
休みの日のことを祝日や祭日など言いますが、
どう違うのでしょうか?
祝日と祭日は同じような使われ方がされていますが、
現在、祝日は「国民の祝日に関する法律」という法律で
定められているのに対し、祭日は定めがありません。
「国民の祝日に関する法律」で制定された特定の日が
祝日とされ、「祭日」というものは存在していません。
「祭日」と言う言葉すら出てきません。
国民の祝日は「祝祭日」と呼ばれていた時期がありましたが、
現行法では存在しません。本来は、その名の通り、
祝日はお祝いの日、祭日はお祭り(祭祀)の日でした。
大日本帝国憲法の明治から昭和時代には
「皇室の祭典を行なう日」の意味もありました。
皇室祭祀には大祭日と小祭日があり、
国家の祝日と大祭日を合わせた総称として
一般的に「祝日大祭日」(略して祝祭日)と呼ばれていました。
現在祝祭日とか祝日・祭日と呼ぶのはその時代の名残でしょう。
私の昭和2年生まれの父や昭和9年生まれの母は、
生前、休みの日のことを祝日と言わず、祭日と言っていました。

国民の祝日に関する法律の第一条意義にはこうあります。
国民の祝日(祝日)とは、
「自由と平和を求めてやまない日本国民が、
美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を
築きあげるために、国民こぞつて祝い、感謝し、
又は記念する日である。」と定義しています。
どうも何を言いたいのかわからない条文です。
祝日には歴史的な意義が伴うものが大きくを占めます。
祝うべき出来事、感謝すべき出来事、
あるいは記念すべき出来事がその祝日の起源になっています。
これは何も日本ばかりでなく、多くの国でも同じです。
なのに、第一条では取ってつけたような戦後民主主義的な
「自由と平和」とか「よりよき社会」「より豊かな生活」
などといったよけいな概念を盛り込み、
歴史や国に対する敬愛の念を薄れさせているように思います。
戦後、我が国の歴史に対する感謝と敬愛を
疎かにしてきたことがここにも現れているような気がします。
古来のお祭りや歴史ある行事がある日が祝祭日であるべきと思います。
祝祭日とはその国家の歴史とつながっているものであり、
日本の歴史に由来したものが多くあります。
日本の場合は終戦を境に、古来からの歴史の連続性が
分断されてるのではないかと感じてしまいます。
週休二日制や祝日の一部を次の月曜日に移動させて
休日にするハッピーマンデー法の影響もあり、
これまで大切にしてきた祝日の意義が薄れつつありますが、
伝統的な風習、精神が廃れてきていると言われる今、
建国記念日、春分の日など、なぜこの日が祝祭日なのか?
祝祭日は古来の伝統や歴史を伝えるただの休日ではなく、
なにを記念しているのか?という歴史と背景の意味に
思いを馳せることも必要なことではないでしょうか?
国の祝祭日は、例えば米国では国父・ジョージ・ワシントンの誕生日や
独立記念日、コロンブス・デーなど歴史的な記念日がほとんどです。
欧州諸国や多くの独立国なども同様です。
そこには、祝祭日は、国民がともに歴史について考え、
国への思いを深くするためにあるとの発想があるからでしょう。
その点、我が国で歴史にかかわる日といえるのは、
「建国記念の日」と平成19年に制定された「昭和の日」のみです。
明治天皇の誕生日でかつて「明治節」の11月3日も、
戦後は「文化の日」と改称され、歴史的意味が失われています。
歴史的な意味を失った祝日は、単なる休日にすぎなくなります。
神社では特に祝祭日には祭典や行事を行ったりする事が多くあります。
神社のお祭りとは、日本人が遠い先祖から続けてきた
日本人の心の故郷を思い出させる習慣や慣習と言ってもいい行事。

例えば、2月11日は、日本が始まった日。
今は、建国記念の日という祝日になっていますが、
昭和23年までは紀元節と呼ばれていました。
「元」とは元始の義であり、また年号のことにも用います。
そこで、日本の紀元の始まる日であるとして、紀元節と名づけたものでした。
明治憲法を発布する際にも、この日が選ばれました。
終戦後、GHQは占領政策の一環として、
昭和23年に祝祭日を変える方針を打ち出しました。
これによって、紀元節はこの年をもって廃止されました。
2月11日という日を否定することで、
日本の神話、歴史、天皇と国民のつながりを破壊しようとしたのです。
昭和27年4月28日の主権回復以降、昭和42年になってやっと
2月11日に第1回の「建国記念の日」が祝われました。
建国記念の日は、敗戦後、日本人の努力で取り戻した日です。
国民の努力によって、日本の歴史の原点を取り戻すことができたものです。
しかし、平成18年以降、建国記念式典そのものが行われていません。

