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サラリーマン

陰日向に咲く 〜『総務部総務課 山口六平太』という漫画

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 1986年に『ビッグコミック』(小学館)で連載が開始された『総務部総務課 山口六平太』は、戦後に一時代を築いた源氏鶏太のサラリーマン小説を正当に継承する、ゆるふわ愛されサラリーマン漫画だ。漫画評論やサブカル評論でとりあげられることはまずないけれど、コンビニエンスストアの廉価版コミック売り場には、六平太のエピソードを再編集したものがたいてい並んでいる。

 原作の林律雄は1950年生まれ、作画の高井研一郎は1937年生まれという、2人合わせて140歳オーバーの超ベテランコンビによる安定感抜群の本作。連載開始から30年経ち、単行本はもうすぐ80巻に届く。しかし連載当初から今も変わらず六平太はヒラ社員のままだし、上司の誰も昇進しないまま。今では会長にまで上り詰めた島耕作とは対照的に、庶民派サラリーマンの終わりなき日常を、淡々と平熱で、前向きに描き続けている。この牧歌的なトーン&マナーで描かれたら、横溝正史の小説ですらゆるふわ愛され伝奇になるだろう。

 六平太が勤務するのは、全国に工場ならびに支社&営業所がある自動車メーカー、大日自動車本社。社員旅行や運動会、忘年会、野球大会、釣り大会といった社内親睦会を頻繁に行う非常に家族的な会社で、つまり最大公約数的な昭和の日本企業が舞台となっている。

 しかしそこで働く六平太は、とても平凡とはいい難い、ほとんど完全無欠の超人だ。社内外でフィクサーとして立ち回って幾多のトラブルを見事に収め、大株主にも覚えがめでたく、政治家やヤクザにも人脈があり、部下や女子社員からもモテモテ。清掃のおじさんや消防局、独身寮のおばさんにも気配りを欠かさないため、社外からの人望も大変厚い。特に社長とのパイプは太く、ヒラ社員でありながら社長とサシで話が出来て、その上社長の秘書が恋人で、社長の娘にも気に入られているという、出世確立100%、盤石のコネクションを築いている。

 それでも六平太は出世願望や起業願望の欠片も見せず、昇進を断り、女遊びもせずに、縁の下の力持ちとしてモクモクと会社に奉仕し続ける。大物政治家の秘書に誘われた時も「総務が天職だと思っています」と断った。休日出勤や他の部署の尻拭いなども決して嫌がらずに引き受け、社長や会社の為になることは喜んでやる。しかもそれを決してひけらかさない謙虚な姿勢が、好感度に拍車をかけている。

 バブル全盛期に連載が開始されていながら、高度経済成長期のような無償の会社人間っぷりはちょっと凄い。これを「社畜」と嘲笑しても意味はない。六平太は社長を心から尊敬しており、大日自動車という会社を心底愛しているのだ。

 もっとも、回を重ねるごとに山口六平太のスーパー有能ぶりが顕著になり、大物的なムードが漂うようになるので、読者の共感の対象とはならなくなる。その代わりにスポットライトを浴びることになるのが、超庶民の有馬係長で、この万年係長を中心に据えた話が徐々に増えてくる。

 強い出世欲と自己顕示欲、妬み嫉み、浮気願望などなど、なにからなにまで六平太とは対照的な人間くさい煩悩に満ちているこの俗物は、当初は嫌味なキャラとして描かれていたものが、段々憎めない人として描かれてくるようになっていく。 有馬係長をはじめ、この物語には基本的に根っからの悪人は一切登場しない。経営者たちも情が深くて部下思いだ。

 連載当初からこの漫画を愛してきた読者たちは、いまはもう50歳を超えている人が大半だ。この連載が開始された当時のビッグコミックは、手塚治虫、石ノ森章太郎、さいとう・たかを、ちばてつやといった豪華なレジェンドたちがひしめく黄金時代。そのため、六平太はその中ではお茶うけ的な小作品として始まり、まさしく総務課のように地道に手堅く雑誌を支えてきた。そうしたポジション自体が、主役にはなれないけれど会社に欠かせない屋台骨となって働く、最大公約数的なサラリーマンそのものだった。陰日向に咲く多くのサラリーマン達に同じ立場からエールを送ってきたからこそ、この漫画は島耕作シリーズの読者とはまた別の層に長く愛され続けてきたのだろう。

 六平太はその丸々とした容姿のために、有馬係長からよく「ジャガイモ」と揶揄される。まさにステーキに添えられるジャガイモのような、そんな添えポテトとしての矜持。それを昭和の人たちは「サラリーマンの醍醐味」と呼んだ。


このサラリーマン漫画が凄い!!2016

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 社蓄、ブラック企業、正規・非正規。雇用環境が流動化し、従来のような正規雇用の中間層=サラリーマンが一枚岩ではなくなった結果、古い働き方への懐疑と新しい働き方の模索が大規模かつ同時多発的に起こっている。そんな時代だからこそ、同時代の漫画を通してサラリーマンの働き方を改めて考えてみたい。

 仕事とはなにか、働くとはどういうことか。『島耕作』と『重版出来!』だけがサラリーマン漫画じゃないですよ!


