1986年に『ビッグコミック』(小学館)で連載が開始された『総務部総務課 山口六平太』は、戦後に一時代を築いた源氏鶏太のサラリーマン小説を正当に継承する、ゆるふわ愛されサラリーマン漫画だ。漫画評論やサブカル評論でとりあげられることはまずないけれど、コンビニエンスストアの廉価版コミック売り場には、六平太のエピソードを再編集したものがたいてい並んでいる。

 原作の林律雄は1950年生まれ、作画の高井研一郎は1937年生まれという、2人合わせて140歳オーバーの超ベテランコンビによる安定感抜群の本作。連載開始から30年経ち、単行本はもうすぐ80巻に届く。しかし連載当初から今も変わらず六平太はヒラ社員のままだし、上司の誰も昇進しないまま。今では会長にまで上り詰めた島耕作とは対照的に、庶民派サラリーマンの終わりなき日常を、淡々と平熱で、前向きに描き続けている。この牧歌的なトーン&マナーで描かれたら、横溝正史の小説ですらゆるふわ愛され伝奇になるだろう。

 六平太が勤務するのは、全国に工場ならびに支社&営業所がある自動車メーカー、大日自動車本社。社員旅行や運動会、忘年会、野球大会、釣り大会といった社内親睦会を頻繁に行う非常に家族的な会社で、つまり最大公約数的な昭和の日本企業が舞台となっている。

 しかしそこで働く六平太は、とても平凡とはいい難い、ほとんど完全無欠の超人だ。社内外でフィクサーとして立ち回って幾多のトラブルを見事に収め、大株主にも覚えがめでたく、政治家やヤクザにも人脈があり、部下や女子社員からもモテモテ。清掃のおじさんや消防局、独身寮のおばさんにも気配りを欠かさないため、社外からの人望も大変厚い。特に社長とのパイプは太く、ヒラ社員でありながら社長とサシで話が出来て、その上社長の秘書が恋人で、社長の娘にも気に入られているという、出世確立100%、盤石のコネクションを築いている。

 それでも六平太は出世願望や起業願望の欠片も見せず、昇進を断り、女遊びもせずに、縁の下の力持ちとしてモクモクと会社に奉仕し続ける。大物政治家の秘書に誘われた時も「総務が天職だと思っています」と断った。休日出勤や他の部署の尻拭いなども決して嫌がらずに引き受け、社長や会社の為になることは喜んでやる。しかもそれを決してひけらかさない謙虚な姿勢が、好感度に拍車をかけている。

 バブル全盛期に連載が開始されていながら、高度経済成長期のような無償の会社人間っぷりはちょっと凄い。これを「社畜」と嘲笑しても意味はない。六平太は社長を心から尊敬しており、大日自動車という会社を心底愛しているのだ。

 もっとも、回を重ねるごとに山口六平太のスーパー有能ぶりが顕著になり、大物的なムードが漂うようになるので、読者の共感の対象とはならなくなる。その代わりにスポットライトを浴びることになるのが、超庶民の有馬係長で、この万年係長を中心に据えた話が徐々に増えてくる。

 強い出世欲と自己顕示欲、妬み嫉み、浮気願望などなど、なにからなにまで六平太とは対照的な人間くさい煩悩に満ちているこの俗物は、当初は嫌味なキャラとして描かれていたものが、段々憎めない人として描かれてくるようになっていく。 有馬係長をはじめ、この物語には基本的に根っからの悪人は一切登場しない。経営者たちも情が深くて部下思いだ。

 連載当初からこの漫画を愛してきた読者たちは、いまはもう50歳を超えている人が大半だ。この連載が開始された当時のビッグコミックは、手塚治虫、石ノ森章太郎、さいとう・たかを、ちばてつやといった豪華なレジェンドたちがひしめく黄金時代。そのため、六平太はその中ではお茶うけ的な小作品として始まり、まさしく総務課のように地道に手堅く雑誌を支えてきた。そうしたポジション自体が、主役にはなれないけれど会社に欠かせない屋台骨となって働く、最大公約数的なサラリーマンそのものだった。陰日向に咲く多くのサラリーマン達に同じ立場からエールを送ってきたからこそ、この漫画は島耕作シリーズの読者とはまた別の層に長く愛され続けてきたのだろう。

 六平太はその丸々とした容姿のために、有馬係長からよく「ジャガイモ」と揶揄される。まさにステーキに添えられるジャガイモのような、そんな添えポテトとしての矜持。それを昭和の人たちは「サラリーマンの醍醐味」と呼んだ。