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陰日向に咲く 〜『総務部総務課 山口六平太』という漫画

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 1986年に『ビッグコミック』(小学館)で連載が開始された『総務部総務課 山口六平太』は、戦後に一時代を築いた源氏鶏太のサラリーマン小説を正当に継承する、ゆるふわ愛されサラリーマン漫画だ。漫画評論やサブカル評論でとりあげられることはまずないけれど、コンビニエンスストアの廉価版コミック売り場には、六平太のエピソードを再編集したものがたいてい並んでいる。

 原作の林律雄は1950年生まれ、作画の高井研一郎は1937年生まれという、2人合わせて140歳オーバーの超ベテランコンビによる安定感抜群の本作。連載開始から30年経ち、単行本はもうすぐ80巻に届く。しかし連載当初から今も変わらず六平太はヒラ社員のままだし、上司の誰も昇進しないまま。今では会長にまで上り詰めた島耕作とは対照的に、庶民派サラリーマンの終わりなき日常を、淡々と平熱で、前向きに描き続けている。この牧歌的なトーン&マナーで描かれたら、横溝正史の小説ですらゆるふわ愛され伝奇になるだろう。

 六平太が勤務するのは、全国に工場ならびに支社&営業所がある自動車メーカー、大日自動車本社。社員旅行や運動会、忘年会、野球大会、釣り大会といった社内親睦会を頻繁に行う非常に家族的な会社で、つまり最大公約数的な昭和の日本企業が舞台となっている。

 しかしそこで働く六平太は、とても平凡とはいい難い、ほとんど完全無欠の超人だ。社内外でフィクサーとして立ち回って幾多のトラブルを見事に収め、大株主にも覚えがめでたく、政治家やヤクザにも人脈があり、部下や女子社員からもモテモテ。清掃のおじさんや消防局、独身寮のおばさんにも気配りを欠かさないため、社外からの人望も大変厚い。特に社長とのパイプは太く、ヒラ社員でありながら社長とサシで話が出来て、その上社長の秘書が恋人で、社長の娘にも気に入られているという、出世確立100%、盤石のコネクションを築いている。

 それでも六平太は出世願望や起業願望の欠片も見せず、昇進を断り、女遊びもせずに、縁の下の力持ちとしてモクモクと会社に奉仕し続ける。大物政治家の秘書に誘われた時も「総務が天職だと思っています」と断った。休日出勤や他の部署の尻拭いなども決して嫌がらずに引き受け、社長や会社の為になることは喜んでやる。しかもそれを決してひけらかさない謙虚な姿勢が、好感度に拍車をかけている。

 バブル全盛期に連載が開始されていながら、高度経済成長期のような無償の会社人間っぷりはちょっと凄い。これを「社畜」と嘲笑しても意味はない。六平太は社長を心から尊敬しており、大日自動車という会社を心底愛しているのだ。

 もっとも、回を重ねるごとに山口六平太のスーパー有能ぶりが顕著になり、大物的なムードが漂うようになるので、読者の共感の対象とはならなくなる。その代わりにスポットライトを浴びることになるのが、超庶民の有馬係長で、この万年係長を中心に据えた話が徐々に増えてくる。

 強い出世欲と自己顕示欲、妬み嫉み、浮気願望などなど、なにからなにまで六平太とは対照的な人間くさい煩悩に満ちているこの俗物は、当初は嫌味なキャラとして描かれていたものが、段々憎めない人として描かれてくるようになっていく。 有馬係長をはじめ、この物語には基本的に根っからの悪人は一切登場しない。経営者たちも情が深くて部下思いだ。

 連載当初からこの漫画を愛してきた読者たちは、いまはもう50歳を超えている人が大半だ。この連載が開始された当時のビッグコミックは、手塚治虫、石ノ森章太郎、さいとう・たかを、ちばてつやといった豪華なレジェンドたちがひしめく黄金時代。そのため、六平太はその中ではお茶うけ的な小作品として始まり、まさしく総務課のように地道に手堅く雑誌を支えてきた。そうしたポジション自体が、主役にはなれないけれど会社に欠かせない屋台骨となって働く、最大公約数的なサラリーマンそのものだった。陰日向に咲く多くのサラリーマン達に同じ立場からエールを送ってきたからこそ、この漫画は島耕作シリーズの読者とはまた別の層に長く愛され続けてきたのだろう。