1位 中間管理録トネガワ



 悪魔的傑作……!あまりの面白さにアマゾンのレビューも絶賛の嵐。福本伸行の代表作『カイジ』に出てくる、悪徳企業幹部の利根川を主人公にしたスピンオフ作品ではあるけれど、中間管理職の普遍的な悲喜劇を描いているので、『カイジ』を読んでいない人でも十分に楽しめるはず。

 金融コンツェルン幹部の利根川幸雄は、暴君である兵頭会長が課す無理難題に応えるべく、部下を集めて企画会議を開催する。会議を盛り上げるため、部下たちの平凡な案も誉めまくり(ブレストの基本!)、幾多のアイディアを出させるものの、その案を見た会長が渋い表情をしたと見るや、手のひらを返すように全否定。部下からの信頼を失ってしまうと、今度は『部下の心を鷲掴み!必殺マネジメント術』というビジネス書を読みこみ、社員旅行のバーベキューで高級肉を大盤振る舞い。機嫌を取ることに成功する。

 部下の力を借りたい、でも手柄は自分で欲しい。野心と保身が複雑に絡み合う、そんな中間管理職の情けないリアルなホンネが、素晴らしく悪魔的なギャグに昇華されている。

 思えばあの『課長島耕作』も、冴えない感じで部下に気を使いつつ上司の顔色をうかがっていた初期の課長篇の頃が一番身近で面白かった。中間管理職の共感を描くコンテンツは、団塊ジュニアの多くがそのポジションを占めるようになった今こそニーズがあるはずだ。

 読めば読むほど利根川に感情移入してしまうこの作品。利根川は『カイジ』本編では悲惨な体罰を受けて失脚してしまうけれど、この漫画はその前日譚という設定なので、どうかカイジと出会う前に転職して幸せになってほしい、と願い始めている自分がいる。


2位 働かないよ!ロキ先輩



 過労で倒れて大手ブラック企業を解雇され、エリートから転落してしまった若手社員、平並凡人(ひらなみぼんど)。失意のうちに出会った、ロキと名乗る謎の美青年に導かれ、田舎の小さな印刷会社に再就職。そこは社員が誰も働かずに好き勝手やっている超ホワイト企業だった。

 社畜意識が強く残る平並が、自由すぎるロキ先輩たちに対して苛立ち、ツッコミ続け、たまに「自分のほうがおかしいのかも?」と自省する、というコメディ展開。これで思い出すのが、かつて高度経済成長期に大ヒットしたサラリーマン映画「ニッポン無責任時代」だ。

 植木等が演じる平等(たいらひとし)が、生真面目なモーレツ社員たちの中で遊び続け飲み続け、いつのまにか出世する。「隷属と自由」という同じ対比を描いたコメディなのに、当時と今では構造が完全に逆転しているのが面白い。会社を引っ掻き回す一人の道化に夢を託した当時と異なり、今は道化だらけのユートピアを希求するところまで想像力は肥大化したというわけだ。

 「ロキ」とは、北欧神話に登場する悪戯好きの神の名前で、この漫画ではほかにも北欧神話のさまざまな意匠が多用される。まさに世俗的なサラリーマン世界とは対極にある、現代の神話が紡がれているのだ。

 浦島太郎を例に挙げるまでもなく、この手のユートピア願望は主人公が最後に現実に引き戻されたり酷い罰が当たったり、ハッピーエンドで終わらないことが多い。しかし本作は、エリートから転落した挫折と苦しみを真正面から描きつつ、ユートピアでなくともそこそこ収まりのいい現実的な居場所が誰でも見つけられる、そんな光を届けることに成功している。

 会社をクビになったことを勇気を出して両親に告げるシーンは本当に感動的だ。仕事がつらくて逃げたい、と思っている若い大企業勤務の人に読んでほしい。


3位 社畜! 修羅コーサク 



 島耕作パロディ史上最高傑作にして、コンプラ的にいつ連載打ち切りになっても不思議ではない超問題作。第1巻の帯には「本家『島耕作』、弘兼憲史先生黙認!」と書かれていたけれど、更に多方面から黙認してもらわないとヤバいのでは、と心配になるレベル。

 主人公は武辣苦(ブラック)商事に努める社畜、図画コーサク。本社から左遷先の墓多(はかた)に渡ると、そこは木に手りゅう弾が実り、住民は白い粉(麺の原料となる小麦粉)の中毒、上司は革ジャンでモヒカン、お局OLはゴリラという修羅の国だった。出世のために醜く足をひっぱりあう、サラリーマンのドロドロした部分を凝縮したような荒廃した世界の中で、コーサクは社畜ならではの技を駆使してサバイブする。

 まさに島耕作meetsマッドマックス。登場人物もファク山マサハル(福山?)とかリモータン(タモリ?)とか、九州出身の大物有名人に似た人たちがファックな役回りでコーサクを苦しめる。今どきここまでコンプラ無視で攻めている漫画も珍しい。一方で、「年を取ってから覚えた女遊びとソリティアは始末が悪い」なんていう秀逸なあるある名言も出てきたりして奥が深い。

 本家島耕作も、マフィアに銃撃されたり美人局に狙われたりして相当に修羅場満載だけれど、もともとは優柔不断な凡人。それに対してコーサクは、自我を捨てて会社に魂を売った者の覚悟と凄みがあり、課長時代の島耕作よりも遥かに旧式サラリーマンとして完成度が高い。いまや昭和の社畜スタイルは、これくらい振り切って笑い飛ばさないとダメなのだ。

 うっかり本家のような長寿漫画になって実写ドラマ化されたら、ファク山さんは果たして出演してくれるだろうか……。


4位 平取締役鰻田本部長の秘書



 鰻田純は中堅下着メーカー勤務の52歳既婚。内向的な性格のため、これまで全くモテたことがなかったけれど、運よく昇進して本部長=役員になれたことで転機が訪れる。新しい秘書の伊藤美涼が美人で巨乳のどストライクだったのだ。

 伊藤と親睦を深めるために早速飲みに行くと、泥酔して記憶を失い、翌朝目覚めるとホテルの部屋で伊藤と二人きり。鰻田はなぜか彼女のブラジャーまでつけていた。それ以来、鰻田は伊藤のことが気になって仕方がなくなり、やきもきする毎日を送るハメになる。

