか、いいことやってもあつまらないんです。だけれどおもしろくバーンとここに藤原紀香とかね、関係ないひともってきたほうが4、5倍集まるかもしれない、そういうときになったらジレンマがあるんですよね。いいことやっても人があつまらなきゃしょうがないし、で、とにかく今テレビに出てるひと引っ張りこんできたら必ず人が集まる、そうしたら深い話は出来ないですよね。
マスコミの発言みてタブーというのはものすごく多いです。私もNHKにずっと出てまして、英語ですらですよ、外人さんに「なぜ?」「ホワイ?」と訊いたら、あの松本道弘ってのは外人さんに失礼である・・・・失礼のわけがない、「なぜ?」と訊いたらいけないのか・・・それをきいちゃあいけないんです、そういんもんだと、そういうところをNHKに対して苦々しい思いがあります、但し、私は日本から一歩もいかずにNHKのネイティブと英語でケンカするという機会をあたえられて、いただいたということでね、NHKに多少の恩義はあります。
だからNHKの不買運動って私も非常にねえ、内心なんかこう、過去の傷が膿んできますね。南出先生の・・・とってはやれやれーって反面ちょっとまっておれはNHKで育ったことがあるんだという複雑な気持ち・・・、そこでですねえ、まず、もう私ここでしゃべるわけにいかないんで、みなさんこの、いい理念があっても、それを実際、もっと俗受けさせるというのはねプライドの問題もあるんですけど、そこをどううまくバランスをとって行けるか、えー、水島さんからお伺いしたいですね。
(略)
(松本道弘)
大衆を相手にしようと思ったらねえ、現行憲法無効論といったらちょっとむつかしいね、これは。ときどき、もう改正にした方が人が集まっていいじゃないかという誘惑あったと思うんですけど南出先生、・・・頑固なとこあるん・・・ですけどねえ、どうなんですか、これは。もうちょっと大衆受けしようと思ったら・・・・だけどう、プライドがゆるさないとかなんかあったんですか?
(南出喜久治)
いやいやプライドの問題ではなくってね。あのう、思想家としてね、あるいは社会活動家という立場とそしてそれを啓蒙する人と使いわけないかんのでね。いっしょにすると、理念が不純になると、あのう、語り部がおらなくなる。だから、今の話だとそのブルーならばブルーに徹する人がまずいるんです。ね。
で、ブルー・・・・グリーンの人もブルーに興味するグリーンの人もいるべきだし、それを全部一緒にすればいいというもんではない。だから、あのう、そうですね、ぼくがすくなくともこの無効論を言ったのはもうかれこれ15年ぐらい、15年ぐらいなります。
で、平成になってから、平成天皇に請願法にもとづいて現行憲法は無効であるということを宣言していただきたいという天皇請願からスタートしてるんです。ぼくの運動はね。
だから、あのう、思想家としての立場をつらぬかないと、これをまあ、改正でもいいですよとか、妥協してしまうとね、そしたら、芯柱がズレてしまうと運動ってのは絶対にできない。だから、吉田松陰という人がいて、それこそ草莽崛起といって、ちょうど3人が共通するのがその理念でやって、運動やってきたと思うんだけども。
その草莽崛起の構造はね、いろいろあるんです。ぼくはあるときにこういうこと言ったことあるんです。あのう、あるまあ、あのう民族の関係の人達を集めて言ったのは、「寿司理論」というのを言ったんですよ。寿司、にぎり寿司、で、やはりものごとを進めるためには、そのなんらかの階層構造がある。
で、一番運動の起点になるのは、一番中核になるのは、いわゆるそのなんらかの理念をもった大衆が要る、大衆を集めることが要る、運動組織としてね。で、それは味付けされたシャリの部分として、ね、その上にやっぱりきちっとした、もう、まぎれもない、新鮮なネタがのってないと。
それがね、それがねまああのう、多少ちょっとネタは多少ふるうてもええわっていうわけにはいかん。これは絶対に新鮮なものでないといかんし、絶対に食中毒起こしてもいかんわけね。