 六平太はその丸々とした容姿のために、有馬係長からよく「ジャガイモ」と揶揄される。まさにステーキに添えられるジャガイモのような、そんな添えポテトとしての矜持。それを昭和の人たちは「サラリーマンの醍醐味」と呼んだ。


このサラリーマン漫画が凄い!!2016

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 社蓄、ブラック企業、正規・非正規。雇用環境が流動化し、従来のような正規雇用の中間層=サラリーマンが一枚岩ではなくなった結果、古い働き方への懐疑と新しい働き方の模索が大規模かつ同時多発的に起こっている。そんな時代だからこそ、同時代の漫画を通してサラリーマンの働き方を改めて考えてみたい。

 仕事とはなにか、働くとはどういうことか。『島耕作』と『重版出来!』だけがサラリーマン漫画じゃないですよ!


1位 中間管理録トネガワ



 悪魔的傑作……!あまりの面白さにアマゾンのレビューも絶賛の嵐。福本伸行の代表作『カイジ』に出てくる、悪徳企業幹部の利根川を主人公にしたスピンオフ作品ではあるけれど、中間管理職の普遍的な悲喜劇を描いているので、『カイジ』を読んでいない人でも十分に楽しめるはず。

 金融コンツェルン幹部の利根川幸雄は、暴君である兵頭会長が課す無理難題に応えるべく、部下を集めて企画会議を開催する。会議を盛り上げるため、部下たちの平凡な案も誉めまくり(ブレストの基本!)、幾多のアイディアを出させるものの、その案を見た会長が渋い表情をしたと見るや、手のひらを返すように全否定。部下からの信頼を失ってしまうと、今度は『部下の心を鷲掴み!必殺マネジメント術』というビジネス書を読みこみ、社員旅行のバーベキューで高級肉を大盤振る舞い。機嫌を取ることに成功する。

 部下の力を借りたい、でも手柄は自分で欲しい。野心と保身が複雑に絡み合う、そんな中間管理職の情けないリアルなホンネが、素晴らしく悪魔的なギャグに昇華されている。

 思えばあの『課長島耕作』も、冴えない感じで部下に気を使いつつ上司の顔色をうかがっていた初期の課長篇の頃が一番身近で面白かった。中間管理職の共感を描くコンテンツは、団塊ジュニアの多くがそのポジションを占めるようになった今こそニーズがあるはずだ。

 読めば読むほど利根川に感情移入してしまうこの作品。利根川は『カイジ』本編では悲惨な体罰を受けて失脚してしまうけれど、この漫画はその前日譚という設定なので、どうかカイジと出会う前に転職して幸せになってほしい、と願い始めている自分がいる。


2位 働かないよ!ロキ先輩



 過労で倒れて大手ブラック企業を解雇され、エリートから転落してしまった若手社員、平並凡人(ひらなみぼんど)。失意のうちに出会った、ロキと名乗る謎の美青年に導かれ、田舎の小さな印刷会社に再就職。そこは社員が誰も働かずに好き勝手やっている超ホワイト企業だった。

 社畜意識が強く残る平並が、自由すぎるロキ先輩たちに対して苛立ち、ツッコミ続け、たまに「自分のほうがおかしいのかも?」と自省する、というコメディ展開。これで思い出すのが、かつて高度経済成長期に大ヒットしたサラリーマン映画「ニッポン無責任時代」だ。

 植木等が演じる平等(たいらひとし)が、生真面目なモーレツ社員たちの中で遊び続け飲み続け、いつのまにか出世する。「隷属と自由」という同じ対比を描いたコメディなのに、当時と今では構造が完全に逆転しているのが面白い。会社を引っ掻き回す一人の道化に夢を託した当時と異なり、今は道化だらけのユートピアを希求するところまで想像力は肥大化したというわけだ。

 「ロキ」とは、北欧神話に登場する悪戯好きの神の名前で、この漫画ではほかにも北欧神話のさまざまな意匠が多用される。まさに世俗的なサラリーマン世界とは対極にある、現代の神話が紡がれているのだ。

 浦島太郎を例に挙げるまでもなく、この手のユートピア願望は主人公が最後に現実に引き戻されたり酷い罰が当たったり、ハッピーエンドで終わらないことが多い。しかし本作は、エリートから転落した挫折と苦しみを真正面から描きつつ、ユートピアでなくともそこそこ収まりのいい現実的な居場所が誰でも見つけられる、そんな光を届けることに成功している。

