
桜咲く季節になりました。日本人は数ある花の中でも、
とりわけ桜が好きですよね。私は生まれてこの方、
桜が嫌いだという人にお目に掛かったことがありません。
私は、季節の移ろいを感じる時が、非常に好きであります。
私は、季節の移ろいを感じる時が、非常に好きであります。
新しい季節の訪れも、どことなく懐かしい匂いを感じるものです。
樹々の気配や木漏れ日、葉ずれの音、小川のせせらぎ、風のにおい、
気温の変化、そうしたものを感じたとき、うれしくなることがあります。
樹々の気配や木漏れ日、葉ずれの音、小川のせせらぎ、風のにおい、
気温の変化、そうしたものを感じたとき、うれしくなることがあります。
普段、さほど花に興味のない私も、桜の季節になると、
心が躍る感じがします。恐らく、相当数の日本人は
そういう思いを持っているのではないかと。
心が躍る感じがします。恐らく、相当数の日本人は
そういう思いを持っているのではないかと。
だから、毎年この時期になると、人々は桜を見に出かけるのと思います。
桜の花は短く、一週間もすればあっという間に散ってしまいます。
桜の花は短く、一週間もすればあっという間に散ってしまいます。
短い美しさが余計に、日本人の脳裏に刻み込ませるのかもしれません。
そのたったの数日のために命をかけて潔く散っていく桜の花に、
人生になぞらえて投影し、他の花とは違う特別の美しさを
見出しているのでしょう。

江戸時代の国学者、本居宣長は「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」
見出しているのでしょう。

江戸時代の国学者、本居宣長は「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」
と詠み、桜が「もののあはれ」などと基調とする
日本人の精神具体的な例えとみなしています。
明治時代に新渡戸稲造が著した「武士道」では、
日本人の精神具体的な例えとみなしています。
明治時代に新渡戸稲造が著した「武士道」では、
「武士道とは、日本の象徴たる桜の花のようなもの」と冒頭に記しています。
自衛官や警察官の階級章も、多くの国は星形ですが
日本では桜の花で表しています。これらの職種は国民の生命と
財産を守るために命を捧げると宣誓しているためです。
日本では桜の花で表しています。これらの職種は国民の生命と
財産を守るために命を捧げると宣誓しているためです。
桜の花を見ると、人は何を思い浮かべるのしょうか。
春は変化の季節であり、別れ出会い、旅立ちの季節であります。
入学があり、進学があり、就職があり、退職があります。
初めてランドセルを背負って学校に行ったとき、
一人暮らしをして、見知らぬ土地で活動をはじめたとき、
春という季節、人生の大きな節目に、多くの日本人にとって、
その背景に咲いているのが桜であり、
思い浮かべる情景は桜のある風景なのです。
思い浮かべる情景は桜のある風景なのです。
人それぞれの思いが、あの桜の花びらに刷り込まれているのかも知れません。
聞いた話しでは、アメリカにも桜はありますが、
聞いた話しでは、アメリカにも桜はありますが、
アメリカ人にとって、桜は「ビューティフル」と眺める対象にしかなく、
桜に、はかない人生を喩えて投影するような人はいないそうです。

