イヌビトスタッフ日誌

同人サークル「イヌビト」のスタッフ日誌です

2010年10月

俺得季節到来

どうもKUMARです。寒いね!

こんな寒くなったのに、未だに温かい飲み物を導入してない自販機はなんなんでしょうね?その自販機の管理人と僕は永遠に話が合わない気がします。いや、別に話す機会ないでしょうけど。

さてどうでもいい話は置いといて。

kabe3_sumホワイトノイズ特設サイトにに壁紙が1枚追加されました。

今回はうぃざーどさんに瑞希と多加子のイラストをプレゼント(!)して頂いたので、私KUMARも少し協力させて頂き壁紙を作成いたしました。


うぃざーどさんと僕は結構長い付き合いなのですが、
今回はじめてコラボみたいなことをさせていただいたかもしれません。
お疲れさまでした。ありがとう!

今後もこーゆーコラボをやってけたらなと、個人的に思ってます。


あと次回作ですが、年内にひとつ花火があがると思いますのでご期待ください。


…公言して自らを追い込む、それがイヌビトスタイル!

ウルフハリケーン



そんなわけで前の担当回に引き続き、更新予定日をすっぽかしたemeraldです。申し訳ござらぬ、かくなるうえは切腹を、武士の情けを―ッ!!ハラキリー!!スシ、ゲイシャ、スキヤキー、シッショー!!

うん、私個人のブログも同じぐらいのタイミングで更新止まってたりして、いやはや私は何をやっているんだか。うん、まぁ、何もしてないんじゃねぇの? とか自分で思ったりもしたけれど、その辺のベクトルの思考はなんか墓穴とか見えるんで自粛の方向で。


えーと、イヌビトとして何か新しく報告しなければいけないようなことを代表に聞いてみたところ、

「……ない!

とのことなので、まぁ、適当にお茶を濁すかの如く、正真正銘の徒然なるままに何か書くことにします。


私自身はあまり関わっていないのですが、イヌビトもなんだか活動的になってきたようです。先月のdoujin24のイベントの勢いを生かそうとニコニコ生放送を介して『イヌビトラジオ』なるものを決行した模様です。

主にKENTとKUMARが頑張って色々と企画を練ったり、ゲスト様を呼んでお越しなってもらったりと何やら楽しげな様子。はて、私の認識ではイヌビトスタッフは全員が引きこもり予備軍の筈だったのですが、いつの間にこんなにもアクティヴィティーになられたのでしょうか。モニターとスピーカー越しに聞こえてくる彼らの熱気に溢れた楽しげな議論や会話を聞いていると、あんなに近くにいたはずの彼らが何やら遠い存在になってしまったようで悲しくも寂しくもあります。

――いや、それって前から変わってなくない? 遠い存在も何も、500kmぐらい生活圏内がずれてるのはイヌビト結成する以前から普遍の真実なんだぜ? そもそも普段の会議だってマイクとスピーカー越しに話しているんだから肉声なんて実際には聞いてないに等しいんだぜ? そもそも一年以上実際に会った事のないメンバーが何人もいるんだけど? 多分、お互いに顔忘れてる可能性が高い!!

そう、私ことemeraldはイヌビト内でも異端なのです。窓際なのです。ぼっちなのです。ロンリーです、ロンリーウルフなのです、狼牙風風拳なのです。だから、きっと、emeraldはラジオには出ません。きっと、emeraldはラジオには出ません。(大事なことじゃないけれど二度(ry

まぁ、こうして生まれたり生まれなかったりする距離感や認識のズレが時に「根深い問題」(命名:KENT)となってイヌビト会議を無駄に長引かせたり、朝日が昇るまで徹夜で作品論を交わしたり、一周回って無駄な徒労とかになったりするのです。まいったNE☆


そんなこんなで適当なこと書いてるうちにそこそこ文量も稼げたのでここいらでお暇させていただきます。

イヌビトラジオ、もしも隔週土曜日の深夜に時間が空いておられるという方は応援よろしくお願いします。

また、本業の作品制作の方もじわじわと進めておりますのでご容赦且つご期待下さい。

それでは。

コンテキストの話

こんばんは、KENTです。

Webサイトの方ですが、今回はホワイトノイズの壁紙を追加しました。
イヌビトラジオの第一回で先行配信したものです。

ホワイトノイズを3/3に公開して以来、久々のホワイトノイズWebサイトの更新です。
(久々にニュースサイトさんに捕捉してもらって嬉しかったり)