 会社をクビになったことを勇気を出して両親に告げるシーンは本当に感動的だ。仕事がつらくて逃げたい、と思っている若い大企業勤務の人に読んでほしい。


3位 社畜! 修羅コーサク 



 島耕作パロディ史上最高傑作にして、コンプラ的にいつ連載打ち切りになっても不思議ではない超問題作。第1巻の帯には「本家『島耕作』、弘兼憲史先生黙認!」と書かれていたけれど、更に多方面から黙認してもらわないとヤバいのでは、と心配になるレベル。

 主人公は武辣苦(ブラック)商事に努める社畜、図画コーサク。本社から左遷先の墓多(はかた)に渡ると、そこは木に手りゅう弾が実り、住民は白い粉(麺の原料となる小麦粉)の中毒、上司は革ジャンでモヒカン、お局OLはゴリラという修羅の国だった。出世のために醜く足をひっぱりあう、サラリーマンのドロドロした部分を凝縮したような荒廃した世界の中で、コーサクは社畜ならではの技を駆使してサバイブする。

 まさに島耕作meetsマッドマックス。登場人物もファク山マサハル(福山?)とかリモータン(タモリ?)とか、九州出身の大物有名人に似た人たちがファックな役回りでコーサクを苦しめる。今どきここまでコンプラ無視で攻めている漫画も珍しい。一方で、「年を取ってから覚えた女遊びとソリティアは始末が悪い」なんていう秀逸なあるある名言も出てきたりして奥が深い。

 本家島耕作も、マフィアに銃撃されたり美人局に狙われたりして相当に修羅場満載だけれど、もともとは優柔不断な凡人。それに対してコーサクは、自我を捨てて会社に魂を売った者の覚悟と凄みがあり、課長時代の島耕作よりも遥かに旧式サラリーマンとして完成度が高い。いまや昭和の社畜スタイルは、これくらい振り切って笑い飛ばさないとダメなのだ。

 うっかり本家のような長寿漫画になって実写ドラマ化されたら、ファク山さんは果たして出演してくれるだろうか……。


4位 平取締役鰻田本部長の秘書



 鰻田純は中堅下着メーカー勤務の52歳既婚。内向的な性格のため、これまで全くモテたことがなかったけれど、運よく昇進して本部長=役員になれたことで転機が訪れる。新しい秘書の伊藤美涼が美人で巨乳のどストライクだったのだ。

 伊藤と親睦を深めるために早速飲みに行くと、泥酔して記憶を失い、翌朝目覚めるとホテルの部屋で伊藤と二人きり。鰻田はなぜか彼女のブラジャーまでつけていた。それ以来、鰻田は伊藤のことが気になって仕方がなくなり、やきもきする毎日を送るハメになる。

 この漫画、とにかくヒロインの伊藤美涼が魅力的で、中年読者の男心の下のほうをジワジワと刺激してくる。いつも涼しい顔で冷静なので、何を考えているのかわからないミステリアスな部分がありつつ、酒に酔うとスキだらけ。そして身体はグラビアアイドル顔負けのムチムチプリン。

 こんな秘書が毎日そばにいるのだから、女慣れしていない鰻田が、まるで男子中学生のような恋心と下心を一方的に抱いてしまうのもよくわかる。

 これまで王道サラリーマン漫画の主人公は、島耕作にしても矢嶋金太郎にしても、頭がよくてイケメンで仕事をバリバリやって女にもモテた。そしてそれがサラリーマンの理想モデルだとされてきた。しかし実際に中年になってみると、島耕作になるような能力も度量も自分には無い、ということが嫌でもわかってしまう。

 「ほどほどの成功」と「疑似初恋」。それこそが、身の丈に合ったリアルな中年サラリーマンドリームなのだと鰻田本部長に気づかされる。

 最終巻となる第三巻が凄くいい。国友やすゆき作品のような大きな事件や破たんは起きないまま、煩悩の呪いが解けるような解放感と寂寥感が淡々と描かれる。読後感は完全に中年版『500日のサマー』だった。


5位 トクサツガガガ 



 ビッグコミックスピリッツに連載されていた熱血商社マン漫画『商人道』は短命に終わってしまった。今の時代に敢えてモーレツサラリーマンを主人公にした意欲作だったけれど、やはりモーレツは読者の共感が得られなかったのかもしれない。

