
2003年に始まり、人気を博した『特命係長 只野仁』シリーズも、2009年に放映されたシーズン4の視聴率は低調のまま終わった。これは明らかにマーケティングの失敗だった。
金曜の夜11時台に、酒を飲んで帰宅したサラリーマンがほろ酔い気分で楽しめる愛すべきエロ活劇。それを主婦層の視聴者が多い平日の夜9時台に移し、脚本をマイルドにして、あの「フンフン」(釣りバカ日誌でいうところの「合体」)も自粛したのだから、もう只野が只野では無くなってしまっていた。
時間帯の変更は致命的だった。『相棒』あたりの真面目な刑事ドラマを見るようなゴールデンタイムに、あのベタなギャグや安いアクションを見るのは痛かった。大好きな地元のキャバ嬢がフジテレビのアナウンサー試験会場で浮いているのを見てしまったような、そんな悲しい気分になった。
我々はここで改めて、只野仁の魅力を正当に評価する必要があるだろう。なにしろ<サラリーマン>を主人公としたテレビドラマで過去10年の間に大成功したのは只野仁だけ、といっても過言ではないのだ。もともとテレ朝には『必殺仕事人』『ハングマン』『セーラームーン』といった「法で裁けない悪を超法規的にお仕置きするドラマ」の系譜が存在するけれど、只野仁にはその系譜の枠を飛び越えた時代性があった。
昼間はうだつの上がらないダメ社員、でも夜は喧嘩と女にめっぽう強い傑物。そんな只野仁のルーツとして真っ先に思い出されるのは1979年の傑作映画『蘇る金狼』で松田優作が演じた朝倉哲也だ。大企業の経理課で地味に働きつつ、夜はボクシングで肉体を鍛え、セックスで女を操り、自らが勤務する会社の乗っ取りを企てる一匹狼。朝倉が繰り広げる「(会社という名の)親殺し」の物語は、小市民的な一億総中流意識が蔓延していた時代のサラリーマン・ドリームだった。
高橋克典による只野の演技は、明らかに松田優作を意識しているふしがある。しかし朝倉の行動原理が「会社の支配」であるのに対し、只野のそれは「会社への奉仕」であることが決定的に違う。
朝倉の時代はサラリーマンが「平凡で退屈な最大公約数」だったらから、その枠をぶち壊したいという願望と野心が投影された。一方で現在は、正社員であり続けることすら困難なポストバブルの格差社会。会社に保護されつつ、自分にしか出来ないワン&オンリーの「特命」で認められる、そんな只野的な生き方こそが、ベンチャーブームが一瞬で消えたゼロ年代のサラリーマン・ドリームになったのだ。
原作者である柳沢きみおによると、この設定は週刊現代の編集部から提案されたもので、柳沢自身はこの企画に乗り気ではなかったという。そんなワケありの原作に潜む同時代的なファンタジー性に目を付け、スパイスとしてアクションとギャグとフンフンを大量にふりかけることで出来上がった極上のB級グルメのようなドラマが只野仁なのだ。
この愛すべきシリーズがこのままテレビから消えてしまうのはあまりに惜しい。もう一度深夜帯で復活してほしい。もう一度、あの甲本ヒロトの『ラブレター』を謎の女性が歌っているエンディング曲を金曜の深夜に酔っ払いながら聴きたい。そうしないと自分の中のゼロ年代が終わらない…
と思っていたら、今週末に二夜連続で待望の復活を果たすらしい。やった!題して『特命係長只野仁ファイナル』。1月6日(金)・7日(土)の11:15スタート。長澤奈央がゲスト出演するというだけでも期待ができる。
ただ、もしこれが本当にファイナルなのだとすれば、気がかりなのは蛯原友里だ。只野仁が終わってしまうと、これが唯一のドラマレギュラーだった蛯原友里の女優仕事も同時に終わってしまう。佐々木希が登場したとたんに派遣切りのように無情に行われる、芸能界による蝦ちゃん切り。蝦ちゃんがそんな過酷な労働環境に負けずに汚れ仕事やフンフンをしたりする「蟹工船」ならぬ「蝦工船」というドラマをどこかのテレビ局が作ればいいと思う。

サラリーマン漫画の戦後史 (新書y)
クチコミを見る