さて、更新報告はこれで終わりなので、何を話そうかなぁと考えていたんですが、
今日はコンテキストの話でもしようかと思います。

どーでもいいようなどーでもよくないような、でも結局どーでもいい話を長々とするので、
興味がなくなった時点でタブを閉じてください。



コンテキストとは?
まずは辞書を引いてみましょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%88
てか辞書じゃないですWikipediaです。すみません。
これの一般的な意味です。

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  • 一般に、コンテクスト(あるいはコンテキスト)は、日本語では「文脈」と訳されることが多いが、他にも「前後関係」、「背景」などと訳される。コミュニケーションの場で使用される言葉や表現を定義付ける背景や状況そのものを指す。例えば日本語で会話をする2者が「ママ」について話をしている時に、その2者の立場、関係性、前後の会話によって「ママ」の意味は異なる。2人が兄弟なのであれば自分達の母親についての話であろうし、クラブホステス同士の会話であれば店の 女主人のことを指すであろう。このように相対的に定義が異なる言葉の場合は、コミュニケーションをとる2者の間でその関係性、背景や状況に対する認識が共 有・同意されていなければ会話が成立しない。このような、コミュニケーションを成立させる共有情報をコンテクストという。
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まぁ今回の話と照らし合わせると「文脈背景」と訳せると思います。


結論を言えば、

僕らはコンテキストなしでは作品を鑑賞しえない。

ということです。

これは見落としがちではありますが、特に作り手としては非常に大事なことです。


例えば、「天体戦士サンレッド」。

この作品はまったりしたヒーローがまったりヒーローっぽくない活動をするというのが肝なわけですが、
このズレ、面白さを理解するには、そもそも「戦隊ヒーローもの」を知っていないと始まりません。もっと遡れば「ヒーロー像」というものも知っている必要があります。

例えば、「問題ない」。

「問題ない」という言葉は昔から極々、極々ありふれた言葉です。
しかし今、特定の文化圏で「問題ない」といえば、
ほぼ問答無用で「大丈夫だ、」が頭につき、「エルシャダイ」へと繋がります。

例えば、「バナナの皮」。

バナナの皮は「すべる」ことを連想させますが、
私は現実にバナナの皮ですべる人をみたことがありませんし、バナナの皮ですべる創作上のキャラクターも数えるほどしか見たことがありません。
しかし、そんな私にとってもバナナの皮は「すべるもの」であり、劇中にバナナの皮が出てくれば、すべる何かが起きることを想起させ、あるいは「その想起を逆手に取るだろう」と想起させます。

例えば、「登場の仕方」。

凝った造形のキャラクターが出てくれば、そのキャラクターは重要なキャラクターだろうと想像させます。
スローモーションで笑顔を見せるシーンが入れば、そのキャラクターに主人公は恋をするだろうと予想します。



挙げればキリがありません。
というより、僕たちはコンテキスト「のみ」で作品を鑑賞しているとさえ言えます。(もっと言えば、作品の鑑賞だけでなく日々の生活もコンテキストのみで成り立っています)

日本語は日本語そのものがコンテキストだといえるし、人物ひとつとっても、それを人物だと認識するのは日々の経験というコンテキストがあるからです。



ここまで読んだ方がもしいらっしゃれば、

「今更んなこと言われなくても分かる、
で、そこから何を言いたいんだ」

とお怒りかもしれません。
つまり、私は言いたいことは二つあります。


ひとつ。

「小難しいことはいいから、俺は作品を楽しんでいたい」
という方へのちょっとした啓蒙をしたかった。


勿論、そのような考えを持って作品に触れることは全く問題ないと思います。
ですが、「なにこいつ考えちゃってんの」と非難の目を向けられると、う〜んとなってしまいます。
その非難の目を向けている人も、実は考えちゃっているんです。

繰り返しますが、私たちはコンテキストなしで作品を鑑賞しえません。
僕らは意識的にせよ、無意識的にせよ、作品外からの視点で作品を見ます。

厄介なことにコンテキストの殆どは無意識下で処理され、私たちはそこに気付かずに作品を鑑賞しています。
さらに厄介なのは、無意識下で処理されるコンテキストは意識ベースで捉えようとすると、スルスルと網からすり抜けてしまうのです。