 それとは対照的に、スピリッツ誌上で存在感を増しているのが、仕事よりも趣味に生きる人間模様を描いた、この『トクサツガガガ』だ。

 主人公は女子力が高そうな26歳の美人OLで、実は重度の特撮オタク。仕事後はヒーローのフィギュアに囲まれた部屋に直帰し、録り溜めたヒーロー番組を鑑賞するのが最大の楽しみだ。しかし特撮オタクである事が同僚にバレることを極度に恐れているため、会社の飲み会にも無理して付き合い、リア充に擬態する日々を送っている。やがて彼女の周囲には一人また一人と同志が集い始め、互いのコンプレックスを溶かし始めていく。

 特撮という〈虚構〉と、会社生活という〈現実〉。このふたつが密接に絡み合い、子供番組のヒーローが大人の人間的成長を促す媒介として毎回機能する。その意外なストーリー展開の巧みさは見事というほかない。

 社会が成熟し、会社に隷属しない生き方が模索される今だからこそ、趣味で人生を輝かせようとする漫画が生まれるのも必然だ。会社生活と趣味の折り合いをつける「趣味リーマン漫画」が、今後ますます増えるだろう。


6位 クッキングパパ 



 「おにぎらず」をご存じだろうか。にぎらずに包むだけで簡単にできる即席おにぎりのことで、一昨年クックパッドで紹介されて以来、かなりのブームになっている。忙しい共働き家庭の時短レシピとして、いかにも今っぽい流行に見えるけれど、実はこれ、もともとは二十年以上前に『クッキングパパ』で提案されたメニューなのだ。

 連載三十周年を超えるこの長寿漫画には、時を経ても色あせない何かがある。主人公の荒岩一味は、仕事は五時までに終わらせ、自宅に帰って育児や料理に勤しみ、出版社勤務の妻の遅い帰りを待つ、いわば「イクメン」や「料理男子」の元祖だ。

 荒岩は料理がうまいからといって、それで出世するわけでもなく、むしろ妻のほうが出世が早い。それでも真面目に働き、上司からも部下からも愛され、家庭も円満。ほぼ同時期に連載が開始された『課長島耕作』が、家庭を顧みずに離婚し、ワインとグルメ三昧で出世にまい進したのとは対照的だ。

 バブル景気に沸いた頃は、島耕作の仕事一筋の生き方のほうが魅力的に見えたけれど、今となっては荒岩の生き方のほうが遥かにラジカルかつハッピーに見える。成熟社会の理想的な家族モデルを早くから提案していた『クッキングパパ』に、時代が追いついたのだ。

 不倫や自殺など派手な事件は起こらないし、敵との料理バトルも一切ない。常に新しい刺激に飢えた胃酸過多の漫画読者にとって、胃に優しく染み渡る手作り料理のように、この漫画はこれからも寄り添い続けていくだろう。


7位 健康で文化的な最低限度の生活



 全国で生活保護を受ける世帯は増加の一途をたどっている。ナマポと揶揄され、不正受給が糾弾されるなど、実情がよくわからないままに肥大化している生活保護問題。日本国憲法第25条をタイトルにしたこの作品は、そんな難題に真正面から取り組んでいる意欲作だ。

 主人公である義経えみるは、東京都の区役所に就職したばかりの新社会人。生活保護を扱う部署に配属され、初日からいきなり受給者の電話を取ったり自宅訪問をしたり、ケースワーカーとして最前線に立たされる。受給者にはさまざまなタイプがいて、その一人ひとりに人生があり、安易な解決は見いだせない。時には人の死にも向き合わなければならない。えみるも、その同期たちも、自分にいったい何ができるのか自問しながら試行錯誤を続けていく。

 えみると同じように生活保護に対して素人である読者が、まるでOJTのように生活保護問題をゼロから学べる物語構成で、綿密な取材情報が食べやすく料理されている。右も左もわからない新社会人が社会に適合していく際の不安と緊張がリアルに伝わってくるので、共感性も高い。情報漫画と働き漫画がハイレベルに融合している。

