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本日のポスティングの舞台はO府S市。


梅雨入りしたはずの関西地方だが、一体どうしたことか。
ここのところずっと晴れである。

「いや〜あのときはついカッとなってしまいまして…『普段より半月以上早いだぁ?関係あるか〜!おれが梅雨っつったら梅雨なんだよォォオ〜!梅雨入りしてやらァ〜オラー!』なんて言っちゃってね、梅雨入りしてはみたんですけどね、ほんとスイマセン…自分でも思ったんですけど…やっぱ早すぎましたよね〜!アハハ…」

といったものを感じる。
気のせいかもしれないが。
抜けるような晴天。
30℃を越える気温。
暑い。





最近バイト中はずっとラジオ聴いていたが、おれは音楽家だろう、もう少し音楽を聴いた方がいいんじゃないのか?なにかしら新しい発見を必要としているだろう?ラジオばかり聴いている場合か?という気持ちが大きくなり、登録しているサブスクのおすすめのプレイリストを聴いたりもしてみることにした。
が、サブスクのおすすめはそれまで聴いてきたものの傾向に沿ってのおすすめであるため、知らないバンドの音源であったとしても(まあ聴いたら聴いたで悪くはないのだが)そこまでの発見がないのである。

だからと言って、最新チャートや最近の主流の音楽のプレイリストを聴きあさってみても心がだんだんしんどくなってきて、ああ音楽嫌い…みたいな気持ちにもなるのである。

ひとまずは好きな音楽の旧譜などを聴いてはいるが、今のおれは後頭部をバットでぶん殴られるような衝撃の出会いが欲しい。
まあそんなの数年に1回くらいしかないのわかってるんだけども。
何故か求めてしまっている。




やっぱりここはラジオだな、あれには思わぬ正面衝突事故のような出会いがあるんだ。と、久しぶりに(たぶん20年ぶりくらい)渋谷陽一のワールドロックナウをここ最近数週に渡って聴いている。

最新の洋楽ロック情報にすっかり疎くなってしまった自分にとっては知らないものだらけで割りと刺激的である。
刺激的ではあるが、昔から変わらぬロックのサウンドもそこにはあり、どこか安心感のような気持ちも抱いてしまう。
それがまた複雑でもあり、どうせなら全然知らないものに出逢いたいような気もするのだ。


しかし、少し前にドロップキックマーフィーズの新譜を紹介されたときに「今は本当に2021年か?」と耳を疑ってしまうほどの古き良きアイリッシュパンクサウンドに安心感を抱くと同時に、世の潮流とは関係なく我が道を行く姿勢が美しいな、とも思ったのである。

自分はそんなに器用な方ではなく、楽器を操る技術もそんなに無いし音楽理論にも疎い。
成長するスピードも遅い。
しかし、しぶとくあがいて一点を突破する力、それだけは人に負けないのではないかと思っていて、ドロップキックマーフィーズのスタイルを変えずに突き進む姿に自分と似た不器用さと愚直さを感じ、結局今日はドロップキックマーフィーズのニューアルバムを聴きながらチラシをまいた。

結局知ってるロックに戻ってきたなぁ、とは思うが、人生は短いようで長い。
またそのうち新たな音楽を好きにもなるだろうし、好きになれなかったものも好きに思える日が来るだろう。
それは焦って手に入れようとしても遠く離れていくだけで、どんどん渇きは強くなってゆく。
無理せず自然な姿勢とオープンな心、それでもって生きていこう。
それが一番いい。

