長野県大会個人戦。
団体戦で、風越女子高校の中堅を務めた文堂星夏も、風越女子ナンバー5のプライドを胸に参戦する。
そして、個人戦2日め。
中学時代の同級生、宮永咲と対戦することになった。
これは、文堂星夏の奮闘物語。
※文堂星夏ちゃんと宮永咲ちゃんが同じ中学出身なのは、作者の趣味による捏造設定です☆
【SS】文堂星夏と宮永咲の長野県大会個人戦
長野県大会個人戦1日め。
個人戦に出場するものの、全国大会に行けるベスト3に入るのは無理だと最初からわかっていた。
私は風越女子のナンバー5。学内だけでも、私より強い人が4人もいる。
吉留先輩と深堀先輩は手堅い打ち手で隙がない。
ナンバー2の池田先輩の火力にはとても敵わない。
そして、火力も防御力も兼ね揃えたキャプテン。
団体戦に共に出場した先輩たちに勝てる気がしない。実際、部の練習でも一度もトップを取らせて貰えなかった。
他校も強い人ばかりだ。
団体戦の中堅で対戦した清澄の竹井さん、龍門渕の国広さん、鶴賀女子の蒲原さん。清澄には昨年インターミドルチャンプの原村和もいるし、龍門渕のメンバーだって強い。鶴賀の大将も池田先輩より一枚上手に思えたし、鶴賀の副将もオカルト能力を持っていると深堀先輩から聞いた。
個人戦のみ出場する強い選手もいるから用心しろと久保コーチから注意もあった。
そして、何よりも。
咲ちゃん。中学生の同級生で、清澄高校の大将を務めた宮永咲ちゃん。
まさか、読書が趣味で麻雀の話を一度も振ってこなかった咲ちゃんが、あんなに麻雀が強いとは思わなかった。
いや、咲ちゃんが一度だけ、麻雀の話をしたのは私が風越女子に合格して、
「麻雀が好きな星夏ちゃんらしい進学先だね」
と合格お祝いの言葉を掛けてくれた時のみだ。
そんな咲ちゃんは、1年生なのに清澄高校の大将を任されていた。長野県決勝戦では、池田先輩を和了らせて窮地を凌ぎ。龍門淵高校の天江衣をまくり、大逆転して全国大会行きの切符を手にした。
咲ちゃんが池田先輩を和了らせたというのは、試合直後にキャプテンが教えてくれたことだ。
「あの子、華菜が点数を言う前に点棒を正確に用意してたの。間違いなく、差し込みだけれど、華菜の和了り役をキチンとわかっているのが怖かったわ」
いつも落ち着いているキャプテンが震えていた。
「こんな人たちを相手にして、全国大会なんて行ける訳ない」
思わず、本音を呟いてしまった。
でも。私は風越女子の部員だから。風越のナンバー5のプライドだってあるから。
今年は全国大会に行けなくても、来年に繋げる成績を残さなくては。自分に喝を入れて、試合会場に向かった。
東場だけの試合は目まぐるしく感じるも、長野県予選団体決勝戦で対戦した人たちと殆ど当たらなかった幸運もあって。私、文堂星夏は10番台で予選を通過できた。
風越女子はキャプテンを始め、団体戦を共に戦った先輩たちは、もちろん。風越女子麻雀部のランキング6位、7位の先輩も予選を通過された。
1日めを終えた時。
キャプテンと吉留先輩が嬉しそうな顔をして、戻って来られた。
ただ、吉留先輩が
「今、清澄の宮永さんと対戦したんですけど。個人戦だと調子良くないのか、団体決勝戦ができ過ぎたのか。あっさり勝てて拍子抜けでした」
と言った瞬間。
キャプテンの顔色が変わり、部員に彼女の牌譜を取り寄せるように指示をした。
そして、牌譜を見たキャプテンは震え出して
「明日。清澄でマークすべきは、東場が得意で現在トップの片岡さんよりも宮永さんよ。この子、どの試合も2着で、全てプラマイゼロだわ!」
半ば叫ぶように言った。