 この漫画、とにかくヒロインの伊藤美涼が魅力的で、中年読者の男心の下のほうをジワジワと刺激してくる。いつも涼しい顔で冷静なので、何を考えているのかわからないミステリアスな部分がありつつ、酒に酔うとスキだらけ。そして身体はグラビアアイドル顔負けのムチムチプリン。

 こんな秘書が毎日そばにいるのだから、女慣れしていない鰻田が、まるで男子中学生のような恋心と下心を一方的に抱いてしまうのもよくわかる。

 これまで王道サラリーマン漫画の主人公は、島耕作にしても矢嶋金太郎にしても、頭がよくてイケメンで仕事をバリバリやって女にもモテた。そしてそれがサラリーマンの理想モデルだとされてきた。しかし実際に中年になってみると、島耕作になるような能力も度量も自分には無い、ということが嫌でもわかってしまう。

 「ほどほどの成功」と「疑似初恋」。それこそが、身の丈に合ったリアルな中年サラリーマンドリームなのだと鰻田本部長に気づかされる。

 最終巻となる第三巻が凄くいい。国友やすゆき作品のような大きな事件や破たんは起きないまま、煩悩の呪いが解けるような解放感と寂寥感が淡々と描かれる。読後感は完全に中年版『500日のサマー』だった。


5位 トクサツガガガ 



 ビッグコミックスピリッツに連載されていた熱血商社マン漫画『商人道』は短命に終わってしまった。今の時代に敢えてモーレツサラリーマンを主人公にした意欲作だったけれど、やはりモーレツは読者の共感が得られなかったのかもしれない。

 それとは対照的に、スピリッツ誌上で存在感を増しているのが、仕事よりも趣味に生きる人間模様を描いた、この『トクサツガガガ』だ。

 主人公は女子力が高そうな26歳の美人OLで、実は重度の特撮オタク。仕事後はヒーローのフィギュアに囲まれた部屋に直帰し、録り溜めたヒーロー番組を鑑賞するのが最大の楽しみだ。しかし特撮オタクである事が同僚にバレることを極度に恐れているため、会社の飲み会にも無理して付き合い、リア充に擬態する日々を送っている。やがて彼女の周囲には一人また一人と同志が集い始め、互いのコンプレックスを溶かし始めていく。

 特撮という〈虚構〉と、会社生活という〈現実〉。このふたつが密接に絡み合い、子供番組のヒーローが大人の人間的成長を促す媒介として毎回機能する。その意外なストーリー展開の巧みさは見事というほかない。

 社会が成熟し、会社に隷属しない生き方が模索される今だからこそ、趣味で人生を輝かせようとする漫画が生まれるのも必然だ。会社生活と趣味の折り合いをつける「趣味リーマン漫画」が、今後ますます増えるだろう。


6位 クッキングパパ 



 「おにぎらず」をご存じだろうか。にぎらずに包むだけで簡単にできる即席おにぎりのことで、一昨年クックパッドで紹介されて以来、かなりのブームになっている。忙しい共働き家庭の時短レシピとして、いかにも今っぽい流行に見えるけれど、実はこれ、もともとは二十年以上前に『クッキングパパ』で提案されたメニューなのだ。

 連載三十周年を超えるこの長寿漫画には、時を経ても色あせない何かがある。主人公の荒岩一味は、仕事は五時までに終わらせ、自宅に帰って育児や料理に勤しみ、出版社勤務の妻の遅い帰りを待つ、いわば「イクメン」や「料理男子」の元祖だ。

 荒岩は料理がうまいからといって、それで出世するわけでもなく、むしろ妻のほうが出世が早い。それでも真面目に働き、上司からも部下からも愛され、家庭も円満。ほぼ同時期に連載が開始された『課長島耕作』が、家庭を顧みずに離婚し、ワインとグルメ三昧で出世にまい進したのとは対照的だ。

 バブル景気に沸いた頃は、島耕作の仕事一筋の生き方のほうが魅力的に見えたけれど、今となっては荒岩の生き方のほうが遥かにラジカルかつハッピーに見える。成熟社会の理想的な家族モデルを早くから提案していた『クッキングパパ』に、時代が追いついたのだ。

 不倫や自殺など派手な事件は起こらないし、敵との料理バトルも一切ない。常に新しい刺激に飢えた胃酸過多の漫画読者にとって、胃に優しく染み渡る手作り料理のように、この漫画はこれからも寄り添い続けていくだろう。


7位 健康で文化的な最低限度の生活



 全国で生活保護を受ける世帯は増加の一途をたどっている。ナマポと揶揄され、不正受給が糾弾されるなど、実情がよくわからないままに肥大化している生活保護問題。日本国憲法第25条をタイトルにしたこの作品は、そんな難題に真正面から取り組んでいる意欲作だ。

 主人公である義経えみるは、東京都の区役所に就職したばかりの新社会人。生活保護を扱う部署に配属され、初日からいきなり受給者の電話を取ったり自宅訪問をしたり、ケースワーカーとして最前線に立たされる。受給者にはさまざまなタイプがいて、その一人ひとりに人生があり、安易な解決は見いだせない。時には人の死にも向き合わなければならない。えみるも、その同期たちも、自分にいったい何ができるのか自問しながら試行錯誤を続けていく。

 えみると同じように生活保護に対して素人である読者が、まるでOJTのように生活保護問題をゼロから学べる物語構成で、綿密な取材情報が食べやすく料理されている。右も左もわからない新社会人が社会に適合していく際の不安と緊張がリアルに伝わってくるので、共感性も高い。情報漫画と働き漫画がハイレベルに融合している。

