2006年02月27日

「登山なんて、もともとは「あの高い、尖った部分に立ってみたい!」という、とてもわかりやすい動機が基本のはずなんだけど、この根本がどんどん軽視されているんじゃないだろうか」(山田哲哉)

私もそう思う。なんだか数かせぐことや、重箱の隅をつっつくようなことに精を出して、もっと大きな何かが忘れられている気がする。

これは岳人2月号の氏のインタビューからとったものだけど、この人ほかにも結構いいこと言っているので、是非ご一読を。

その氏の本を、「今月の生け贄本」に本日加えました。

(22:20)

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この記事へのコメント

1. Posted by ghkato   2006年03月03日 07:53
ごぶさたしています。雪も融けたので岩場整備そろそろです。
同感です。
わたしもあの尖峰に行ってみたいという気持ちがクライミングの動機でした。絵になるような岩風景とか、高度感とか他のクライミングでは得られないような魅力です。
その意味ではスポーツとしてのフリークライミングやぼるだりんぐとは別な動機ですね。
2. Posted by 管理人   2006年03月03日 22:09
そうですね。より3次元、4次元に近い世界かもしれません。
全身で地球や宇宙を感じるというか。禅みたいなこと言っていますけど。
まあ、子供の木登り・純な冒険心の延長線上といったところでしょうか。
けど、それがすごく大切だと思います。

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