プラマイゼロ?勝つよりもスゴいことなんだろうか?でも、キャプテンの観察眼は絶対だ。何のために、トップを狙わずに2着なのかはわからない。
でも、団体決勝戦後も、キャプテンが彼女に対して何かを言っていた気がする。風越女子敗退の原因を作ったショックで忘れてしまったけれど……
「とにかく。宮永さんが、いつ覚醒するかわからないから、みんな気を付けて」
とキャプテンのアドバイスに、「はい!」と返事するしかなかった。
******
長野県大会個人戦2日め。
お昼ご飯を食べ終わった後、風越のメンバーと別れて、試合会場に向かう。
「ふぅ、なかなか順位は上がらないなあ」
私は歩きながら、会場の天井を見上げてため息をついた。
今日の本選に出場できたものの、午前中は長野県予選で対戦した人たちとの同卓もあって、順位を下げないのがやっとの体たらくだ。全国大会に行けるベスト3に入るのは、やはり無謀にしか思えない。
でも、風越のナンバー5の私が弱音を吐いてはいけない。これから順位を上げて来年に繋げなくては。自分に喝を入れて、試合会場に向かった。
******
「あ、咲ちゃん」
部屋に入ったら、咲ちゃんがいた。
呼びかけたら、中学時代と変わらず、穏やかな笑顔で振り向いた。あのギラギラした勝負師の表情だった団体決勝戦が嘘のようだ。
「星夏ちゃん、久しぶりだね」
声のトーンも中学時代とまるで変わらない。
「うん、久しぶり。個人戦で当たると思わなかった」
「私も……」
咲ちゃんは穏やかに微笑みつつ。一瞬、下を向いて顔を上げた。
私を正面に見据えた顔は、あの団体決勝戦の時と同じ表情になっていた。一見、笑顔だけど。目がギラギラしている勝負師そのものの表情に。
「星夏ちゃん、ごめん。私、本気で打つから」
現在の咲ちゃんの順位は、意外にも私と同じぐらいだった。まだ、覚醒していないのか。それとも、調子が上がらないのだろうか。とにかく、20番台にいる私たちが順位を上げるには、1着を取るのが手っ取り早いのはわかっている。
これは真剣勝負なのだから。
「もちろん、試合だから当然だよ。私も全力で打つから!」
だから、私も答えた。相手が元同級生の咲ちゃんでも手抜きなんかする訳ないと。
「ふふっ、よろしくね」
「こちらこそ」
咲ちゃんと握手をかわしてから、卓に着く。
しばらくして、残りの2人も部屋に入ってきた。
予選ギリギリ通過組のようで、現在の順位もビリに近い。これは咲ちゃんとの勝負になるなと試合前は思っていた。
「ツモ。2600、1300です」
「ロン。3200です」
「ツモ。2300、1200です」
試合が始まったら、咲ちゃんは速攻でどんどん和了った。少しでもミスしたらロンされる。何も出来ないまま、咲ちゃんの親番の東4局になった。
「ツモ。4000オールです」
「ロン。4800です」
「ロン。12000です。お疲れ様でした」
連続で3回和了り、同卓の子がトンで試合が東風戦で終わった。
「あ、有難うございました」
トンだ子はお辞儀はしたものの、声は出てなかった。狙い撃ちのように飛ばされたのだから当然だと思う。ギリギリ点棒が残った私達でさえ、声が震えていたのだから。
「星夏ちゃん、お互いにお疲れさまだね!」
試合終了後、咲ちゃんから声を掛けられた。
彼女がどんな表情をしていたのか、私には見る余裕もなかった。
「咲ちゃん、すごいね……」
やっと、これだけを言えた。
「星夏ちゃんも手強かったよ。本当は星夏ちゃんを飛ばしたかったんだけど、隙がなくて出来なかった」
「え?」
だから、試合前にごめんと言ったんだ。順位が近い私を飛ばす予定だったから!