 個人的にはこれまでの柏木ハルコ作品は物語そのものよりエロ描写の方が印象に残っていたけれど、本作は間違いなく彼女の代表作になるだろう。一筋縄ではいかない生活保護問題を描き続けるのは精神的にヘビーかもしれないけれど、えみるの成長を長く見守りたい。


8位 さぼリーマン飴谷甘太郎 



 グルメ漫画戦国時代が生み落とした怪作。仕事の合間に美味しいものを食べて至福のひと時を過ごす、というグルメ漫画の定番設定をズラし続けた末に、本作はとんでもない場所に辿り着いてしまった。

 出版社に勤務する飴谷甘太朗は、仕事を完璧かつ迅速にこなすスーパーサラリーマン。しかし彼には会社に知られたくない秘密があった。外回り営業を終えた後に、業務をサボって出先のスイーツ名店を巡り、甘味の甘美な世界に浸ることを日々の楽しみにしていたのだ。

 この漫画の唯一無二の特徴は、なんといってもスイーツを口に含んだ瞬間に繰り広げられる、シュールなトリップ描写だろう。しるこを食べると抽象空間に佇む飴谷がしるこを頭から被って溶解し、イチゴパフェを頬張れば巨大なイチゴが隕石となって地球に突き刺さり、豆かんを口に含めば寒天が降りそそぐ世界で頭部が赤えんどう豆になった自分の分身に邂逅する。有名な『2001年宇宙の旅』のスターチャイルドのシーンみたいな幻覚が延々と展開されるのだ。糖分が持つというある種の中毒性が、極めて独創的にビジュアル化されている。

 会社の仕事はきっちりこなしつつ、人間関係は会社に依存せず、趣味の世界を充実させることを最優先させる。飴谷のそうした趣味リーマン的な生き方はいかにも今風で、『トクサツガガガ』などに通じるものがある。ひょっとしたらドラマ化の可能性も、などと思っていたら、4月に発売された第2巻で何故か完結してしまった。
 
 舞台を東京から全国に広げたシーズン2を是非!


9位 今宵、妻が。



 主人公は真面目だけが取り柄の平凡な33歳サラリーマン。女性経験の浅い彼が、10歳も年下の清楚な美女に一目ぼれして結婚。しかしセックスに自信がないために、いつも彼女の何気ない一言を気にして妄想が膨らんでしまい、淫乱な変態女だと思い込み、ドSに豹変して性的にやりこめる。でも彼女はそんな彼を愛おしく思って受け入れ、夫婦の愛はますます深まっていく。

 毎回アンジャッシュのコントみたいな勘違い展開をみせる、新婚ボケのエロコメディ。生真面目に正常位しかしてこなかった主人公が、妻の一言をきっかけとしてフェラチオやクンニ、ローションプレイ、SMなど、それまで体験していなかった未知なる性の扉を開いていく。絵も官能的で、『ふたりエッチ』よりも遥かにエロく、国友ひろゆきの漫画より遥かに実用的。

 問題は、こうしたセックス三昧の新婚生活という設定自体が、今のサラリーマンの妄想や願望に応えられているのだろうか、という点だ。正社員と専業主婦、若くしての結婚、愛情の証明としてのセックス。これらはすべて「古き良き」昭和サラリーマンの理想像だ。

 妻にも働いて家計を補完してほしいし、そもそも結婚するより一人で自由を楽しみたいし、セックスはコスパを考えると風俗やオナニーで十分。それが今どきの30代男の本音だったりするのではないだろうか。昭和的な核家族前提の結婚観は、もはや舞台装置としての求心力を持ちえないはずなのだ。

 そう考えると、この妻は実際のところ、昭和の良妻イメージの復元ではなく、現代の中年男の性的欲望を全て都合よく満たしてくれる風俗嬢のメタファーなのかもしれない。


10位 アニメタ



 アニメ制作会社を舞台とした熱血お仕事漫画。女性新入社員の成長を描くという点では、ドラマ化されて話題の『重版出来!』に近い。

 主人公の真田幸は、学生時代に偶然見たアニメに魅了され、アニメーターを志す。アニメ制作に関する知識やスキルは未熟なものの、大手制作会社の採用試験に受かり、花形部署に配属されることに。新人動画マンとして同期の優秀なライバルたちに負けないよう、上司や監督が与える厳しい試練に立ち向かう。

 なにも出来なかったダメな主人公が、さまざまな試練を克服することで天性の才能を開花させていく、という『ガラスの仮面』展開。一巻のオビに「スポコン・アニメーター物語!!」とも書かれているように、絵柄は今っぽいのに物語は古き良き昭和の匂いがする。

 長時間労働で低賃金という過酷な修行を強いられるアニメ制作現場は、確かに昭和の泥臭い精神論と相性がいい。主人公は「自分が好きで選んだ仕事で死ねるなら本望です!!」とまで言い切るモーレツぶりだ。

 今あえて仕事をスポ根として描く、という試みは新鮮で面白い。ただ、仕事のプロセスを細部まで「リアル」に描けているわりに、労働の「リアリティ」はじゅうぶんに伝わってこない。主人公は最終的にどんな試練も根性と才能の発露でクリアしそう、という予定調和の匂いが強くするからだろう。

 このムードに調和しない、たとえば根性論を全否定するホリエモンのような登場人物を登場させて、「スポ根」であることの正当性を自ら問う展開になったりすると、作品に深みが出る気がする。


番外編: 編集王



 土田世紀の『編集王』連載当時、まだ社会人なりたてだった自分は、そのストイックな世界観が時代遅れのように思えてしまい、途中で読むのをやめていた。しかし『重版出来』のヒットで『編集王』を思い出し、一気に読んで完全にハマった。

