マンガの方法論1 おれ流 (コミック)
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 年とともにその妄想には変化が生まれています。20代の頃の妄想と40代の頃の妄想には歴然とした差があります。そして50代、60代になれば、また違った妄想が生まれてきます。
 私は、只単にそれを記録しているに過ぎないのです。だから、描くことがなくなるなどということは私にとってはありえないことなのです。私の生命が終わるか、私が欲望を持てなくなったときが私の作家生命の終わりであり、私という人間の終わりのときなのだと思っています。

平凡なサラリーマンを主人公とした漫画を宇宙で最も多く描いてきた男、柳沢きみお。これは還暦を越えた彼の自伝的な創作論だ。といっても、技術的なアドバイスは当然皆無。過去の作品をバイオグラフィ的に再録し、それらを描いていた時々に考えていたこと、作品に対する思いを述べるというスタイルの自分語りが中心で、むしろ「二流の漫画家」による仕事論、人生論になっている。過去にイーストプレスから『自分史』(1995)という同スタイルの自伝も出版されているけれど、収録する作品数を絞り込んでいるぶん、今回のほうが内容が濃い。

柳沢きみおはギャグ漫画家としてスタートし、『女だらけ』を始めとしてそこそこヒットを飛ばしたものの、『がきデカ』や『マカロニほうれん荘』といった天才たちの仕事にコンプレックスを抱くようになる。

 あの時の凄まじさ、そしてレベルは尋常ではありませんでした。太刀打ちできないとはこのことだと思いました。ことに、飛ぶ鳥を落とす勢いだった『がきデカ』を、あの『マカロニほうれん荘』が、人気アンケートや単行本の売上部数であっと言う間に、スパーンと追い抜いて行く瞬間は、凄いものを見てしまったと思ったものです。
 ギャグ作家は短命であるという定説は、当時からありましたし、もとよりギャグの天才がゴロゴロしている土壌では太刀打ちできるわけもないと考えた私は、徐々に設定やキャラクター、ストーリー性を重視する方法として、当時連載中の『月とスッポン』『すくらんぶるエッグ』の2本のギャグ作品を喜劇的なストーリーを重視したもの、それもラブコメディの比重の濃いものへと移していったのだと思います。

天才たちとの勝負を避けるかのように差別化を模索し、少女漫画の恋愛描写を少年漫画に応用した新ジャンル「ラブコメ」を開拓。少年マガジンで『翔んだカップル』を大ヒットさせる。主人公がボクシングをやっているという設定なのは、編集部から格闘ものを求められていたという当初の経緯の名残だ。柳沢きみおは、喧嘩をする原っぱも広場も無くなった当時の子供たちにとっての格闘とは、実際のところは恋愛なのではないか、と思い至ったという。

歴史的なヒットとなった『翔んだカップル』の直後に長い長い大スランプに陥り、活動の舞台を青年誌に移行。「もう少年読者には捨てられたんだ」という挫折を抱えたまま描き続ける。しかしあるとき眼の前の霧が晴れるようにアイディアが噴き出るようになり、質より量を目指して作品を量産。あまりの多作ぶりに「柳沢きみおは二人いる」という都市伝説が飛び交う中、『DINO』『大市民』『形式結婚』『特命係長只野仁』といったヒットを生みながら現在に至る。

漫画家として超二流であることを自認する彼が、転職するように多くの漫画誌を渡り歩き、40年間も第一線で漫画を描き続けてこれたのは、「自分は遅咲きの漫画家なんだ」と自分に言い聞かせてきたからだという。

 私が多くのコンプレックスを抱えながらもやってこれたのは、「自分は遅咲きのマンガ家なんだ」と思うようにしてきたからかもしれません。大器晩成という言葉は似合いませんし、そんな大器でも無いのですが、「遅咲き」という言葉は、妙に落ち着くし、私には似合っている気がしてなりません。
 私自身は二年ほど前から、少しだけ自分が思う画力が身に付き始めてきたと感じていて、さらに精進しているところです。もっともっと絵が上手くなりたい。苦しくても描き続けるしかないと思っています。

自分にはまだなにか出来るはず、と信じたい全てのサラリーマンに読んでもらいたい、隠れた名著だと思う。







サラリーマン漫画の戦後史 (新書y)
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