日本人の桜好きは、日本人特有の感受性とも大きく関係していると思います。

日本人の桜好きは、日本人特有の感受性とも大きく関係していると思います。
ぱっと咲いて、ぱっと散る。そこに「もののあわれ」を感じます
「もののあわれ」、これは日本人独特の感性なのだそうです。
藤原正彦氏の「国家の品格」よると、「もののあわれ」と言えば、
藤原正彦氏の「国家の品格」よると、「もののあわれ」と言えば、
すなわち人間のはかなさや、悠久の自然の中で
移ろいゆくものに美を発見します。
移ろいゆくものに美を発見します。
例えば、日本人は秋の虫の声を聞くと秋の憂愁に心を静ませます。
虫の音を音楽として聴き、そこに「もののあわれ」を感じます。
ごく普通の庶民ですらそうです。
ごく普通の庶民ですらそうです。
しかし、欧米人にとっては、
虫の声は「ノイズ」でしかなかったりするのだと。
虫の声は「ノイズ」でしかなかったりするのだと。
虫の音を楽しむというのは、欧米にはもちろん
中国や韓国にもないことだそうです。
中国や韓国にもないことだそうです。
この日本人の感性の鋭さの一例が、桜の花に対するものだと。
この情緒が、ある意味で日本人の民族としての謙虚さを生んできたと。
日本には美しい四季があります。
日本には美しい四季があります。
日本の自然が風情と情緒に溢れているのも四季の移ろいがあるからです。
日本人は季節の変化を、彩り、匂い、音色、味わい、手触りなどの
五感で感じ取り、そこに気配という繊細な感性で、
自然を愛でるという独特の精神を培ってきました。
日本人は季節の変化を、彩り、匂い、音色、味わい、手触りなどの
五感で感じ取り、そこに気配という繊細な感性で、
自然を愛でるという独特の精神を培ってきました。
京友禅の図柄は、ほとんどが季節感を表わす花鳥風月や京都の風物詩です。
自然の色を目にした時の感動や四季の移ろいに恵まれた日本ならではの
色彩感覚によって、京友禅には季節感に
裏打ちされた「美」が残されてきました。
幕末から明治にかけて日本に滞在した欧米人の多くが、
色彩感覚によって、京友禅には季節感に
裏打ちされた「美」が残されてきました。
幕末から明治にかけて日本に滞在した欧米人の多くが、
日本人の特徴の一つとして挙げている事柄があります。
それは「貧しい階層ですら芸術や自然を愛している」というものです。
欧米ではそれらを愛するのは富裕層だけなのに、
日本はそうではないので驚いているのです。
特に、日本人の「花好き」は特筆すべきものだったようで、
日本はそうではないので驚いているのです。
特に、日本人の「花好き」は特筆すべきものだったようで、
たとえば、植物採集のため幕末の日本を訪れていたイギリス人の
ロバート・フォーチュンは、「幕末日本探訪記」の中でこう述べています。
「日本人の国民性の特色は、下層階級でも
みな生来の花好きであるということだ。
みな生来の花好きであるということだ。
もしも花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、
日本の低い層の人びとは、イギリスの同じ階級の人達に較べると、
ずっと優って見える」と・・・。
ずっと優って見える」と・・・。
ロバート・フォーチュンは、春に日本に来た時は見事な八重桜などを目にし、
「どこの国でも春は美しいが、日本の春は格別だ」と書き記しています。


日本人は自然に聖なるものを感じ、自然と調和し、
自然とともに生きてきました。
自然とともに生きてきました。
そういう非常に素晴らしい自然観があり、だからこそ神道が生まれたのです。
貧しい階層ですら芸術や自然を愛している。花を愛する国民性。
貧しい階層ですら芸術や自然を愛している。花を愛する国民性。
というのは、現代の日本人にも当てはまります。
この美しい日本を守ることは、法律でも教育でも政治でもないはず。
もののあわれを感じることのできる「美しい日本」の原風景と
桜を愛する日本人の国民性がいつまでも続くことを願っています。
この美しい日本を守ることは、法律でも教育でも政治でもないはず。
もののあわれを感じることのできる「美しい日本」の原風景と
桜を愛する日本人の国民性がいつまでも続くことを願っています。
●森山直太朗「さくら」
「桜」の歌と言われると
やはり日本古謡の「さくらさくら」を思い浮かべる人が多いと思いますが、
森山直太朗さんの「さくら」もいい曲ですね。
「刹那に散るゆくさだめと知って さらば友よ 旅立ちのとき」
「輝ける君の未来を 願うほんとの言葉」
「いつか生まれ変わる時を信じ 泣くな友よ 惜別のとき」
「さらば友よ またこの場所で会おう さくら舞い散るみちの上で」
といった歌詞が靖国神社の散華された英霊の方々を彷彿とさせます。
今年も靖国神社の桜は、きれいな満開の花を咲かせることでしょう。
今年も靖国神社の桜は、きれいな満開の花を咲かせることでしょう。
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