インサイター

insight : the ability to understand and realize what people or situations are really like

あの古市憲寿氏も注目する? 伝説のカルト芸人「GO!ヒロミ44'」の素顔に迫る

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1995年のある夜のこと。生放送の深夜番組で、頭に黒いパンティストッキングを被り、ほぼ全裸に近い姿でカメラの前に立ち、いきなり「女と、ヤリてぇ〜!」と叫んだ芸人がいた。彼は更に「あそこを、舐めてぇ〜!」と続けた。司会のルー大柴は膝から崩れ落ち、ピエール瀧は呆然と立ちすくみ、宮前真樹は泣き出した。GO!ヒロミ。それが、スターリン(遠藤みちろう)のライブに匹敵する衝撃を自分に与えた芸人の名前だった。

それ以来、彼のことが気になってしまい、地下芸人となった彼のブログを愛読し、自主制作CDを通販で買い、その活動をこっそりと眺め続けてきた。この人は生まれる時代が時代なら、太宰治や坂口安吾たちとともに「無頼派」と呼ばれたのではないか、とすら思うようになった。

数年前から彼が始めたツイッターのフォロワー数はじわじわ増えて、今や1万人を超えている。古市憲寿、高田延彦 愛甲猛 木村祐一といった著名人たちにフォローされながら、自分は一切フォローし返さない(フォロー数はゼロ!)。幻想に包まれたGO!ヒロミ44'の素顔にどうしても触れたくなり、このたびインタビューを決行させていただいた。

笑いと炎上の交差点を信号無視で突き進むカリスマ地下芸人にして、二児を育てる専業主夫。その繰り返される諸行無常と薄まりつつある性的衝動が、いま明かされる……!


gohiromi



●最初はバンドがやりたかった

---いつごろからお笑い芸人を目指していたんですか?

GO 子供の頃は『トイレット博士』とか『ガキデカ』とか大好きで、ビートたけしとかとんねるずのお笑い番組もよく見ていたけれど、お笑い芸人になりたかったわけではなかったんですよ。自分は大分で育ったんだけど、当時はバブルだったから、「こんな田舎で一生暮らすのも嫌だな」と思って(笑)。それで東京にいた友達を頼って上京して、しばらくは土方とか石焼き芋販売とかして暮らしてました。最初の2年はちゃんと働いていていたんだけど、ちょうど「イカ天」(『イカすバンド天国』)が大ブームだったので、バンドをやりたくなったんですよね。

---えっ、バンドをやってたんですか?

GO 一番最初にテレビに出たときはバンドとして出たんですよ。都庁の建設現場で知り合った土方仲間とつくった「ファッキン・マッド・ビッチ」っていう名前のバンドをやっていて。「イカ天」は終わっちゃっていたんだけど、その後番組の、確か『ますこっとたわー』っていう生放送の深夜番組に出ました。メンバーにローリングストーンズの曲を弾かせて、その前で自分がタオルで股間をごしごしコスりながら叫ぶっていう(笑)。それを見た大手芸能事務所の人が、お笑いライブでネタを見せないかと誘ってくれて。

---スカウトみたいな感じだったんですね。

GO 最初は「古手川利公」っていう本名で、フリーで活動を始めて、太田プロの新人を集めたライブに出ていましたね。デンジャラスとかUターンの土田晃之君とか、みつまJAPAN'とか、100組くらいの芸人が出る中で、自分はいつも上位5組とかに入っていたので、お笑いを本格的にやってみようと思って。

---昔は深夜番組にも出てましたよね、僕は当時テレビで見たGOさんの「女とやりて〜!」って叫ぶネタが本当に衝撃的で。ほとんど放送事故でしたよね。

GO あれは20年近く前ですかね。確か『11PM』の後番組だった『TVじゃん!』っていう番組かな。生放送でしたね。あの頃は芸能事務所に所属していたから、深夜テレビにちょくちょく出てましたね。『ごっつええ感じ』にも出ましたよ。でも、事務所を辞めてからは一切地上波テレビに出なくなりました。

---パンティストッキングをかぶったビジュアルも強烈でした。

GO 永井豪の『けっこう仮面』を真似しようと思って始めたのがきっかけ。ネタに下ネタも多いし、合うかなと思って。最初は下ネタと一発ギャグばっかりだった。


●芸名をつけるときは著作権に配慮

---なんで現在の芸名「GO!ヒロミ44'」になったんですか?