 良い漫画を作りたいという理想と、売れる漫画を作るべきという現実。この両者に引き裂かれる葛藤が『編集王』を貫くテーマであり、あらゆる仕事に通底する共感ポイントでもある。このメインテーマを、「聖と俗」という究極の二項対立にまで昇華させた臨界点が、第94話から始まる「明治一郎」篇だ。

 エリート一家に育ったいじめられっこの明治一郎は、幼少のころから家庭にも学校にも居場所がなく、自分にだけ見える空想上の宇宙人だけが友人だった。幼馴染で聖女のような奈保子に恋心を抱くけれど、彼女が実は俗物であることが分かって失望し、刹那的なセックスに明け暮れる快楽主義者になる。いつしか宇宙人は見えなくなっていた。出版社に入社し、漫画編集部に移ってからは、売れる漫画を徹底的に分析して、新人作家たちを操り人形のように使い、エロに特化した新連載を企画して大ヒットさせる。しかしあまりの下品さに、漫画が社会問題化して謹慎させられ、彼は失意のうちに自分のルーツを遡りはじめる。彼は再び宇宙人(本当の自分)に邂逅することが出来るのだろうか……。

 若いころの理想を忘れ、現実にまみれて仕事をしている中年になったからこそ分かるこの深み。『編集王』は、失ってから初めてその大事さに気付く、空想上の友人のような漫画だったのだ。


【サラリーマンガ四季報】 中年漫画の巨匠によるスリリングな愛憎奇譚/「終のすみか」村生ミオ

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三井物産勤務の作家、磯崎憲一郎が書いた芥川賞受賞作「終の住処」を読んだことがあるけれど、どんな内容だったのかさっぱり覚えていない。その小説と同タイトルであるこの村生ミオの漫画は、小説と全く関係が無いけれど、こっちは嫌だといっても記憶に残る。

大手商社勤務の課長を務める田島修一、42歳。家庭を顧みずにがむしゃらに働き続け、住宅ローンを返済し終わった途端、妻から離婚を切り出され、子供と共に去られてしまう。田島は失意のうちに、運命の女を探して女遍歴を重ねることになる。職場のマドンナ的存在の後輩社員、出会い系サイトで出会った出版社編集長、DVに悩む人妻、コンビニ店員の女子高生。田島とかかわる女性たちも皆、それぞれ悩みや心の傷を抱えていて、傷をさらけ出すことで互いに救われていく。

エロ描写の多さは相変わらずだけれど、本作は近年の村生ミオ作品にしてはギャグが控えめで、サスペンス色が強いのが特徴だ。特に4巻の「はめる女」篇で、ファミレスのトイレで田島が人妻とファックしているところをそのDV夫に見つかるまでのスリルは圧巻。1話まるごとセリフを完全に排除して、のどかなファミレスの食事場面から始まり、徐々に夫がそこに向かい、最後にトイレで見つかる場面が見開きでドーン! スラムダンクの山王戦残り一分の描写に匹敵する緊迫感、という書き込みがネットにあるほどだ。

悔しいけれど面白い。中年煩悩漫画の第一人者である柳沢きみおが新作を発表しなくなってしまった今、村生ミオには本作を最後の代表作=終のすみかにするくらいの意気込みで、 是非このテンションを維持して欲しい。

【サラリーマンガ四季報】 実は部長にこそ注目すべき/「サラリーマン山崎シゲル」田中光

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 ピン芸人の田中光が描く一コマ漫画『サラリーマン山崎シゲル』が話題だ。山崎シゲルという若手社員がシュールすぎるボケをかまし、それを上司である部長が冷静に淡々と突っ込むというフォーマットで、もともとネットで公開されていたものが書籍化されたことで人気が拡大。発売一ヶ月で10万部に達するスマッシュヒットになった。いまや公式ツイッターのフォロワー数も17万人を超え、企業のコラボ案件も増えている。『かりあげクン』以来の新しいボケサラリーマン・アイコンの誕生といえる。

 しかしここで注目したいのは、むしろ部長のキャラクターだ。

 小太りで眼鏡で頭髪が薄く、くたびれたスーツを着た、いかにも冴えない中年サラリーマンである部長は、とにかく怒らない。かりあげクンの上司であれば部下のボケに嫌な顔をしたり嫌みを言ったり無視したりするところを、この部長はいつも温和に諭すばかり。それどころか山崎をかばって役員に頭を下げてくれたりする。

 そんな部長に対して愛憎入り交じった挑発をエスカレートさせる山崎は、どこまで刺激すれば相手が怒るのか許容限度を試す被虐待児童のようでもある。それでも部長は耐え続けている。

 終身雇用や年功序列といった昭和のサラリーマン神話が崩壊し、正社員比率が減少を続け、管理職のポストも空きはない。もはやサラリーマンに明るい未来をイメージする事は難しい。その存在自体を揺るがされる不条理な挑発を受けても怒るだけのエネルギーも無く、どこか諦めたように淡々と働き続ける部長の姿は、ゆっくりと滅びていくサラリーマンの美しい末路なのかもしれない。

【サラリーマンガ四季報】 小津安二郎映画並みの味わい深さ/「オレの宇宙はまだまだ遠い」益田ミリ

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32歳独身、彼女いない歴6年、書店に就職して10年目。月収は手取り25万円。そんな主人公が、とくにドラマチックなことが起こるわけでもない日々の中で、こう自問する。

結婚して子供を大学に入れてマンションをローンで買えればいいなと思う自分は、夢がないのか、それとも贅沢なのか。宇宙飛行士と、毎日一人暮らしのマンションに帰る自分とを比べたとき、自分の人生に意味はあるのか。悲観しているわけでもないし、うらやましいのとも違う。人工衛星で宇宙に打ち上げられて一人ぼっちで死んだ犬よりはマシ、と思うのも、なにか違うと思う。

