社長 島耕作(1) (モーニングKC)
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東日本大震災が引き起こした原発事故の処理が長期化して未来に暗い影を落とす中、いま最もその動向が注目される漫画は『社長 島耕作』だ。常に時事ネタを取り入れる情報漫画として、そして原発ネタを随時扱ってきたビジネス漫画として、島耕作サーガは今回の歴史的事件を早速その物語世界に取り込んでいる。エッセイ漫画以外で今回の震災と本格的にシンクロしている漫画は、今のところ島耕作だけだろう。

■島耕作は原発推進派か?

島耕作と震災を考える前に、原発に対するこれまでの島耕作のスタンスを確認しておきたい。作者である弘兼憲史先生は東電のPR漫画を描いていて、原子力発電推進を支持する発言もしているために、一部の人から「原発御用文化人」に指定されている。従って彼の描く島耕作というキャラクターも原発推進派だと思われがちだけれど、果たして本当にそうだろうか。

原発に関して島耕作が最初に言及したのは常務時代の2005年だ。『常務 島耕作』第二巻で地球温暖化問題に触れ、京都議定書のCO2排出量削減目標を達成しようとするならクリーンで安定供給可能でコストも安い原子力がベター、という内容の発言をしている。しかし同時に、原発は安全面の信頼性が得にくいので新規建設が困難、だから日本は節電するしかない、とも語っているので、原発推進を目的化しているようなスタンスは読み取れない。

その後、専務時代の2007年に、初芝電産(当時)の郡山社長が電力自由化時代を想定した原発事業への参入を大々的に記者発表する(『専務 島耕作』第一巻)。その流れで、水力発電に対する原発の優位性を関係者が島耕作に対して説明する場面も登場し、「原子力に代わる発電というのははっきり言ってありません」と説得されることになる(『専務 島耕作』第四巻)。

しかしその説明に納得しなかったのか、後の社長就任スピーチでは、島耕作は原発に関しては一切触れていない。『社長 島耕作』第四巻で描かれた株主総会でも、「省エネ、蓄電(電池)、創エネ(太陽光発電)を総合的に考えるエネルギー事業を推し進めます」と発表するに留まり、郡山社長時代の原発事業に関する報告は無い。それどころか、『社長 島耕作』第五巻では以下のように発言している。

「原子力にも弱点はある。事故が起きた時の放射能の拡散と核廃棄物の処理問題だ。現在、世界各国で古くなって使えなくなった原子力発電所の解体が始まっている。日本も今、東海村の一号機の解体に入った。これら工場の廃材は核廃棄物として処理されるので、膨大な量のドラム缶をどこに保管するかが大きな問題となってくるだろう。」
「太陽や風で作った電気を貯めておくことができるなら、すべての問題は解決する。しかし今の技術では電力を貯めることはできない。例えば100万KWの電力を1回でも蓄電できるような画期的な発明があれば、原子力の力を借りなくてもいいという時代がくるかもしれない。」

つまり島耕作は原発推進派ではなく、段階的廃止派だったというわけだ。原発を積極的に推進するような発言は、過去30年近い連載の中で彼の口からは出てきていない。従って、作者と島耕作を分けて考えれば、島耕作を原発推進派だからという理由で責めるのは筋違いということになる。


■島耕作は原発事故と正面から向き合うことを避けている

問題は震災後の対応だ。『社長 島耕作』は『モーニング』誌での連載で、4月から大地震編に突入し、島耕作は被災地支援に積極的に動き出した。しかし原発事故に関しては今のところ見事にスルーしている。

正確に言うはと、完全にスルーしているわけではない。震災直後に原発事故が起き、原発の是非を論争するテレビ番組を島耕作が部下とともに第三者的に見る、というシーンは描かれる。しかし経営会議では原発に関して一切触れられず、被災地支援策のみが議論される。まるでTECOTが原発事業に参入していることを役員全員が忘れているかのように、当事者性は感じられない。

原発参入企業として、通常であれば社長から全社員にメッセージ・メールのひとつも発信するべき事態なのに、そうした対応もしないまま、島耕作は津波の被災地を勝浦常務と共に訪問する。被災地で夜空の星を見上げながら、島耕作と勝浦は語る。昭和20-30年代は照明も暗く冷蔵庫もなかった。でも貧しい頃の日本の方が何か”幸せ感”があった。豊かになればその分不幸も多くなるような気がする。「これからのテーマは如何に電力消費の少ない家電を作ってゆくかだ。この分野で日本は世界一になろう」「建て直そうな、日本を」。