と、またまた生き方の方向性も元の場所に戻ってきたのである。
人生はぐるぐると楕円の螺旋を昇るかの如し。
明日もまた生きよう。
来週からは雨らしい。









★聴いたラジオ
『ワールドロックナウ』
『赤江珠緒たまむすび(水曜)』


★聴いた音楽
Dropkick Murphys/Turn Up That Dial』









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本日のポスティングの舞台はS県O市。


じっとりと纏わりつく湿気、止まない雨。
九州・沖縄地方は既に梅雨入り、関西も特に宣言はされていないようだがこれはもはや梅雨であろう。

今年は例年よりも梅雨入りが2、3週間ほど早い。
雨が苦手な自分にとっては、憂鬱な日々が思いの外早くやってきて少しうんざりしている。
早くやってきたなら早く終わるのかと言うとそういうわけでもないそうで、終わるのは例年通り7月の半ばくらいになるのではないか、そんな事をラジオで天気予報士が言っていた。



自分は農家で生まれ畑とともに育ったので、この梅雨の時期の雨がいかに農業にとって必要なのか知っている。
もしも雨が降らなければ稲も野菜も育たず、田畑はおろか農家を営む皆さんも干上がってしまうことになる。
そう、わかっている。
必要なこととわかってはいるのであるが、いつもこの梅雨の時期になると、長く降り続く雨と不快な湿気にメンタルがやられ、冬季鬱ならぬ雨季鬱のような状態になり、毎日必要以上に苛々したり落ち込んだりするのである。
もうこれは自分の肉体と精神の構造上仕方のないことだと諦めているが、なかなかにキツい。
できれば日々穏やかな気持ちで過ごしたい。




一昨年、毎年4月に開催されていた革命ツアー北海道編が、スケジュールの都合で6月末になった。
じめじめとした大阪の街を離れ新千歳空港に降り立った瞬間、おれの目に飛び込んできたのは静かにどこまでも広がる青い空。
ツアーの道中の道沿いには芽吹いたばかりの新緑がこれでもかとばかりに命を燃やしており、窓を開けるとからりとした優しい風が吹き込んでくる。
草原に寝転がると、意識を失いそうになるくらい気持ちがいい。

嘘だろ、とおれは思った。
大阪は湿度90%などという、そんなもんほとんど水やないかいと叫びたくなるような空気に包まれて、人々は日々鬱々とした気持ちで過ごしているというのに。


それまでおれは知らなかったのだが、北海道にはなんと梅雨が無いらしい。
テレビの天気予報では「最近は北海道にも梅雨が来るようになりました。毎日ほんとにじめじめしてて嫌ですねえ」なんて言ってやがる。
こんなもんのどこが梅雨じゃ〜!!
オメーらに、オメーらに本当の、ほんとの梅雨を教えてやろうか〜〜!!

などと暴力的な気持ちにすらなりつつ、おれは梅雨が嫌いだ、もう二度と梅雨を経験したくない、もう今後の人生おれは梅雨の時期には北海道にいよう。ツアーを回ろう。少なくとも2週間くらい。なんならそれ以上だ、梅雨が終わるまでずっとおれは北海道にいてやる…!

そう強く心に誓い、翌年も革命ツアー北海道編はこの時期に開催することにしたのである。






まあ結局のところ例のアレのおかげで翌年の革命ツアーはその時期に開催することは叶わず、今年もまた然りである。

コロナのせいとは言え、結局梅雨から逃れられない我が身の無力さをひしひしと感じつつ、おれは今日も雨に打たれながらチラシをまいたのである。




ふと、上を見上げるとビニール傘を滑り落ちる雨粒が。
ちょっときれいだなとも思ったが、「ライバルのいい所を認めたくない心の小ささ」のようなものと似た感情が生まれ、こんなもんきれいであってたまるか、という言葉で感情に蓋をしそうになったが、最近は人間素直が一番と思っているので、まあ雨にもいいところはあるか、そんな風に思うことにした。

などと考えながら滋賀の知らない街をぽてぽてと歩いたのであった。



★聴いたラジオ
「爆笑問題カーボーイ」
「赤江珠緒たまむすび(月曜)」

★聴いた音楽
「Led Zeppelin/Led Zeppelin Ⅱ」
「In Flames/Clayman」

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滋賀県大津市は雨の中


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鬼滅の刃(紙製)






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