人気漫画「宇宙兄弟」のコラボ企画として生み出されたというこの作品の視線は、はるか上空の宇宙に上るのではなく、地上で働く平凡な男女の心の中の宇宙へと優しく潜りこんでいく。

宇宙飛行や月面探索のようなスペクタクルが描かれないかわりに、仕事や恋の小さな機微がちりばめられ、ちょっとほかの漫画では得難い読後感に浸ることが出来る。小津安二郎の映画に近いかもしれない。

太陽に向かって上に伸びるヒマワリではなく、下に茎を伸ばして咲くハスの花。一見地味なそんな生き方、働き方がエンターテイメントに昇華された稀有な作品。

【サラリーマンガ四季報】 凡人サラリーマンに光を当てる良作/「サラリーマン拝!」吉田聡

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吉田聡のヤンキー漫画『湘南爆走族』が一九八七年に映画化された際、リーゼントを紫に染めた主人公を演じたのはデビュー当時の江口洋介だった。そんな彼が真面目なサラリーマン役の似合うダンディな中年になったのだから、吉田聡が中年サラリーマン漫画を描くのも、ある意味で必然だったのかもしれない。

しかしその想像力の完成度がここまで高いとは、失礼ながら意外だった。この表紙の印象から、バイオレンスで解決する系の半グレ漫画かと思ったら全く違う。ものすごくきちんとサラリーマンという存在に向きあっている。

主人公の拝啓(オガミアキラ)は、丸福堂商事第三営業部に勤務する冷静沈着な中堅社員。年齢不詳・神出鬼没で、彼が働いている姿を見たことがある人はほとんどいない。それなのに仕事では常に大きな成果をあげるので、社内では一目置かれ、クビにもならず左遷もされない。飄々としたたたずまいの、謎の多いハードボイルドなキャラクターだ。

拝は仕事や生き方に迷いを抱える者の前にフラリと現れる。未熟な新入社員、孤独な中間管理職、功を焦るキャリアウーマン、老いた定年退職者など、さまざまな立場のサラリーマンの悩みや愚痴を拝は黙って聞き、意外な言葉や行動で応えていく。彼の優れたコーチングによって心の薄膜を剥がされた者たちはみな、抑えていた感情を露わにすることで少しだけ救われる。

そう、この漫画の主人公は実は拝ではなく、彼の周囲の平凡なサラリーマンたちなのだ。すべてのエピソードに貫かれた、凡人に対する非凡な敬意が、本作の読後感を唯一無二のものにしている。特に部下から慕われない上司の孤独を描くエピソードなど他人事とは思えない……。

島耕作ともサラリーマン金太郎とも違う、新しい本格SF(サラリーマン・フィクション)漫画の誕生だ。

【サラリーマンガ四季報】 現代サラリーマンの万年思春期症候群/「漂流ネットカフェ」押見修造

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(ネタバレあり)

土岐耕一は、なんとなく流されるままに生きてきた29歳の平凡なサラリーマン。結婚はしたものの、扶養者としての自覚がなかなか芽生えず、妊娠中の妻とは口論が絶えない。

そんなある日、たまたま入ったネットカフェで、中学時代の初恋相手である遠野果穂と奇跡的に再会。「このままずっと夜が明けなければ」と願う。すると突然、ネットカフェごと広大でグロテスクな異世界に飛ばされてしまい、居合わせた十数名の客たちとともにサバイバル生活を余儀なくされることになる。

暴力、姦淫、裏切り。人間の負の感情が渦巻く極限状況の中で、土岐は遠野を守ろうと奮闘し、元の世界に戻ろうとするが……。

漫画アクション誌上で2008年〜2011年に連載された「漂流ネットカフェ」は、その潔いタイトルからバレバレなように、楳図かずおによる国宝クラスの大傑作「漂流教室」の現代サラリーマン版を目指した意欲作だ。ただし「漂流教室」で子どもたちが飛ばされた未来世界(あるいはパラレルワールド)が<現実>であったのとは対称的に、「漂流ネットカフェ」の異世界は土岐の<夢>であることが、物語の中盤から徐々に明らかになっていく。

凡庸なサラリーマン生活、自由を奪われる家庭生活にからめ捕られ、輝きを失っていくように思える人生に不満を感じ、思春期の甘酸っぱい記憶に未練を残す土岐のドキドキ青春回帰願望が生み出した妄想の産物。それが、思春期の輝きの象徴である遠野を中心に据えた漂流先の異世界なのだった。その妄想は、社会人になっても学生を主人公にした漫画を読み続け、ティーンアイドルを追いかけ続け、大人の階段を上りたがらない今どきの万年思春期症候群と地続きのように思えてくる。

しかし最終的に土岐は妄想と決別し、大人になること=親になることを受け入れる。「漂流教室」の小学生たちの力強い未来志向とは異なり、ほろ苦い諦念が漂ってはいるものの、長く暗いトンネルを抜け出たような読後感は妙にすがすがしい。

連載中に放映されたテレビドラマ版が全てにおいて中途半端だったため、この漫画版を最後まで読んでいない人も多いかもしれないけれど、「漂流教室」のオマージュを描くという一見無謀な試みは、意外と成功しているのでは?