GO 芸名はもともとは「吉川晃司」とか「山口百恵」とかだったんですよ。それで「郷ひろみ」にした時にテレビ局から「そのままでは出られない」と指摘されて、「GO!ヒロミ」にしたんです。その後、ファーストアルバム(CD)を出すことになった時に、芸名が著作権的に問題ないか確認してほしいとレーベルの人に言われて。それで著作権を管轄する役所に行って相談したら、「問題ないと思うけど、ラジオで聞くとそのままだから、前後に何かつけたほうがいい」って言われて。数字をつければいいんじゃないかという話になって、最初は69をつけようかと思ったけど、クリント・イーストウッドの『ダーティハリー』が好きだったので、彼の愛用する拳銃「44マグナム」から「44」ってつけました。

---ファーストアルバムっていうのは、2003年にリリースした『指導者の叫び』ですね。

GO 名古屋のインディーズレーベルから出して、原爆オナニーズっていうパンクバンドの元メンバーが協力してくれたんですけど、5000枚くらい出荷するから権利的なことはクリアしてくれ、と言われてたんですよね。

---原爆オナニーズっていったら名古屋の大御所パンクバンドですよ!

GO 名古屋のお笑いライブに爆笑問題とGOヒロミで営業に行ったときに気に入ってもらって、CD出さないかということになったんじゃなかったかな。

---確かにGOさんのネタとか存在感ってパンクに近いなと思ってたんですよね。だからパンクの人たちに相性いいなと思われたんでしょうね。

GO パンク系のライブにも結構呼ばれて出ていたんですよ。パンクの人たちって危ないことを言うのが好きだから。でも彼らも、パンクのことを悪く言われるのは許せないらしくて、あるとき凄く怒らせちゃって。その頃は「俺にはタブーは無い、なんでも悪口言うんだ!」と思ってたから、パンクのライブでパンクの悪口を言っちゃったんですよ。「ファッションパンクども!」「ほんとのパンクなら皇室批判とかしろ!」みたいに。あくまでネタとして、個人批判とかでは全然なかったんですけど、それ以降はそういうイベントに呼ばれなくなっちゃった。

---その頃のGOさんの何も恐れない感じって、落合信彦の影響もあったんでしょうね。

GO 上京してから、『GORO』に連載されていた落合信彦の「狼たちへの伝言」にハマったんですよね。この人は凄い人だなあと本気で信じちゃって。憧れましたね。でも良く考えたら、身長160センチくらいの小男がアメリカで10人相手に喧嘩で勝てるわけないよなあと、後から気づきましたけどね。


●お笑い芸人として運命の日

---そういえば、先日のキングオブコントは見ました?

GO もうお笑い番組は全く見てないし、興味もない。『ボキャブラ天国』の頃までは気になっていろいろ見てたけど、もう今の芸人は年も離れてるし……。

---ボキャブラの頃って、当時の若手芸人たちが次々にブレイクしましたよね。

GO 土方をしていた都庁の建設現場にはつぶやきシローとかもいて、仲良かったんだけど、彼もボキャブラでブレイクしたら人が変わっちゃって(苦笑)。ボキャブラの頃はテレビに出たくて出たくて仕方がなかったので、妬みと嫉妬で苦しかった。知り合いでなければ気にならないんだけど、知り合いがテレビに出ると気になっちゃって。ネプチューンの連中とか海砂利水魚(※現くりぃむしちゅー)とか、みんな知り合いだったから。

---同期や後輩が出世していくのを見るのって、サラリーマンでも嫌ですからね。

GO 自分も一度いいところまで行ったんですよ。某大手芸能事務所に所属していたころ、事務所の全権を当時握っていたマネージャーが、「次に誰を売りだそうか」というのを決める会議で、「来年はGOでいこう!」と決めてくれて。確か自分が27〜28歳くらいの時。ボキャブラ全盛期でした。

---凄いじゃないですか!

