f9abeedf.JPG昨日24日午後、横浜の朝日カルチャーセンターで、小森陽一さんとの対談「なぜ今「蟹工船」か」をおこなった。小森さんとは普段から親しく意見の交換をしているので、簡単な打ち合わせで臨めばいいということになっていたのだが、定刻15分前に行って待っていても、小森さんはなかなかやってこない。もう始まる時間というギリギリになって駆け込んできた。ひと言ふた言「これをしゃべろう」と言って、本番に。

しかし一時間半の本番の対談では、

・「蟹工船」がブームとなった経過、特に多喜二ライブラリーの行ったことについて、一連の「多喜二シンポジウム」、

・この間の「蟹工船」ブームの背景にある、アメリカ型資本主義の終焉と「蟹工船」が描いたものとのつながり、

・「蟹工船」が作品世界を切り離された閉鎖空間に設定したことの意味、

・「不可視」にされているものを「可視化」するということの意味。湯浅誠さんの『反貧困』が投げかけているものとの本質的な関係、

・憲法と法律で保障された「権利」を実質化することによって「主権者」となることの意味、教育の場で教えなければならないことはなにか、

といった、さまざまな問題を論じることができ、これまでの論点を整理するとともに、小森さんから刺激を受けてさらに新しいアイディアを見出し、つなげるきっかけになったように思う。会場からの感想も大方好評だったのはなによりである。やって得をした対談だった。

しばし会場に残って聴衆とやりとりをし、さて控室で先に引き上げた小森さんに挨拶をしようと思ったら、すでに大学に戻られたとのこと。いやはや相変らずの多忙ぶりだ。こちらはその後、来聴されていた「蟹工船」フランス語版を現在翻訳中の方と、喫茶店で打ち合わせをして帰宅した。