【お蔵出し】 柳沢きみおインタビュー「「妻をめとらば」は描いていて楽しかった」

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(このインタビューは、柳沢きみお先生の漫画「市民ポリス」の実写映画化を記念し、2010年暮れに実施させていただいたものです。直接お会いしてのインタビューではなく、FAXでの質問という形で実施したためか、自分でも驚くほど何も引き出せていない原稿になったため、某メディアでの公開を泣く泣く断念。しかし後世の柳沢きみお研究家に少しでも資料を残しておくべきだという思いから、ここに公開するものです)


柳沢きみおのサラリーマン・コメディ「市民ポリス69」が、2011年春の公開を目指して実写映画化される。うだつのあがらない中年サラリーマンが、ある日突然に市民警官組織「市民ポリス」に任命され、人生が思いもかけない方向に転がり始める…。柳沢きみおは、これまでもこうした平凡な中年男の生きざまをさまざまな角度から描いてきた、いわばサラリーマン漫画のマエストロだ。今回の映画化を機に、FAXによるアンケートという形で柳沢きみおのサラリーマン観を伺った。


bechi


■あまりにもマナー違反が多いので「市民ポリス69」を思いついた

---「市民ポリス69」の、平凡な中年サラリーマンが市民警官になるというユニークな発想は、なにをヒントに得られたんですか?

日常で、あまりにもマナー違反のバカが多いので、しかもそういう連中を警察は取り締まっていないので、こういう漫画を思いつきました。

---じゃあやっぱり先生自身が市民ポリスに任命されたとしたら、そういう連中を取り締まるんでしょうね。 

バンバン取締まったと思います。特に公共マナーを守らないヤツには、どんどんと。

--この漫画は「特命係長只野仁」と同様に「特殊能力・使命を与えられたサラリーマン」という設定を持ちながら、物語の印象は全く異なります。やはり意識的に描き分けたんでしょうか。 

そうです。ギャグ漫画として描いたので、まるで違っています。

---主人公の芳一は市民ポリスとしての職務を徐々に放棄し、市民ポリスの力を私欲のために使おうとし始めますが、こうした意外な展開は最初から決まっていたのでしょうか?

いや、全然考えていませんでした。なりゆきでそうなりました。

---この作品は今回映画化されますが、映画化に至る経緯はどのようなものだったのでしょうか。

これは全く分かりません。

---映画化される際に、原作者として特に要望することや注目している部分ってありますか?

私は今までも映像化されるモノには、いっさい口出しはしないことにしています。お任せなので、いっさいの感想も感情も抱かないようにしています。つまりは、自分とは関係の無いモノとしていますので。

---では漫画のほうで「市民ポリス69」の続編を描く予定はありますか? 

大いにありますが、今のところは何も展開は考えていません。もし実現したのなら、そこで考えます。


■凡人を主人公とするサラリーマン漫画の困難さ

---ご自身にサラリーマン経験が無いにもかかわらず、サラリーマンが主人公の漫画をこれまで多く発表されていますが、それは何故なんでしょうか?

一番身近で、その世界が見える職種だからです。

---これまで柳沢先生が描いてきた、サラリーマンを主人公とした漫画の中で、特に思い入れが強い作品/キャラクターの名前と、その理由をお知らせください。

やっぱり「妻をめとらば」でしょうか。描いていて楽しかったからです。

---「妻をめとらば」は、僕は連載当時まだ学生で、サラリーマンとはここまで壮絶な仕事なのか・・・と恐れおののく一方で、八一の呑気で愛すべきダメ人間ぶりに親近感を感じたものです。主人公の八一のモデルになったような人物は、先生の周囲にいたのでしょうか? 

別にいませんが、私自身の性格を大いに盛り込みました。

--- 「妻をめとらば」はテレビドラマ化もされたほど人気でしたが、連載当時は読者からの反響等は多かったのでしょうか。

何もなかったですね。いくつかの私の作品はテレビ化になってきましたが、何も私への反応は起きませんでした。

--- 「妻をめとらば」は打ち切りが決まってしまったために、あのような悲惨な最終回を迎えた、と先生の著書「自分史 [ストーリー編]」(イーストプレス)に書いてありましたが、個人的には過労死という時代性を体現した良い最終回だったと思っています。もしあのまま連載が続いていたら、どのように物語は展開したのでしょうか。八一は島耕作のようにある程度出世していったのでしょうか? 

これは、どうなっていたのだろう。連載が終了した時点からは何も考えていないので分かりません。たぶん、転職をするところで終了になったのでは。

--- ちなみに2005年にヤングジャンプ増刊号で「妻をめとらば2005」を発表されましたが、これは何故スピリッツではなくヤングジャンプだったのでしょうか?

たまたま声がかかったので描いたのです。

---「未望人」「俺にはオレの唄がある」「SHOP自分」、そして「市民ポリス69」に至るまで、先生の漫画では登場人物がサラリーマンを辞めてしまうことが多いのですが、それはどのようなお考えからなのでしょうか。

私の性格上の問題で、そうなってしまうのかもしれませんね。

---最大公約数的な「サラリーマン」という存在を描く漫画や漫画家が減っているように思えるのですが、もしそうだとすると、それは何故だと思われますか?

うーん、ナゼでしょうか。日常的平凡の世界での物語を描くのは、実は難しいのかもしれませんね。特に若い作家になればなるほど。

---他の漫画家が描いたサラリーマン漫画で好きな作品、あるいは意識されている作品はありますか?

うーん、ないですねェ。そもそも平凡なサラリーマンが主人公のモノって、無いような。

---それでは森繁久彌の「社長」シリーズや植木等の「日本一」シリーズなど、サラリーマンを描いた映画で好きな作品はありますか?

観てないので。

---では1950-60年代に流行した源氏鶏太のサラリーマン小説を読んだことも? 

これも無いですねェ、スミマセン。



■現代はまさに「サラリーマン残酷物語」

---「妻をめとらば」の頃と比べて、最近のサラリーマンはどのように変わったと思われますか?

