(引用元)憲法無効論は単なる仮説
 
(引用開始)
それでもその憲法を前提に戦後60年、様々な秩序が存在します。
ほとんどの日本人は、この憲法を憲法であると認識した上で、
国家運営がなされてきました。
たった60年でも、現憲法を前提に世の中が動いている以上、
急に無効だということになると、社会秩序が混乱するのではないかというのが
憲法無効論に否定的な“時効説”です。
一定時間存在している以上、そこには保守思想でいうところの
“時効概念”が存在するということです。
 
これに対して無効論は、現憲法が当然になかったことになるわけではなく、
あくまで“憲法として無効”なのであって、大日本帝国憲法に反しない限り、
その下位の法律として存在しているということを主張します。
これが“講和条約説”です。
 
帝国憲法第76条
法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス
此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス
 
そのままでは無効な規範であっても、名称がどうであれ、
憲法(帝国憲法)に矛盾しない法令としての限度では効力を有する、ということです。
つまり日本国憲法は、帝国憲法に矛盾しない限り、
下位法令としての効力を認めると考えます。
これにより憲法の無効を確認するといっても
現憲法下の法秩序が混乱することはないという主張です。
あくまで憲法としてだけ無効であって、
帝国憲法に反しない限りにおいて一般法の上位法としての存在を認めるということです。
 
しかし、この主張には無理があると考えます。
憲法無効による法秩序の混乱が懸念される最大の要因は、
現憲法下で国会議員が選出されている以上、
国会で成立した諸法律が無効になるのかということです。
衆議院は帝国憲法に定められていた制度であるから、
ここは無理すれば、現憲法下での運用を何とか解釈できる余地はある。
しかし、現憲法が帝国憲法の下位の法律として存在しているという考え方であっても、
帝国憲法に存在しない参議院という制度は矛盾が生じる。
現憲法は帝国憲法に反しないかぎりにおいて下位法として有効ということでは説明がつかない。
帝国憲法体制で欠かすことのできない貴族院の消滅について説明ができません。
貴族院ではなく、現憲法下で設けられた参議院を通過して成立した法令の有効性を、
憲法無効論では説明ができないのです。
大日本帝国憲法に反するものは無効であるなら、
帝国憲法に反する制度から生まれた諸法令も無効になるはずです。
この部分について有効な説明を聞いたことがありません。
(引用終了)
 
◇ ◇ ◇ 
 
 さて、新無効論(真正護憲論)を遠くから眺めた構造としては最上部の図解どおりですが、ちょうど今回の説明箇所が省略して描かれているので注意してください。ちょうど省略している部分が今回の論点となっています。
 「日本国憲法」に76条1項の評価規範の観点からの遵由の効力が認められるのかどうかを問うことは、換言すれば、帝国憲法秩序内に「日本国憲法」を帝国憲法に矛盾しない形(=規範の種類で)の位置づけができるかどうかを問うことと同じです。
 当然、順番に調べてゆくことになります。
 憲法としては?法律としては?命令?条約では?講和条約では?等個別に調べることになります。
そして、その結果、先に結論を書いてしまいますが、
 
1.「日本国憲法」を帝国憲法秩序内の憲法として位置づけできない。
2.「日本国憲法」を帝国憲法秩序内の講和条約としてなら位置づけできる。
3.「日本国憲法」を帝国憲法秩序内の条約として位置づけできない。
4.「日本国憲法」を帝国憲法秩序内の法律として位置づけできない。
 
 以下順番によーく考えてください、そうすれば「日本国憲法」を講和条約だと特定できるし特定できれば、そのことを基礎に、一見矛盾に見えるようなことでも、なんらの矛盾もなく説明できるではないかという話です。
 1は当たりまえの結論だし、3や4は、谷田川氏が指摘しているとおりの矛盾も含めて明らかに位置づけできません。しかし3や4はできなくとも2はできるのです。どうしてでしょうね。どこが違うのでしょうか。調べてみましょう。
 まずは、それを理解するための下地づくりからです。
 帝国憲法の条文を、そのもつ意味内容により2つに分類してみましょう。
 
①本質的規定
②技術的規定
 
 ①は成文憲法の上位にある規範国体から投影された国家の本質的な規定です。これが変更されれば国家の同一性が失われ滅亡したと同視されるものです。だれか特定の頭で考え造り上げた規範ではなく、悠久の歴史が醸成してきたものを発見し確認的に成文化した規定です。
 ②はその時代時代に規範国体乃至①を堅固に保持してゆくこと(民族の永久存続)を目的として時代にあわせて変更されてゆく規定です。
 憲法といっても2種類のものが条文として並んでいると考えられます。
 そして、この分類された2種の規定との関係で、講和大権という戦時の外交権能は帝国憲法中どのような地位で機能することになるでしょうか。
 
 さて、講和大権は戦争講和において国家の滅亡(同一性の喪失)を回避して、なるべく優位な国家間の示談(契約)を達成するための権限ですから、交渉の成り行きによっては、帝国憲法の規定のうち前記①の国家の同一性に関わる本質的な規定を維持する必要のために、それ以外の②技術的規定について、実質的に変更をもたらすような示談契約(講和条約)をして、将来に向けて運用を続けることを約すること、そしてそれを履行することも講和大権の権限内なのです。帝国憲法の②の技術的規定よりも、外国と締結された講和条約(講和大権)のほうが上位なのです。また講和大権にはその存在目的から当然の限界(上限)があり、①を確定的に変更してしまう内容は国家の同一性の喪失(滅亡)ですから受諾できません。
 