GO そりゃあもうやる気満々になって。「僕も有名人になれるんだ!」と。それで事務所の社長が、「来年推すんだったらそいつを見ておきたい」ということになって。社長は普段は現場に一切来ない人なので、その人に初めて自分のネタを見せたんですよ。そうしたら「あんな下ネタばっかりやるやつを推すな!」と鶴の一声があって(苦笑)。その時はチンチンも出してないし、タオルで股間をこする程度だったのに、「あんなのはダメだ」と。

---運命の分かれ道だったんですね、その日が。

GO そうですね……。社長に好かれなかったからもうここにいてもは駄目だろうと思って。それをきっかけに事務所を辞めてフリーになって、好き勝手やるようになった。

---ほかの事務所に移籍しようとか思わなかったんですか?

GO なかったですね。好き勝手やりたかったし、もうお笑いを辞めようとすら思った。当時から今の女房とつきあっていて、彼女の実家の家業を継ごうかなという話になっていたので。でも、彼女が仕事で昇進して給料が上がったので、自分は収入そんなになくても生活はできるから、もう少しやれるねということになって(笑)。それでフリーで続けてるんです。


●セックス&バイオレンスなコアマガジン時代

---革マスクを被ってフリーで活動していたころは、結構怖い人っていうイメージでしたよ。本物の変人なんじゃないかって(笑)。

GO あのころはコアマガジン社の仕事が多くて、そういうイメージが求められたんですよね。僕のライブに来ていた客の女子大生がコアマガジンに就職して、仕事しないかと声をかけてくれて。コアマガジンの連載は7〜8年くらいやってたかな。そのころに知り合った人の半分くらいはその後に刑務所入ってるんじゃないかな(笑)。原稿料はちゃんと払ってもらってたけれど、まわりはおかしい人だらけでしたね。AVとVシネも10本くらい出たし、清水健太郎復活ライブの司会とかもやった。

---鳥肌実さんと抗争みたいなこともしてましたよね。

GO 彼が右翼芸人になる前は仲良かったんですよ。近所に住んでいて、あいつも女にくわしてもらってて。その女と分かれてから突然右翼芸でブレイクして、とたんに僕との関係が無かったかのように振る舞ったから、彼の悪口を言うようになった(笑)。彼の元カノを連れて事務所に乗り込んだりして。

---もともと喧嘩とか争いとか好きだったんですか?

GO いえいえ。大分時代はセックスには明け暮れていたけど喧嘩は全くしなかった。地上波テレビとの縁が切れてから、なんだか暴力と縁のある世界に入り込んじゃいましたね。

---プロレスの試合に出たこともあったんですよね。

GO インディーズですけど、二瓶組長というプロレスラーとシングルマッチで試合したことがあるんですよ。もうひどい試合で、最初は「GOさんは素人だから本気ではやりませんよ」と言われてたのに、試合中にレフェリーから「もっと真剣にやれ!」とか言われて、二瓶組長がいきなり後ろから延髄に本気でラリアットをしてきて。むちうちというか、いまだに目がクラクラしたりしますよ。

---めちゃくちゃですね! 他にプロレスラーとの接点ってあったんですか?

GO ジョージ高野さんには漫談日本一決定戦の審査員として出てもらったことがあります。話すと楽しい人でしたよ。ちんこも見せてもらったんですけど、ほんとにデカかったですよ(笑)。


●ブログからツイッター、そしてネット配信へ

---2005年くらいからブログ「毒舌天国」を始めてますよね。

GO ブログは5年くらいやっていたかな。今思うとツイッターよりもブログのほうが手ごたえありましたね。読者は400〜500人程度だったけど。

---当時「GO!ヒロミ2号」っていう弟子がいたっていう噂もあるんですが、どんな人だったんですか?

GO もともとブログでスタッフを募集したら、当時高校生だった女の子が応募してきたんですよ。それで普通にスタッフだと面白くないから2号ということにして、お笑いライブに出させたりした。変わった子でしたね。やりませんでしたけど(笑)。ワレメがどうとかっていう下ネタをやっていた。

---そして今はツイッターでフォロワーが1万人超えて、また密かにブレイクしている感じですよね。古市憲寿さんとか堀潤さんといった若い文化人もフォローしてるっていう。

GO たぶん僕を芸人だとは知らずに、ただの面白い人と思ってるんじゃないですか? 

