インサイター

insight : the ability to understand and realize what people or situations are really like

2014年11月

【サラリーマンガ四季報】 小津安二郎映画並みの味わい深さ/「オレの宇宙はまだまだ遠い」益田ミリ

このエントリーをはてなブックマークに追加


32歳独身、彼女いない歴6年、書店に就職して10年目。月収は手取り25万円。そんな主人公が、とくにドラマチックなことが起こるわけでもない日々の中で、こう自問する。

結婚して子供を大学に入れてマンションをローンで買えればいいなと思う自分は、夢がないのか、それとも贅沢なのか。宇宙飛行士と、毎日一人暮らしのマンションに帰る自分とを比べたとき、自分の人生に意味はあるのか。悲観しているわけでもないし、うらやましいのとも違う。人工衛星で宇宙に打ち上げられて一人ぼっちで死んだ犬よりはマシ、と思うのも、なにか違うと思う。

人気漫画「宇宙兄弟」のコラボ企画として生み出されたというこの作品の視線は、はるか上空の宇宙に上るのではなく、地上で働く平凡な男女の心の中の宇宙へと優しく潜りこんでいく。

宇宙飛行や月面探索のようなスペクタクルが描かれないかわりに、仕事や恋の小さな機微がちりばめられ、ちょっとほかの漫画では得難い読後感に浸ることが出来る。小津安二郎の映画に近いかもしれない。

太陽に向かって上に伸びるヒマワリではなく、下に茎を伸ばして咲くハスの花。一見地味なそんな生き方、働き方がエンターテイメントに昇華された稀有な作品。

【サラリーマンガ四季報】 凡人サラリーマンに光を当てる良作/「サラリーマン拝!」吉田聡

このエントリーをはてなブックマークに追加


吉田聡のヤンキー漫画『湘南爆走族』が一九八七年に映画化された際、リーゼントを紫に染めた主人公を演じたのはデビュー当時の江口洋介だった。そんな彼が真面目なサラリーマン役の似合うダンディな中年になったのだから、吉田聡が中年サラリーマン漫画を描くのも、ある意味で必然だったのかもしれない。

しかしその想像力の完成度がここまで高いとは、失礼ながら意外だった。この表紙の印象から、バイオレンスで解決する系の半グレ漫画かと思ったら全く違う。ものすごくきちんとサラリーマンという存在に向きあっている。

主人公の拝啓(オガミアキラ)は、丸福堂商事第三営業部に勤務する冷静沈着な中堅社員。年齢不詳・神出鬼没で、彼が働いている姿を見たことがある人はほとんどいない。それなのに仕事では常に大きな成果をあげるので、社内では一目置かれ、クビにもならず左遷もされない。飄々としたたたずまいの、謎の多いハードボイルドなキャラクターだ。

拝は仕事や生き方に迷いを抱える者の前にフラリと現れる。未熟な新入社員、孤独な中間管理職、功を焦るキャリアウーマン、老いた定年退職者など、さまざまな立場のサラリーマンの悩みや愚痴を拝は黙って聞き、意外な言葉や行動で応えていく。彼の優れたコーチングによって心の薄膜を剥がされた者たちはみな、抑えていた感情を露わにすることで少しだけ救われる。

そう、この漫画の主人公は実は拝ではなく、彼の周囲の平凡なサラリーマンたちなのだ。すべてのエピソードに貫かれた、凡人に対する非凡な敬意が、本作の読後感を唯一無二のものにしている。特に部下から慕われない上司の孤独を描くエピソードなど他人事とは思えない……。

島耕作ともサラリーマン金太郎とも違う、新しい本格SF(サラリーマン・フィクション)漫画の誕生だ。

【サラリーマンガ四季報】 現代サラリーマンの万年思春期症候群/「漂流ネットカフェ」押見修造

このエントリーをはてなブックマークに追加


(ネタバレあり)

土岐耕一は、なんとなく流されるままに生きてきた29歳の平凡なサラリーマン。結婚はしたものの、扶養者としての自覚がなかなか芽生えず、妊娠中の妻とは口論が絶えない。

そんなある日、たまたま入ったネットカフェで、中学時代の初恋相手である遠野果穂と奇跡的に再会。「このままずっと夜が明けなければ」と願う。すると突然、ネットカフェごと広大でグロテスクな異世界に飛ばされてしまい、居合わせた十数名の客たちとともにサバイバル生活を余儀なくされることになる。

暴力、姦淫、裏切り。人間の負の感情が渦巻く極限状況の中で、土岐は遠野を守ろうと奮闘し、元の世界に戻ろうとするが……。

漫画アクション誌上で2008年〜2011年に連載された「漂流ネットカフェ」は、その潔いタイトルからバレバレなように、楳図かずおによる国宝クラスの大傑作「漂流教室」の現代サラリーマン版を目指した意欲作だ。ただし「漂流教室」で子どもたちが飛ばされた未来世界(あるいはパラレルワールド)が<現実>であったのとは対称的に、「漂流ネットカフェ」の異世界は土岐の<夢>であることが、物語の中盤から徐々に明らかになっていく。

凡庸なサラリーマン生活、自由を奪われる家庭生活にからめ捕られ、輝きを失っていくように思える人生に不満を感じ、思春期の甘酸っぱい記憶に未練を残す土岐のドキドキ青春回帰願望が生み出した妄想の産物。それが、思春期の輝きの象徴である遠野を中心に据えた漂流先の異世界なのだった。その妄想は、社会人になっても学生を主人公にした漫画を読み続け、ティーンアイドルを追いかけ続け、大人の階段を上りたがらない今どきの万年思春期症候群と地続きのように思えてくる。

しかし最終的に土岐は妄想と決別し、大人になること=親になることを受け入れる。「漂流教室」の小学生たちの力強い未来志向とは異なり、ほろ苦い諦念が漂ってはいるものの、長く暗いトンネルを抜け出たような読後感は妙にすがすがしい。

連載中に放映されたテレビドラマ版が全てにおいて中途半端だったため、この漫画版を最後まで読んでいない人も多いかもしれないけれど、「漂流教室」のオマージュを描くという一見無謀な試みは、意外と成功しているのでは?


Profile
真実一郎
心に茨を持つリーマン。吐き気がするほどロマンチスト。好きな言葉は「巨悪も美女も眠らせない!」。

サラリーマン漫画の戦後史 (新書y 240)
サラリーマン漫画の戦後史 (新書y 240)

twitter
RECENT COMMENT
あわせて読みたい
購読者数・ブックマーク数相関グラフ
Amazonライブリンク
  • ライブドアブログ