で、それが政治理念だと思うし、思想だと思うし、絶対にゆるぎない信念だと思うんです。寿司とはそれだけで成り立つかといえば、それだけなら理念があって大衆があって左翼運動といっしょなんで、まあ、左翼運動でもいいんだけども、だけど、その間にわさびがある。わさびがある。
これは何かというたらピリっとするものといったら何かというたらある意味では暴力でもあるわけ。圧力でもあるわけ。実力でもあるわけ。で、それがね、これもねえ、わさびがねえ、ごてーーと、ついてたらね、こら喰えたもんじゃない。かといってなかっても喰えたもんじゃあない。ちょっとあるからおいしい。
このちょっとの加減が問題で、僕はあのうきれいごと言うつもりはないんで、こういう者が、思想を説く者が別に殉教してもいい、それで血祭りにあげられても構わない。それはそれによって、身を捨ててでも理念が残ればそれでいいと思う、その人の役割はそれでいいと思ってるし。
それでそれに続く大衆があればいいし、それを切り開く暴力、実力があってもいいと思う。それが社会運動だと思ってるんです。僕の考え方はね。だから、こういうものっていうのは、いつでもそうなんですけど、全体としてはそりゃねえ、ぐちゃぐちゃにすればひとつの味になってしまうかもしれないけれども、あのう、なんでもそうですよ。あの、日本人とたとえば韓国人との嗜好の違いで決定的なものはね。
日本人は例えばカレーライス食べる、カレーとごはんとね、別にぐちゃぐちゃに混ぜんと食べる、それはね、カレーの部分とごはんの部分とのね微妙な味のちがい、それを舌で感じるほどの感受性の高いまあ民族である・・・ところが、まあ、別に韓国人をあげつらうつもりはないけれども、全部混ぜて食べるのも、ひとつの同じ味をずっとつづけられるという利点はあるんだけど、日本人はそれを好まないわけ。
で、日本人の場合は、韓国人の場合、たぶん思想家も運動家も一体となって動くと思う、それがあの韓国のバイタリティーやと思う。つまり、日本人の場合はね、思想に殉ずるやつと、もう、運動に徹する場合と、例えば明治維新でも、あのう、例えば金集めに徹するやつと、・・・・のに、そういうものによって日本の運動というのは成り立ち得るんとちがうか、いうように思っているんでぼくはずーとこの、その15年来こういうことのジレンマの中でやっぱり自分のスタンスっていうのは絶対に思想的には変節してはならない。
というのはこれはねえ、現行憲法無効っていうのは、これはメディアにとっては最大のタブーでね。絶対にメディアに載らない。で、一部は載るんだけど、迎合した人が載る。名前はいわないけれども、例えば正論に無効論唱えた人も居るけど迎合するのよ、つまり、絶対に妥協しないというスタンスの人間は絶対にタブーなんです。
(松本道弘)
うん。なるほどね。
(南出喜久治)
それはね、すべてのメディア同じことです。だから、僕はそういうふうに思いますし、だから逆に言うと、水島さん今日ちょっとはじめてお会いさせてもらってね、まあ、松本先生は前からのお知り合いだから、まあ、いきなり引っ張り出してそのう松本先生にお話してもらうことにはなったんだけど。
今の出た戸塚さんしかりですね、あのう、教育論においてやっぱりあの人のものってのは、あれを凌がするものはない脳幹教育においてね。あの人を凌がする者はない。これは現にあのう戸塚ヨットスクールを支援する会の理事長が石原慎太郎なんだから、こら、まぎれもなくね、その理念の正しさってのはあるんです。
で、誤解されてもしかたのない部分もあったし、それを叩いたマスコミも狙いもわかるんです。だけどあの人がもし、あのう、戸塚さんが変節すればただの人です。
(松本道弘)
なるほどね。
(南出喜久治)
で、ぼくも変節してね、改正論でもいいんだと言い出したらただの人っちゅうか、変節漢とした言われない。
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