---いじめ関連の正論ツイートで2000件以上リツイートされたものとかもありましたよね。

GO ツイッターでは左翼っぽいことを言うと受けがいいみたいで、真面目なことをつぶやくとフォローがぐっと増えるんですよ。逆に右翼っぽいこととかブラックジョークをつぶやくとフォロワーが一気に減る。僕は思想とか全然ないんですけどね。病気とか障害者とか、弱者をばかにするようなことを書くと明らかに減るので、ブラックジョークをいわなければ今頃フォロワー10万人くらいになってたんじゃないかな。

---GOさんの場合、強者も弱者も等しく茶化しちゃいますからね。同じ毒舌でもそこがマツコデラックスと違うというか。

GO そういえば、吉田豪さんがよくリツイートしてくれるんですけど、あの人がリツイートしてくれるとフォロワーが増えるんですよ。3000〜4000人くらいはあの人のおかげで増えました。

---吉田豪さんからインタビューの依頼ってこれまでなかったんですか?

GO 全然。

---連絡先が分からないだけじゃないですかね。昔はブログで公開していましたもんね。今はブログを辞めてツイッターと、あとnoteで音源とトークの有料配信を始めましたが、反響はどうですか?

GO 上の子が保育園に行くようになったので、やっと少し時間が出来て、以前やっていたネットラジオの録音がまた出来るようになって。それでnoteで公開し始めて、最初は無料で配信したら1000人聞いてくれたくれたのに、有料にしたら課金してくれた人は10人だけ(笑)。100分の1になっちゃった。全然お金にならないですよ。

---あ〜、でも有料コンテンツに課金する人の割合ってだいたいそんなものなのかもしれないですね。

GO これまで一番儲かったというか、お金になったのはTシャツですね。作ってくれた人が忙しくなっちゃったから今は作ってないけれど、これまでライブでたぶん1000枚くらい売れた。

---それも今っぽい話ですね!僕も欲しかったんですよね。

GO 「死ねばいいのに鳥肌実」って書いてあるだけのTシャツなのに(笑)。


●性欲も物欲も無くなった……!?

---GOさん主催のお笑いライブ「漫談日本一決定戦」って、かなり長く続いてますよね。

GO 15年くらい前からやっていて、間に5年間くらいブランクはあるんですけど。漫談日本一決定戦って、けっこうブレイク率高いんですよ。過去に無名時代に出てくれたのがダンディ坂野、猫ひろし、長井秀和、鳥居みゆきちゃんとか。そういえば昔は、僕の名前を見てヒロミが出ると勘違いされたことがあって、客から「ヒロミはいつ出るんですか?」って直接言われたこともあった(笑)。

---最近のGOさんのネタってギター演奏しながらの替え歌が多いんですが、初期の頃はギター弾いてませんよね。

GO ギターを初めて弾き始めたのは36歳の時なんです。最初はウクレレを弾いてネタをやってみたら簡単に出来たので、これだったらギターも覚えられるかなと思って。

---もともと長渕剛の大ファンだっただけあって、お笑いなのにグッとくる歌ありますよ。「平成純愛物語」とか大好きです。

GO 昔は本当に長渕が大好きだったんだけど、横浜アリーナのライブを見に行ったら、ちょっと宗教みたいな感じで、あれで興味を無くしましたね。32〜33歳くらいの頃だったかな。替え歌もたくさん作ったけど、最近は替え歌もなかなかおおっぴらにできなくて。

---11月にも「漫談日本一決定戦」は開催されますが、規模とか回数とか拡大する予定は無いんですか?

GO どうなんすかね……。たぶんこのままの感じで。以前はもっと情報誌とかに連絡したりチラシ作ったりして積極的だったんだけど、今はもうそこまでやらないですね。次回のイベントも池袋手刀(ライブ会場)の人に頼まれてやっている感じで。お笑い自体下火だし、地下芸人も高齢化が進んで(苦笑)、前ほどやんなくなっちゃっいましたね。

---あ、やっぱり子供が出来ると下ネタとかをやる気って薄まっちゃうもんなんですか?

GO そうですね。最近は性欲もないし、性欲が無くなってから物欲も無くなったし。猥褻なことには興味が無くなってきたかわりに、どちらかというと危ないネタばかりになってきましたね。

---ますます怖い人って思われそうですね。

GO ぜんぜんそんなことないんですけどね。でも、ツイッターのフォロワーが増えてもライブの客は全然増えない。フォロワーが2万人とか3万人になっても何も変わらないと思う。いっそのこと、僕がなにか事件でも起こせば客が増えるのかなと思って。

---事件は起こさないでください! 11月のライブ、楽しみにしています。



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夏のパチ怪獣まつり2015 「マルサン怪獣総進撃」#13

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また来年!