また、春分の日、秋分の日は、戦前までは、
それぞれ春季皇霊祭、秋季皇霊祭という祭日だったのです。
我が国では古来、先祖を祭る祭りが春、秋の2回行われてきました。
皇室においては、天皇陛下は春分・秋分の春秋二回、
皇室の祖先の霊をお祭りになります。それが皇霊祭です。
この日、天皇陛下は神武天皇をはじめ、歴代天皇・皇族の霊をお祀りし、
日本国と日本国民の無病息災を祈られます。
この日は、春秋のお彼岸の中日にあたっており、
私たち国民も祖先の祭りを行います。
こうした春分と秋分の行事の背景には、
我が国古来の太陽信仰と祖霊崇拝があります。
そして、皇室においては、太陽信仰と祖霊崇拝が
一体のものであるところに、この日の意義を理解する鍵があるのです。

11月23日は、勤労感謝の日という祝日になっていますが、
この日は、昭和23年までは新嘗祭と呼ばれ、
わが国の伝統的な行事である新嘗祭が行われる日です。
新嘗祭は、天皇陛下が新しく収穫された米を
天照太御神はじめ八百万の神々に供えて祀り、
また自らも食して、神々に対して稔りを与えてくれたことを感謝し、
来る年もまた豊穣・安寧を与えてくれるように祈願する天皇の祭りです。
米の収穫を神に感謝する日であったのです。
戦後は、こうしたわが国固有の伝統や、天皇と国民の結びつきが損なわれ、
「勤労感謝の日」という姿に変わってしまっているわけです。
稲作は、春にもみをまき、秋に収穫をします。そして、私たちの祖先は、
春と秋を主として祭りを行い、神に対して豊穣を祈り、
また収穫に感謝するという営みを続けてきたのです。。
新嘗祭は三千年近く前の神話時代から、今日まで続いている行事です。
このように古い歴史をもった行事は、文明国では例がないものです。
祝祭日は元来、皇室祭祀といった国のお祭り、
お祝い事のために設けられているのであり、
レジャーに出かけるために祝日にしているのではないはず。
なのに、民主党と社民党が昨年進めようとしていた祝日法改正案。
具体的には、日本を東日本・南関東・西日本の3ブロックに分け、
それぞれ10月の第2週、第3週、第4週に連休を割り振るというのである。
10月第1週は連休としない。
それが何故かというと、その週は中国では国慶節の大型連休に当たり、
中国人観光客が大勢来日しても混雑しないよう、
日本人を休ませないようにするからという。
おまけに民主党の一部議員が、韓国の「秋夕」(韓国の旧盆)にも
配慮してくれと口出ししていた。
日本の祝日が、中国韓国の休みに配慮する
・・・いったいどこの国のどこの国民のための祝日かと。
日本の祝日、大半は皇室祭祀に由来しているのであり、
元日は四方拝、建国記念の日は紀元節、
春分の日・秋分の日はそれぞれ春季皇霊祭・秋季皇霊祭、
文化の日は明治節(明治天皇の誕生日)、
勤労感謝の日は新嘗祭である。
それに、昭和の日(昭和天皇の誕生日)、今上陛下の誕生日も加わる。
皇室祭祀以外でも、体育の日であった10月10日は東京オリンピック開会式、
戦後日本の復興と発展を象徴する、記念すべき日ではなかったか?
民主党と社民党が昨年進めようとしていた祝日法改正案は、
日本の歴史と伝統に対する敬意は欠片も感じられない。
祝祭日の本来の意義をまったく考慮せず、
中国韓国の祝日に合わせて日本の祝日を変えるというから話にならない。
民主党の連中は自国の歴史や伝統より、
中国韓国の休みの予定を優先するのかと。
日本は建国以来、日本以外の国であったことが一度もありません。
また建国以前までどこまで遡っても日本は日本なのです。
戦後、GHQの占領政策によって祝祭日まで変えてられてしまい
日本の伝統や風習、しきたり、言葉までが少しずつ消えていっている今、
日本の祝祭日までも、中国韓国の休みに合わせて平気で変えるような
そんな政党や政治家が今後出てこないことを願うばかりです。
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