しかしこの勝浦常務、「電気のない暮らしもそんなに悪くはないという気がします」と語ってはいるけれど、TECOTに合併される以前の五洋電気の社長時代に「人類のエネルギー供給は間違いなく高速増殖炉にいきつく」と豪語したこともある、実はバリバリの原発推進派。節電主義とは対極にいる人物のはずだ。そんな彼も福島原発の事故や高速増殖炉もんじゅのトラブルに関しては、今のところだんまりを決め込んでいる。

少なくとも現段階でTECOTは、そして島耕作は、原発事故と正面から向き合うことを避けている。社長就任以来、さまざまな広告に出演するなど華やかに見えた一方で、年齢のためかセックスの回数がめっきり減り、中国対策も手詰まりになっていたため、物語的には明らかに盛り上がりに欠けていた。だからこそ、この国難をどう描くか。それが30年近くに渡って続いてきた、この世界的にも類を見ないサラリーマン一代記の最後にして最大の挑戦になるはずだった。大震災は描いても原発への言及は避けるという中途半端なスタンスは、正直残念に思っている。

TECOTの原発事業参入を全てリセットするという決断を下してもいいし、原発の必要性を改めて説くという展開でもいい。このまま原発事業の是非にケリをつけないままに無かったことにしてしまうと、島耕作および「島耕作という漫画」は最後の最後で困難な課題から逃げたということになる。せめてTECOT社内でディベートをする場面くらいは描くべきではないのか、と思う。


■昭和サラリーマン漫画の限界

島耕作シリーズは、戦後の高度成長時代に直木賞作家・源氏鶏太が確立したサラリーマン小説のバージョンアップとして登場し、サラリーマン漫画の代表作として君臨し続けてきた。つまり極めて昭和的なコンテンツなのだ。

定年退職まで守られた<家族主義>の中、年功序列の枠内で繰り広げられる出世レースを<人柄主義>で乗り切れば、いずれ順番に出世して、最後は勧善懲悪で報われる。それこそがサラリーマンの醍醐味であるとする源氏鶏太作品のエッセンスが、<源氏の血>として戦後サラリーマンの身体の中に流れ、受け継がれていくことになる……高度経済成長が一段落し、オイルショックにも見舞われた1970年代は、賃金カットや人員整理が相次ぐサラリーマン受難の時代だった……しかし「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれて日本型経営が見直され、バブル景気に突入する1980年代半ば頃になると、サラリーマンに再び活力が漲り、眠っていた源氏の血が一気に開花する……サラリーマンになってもマンガを読み続けていたオトナたちに、源氏鶏太的世界観の魅力を漫画によって再発見させたのが、弘兼憲史が描いた『課長島耕作』だった。

 『サラリーマン漫画の戦後史』 真実一郎


『取締役 島耕作』以降はビジネス情報漫画として軌道修正され、島耕作のリーダーシップや実力主義が強調されたけれど、実は昭和的な家族主義と人柄主義は温存されたままであり、それが団塊世代やその下の50代40代、つまり「昭和サラリーマン=古いホワイトカラー」に支持される原動力となっていた。今回の原発問題描写の回避は、本質的な議論を避けてセンチメンタルな人情で仕事を調整し、曖昧な中庸に着地させる、ある意味で島耕作の昭和サラリーマンとしての本質を浮き彫りにしているともいえる。

昭和サラリーマンといえば、原発騒動の渦中にある東京電力という会社も、グローバル資本主義の競争に巻き込まれることなく繁栄を続け、二世社員を多く擁するといわれるほど家族主義的な(あの東電OL殺人事件の被害者も父娘二代続けて東電社員だった)、極めて正統な昭和を温存した企業といえるだろう。一方で、今回の震災で目立った経営者といえば、ソフトバンクの孫正義をはじめとするベンチャー企業・新興企業のリーダーたちだった。震災復興に私財を投じたり、自然エネルギー財団設立を発表したりと、その実行力とスピード感、そして強引なまでのリーダーシップは明らかに家族主義・人柄主義とは一線を画している。島耕作は現時点で、こうした新しい経営者たちを凌駕するインパクトを残せていない。昭和的なサラリーマン漫画の、これが限界なのかもしれない。

今回の原発事故は当分収束しないことが予想されている。さらには浜岡原発の停止要請も発表されるなど、原発問題はますます無視出来ない状況になっている。従って島耕作も原発事業に関してなんらかのケリをつけざるを得なくなる可能性はあるので、今後どうなるかはまだ分からない。『会長 島耕作』『相談役 島耕作』と今後もあと10年は続くであろう島耕作サーガの真価は、これからの1年で決まるだろう。


サラリーマン漫画の戦後史 (新書y)
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