夏のパチ怪獣まつり2015 「マルサン怪獣総進撃」#12

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バロン: 昔から中国の山奥にいるナゾの怪獣、スーシー山の大爆発によって流れた溶岩の中から生まれた。ものすごい声を上げて口から1キロも炎をふき、あらゆる物を焼きつくす、二つある首を一度に切られない限りいつまでも生きている恐ろしい大怪獣。


昨年、全世界に30人は存在すると思われるパチ怪獣マニアたちを震撼させた一品。

まんだらけのオークションに突如出品されたこの怪獣は、マルサンから発売されていた「バロン」という四つんばいの双頭怪獣のミドルサイズとして紹介されていた。マルサンのパチ怪獣シリーズはこれまでスタンダードサイズ、大サイズ、超特大サイズ、そしてミニサイズ(指人形)での展開が確認されていたけれど、ミドルサイズが存在したという情報は過去40年以上も無かった。

このミドルサイズのバロンが発掘されたことによって、まだ未知のパチ怪獣が多数存在する可能性が広がったわけだ。

オークション出品画像を見るだけでも伝わってくる、安定感のある堂々とした佇まい。大協の宇宙怪獣シリーズを彷彿させる彩色がかもしだず王道パチ怪獣感。バロンのスタンダードサイズより遥かに魅力的で、この造形をスタンダードサイズにしてほしかったくらいの超名作。

またいつか未知のパチ怪獣に出会えますように……!


夏のパチ怪獣まつり2015 「マルサン怪獣総進撃」#11

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バドラ: 原爆実験の放射能を浴びて、突如、入道雲の中からとび出てきた。マッハ3のスピードで空をとび、背中の翼で衝撃波を出して地上のものを破壊し、目からは放射線を発して敵と斗う。体中がかたいうろこでおおわれどんな武器も役に立たない凶暴な怪獣。

元ネタはウルトラマンに登場した高原竜ヒドラなんだろうけれど、うまくオリジナリティを醸し出すことに成功していると思う。フクロウみたいな顔がキュートで、とても凶暴には見えないところがいい。

夏のパチ怪獣まつり2015 「マルサン怪獣総進撃」#10

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このジャイアントゴリラは、マルサンのパチ怪獣シリーズ(正式には「ウルトラ怪獣シリーズ」)ではなく、当時世界的に大ヒットしたイギリス画『恐竜100万年』(1966)の名義を借りた恐竜シリーズのひとつとして発売された。しかし『恐竜100万年』に巨大ゴリラは一切出てこないので、やっぱりこれはキングコングのパチもの以外のなにものでもなかったのだと思う。

写真の小さいほうは1990年代に再発された復刻版。パチものとはいえ、荒々しいリアルな表情と躍動感あふれるマッチョボディは見事で、マルサン怪獣の中でも名作とされている。大きいほうは昨年マルサンから発売されたジャイアントサイズの新規造形版(といっても体は恐らくゴローの流用)。もともとのジャイアントゴリラと比べるとバランスは悪いけれど、大きくなったぶん迫力はある。

『恐竜100万年』なんて書いたものだから、久しぶりに同作のハイライトをYouTubeで見てみたら、子供の頃にテレビで見たときは相当リアルだと感じたストップモーションの恐竜たちがもう全然リアルに見えなくて、少しさみしい思いをした。


夏のパチ怪獣まつり2015 「マルサン怪獣総進撃」#9

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mogrines

モグリネス: 南極の氷の中から生まれたので暑さにとても弱いが、口から吐き出す冷凍ガスで陸上にいる時は、自分の体を冷やしながら生きている。ふつうは海の中にいて魚を食べているが、台風などによって陸にうちよせられると、驚いて大暴れし、冷凍ガスで何でも凍らせてしまう。