狙い飛ばされて挨拶で声も出なくて、うな垂れて部屋を出たあの子。私があの立場にいた可能性もあったと思うと、体も震えてきた。
「無謀かもしれないけど、個人戦でも全国に行きたいんだ。お昼休みに原村さんに全力になれって怒られちゃったし」
舌をペロって出しながら話す咲ちゃん。
現在の順位も手加減していたからと暗に言っている。キャプテンが咲ちゃんをマークしろと言ったのは、真の実力を見せていなかったからか。
でも、残り試合は午後の分だけ。ここから順位を上げて全国大会行きの切符を手にするのは、無謀に思えた。
「咲ちゃんは、この順位から全国大会行きを狙うの?」
「うん。まだ試合は残っているから」
「う、うちのキャプテンも倒して?」
「総合得点で抜かすのは難しそうだけど、同卓したら全力で頑張るよ」
勝つと言わなかったのは、流石にキャプテン相手だからか。
「じゃあ、またね」
「うん」
咲ちゃんと別れて、次の試合会場に行く途中で、池田先輩に会った。
「試合が早く終わったんだな」
「咲ちゃん。あ、清澄の宮永さんが同卓の子を飛ばしたので」
「宮永らしいな!文堂は、次の試合から頑張ればいいし!」
「え?らしい?」
「ああ、やっとエンジンが掛かったんだな。あいつなら、同卓の奴を全員飛ばすぐらい朝飯前だ。そのぐらい、強い」
池田先輩がキャプテン以外を誉めるなんて意外だった。しかも、全員を飛ばすぐらいに強いと評価するほどに。
「池田先輩は、キャプテンと、さ……宮永さんだったら、どちらが強いと思いますか?」
だから、思わず聞いてしまった。
「キャプテンだし!と言いたいけど、難しいな」
「そうですか」
咲ちゃんはキャプテンと同等……。
そんなレベルだったんだ。
「とにかく、今は自分の順位を上げることだけ考えるんだ。まあ、私も厳しい戦いだけど全国を目指すよ」
池田先輩の順位は1桁台。私よりも全国大会行きは現実味がありそうだった。たしかに、今は人のことよりも自分のことだ。
「はい。わかりました!」
「よしっ。終わった時にお互いに笑顔で会おう!」
先輩は笑顔で次の試合会場に行った。
先輩の背中を見送って気が付いた。この時間に笑顔の先輩が私と通路で会ったということは、先輩も誰かを飛ばして試合を早く終わらせたという事に。
さすが、池田先輩の火力はすごい。絶好調になった先輩なら全国行きも十分に狙える。
私も全国は無理でも、今よりも順位を上げて笑顔で終わらせたい。
心から思って、私も次の試合会場に向かった。
******
「やっぱり、全国への壁は高かったな」
全ての試合が終わって、天井を見上げて一息ついた。
思ったよりも順位は上がらなかったけれど、上位のメンバーを見たら、今の私には抜かすのは無理だ。悔しいけれど、実力不足を認めるしかなかった。
「キャプテンはすごいなあ」
上位メンバーと同卓しても、総合1位を一度も譲らなかったキャプテンは本当に強い。長野県1位は、私たち風越のキャプテンだと思うと誇らしく思える。
「咲ちゃん、本当に個人戦でも全国に行くんだ……」
そして、咲ちゃん。
2日目の午後から常に1着を取り。どんどん順位を上げてギリギリとはいえ、個人戦3位で全国大会の最後の切符を手に入れた。
「何、ブツブツ言ってるんだし!」
気が付いたら、池田先輩が顔を覗き込んでいた。
「うわっ。池田先輩!お疲れ様でした!」
「文堂もお疲れだし。大健闘だったな」
「有難うございます」
先輩に何と声を掛けていいのかわからなかった。池田先輩の後ろには泣きじゃくっている吉留先輩の姿も見えたから。
「みはるんもそんなに泣くなし!」
「だって、私がもっと初日のように頑張ってれば。キャプテンから宮永さんをマークするように言われたのに負けて。私が勝てれば、華菜ちゃんが全国に行けたかもしれないのに……」
「無理だったよ。もし、みはるんが宮永や南浦を蹴落としてくれたとしても、私の順位が低すぎた。悔しいけど、私の実力不足だ」
「でも」
「また、来年に向けて頑張ろう」
団体戦の時は号泣していた池田先輩が、吉留先輩をあやすように慰めていた。池田先輩のように麻雀も心も強くなりたいと思った。
気が付いたら、表彰式で呼ばれているキャプテン以外の風越女子高校の麻雀部員が集まっていた。
「個人戦も団体戦も強敵だらけで、正直、来年の全国行きの奪還は厳しい。でも、まだ一年もある。明日から特訓だし!」
「はい!」
返事をしながら、池田先輩の喝を反芻していた。
そうだ、まだ来年の試合まで一年あるんだ。今日は全然歯が立たなかった相手でも一年間特訓すれば勝てるようになるかもしれない。
咲ちゃんにも。
だから、また明日から先輩達と一緒に頑張ろう。そう誓った。
<カン>