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私は、小さいころ、鉄ちゃん(鉄道ファン)でした。
今でこそ、鉄道ファンも鉄男や鉄子などと呼ばれるようになり、
市民権を得たようになりましたが、私が小学生の頃はそうでもなかったです。
ブルートレインや古い旧型客車にあこがれたりしたものです。

今はもうその数はごくわずかになってしまいましたが、
「夜汽車」「夜行列車」と聞くと、故郷がない私にも、
郷愁、寂寞感にあふれる哀愁漂うフレーズに聞こえてきたものでした。

夜行列車、夜汽車という単語の響きがロマンを感じせてくれる存在であり、
これほど旅人を魅了する乗り物というのは他には無いと今も思っています。

明かりも消えた沿線に人々が寝静まった深夜、
長時間ガタンゴトン規則的な音を立てながら狭い寝台に揺られ
遠い地を目指す夜行列車が、汽車旅好きにはその旅心をくすぐるのです。
夜明けとともに車窓に見え始める風景を見て旅愁に浸ったものでした。
日本の原風景を眺め、詩人なったような優越感すら感じたものです。
華やかなブルートレインだけでなく、夜行の鈍行列車もいいものです。
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大阪生まれの私からすると、故郷があることが、
とても羨ましく思えることがあります。

めまぐるしく過ぎて行く日々に追われ、
まさに「遠きにありて想うもの」になっていたとしても
準備が大変でも、簡単には帰ることができなくても
レールの果てにある暖かさの灯る故郷に遥かな想いをよせる
その気持ちを持てることが、とっても羨ましく感じます。
その暖かさは、すべてを迎えてくれる家があるからなのでしょう。

都会で生活しているとそこしか見えないようになってきます。
刺激と魅惑に満ちているから、なかなか飽きる事も無い。
なんでもあるし、なんでもできる。
でも、ふと思い出す場所がある、そして、帰る場所があるのは、
都会の雑踏に弱った心には何よりも安心できるものなのでしょう。

深夜、大阪駅で電車を待っているときなどに
通り過ぎていく列車をボーっと眺めていると、
目の前に停車中のブルートレインが目に入ったりすると、
帰る故郷もないのに、郷愁っていう感情なのでしょうか、
ひとり旅愁を感じ、突然、胸がキュンとしたりします。
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その夜行列車が青森行き「日本海」だとさらにその思いが強くなります。
大阪でも十分に寒いのに、なぜか、さらに寒さの厳しい土地に
あこがれを抱き、無意識のうちに感情移入してしまいます。
この線路は故郷(私の場合は非日常の世界)につながっているのだと。

いま、この夜行列車に乗ったら「帰れる(行ける)」と、
その線路の先にある地に思いを馳せては、
どことなく懐かしい暖かさの誘惑でいっぱいになったりします。

日本人にとって、北の大地のあこがれのようなものがあるのでしょうか?
中央アジアの寒冷地に民族としての源流を持つ
日本人のDNAの記憶がそう思わせるのかも知れません。

♪上野発の夜行列車降りたときから~の
「津軽海峡冬景色」の歌のように寒い北国行きの列車は
情景が歌になり、聞く人にその風景を思い浮かばせます。
これが「明石海峡冬景色」「鳴門海峡冬景色」では
なんだかしっくりきませんし、琴線に届かないでしょう。

無くなりつつあるの鉄道の姿がそのまま思い浮かぶ曲として、
中島みゆきさんの「ホームにて」。もう30年前の曲です。

この冬、JR東日本が帰省客対象の「ふるさと行きの乗車券」を発売し、
そのラジオCMにこの「ホームにて」が使われていました。 
お正月は列車でふるさとへ あなたの帰省を応援しますという
ページがJR東日本のホームページに作られていて、
離れて暮らす親子の、帰省をめぐるホンノリと
温かい気持ちの交流を綴ったラジオCMを聴くことができました。
(現在は終了しています)

中島みゆきさんの故郷、北海道に行くには、
かつては、やはり上野発の夜行列車か、寝台特急で、
青森駅で青函連絡船に乗り継ぐのが普通だったのだろうと思います。
そして、そのホームでは、人知れず、多くの人たちの
幾多のドラマが生まれ、淡雪のように消えていったことでしょう。
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この曲を聴くと、私には田舎の町はずれにある駅が思い浮かびます。
最初に聴いたとき、歌詞の中の主人公の彼女の気持ちがよく理解できず、
単純に故郷のことを懐かしく歌ったものだと、思っていました。
そうではなく、いまだ都会に留まり続けて、その時々でふと気弱になり、
故郷を思う主人公のことを歌った詩なんだと知りました。
また、「燃やせない」のところを「もう痩せない」と思っていました(笑)

中島みゆきさんが歌うように、帰る故郷があるからこそ、
帰れない気持ちを抱え都会に留まる人たちも大勢いるのでしょうね。
故郷があってもなくても、悩みは尽きることがないようです。

●ホームにて 作詞作曲:中島みゆき(昭和52年)

ふるさとへ 向う最終に 乗れる人は 急ぎなさいと
やさしい 優しい声の 駅長が 街なかに 叫ぶ
振り向けば そら色の汽車は いまドアが 閉まりかけて
灯りともる 窓の中では 帰り人が笑う
走り出せば 間に合うだろう かざり荷物を 振り捨てて
街に 街に挨拶を 振り向けば ドアは閉まる

振り向けば そら色の汽車は いまドアが 閉まりかけて
灯りともる 窓の中では 帰り人が笑う
ふるさとは 走り続けた ホームの果て
叩き続けた 窓ガラスの果て
そして手のひらに 残るのは 白い煙と 乗車券
涙の数 ため息の数 溜まっていくそら色の切符
ネオンライトでは 燃やせない ふるさと行きの乗車券

たそがれには 彷徨う街に こころは今夜も ホームにたたずんでいる
ネオンライトでは 燃やせない ふるさと行きの乗車券
ネオンライトでは 燃やせない ふるさと行きの乗車券




そんな夜行列車も、時代の流れのなか、次々と姿を消しています。
すべて無くなってしまう日もそう遠くない気がします。

現代の快適な交通手段とは逆行した夜行列車が
次々と廃止されてしまうのは仕方ないことかもしれませんが、
旅の代名詞ともいえる夜行列車が姿を消していくことは、
とても残念で寂しい限りです。暖かい情景そのものまでが無くなり、
変わってしまうことにはため息が出てしまいます。


ふるさとへ向かう夜行列車に 乗れる人は急ぎなさいと・・・