なんとかそのスカイフィッシュを捕獲しようと努力する行為が批評といえます。

そして、頭でっかちな方法で作品を創ろうと考えている人たちは、コンテキストを理解したり、理解したコンテキストを逆手に取ろうとするのです。
例えばビジュアルノベルのコンテキストは、画面構成だったり、立ち絵の有無が重要・非重要を決定付けたり、必ず主人公視点の一人称で語られたり。そうした弾丸を相手に撃つか、弾丸を分解して火薬を再利用するか、罠に使うか、そうしたことを考えるわけです。


鑑賞側にしても、コンテキストを読むことは、「作品を楽しむ」ことにも大きく寄与します。
「結婚するんだ」というセリフがきた、なるほど、コイツは死ぬのか死なないのか。
ここでループさせる、なるほど、ならばあの作品を超えるかどうか。
かの作品そのままの展開だと思っていたが、それをこう乗り越えてきたか。

作品の続編は何も「〜〜2」「続・〜〜」だけに限りません。私たちが鑑賞した全ての作品が連作なのです。そして、それぞれの文化圏ではそれぞれの文化圏の「続編」が存在し、「以下続刊」なのです。
そう考えていけばその作品の持つ魅力はグッと広がるのでは、と私は思うのです。



そして、もうひとつ。


「こんなことも知らないでよく作品語りが出来るもんだな」
という方へのちょっとした啓蒙をしたかった。

真逆のことを言っているようで、これで合っています。


文脈背景の読み方は時代と共に動くのは当然ながら、
個々人で違うこともまた当然です。

また、先ほど言ったとおり、コンテキストの解読行為は難航を極める一方、無意識下ではすんなりやすやすとその解読行為をしています。ならば、コンテキストの解読は無意識に任せて意識的にソレをみようとしないとする態度は、至極効率的というか、尤もな態度です。



この、コンテキストの解読・受容を巡る対立はしばしば起こります。(そもそもこの記事の内容の殆どは、イヌビトスタッフの間で交わされる日々の会話を基にしています)

この対立は、「生きる意味も分からずに何ムキになって生きてるの?」という立場と「生きる意味とか考えて何になるの?」という立場の対立に似ています。


この記事の文脈を追っていれば分かるとおり、私はコンテキストの解読を信奉する人間ではあります。ですが、コンテキストの受容が全うな形態であることも理解しているつもりです。
どちらの立場も有効であることを、この記事を読んだ人が思ってくれれば幸いです。

そして、その両方の立場をひっくるめてグツグツ鍋で煮込んだような、ドロドロ濃厚な作品が作れたらなぁと夢想する人間がいてもいいじゃない!という話でした。


推敲半端ですがこれで失礼します。

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胃カメラ飲みました。

鼻から管(カメラ)を通すのですが、これが結構しんどいんです。
麻酔で感覚を鈍らせているらしいのですが、管が通っていくのがはっきりとわかります。
また、胃カメラの映像も見せつけられるのですが、自分の食道をみて何が楽しいのでしょうか・・・。
なんにせよ、決して気分のいいものではありませんでした。
二度と経験したくもないですね。

イヌビトラジオ開始およびtwitterアカウント取得のお知らせ

8時って……

KENTです。



はじめました。
それにあわせてはじめました。



「じゃ、そういうことで」としたいところではありますが、
がんばって喋ります。



1.イヌビトラジオはじめました

なんか滑舌が悪い二人が無謀にもはじめるみたいです。
詳しくはこちら

第一回は今週土曜から
です。
doujin24のセミナーパート延長枠やります(予定)。

それ以外にもKUMARが何かアップを始めた模様です。
これは聞くしかない。の、だろうか。きっとそうです。


2.twitter公式アカウントはじめました


http://twitter.com/inu_bito


「生放送といえばtwitterだよね!」
という浅はかなのかトレンドなのか王道なのか分からない発想から、
twitterも合わせて始めました。

イヌビトラジオの放送情報や
ブログ、公式サイトの更新情報、
その他多分色々、

イヌビトに関する情報を呟いていきます。


お気軽にフォローして下さればと思います。


ブログ投稿に連動してツイートする設定にしたんですが、うまくいくかなぁ。




という感じです!
よろしくお願いします!
Good morning!(おやすみなさいの意)

びねつです

次回作についての会議をしていたのですが、

なんだか話が右往左往したり戻ってきたりしています。

あ、そうそう

ウイルスが検出された件ですが、間違いなようなので

安心して下さい。

ご迷惑をおかけいたしました。。



私はといいますと、

免許を無事取ったり、進路が少し決まったりしました。

いきなり寒くなったので体調を崩しがちであります。

ゆるゆると頑張っていきたいと思います。



尖閣諸島のデモすごいですね!