普通のサラリーマンが自費出版する「自分史」を趣味で集めはじめていたところ、広告代理店「電通」を定年退職した方が書いた自分史を、先日偶然お借りすることができた。当然非売品だけど、これがすこぶる面白い。

これは著者が2002年の定年時に書いたもので、タイトルは『気分は面白半分 〜昭和40年代という時代』。300ページ以上に及ぶ大作だ。20代だった頃の思い出話が中心なので、もうほとんど青春小説のノリ。しかも広告代理店が舞台ということで、昭和40年代の貴重な世相風俗史にもなっている。開高健の影響を受けたとおぼしき文体もいい。冒頭の書き出しからしてこんな感じに情感たっぷりでワクワクさせられる。

「人は記憶を書きかえ書きかえ生きる動物だという。そして、記憶はしばしば嘘をつくらしい。まして、白昼夢のなかで歌い、踊り、スウィングしていた僕たちのベル・エポック、あの「昭和40年代」を語るとなれば……。」

上智大学野球部に所属していた著者は、昭和40年に電通に入社。「新聞雑誌局」の雑誌担当に任命され、雑誌の運搬と校正作業に従事。電通特有の体育会的モーレツ主義と、広告業界が本来的に持っていた自由闊達さがモザイクのように交じり合う環境に、すっかり馴染んでいく。「一物にリボンを結んだ新入社員が先輩社員のまえで裸踊りを演じさせられる、という伝統行事があった」という記述もあったりして、都市伝説と思われた『気まぐれコンセプト』(ホイチョイプロダクションズ)の広告代理店描写が事実であることが伝わってくる。

著者は入社2年目になると、当時まだ社員数が200人ほどだった集英社を担当することになり、さまざまな若者雑誌の創刊に立ち会うことになる。『週刊プレイボーイ』では、東芝のブラウン管テレビの広告で池玲子や宮下順子を起用した「おっぱい当てクイズ」を実施。『ノンノ』の創刊にあたっては女子大生読者を50人集めてヨーロッパツアーを開催。『少年ジャンプ』の創刊にも立ち会い、東芝がスポンサードするタイアップ漫画『光速エスパー』(松本零士)にかかわっている。

企業とメディアに遊び心が横溢し、社会を取り巻くさまざまな状況が束縛から解き放たれつつあった、昭和40年代の浮き立つような気分が鮮やかに描かれる。そんな眩しい時代の中、著者はイベントを企画し、新聞広告のコピーを書き、石原慎太郎など著名人の代筆をし、社内外の宴会の司会を行い、仕事と遊びをコインの表裏のようにして青春を謳歌する。まるで夏の日の花火のように、儚くも鮮やかに。

昭和50年代となる入社10年目以降の会社人生は、ほとんど書かれていない。著者は結婚し、家庭を持ち、平凡な広告マンへと身を落ち着かせていったようだ。「所詮、あたりまえの男が、時代の放射するおびただしい光の乱舞に幻惑され、快楽主義のまねごとを演じていたに過ぎなかったのだ」…。著者はその後、出向先の会社でサラリーマン人生を終えている。

こうした「自分史」の自費出版は1990年代から本格的なブームとなり、いまは会社を定年退職した団塊世代を中心に「自分史」ブームが静かに再燃しているという。サラリーマンの仕事内容は家族からは見えにくいために、「なにをやっているか分からない」と思われがちなので、家族に対する「仕事の報告書」という意味合いもあって書かれることが多いらしい。

現在進行形で公開されるブログやSNSといったライフログとは異なり、ドラマチックに「書き換えられた」無名のサラリーマンの記憶は、正史にのらない裏現代史として面白い。この面白さは、Youtubeで「岬めぐり」や「心の旅」といった過去の名曲のコメント欄に多く書きこまれている、美化された思い出話の面白さに通じるものがある。「自分史」だけを集めた図書館があればいいのに、と思う。