書き写していて毎回感じることだけれど、マルサン怪獣新聞に書かれていたこの紹介文、とても文学部の大学生が書いたとは思えない。

それはそうと、このモグリネス。モグラを連想させるネーミングや頭部についたドリル、大きな爪から、てっきり地底怪獣だと思っていた。海洋怪獣なのだとすれば、たぶん『妖星ゴラス』の南極怪獣マグマあたりが解説文のインスパイア元か。愛嬌のある丸顔とつぶらな瞳が愛おしくて、地味だけど嫌いじゃない。




夏のパチ怪獣まつり2015 「マルサン怪獣総進撃」#8

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ゴスラ: 非常に恐暴な怪獣で二つの頭を持ち一方からは熱光線を吐き全てのものを一瞬にして焼きつくし、一方の口からは冷凍光線を吐き全てを冷凍にしてしまう。然し片方の頭をやられると体温の調節ができなくなり死んでしまう。

成田亨と高山良策の非凡な創造力が融合して生み出された、ウルトラシリーズ屈指の名怪獣「ゴモラ」。そのゴモラを大胆に剽窃して双頭にした問題作がゴスラだ。著作権意識がまだ未成熟だった1970年だからこそかろうじて存在が許された禁断の創造物。よく円谷プロが訴訟を起こさなかったなと思う。

この穢れた傑作は歴史の中に封印され、二度と日の目を見ることはないと思われていたけれど、昨年に円谷プロ公認で復刻発売されたときは驚いた。

夏のパチ怪獣まつり2015 「マルサン怪獣総進撃」#7

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kaibarg

カイバーグ: 東京湾にいたマキ貝がヘドロを食べて巨大化したもの。マッハ1のスピードで海の中を泳ぎ、口から毒ガスを吐き出す。体はやわらかいが、頭脳はからの中にあるので、いくら体に弾が当たっても死なないが、きれいな空気やきれいな水を吸うと、もとの小さな貝に戻ってしまう。

造形的には大雑把な後期マルサンクオリティだけれど、色のグラデーションが地味に美しくて、ヘドロが原因で生まれたヘドラやザザーンの同類とは思えない。黄桜の河童みたいな表情もいい。欲を言えば、もう少し貝類っぽいつるつるした体表でもよかったような気はする。

夏のパチ怪獣まつり2015 「マルサン怪獣総進撃」#6

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ウルトラサターン: 地球を征服しようとする星人から人間を守る為に冥王星の王モストサターンから送られて来た。地球人に変装するのが、とてもうまく、いつでも変えているので、誰にも見破ることができない。催眠術を使って地球人の味方として、バンカー星人、フラン星人と闘う。

ヒーローというより怪人にしか見えないところがいい。これ見よがしに腰につけたミサイルが殺る気マンマンな感じがして、人間を守るといいながらどこかで裏切りそう。

マルサンのウルトラ怪獣シリーズは、スタンダードサイズと大・特大サイズのデザインが微妙に違うのが常で、このウルトラサターンも頭部や胸の部分が良く見ると違う。たぶんラフスケッチすらなく自由に粘土をこねて作っていたのだと思う。

1965年のツタンカーメン展が大ヒットして以来、ツタンカーメンの黄金マスクが怪獣や怪人のデザインモチーフにしばしば使われたけれど、ウルトラサターンはそのもっともストレートな表出のひとつだった。



夏のパチ怪獣まつり2015 「マルサン怪獣総進撃」#5

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怪傑透明ウルトラエース: ドイツの偉大なる科学者アインべック博士が実験中のアルファー液を誤って体中にあびてウルトラエースに変身。地球を攻撃してくる怪獣と戦い地球防衛軍を助ける。マントを広げマッハ3のスピードで飛び廻る。そして体を休めるときとか身の危険を感じたときは、マントを頭からかぶって透明になってしまう。

ウルトラマンとウルトラセブン(と光速エスパー?)をマッシュアップさせた、70年代パチデザインの王道。これは大サイズバージョンで、真っ赤に晴れあがった唇は何回見ても慣れない。

このウルトラエースが存在したために円谷プロは「ウルトラA」という番組名を断念して「ウルトラマンA」にした、という有名なエピソードがあるけれど、そもそもここまでデザインを剽窃されていたのであれば円谷プロのほうがウルトラエースを訴えて潰す、という発想はなかったのかどうか。


Profile
真実一郎
心に茨を持つリーマン。吐き気がするほどロマンチスト。好きな言葉は「巨悪も美女も眠らせない!」。

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