藤子・F・不二雄大全集 中年スーパーマン左江内氏/未来の想い出 (藤子・F・不二雄大全集 第3期)
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これはそのタイトル通り、ヒーローとは程遠い存在である冴えない中年のサラリーマンがスーパーマンになる話で、つまりは「中年版パーマン」だ。1977年から1978年という、いわゆるサラリーマン受難時代(オイルショックからバブル前夜まで)の真っ只中に週刊漫画アクションで連載された作品で、単行本は長らく絶版だったものの、このたび藤子・F・不二雄大全集として久しぶりに刊行された。

会社はいつも定時退社、部下からは軽蔑され、家庭では威厳の無い、冴えない万年係長の左江内氏(ルックスはのび太の先生似)が、ある日突然スーパーマンに任命される。ところが彼がスーパーマンになってやることといったら、会社に遅刻しそうになったときに空を飛んで通勤したり、開きにくくなった雨戸をあけたり、かわいい女性社員の裸を透視したり、ぼったくりバーから脱出したり、と地味でセコイことばかり。サラリーマンがたとえヒーローになっても、しょせん縁の下の力持ち。何も出来ず、誰にも承認されない。そんな滑稽なまでの諦念と悲哀がこの漫画には漂っている。

本作のサラリーマン観が最も色濃く描かれているのが第13話「名月や」だ。冒頭で、若手社員たちがいきなりの終身雇用批判。「終身雇用制なんて日本独特の甘えの構造が産みだした時代錯誤の…」「このさい思い切ってぜい肉を落とし、体質改善を計るべきだ」「だぶついてる中高年層に道をゆずってもらわにゃ」。

肩身が狭くなった左江内は、その日の夜、気分転換しようと野原で名月を楽しもうとしたところ、ひとりの老人に会う。老人は自ら社長を務めた超一流企業が倒産たため、自殺しようとしているところだった。老人にとっては会社が人生の全てだったのだ。

2人で酒を交わしながら、左江内はシンミリ打ち明ける。寄らば大樹のかげと思って入社した会社で、安定した一生を送れると思っていたのに、「ぜい肉」よばわりされたことにショックを受けた。自分たちは高度経済成長をささえてきたのに、今になって切り捨てるなんて。

いまでこそ終身雇用制度は揺ぎ無い「安定」を特権的に保証してきたかのように錯覚されるけれど、オイルショック以降のサラリーマンの「安定」は、本当はガラスのように脆いものだった。それでも老人が「昔の人がうらやましいよ。不滅の神州とか悠久の大義とか。建前にせよ、ゆるぎない物として信じて生きていけた」と嘆くように、「大きな物語」が消失した1970年代後半は、仮にガラス製の小さな物語であったとしても、会社という疑似家族/サラリーマンという生き方を信じるしかなかった。それが一億総サラリーマン社会の正体だった。


サラリーマン漫画の戦後史 (新書y)
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