 簡単に言えば、講和大権には、相手からの、死んでしまえという要求、つまり滅亡(同一性を喪失)してしまえという要求以外であって、滅亡を回避する(国家を永久存続させる)目的のために、いろんな条件を受諾して履行する権能、つまり帝国憲法の②の技術的規定を、外国との約束に従って従がわせる地位にあるということです。
 外国との講和条約で決めた内容にそって帝国憲法のもつ統治権等を制約ないし停止させたり従わせたという事実は、既にポツダム宣言(=講和大権による法律行為=講和条約)の受諾乃至降伏文書履行の際にも顕著でした。
つまり、国家の規範の序列関係は、上位から言うと、
 
規範国体(不文)
①帝国憲法(本質的な規定・規範国体を投影した部分)
講和条約(講和大権による産物)
②帝国憲法(技術的な規定)
条約
法律
命令
 
の序列となります。(先頭で述べたとおり最上部の図解は少し省略してますので異なりますね)
さて、76条1項を根拠とする評価規範の観点から帝国憲法秩序内に「日本国憲法」を位置づけるに次の事実が方向を示してくれそうです。
 
A) 帝国憲法の②技術的規定に一見矛盾するように見える機関(参議院設置等)も機能していること。
 
B) ①の領域を侵害しているかのような「国民主権」などという傲慢な人でなしの条文をもつものの(政治イデオロギーを超えたところでは)規範としての妥当性や実効性からみると、まったく機能していないこと。
(「天皇の地位は主権の存する日本国民の総意にもとづく」と明記してあるのに、これまでは、例えば天皇選挙を行うなど主権の存する国民の総意を根拠として天皇になられた方は一人もおられず国民が天皇の地位を定めたことはまったくないので、この規定は現在のところ妥当性も実効性もまったくもたない空文です。)
 
C) さらに後日のマッカーサー指示やサ講和条約締結など後日の連合国との合意によって解釈が変更され改訂され軍隊を保持し得たという9条の実効性の不存在性から言っても、ちょうど9条を含む「日本国憲法」が外圧によって解釈がゆらぐという講和条約程度の規範として妥当性と実効性を保持して機能してきたことが評価されます。
 
D) また「日本国憲法」が講和条約と評価されることによって帝国憲法の講和大権によるサ講和締結による独立回復及び関係各国との戦争状態の終結が矛盾なく説明され得ます。
 
 これらの「日本国憲法」の規範としての妥当性と実効性を総合して講和条約として評価されるということです。
 つまり、谷田川氏が指摘し矛盾とみえている着眼点こそが、逆に「日本国憲法」が法律や条約に評価され得ず講和条約と評価(特定)される理由なのです。

帝国憲法第76条1項
法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス
此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス
 
これを解りやすく直すと、
 
憲法という名を用いていようが、それにかかわらず、
この帝国憲法に矛盾しない現行の法令は総て遵由の効力を有す
 
さらには
 
憲法という名を用いていようが、それにかかわらず、
この帝国憲法に矛盾しない現行の「日本国憲法」という名の講和条約は遵由の効力があります。

 結局、参議院は帝国憲法(講和大権)に合憲な議決機関ですから、もちろんそこから生まれた法律は有効です。現在の国会議員の地位は帝国憲法によって根拠づけられているという事実に自覚を持てばいい話です。
そして、その帝国憲法に合憲な参議院や衆議院の議員が現在の法的な現況を確認すべく「日本国憲法」の憲法としての無効、講和条約としての有効、帝国憲法の現存確認の過半数決議をすれば、天皇は元首、旧皇族は現皇族、明治典範が現典範、自衛隊は皇軍です。今日明日にでもこの宣言は可能です。法的安定は確保されています。連合国の戦争犯罪である「日本国憲法」と「占領典範」という法令偽装事件を今も支え続けている現行犯の憲法業者や、改正してまでその偽装事件を支え永久化し国体破壊すべく、英霊の死を犬死に位置づけるために靖国境内で堂々と毎年英霊を冒涜し続ける日本会議あたりの似非保守以外はだれも困りません。国会議員の地位も無効宣言してもまったく問題なく安泰です。
 
新無効論の実施手順(概略)
新無効論の実施手順(詳細)
 
 現代の日本人が明治の先人と同じく正統憲法秩序内に身を置いているのだという認識の復元(復憲)をしたなかで、現存する有効な自主独立憲法たる帝国憲法の改正議論に入れば、そもそも、天皇が元首かどうか、軍隊をもつべきかどうか、皇統をどう守るべきかなどは、憲法や典範にてすでに明らかに条文があることで政治問題ともならず、教育勅語も当然現存確認がされることとなるし、戦後日本人は、このようなことが政治の重要なテーマであると連合国によって思わされたこと自体を恥じて覚醒することになるでしょう。

 さて、国家の滅亡を回避するために領土を割譲したり、産業を統制されたり、いろんな条件を強要されますが、それらを受諾履行できる権能とされるのが講和大権(講和条約=示談契約)です。この講和大権によって従来の議決機関たる帝國議会を停止することを約したり、新設の議決機関たる国会を機能させる程度のことを受諾し履行しつづけることも権限内のこととしてなんら問題がないと思いませんか?逆に、この程度のことが日本国家の戦争終結のための講和能力として何を根拠に認められていないと言えるでしょうか?
 
(関連動画)
 
 
帝国憲法75条違反関連については、かなり前の記事ですが参考にしてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/inosisi650/17933883.html
http://blogs.yahoo.co.jp/inosisi650/18302246.html
http://blogs.yahoo.co.jp/inosisi650/39028187.html