 個人的にはこれまでの柏木ハルコ作品は物語そのものよりエロ描写の方が印象に残っていたけれど、本作は間違いなく彼女の代表作になるだろう。一筋縄ではいかない生活保護問題を描き続けるのは精神的にヘビーかもしれないけれど、えみるの成長を長く見守りたい。


8位 さぼリーマン飴谷甘太郎 



 グルメ漫画戦国時代が生み落とした怪作。仕事の合間に美味しいものを食べて至福のひと時を過ごす、というグルメ漫画の定番設定をズラし続けた末に、本作はとんでもない場所に辿り着いてしまった。

 出版社に勤務する飴谷甘太朗は、仕事を完璧かつ迅速にこなすスーパーサラリーマン。しかし彼には会社に知られたくない秘密があった。外回り営業を終えた後に、業務をサボって出先のスイーツ名店を巡り、甘味の甘美な世界に浸ることを日々の楽しみにしていたのだ。

 この漫画の唯一無二の特徴は、なんといってもスイーツを口に含んだ瞬間に繰り広げられる、シュールなトリップ描写だろう。しるこを食べると抽象空間に佇む飴谷がしるこを頭から被って溶解し、イチゴパフェを頬張れば巨大なイチゴが隕石となって地球に突き刺さり、豆かんを口に含めば寒天が降りそそぐ世界で頭部が赤えんどう豆になった自分の分身に邂逅する。有名な『2001年宇宙の旅』のスターチャイルドのシーンみたいな幻覚が延々と展開されるのだ。糖分が持つというある種の中毒性が、極めて独創的にビジュアル化されている。

 会社の仕事はきっちりこなしつつ、人間関係は会社に依存せず、趣味の世界を充実させることを最優先させる。飴谷のそうした趣味リーマン的な生き方はいかにも今風で、『トクサツガガガ』などに通じるものがある。ひょっとしたらドラマ化の可能性も、などと思っていたら、4月に発売された第2巻で何故か完結してしまった。
 
 舞台を東京から全国に広げたシーズン2を是非!


9位 今宵、妻が。



 主人公は真面目だけが取り柄の平凡な33歳サラリーマン。女性経験の浅い彼が、10歳も年下の清楚な美女に一目ぼれして結婚。しかしセックスに自信がないために、いつも彼女の何気ない一言を気にして妄想が膨らんでしまい、淫乱な変態女だと思い込み、ドSに豹変して性的にやりこめる。でも彼女はそんな彼を愛おしく思って受け入れ、夫婦の愛はますます深まっていく。

 毎回アンジャッシュのコントみたいな勘違い展開をみせる、新婚ボケのエロコメディ。生真面目に正常位しかしてこなかった主人公が、妻の一言をきっかけとしてフェラチオやクンニ、ローションプレイ、SMなど、それまで体験していなかった未知なる性の扉を開いていく。絵も官能的で、『ふたりエッチ』よりも遥かにエロく、国友ひろゆきの漫画より遥かに実用的。

 問題は、こうしたセックス三昧の新婚生活という設定自体が、今のサラリーマンの妄想や願望に応えられているのだろうか、という点だ。正社員と専業主婦、若くしての結婚、愛情の証明としてのセックス。これらはすべて「古き良き」昭和サラリーマンの理想像だ。

 妻にも働いて家計を補完してほしいし、そもそも結婚するより一人で自由を楽しみたいし、セックスはコスパを考えると風俗やオナニーで十分。それが今どきの30代男の本音だったりするのではないだろうか。昭和的な核家族前提の結婚観は、もはや舞台装置としての求心力を持ちえないはずなのだ。

 そう考えると、この妻は実際のところ、昭和の良妻イメージの復元ではなく、現代の中年男の性的欲望を全て都合よく満たしてくれる風俗嬢のメタファーなのかもしれない。


10位 アニメタ



 アニメ制作会社を舞台とした熱血お仕事漫画。女性新入社員の成長を描くという点では、ドラマ化されて話題の『重版出来!』に近い。

 主人公の真田幸は、学生時代に偶然見たアニメに魅了され、アニメーターを志す。アニメ制作に関する知識やスキルは未熟なものの、大手制作会社の採用試験に受かり、花形部署に配属されることに。新人動画マンとして同期の優秀なライバルたちに負けないよう、上司や監督が与える厳しい試練に立ち向かう。