激変しましたね。可哀想なくらいにキビシクなってしまいました。まさに「サラリーマン残酷物語」になってしまいました。

---「妻をめとらば」の中で八一が自らの境遇を「サラリーマン残酷物語」と言って嘆いてましたが、今はあの頃の比じゃないということですよね。先生自身はこれまでに「自分もサラリーマンになっていればよかったな」と思うようなことはありましたか? 

無いです。ずぅーっと一人でいられるのが好きなので。組織そのものが、苦手なのです。

---先生と同世代の団塊世代のサラリーマンはほぼ定年退職していますが、ご自身は創作の際に「団塊世代」ということを意識されることはありますか?

それが、無いのです。外に飲みにも行かず、同世代と付き合う事も無く、個人で生きているからでしょう。

---今後サラリーマンを新たに漫画で描くとしたら、どんな人物を描いてみたいですか?

まだ考えた事も無いのですが、どうなんだろう。なにか面白いモノを描きたいという、欲望はありますが。

--- ちなみに「週刊新潮」に連載されているコラムで、最近60ページの新作を描いて出版社に送ったエピソードが紹介されていましたが、どのような内容の作品なのでしょうか? 

つげ義春の代表作の「無能の人」が大好きなのですが、もう続編を描いてはくれないので、それじゃあと私が別バージョンで「無用の人」あるいは「川に住む・無用の人々」のタイトルで描きたくなったので。

---最後に、2010年のサラリーマンに対してひとこと、メッセージをお願いします。

大変ですが、頑張ってください。

---お忙しいところどうもありがとうございました。

(取材・文:真実一郎)




【サラリーマンガ四季報】 ハゲタカと島耕作を融合させた快作/『社買い人 岬悟』国友やすゆき

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ある日突然、自分が勤務する商社がアメリカの投資会社に買収されてしまった妻子持ちの32歳、岬悟。非道な企業買収の仕事を強いられるようになるものの、「決してアメリカ流の人間にはならない」と宣言し、温泉ホテルや中小企業の再生に奮闘。やがて強大なあげたかファンドとの戦いに巻き込まれていく。

2005年からビッグコミックスペリオールに連載された本作は、真山仁のヒット小説「ハゲタカ」にひけをとらない重厚な経済ドラマと、女に次々と惚れられて寝ることで仕事が進展する島耕作ばりの濃厚な射精ドラマを融合させた、唯一無二の快作だ。

「逆さ合併」「スクィーズ・アウト」「プロキシーファイト」といったM&Aの専門用語が飛び交う一方で、性欲旺盛な女性たちが次から次へと御開帳。こんな中年サラリーマン漫画を描けるのは世界で国友やすゆき一人しかいない。いま読むと池井戸潤の半沢直樹シリーズにも通じるスリルがあり、テレビドラマ化したらウケるような気がする。

岬悟は、目先の利潤のみを追求するアメリカ流の新自由主義に飲み込まれつつ、その内側に日本的な人柄主義・人情主義を埋め込もうとする。一歩間違えば偽善的な安いヒューマニズムに陥りがちな理想を掲げる彼に課せられた最後の試練。それは、会社乗っ取りを目論むハゲタカファンドから自社の社員を守ること。ここで彼は、なんとその敵対企業に転職して機密漏えいを行うことで乗っ取りを阻止し、すべての罪を自分一人で背負うという、前田敦子もビックリの利他性を発揮して古巣の会社を守りきるのだ。悔しいけれど面白い。

そしてこの見事な大団円を見せた連載終了直後に、あのリーマンショックが勃発。新自由主義批判がますます高まることになる。

【サラリーマンガ四季報】 猪瀬直樹が20年前に放ったブーメラン/『ラストニュース』猪瀬直樹・弘兼憲史

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『ラストニュース』は二十年ほど前、猪瀬直樹が作家として最も脂が乗っていた時期に原作を担当した、ジャーナリズムのあるべき姿を模索する硬派な力作だ。

その日放送されたニュースから一つを選び、徹底取材で再検証する、という異端の報道検証番組「ラストニュース」。辣腕プロデューサー日野湧介は、「サラリーマン」である前に「ジャーナリスト」であろうとする矜持の持ち主で、たとえ自社の不利に働く内容であっても事件の真相を優先させ、スクープを連発。しかし報道の自由を徹底して追求するあまり敵も多く、社内における立場は次第に危うくなっていく。最終的に日野は独立して日本初のニュース専門局を立ち上げ、自らの信念を貫き通す。

扱われる話題は日常的な犯罪から政財界汚職、果てはサンカ(かつて日本の山間部に存在したとされる漂流民)問題に至るまで多岐にわたる。マスコミの本質に迫るドラマ構築も奥行きが深く、骨太で緻密。あの弘兼憲史が作画を担当しているのにエロ描写がかなり控えめ、というのも新鮮だ。島耕作シリーズがちょうどこの頃からビジネス色がハードになっていったのも、猪瀬との共作体験が影響しているような気がする。

本作をいま読み直した時に最も印象的なのは、やはり政治家の献金問題に切り込むエピソードだろう。「どんな政治家だって百パーセントがクリーンということはない。税務当局が本気で調べれば必ずどこかボロが出る」というセリフは、まさに未来の猪瀬自身に突き刺さってしまった。都知事辞任騒動で自身を厳しく突き上げたジャーナリストたちに対して、猪瀬はかつて自分が描いたヒーロー、日野の姿を見ただろうか……。

Profile
真実一郎
心に茨を持つリーマン。吐き気がするほどロマンチスト。好きな言葉は「巨悪も美女も眠らせない!」。

サラリーマン漫画の戦後史 (新書y 240)
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