2009年 その12009年 その3

2010年03月12日

2009年 その2

10月に入ってからも就活は続けていたが中々成果は出ない。
だが、下旬に入りとある先輩から連絡が来た。
「仕事決まった?まだならちょっとバイトしない?」と。
その先輩は土木コンサルで働いていて、専門は橋梁。なんでも釧路方面の道道に架かる橋梁点検をしに行かなきゃならないのだが、一人で出来る作業ではないらしく、しかも熊が出るような山の中まで行きゃなきゃならないとの事。
そこで僕に白羽の矢がたったらしい。
2つ返事でOKですと言い、後ほど詳しい内容はPCの方にメールしてくれるという。

内容は道道に架かる橋梁を点検し、マニュアルを元に箇所により損傷具合のランク付けをして写真を撮っていく作業。表面だけではなく当然橋脚や橋台などもみるため川の中に入るという。
全く初めての作業だが、非常に興味が湧いた。
何より道道6路線なのだが、そのうち3路線には炭鉱跡のある路線。
しかもあの雄別もあるのだ!これは行くしかない!

移動手段はなんと飛行機。新千歳から釧路まで飛んで、そこからはレンタカーを借りて仕事をする。
飛行機は見るのは好きだが、乗った事は殆んどない。記憶にない子供の頃と高校の修学旅行の帰りに乗ったきりで、大人になってからは初。

搭乗手続きとか解らないのでかなり緊張したが、周りを参考にしてスルー。
50分程度で到着。やっぱ飛行機は速い。

今回は5泊6日の日程で初日は空港近辺の4橋で終了。僕に作業方法をレクチャーしながらの作業だったのでこの位。
宿泊は釧路駅そばのビジネスホテルで、PC持込でネット接続できる環境。
おかげで暇しなく、晩御飯の場所などを調べる事が出来て非常に便利でした。

釧路方面は暗くなるのが早い為、15時半には作業が出来なくなってしまう。なので朝は早く6時半に朝食をとったら直ぐに出発。

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2日目は上茶路炭鉱沿いの道道665号。
川には石炭がゴロゴロ。
国鉄で最初の廃止路線になった白糠線。
唯一残っている上茶路駅跡。

3日目はこの路線を更に北上し白糠線最北の駅、北進駅近辺からスタートし本来なら上螺湾まで延びる予定だった道道143号。
熊こそ出なかったが、鹿は沢山いたし、熊の餌食になったであろうエゾ鹿の残骸も橋梁の下にあったり…。
4日目は道道1093号の阿寒公園鶴居線。
あ、点検は道道の基点側からスタートするので、この日は阿寒湖側からスタート。しかし残念ながら一部通行止めになっていて徒歩で1橋見に行く事に。その後大きく迂回し残りの橋梁を終わらせた。
5日目は道道361号。尺別停車場線です。遂に大きな物件のある路線です、自分的に。途中や昼ごはん時に時間を貰い遺構を撮影。
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この炭住は牧草地の中にあって、中々素晴らしい景観でした。




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6日目の最終日はお待ちかねの道道222号、通称「雄別線」です。
閉山になった1970年当時でも1万2千人の人口があった地域で、閉山とともにゴーストタウンになった地域です。道道沿いにも沢山の遺構があり、シンボルともいえる煙突が見えてきます。
14時半頃までに作業を終わらせて遺構撮影に時間を貰います。
幸い先輩も嫌いじゃないので結構乗り気でした!
先輩が使っていた広角のLレンズを借りてあちこち探し回りながら撮影。


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これは炭鉱病院。閉山になる数年前に建て替えられた物。
バリアフリーでした。
落書きが酷いです。


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これは最も大きくメインの「雄別通洞」です。
経済産業省の「近代化産業遺産群33」に認定され、最近は保存の方向で進んでいるようです。


他にも沢山撮影してきました。至る所に「町」が存在していた跡がありながらも地図からは名前の消えた町、雄別。非常に不思議な気分でした。

2009年は夢だった「昭和炭鉱跡」と「雄別炭鉱跡」を見る事が出来ました。

その後18時の飛行機で帰ってきました。
新しいことだらけでとっても楽しかった6日間でした。
釧路で定番の「泉屋」スパかつも食べたし、ざんぎの名店「鳥善」も行きました。釧路は以外に美味しい物だらけでちょっと住んでもいいかな?なんて思ったりもしました。

第1弾はこれで終了。

integura96 at 19:44│Comments(0) ダメ日記 | 心霊、廃墟

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