 なにも出来なかったダメな主人公が、さまざまな試練を克服することで天性の才能を開花させていく、という『ガラスの仮面』展開。一巻のオビに「スポコン・アニメーター物語!!」とも書かれているように、絵柄は今っぽいのに物語は古き良き昭和の匂いがする。

 長時間労働で低賃金という過酷な修行を強いられるアニメ制作現場は、確かに昭和の泥臭い精神論と相性がいい。主人公は「自分が好きで選んだ仕事で死ねるなら本望です!!」とまで言い切るモーレツぶりだ。

 今あえて仕事をスポ根として描く、という試みは新鮮で面白い。ただ、仕事のプロセスを細部まで「リアル」に描けているわりに、労働の「リアリティ」はじゅうぶんに伝わってこない。主人公は最終的にどんな試練も根性と才能の発露でクリアしそう、という予定調和の匂いが強くするからだろう。

 このムードに調和しない、たとえば根性論を全否定するホリエモンのような登場人物を登場させて、「スポ根」であることの正当性を自ら問う展開になったりすると、作品に深みが出る気がする。


番外編: 編集王



 土田世紀の『編集王』連載当時、まだ社会人なりたてだった自分は、そのストイックな世界観が時代遅れのように思えてしまい、途中で読むのをやめていた。しかし『重版出来』のヒットで『編集王』を思い出し、一気に読んで完全にハマった。

 良い漫画を作りたいという理想と、売れる漫画を作るべきという現実。この両者に引き裂かれる葛藤が『編集王』を貫くテーマであり、あらゆる仕事に通底する共感ポイントでもある。このメインテーマを、「聖と俗」という究極の二項対立にまで昇華させた臨界点が、第94話から始まる「明治一郎」篇だ。

 エリート一家に育ったいじめられっこの明治一郎は、幼少のころから家庭にも学校にも居場所がなく、自分にだけ見える空想上の宇宙人だけが友人だった。幼馴染で聖女のような奈保子に恋心を抱くけれど、彼女が実は俗物であることが分かって失望し、刹那的なセックスに明け暮れる快楽主義者になる。いつしか宇宙人は見えなくなっていた。出版社に入社し、漫画編集部に移ってからは、売れる漫画を徹底的に分析して、新人作家たちを操り人形のように使い、エロに特化した新連載を企画して大ヒットさせる。しかしあまりの下品さに、漫画が社会問題化して謹慎させられ、彼は失意のうちに自分のルーツを遡りはじめる。彼は再び宇宙人(本当の自分)に邂逅することが出来るのだろうか……。

 若いころの理想を忘れ、現実にまみれて仕事をしている中年になったからこそ分かるこの深み。『編集王』は、失ってから初めてその大事さに気付く、空想上の友人のような漫画だったのだ。


夏のパチ怪獣まつり2016 「ダブラ」

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dabura


1970年代初頭の第二次怪獣ブーム期に米沢玩具が発売した怪獣シリーズのひとつ「ダブラ」。ダブルヘッドのゴジラだからダブラと名付けたのだと思う。体は完全にゴジラ体型。これもまたニセ・ゴジラの系譜といっていいだろう。

初期ウルトラ怪獣のデザインを多く手がけた成田亨が、畸形を怪獣のモチーフにすることを忌避したため、日本には双頭や一つ目の有名怪獣はとても少ない。だからダブラみたいに極端にいびつなバランスの畸形怪獣には、後ろめたい禁忌感と抗いがたい魅力を感じてしまう。

シン・ゴジラが明らかに放射能による深海魚の畸形的進化だったことを考えると、今後ダブラみたいに双頭のゴジラが出現しても不思議ではないだろう。

それではまた来年お会いしましょう。


夏のパチ怪獣まつり2016 「ゴガメジラー」

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gogamezilla


十数年前に、安楽安作という漫画家が趣味で造形に取り組んで少数販売した、ゴジラとガメラを合成したような不思議な名前を持つオリジナル怪獣。ユーモラスでありながらリアルな造形で、一部で熱狂的な人気を集め、オークションで高額な価格がつけられていた。

入手困難だったこのゴガメジラーが、昨年から量産されて入手しやすくなったので購入。マルサン/ブルマァクのスタンダードサイズよりもひとまわり大きく迫力がある。体型は漫画チックなのに、体表の細かいモールドはリアル志向のキングザウルスシリーズを髣髴させる。

