登山家の名言別館

2008年01月25日

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「週3日、南山(豊田郊外の岩場。引用者注)でも早朝岩登りトレーニング、筋力アップのためのトレーニングジム通いも週3日、又低圧実験室にも機会を作って20回以上も入った。時間があれば自転車(マウンテンバイク)も取り入れ脚力も強くした。更にスイミング教室にも6ヶ月通いました。ここでは泳ぐ事よりも呼吸法を一生懸命(原文ママ)勉強した。その結果、78kgもあった体重が60kgになり、ウエストも92センチから76センチになった。(中略)太いスラックスは二度とはかない決心をして全部処分した」(石川富康氏)

20歳の時は42kgしかなかったのが、45歳の時は最高で86kg、ウエスト96cmになっていたという。その人が50歳の時にヒマラヤを登るために必死でトレーニングをし、この成果をうみました。若い頃ボクシングをやっていたこともあるにせよ、これが後のエベレスト南稜ポーランドルート第3登も含めた数多くの8,000m峰に繋がったわけである。
実際私めもチョ・オユーの前南山のトレーニングにお付き合いさせてもらったことがあったのだが、他の上級生がもうやめている中、石川さんのお相手で1年坊主だった私は、真夏の暑い中殆ど休みなく10本以上連続でクライミングをさせられ、暑さでふらふらになっていた。そんな中、氏は殆ど汗もかかず息も切らしていなかった。
その後も何度かご一緒させてもらう機会があったのだが、とにかく元気に動き回る。色々いう人もいたが、指をよく凍傷にやられながらも登る彼の情熱と努力は本物であった。

因みに去年の夏久し振りにお会いした際の話。
「あ、どうも石川さん、お久し振りです」
「おう、洲鎌、丁度よかった。○○って字、どう書くんだったっけ?」
「・・・」
10年ぶりぐらいに会った最初の会話がこれかいっと思ったのだが、不思議と自然にその時間を超えて、懐かしいというよりつい昨日あったばかりのような気がした。少ししか話をすることができなかったのにせよ、昔話をひとつもしなかったからかもしれない。

その氏が7日南極のビンソン・マッシーフを目指し旅立った。これを登れば史上最高齢の七大陸最高峰登頂である。最年少がこのところ注目をあびていたが、私は個人的にこっちの方が凄い記録だと思う。このところ凍傷が多いそうだが、また元気に帰国することを切に願う。

「今月中に3kgやせる」という目標が、あと4、500gで達成というところで4日ほど停滞気味。けど、あせらず諦めず、頑張っていこう。

(22:35)