夏のパチ怪獣まつり2016 「バギラ」

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bagilla


イマイが発売していたミニプラモ「怪獣シリーズ」のひとつ。昔はこのサイズの箱に入った100円のプラモデルが本屋で大量に売っていた。

箱絵のかっこよさに惹かれて買って、箱を開けてみてガッカリした記憶がある。生命感溢れる箱絵は、今見ても本当に素晴らしい。でもこんな小さな羽ではこの巨体を浮かばせられないはず、というのは子供ながら思った。あと名前がバギナでなくてよかった。

夏のパチ怪獣まつり2016 「ニセ・ゴジラvsニセ・スペースゴジラ」

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nisespacegodzilla


著作権意識が高まった平成以降、パチ怪獣人形を店頭で見かける機会は目立って減り、かわってアーティスト性の高いオリジナル怪獣フィギュアの時代が2000年代以降に訪れる。だから今回紹介するような平成ゴジラの露骨なパチものは結構珍しい。

タグには「HONEY BABY」と書かれていて、もちろんメイドインチャイナ。体を押すと底の部分についた笛が鳴るようになっていて、お風呂で遊ぶあひるちゃん人形の延長的な玩具になっている。たぶん100均ショップで売られていたのでは。

かなりディフォルメされているけれど、怪獣らしい怖さは失っていないギリギリのデザイン。この2体のほかにもガイガンや平成メカゴジラが発売されていた。

夏のパチ怪獣まつり2016 「キングゴジラ(ミニ)」

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マルサンのウルトラ怪獣シリーズ「キングゴジラ」の指人形サイズ。このシリーズは何種類発売されたのかいまだに謎で、成型色のバリエーションも豊富なので、集め始めるときりがない。

キングゴジラの指人形は、いかにも幼生体らしい愛らしい造形。当時はこうして一体ずつ袋に入ったものと、五体まとめて袋に入ったものが売られていた。ちなみにこの袋入りデッドストックのタグをよく見ると「プラモデル」と表記されているので、ひょっとしたらウルトラ怪獣シリーズのミニプラモも発売されていたのかもしれない。

kinggodzillamini

夏のパチ怪獣まつり2016 「特大キングゴジラ」

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先日紹介したマルサン「キングゴジラ」の特大サイズ。スタンダードサイズに比べて格段に凶悪さを増していてゴツい。シン・ゴジラの形態変化システムを先取りしていたともいえる。

マルサンはこの特大サイズを目玉商品にしていたようで、今でもかなりの数がオークション市場で出回っていて、入手は容易。しかしこの特大サイズの上に超特大サイズというものが存在し、そちらは現存するものがほとんど無い。最近まんだらけで開催されたオークションに出品された際はビックリするような値段がついていたので断念。。。

bigkinggodzikka

夏のパチ怪獣まつり2016 「大陸ゴジラ」

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ゴジラのパチ人形はコピー大国・中国でも多くの種類が確認されている。ほとんどは1980年代以降に作られたようで、マルサン/ブルマァク系とは違ってリアル志向の造形が目立つ。

これもそんな大陸産ゴジラのひとつ。肘や膝のたるみ、喉のシワなど、生物としての表現が細部まで行き届いていて、当時の本家ゴジラよりも逆にリアル。後に海洋堂が中国でフィギュアの大量生産を始めるけれど、中国の造形力の高さはこうしたパチもので蓄積されていたのかもしれない。材質が硬質ビニールではなくソフトビニールだったらもっと愛せたのに。

chinagodzilla

夏のパチ怪獣まつり2016 「キングゴジラ」

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1970年代に前半マルサンが発売したオリジナル怪獣「ウルトラ怪獣シリーズ」の中の一つ。ゴジラという固有名詞にキングをつけて、まるでこちらのほうが本家王道であるかのようなネーミングで、よく訴えられなかったなと思う。

ゴジラを名乗るだけあって、背びれや全体的なバランスは確かにゴジラだし、角が生えているところがキングを名乗る所以か。

あまり面白味のある人形ではないので、特に愛しているわけではなかったけれど、今見ると顔がシン・ゴジラの第二形態になんとなく似ていて興味深いものがある。

kinggodzilla
Profile
真実一郎
心に茨を持つリーマン。吐き気がするほどロマンチスト。好きな言葉は「巨悪も美女も眠らせない!」。

サラリーマン漫画の戦後史 (新書y 240)
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