2007年07月

2007年07月17日

「多摩聖書友の会」だより NO.2 2007/07/22

 几帳面な大江さんの本は同い年のわたしには同時代史の年表でもある。

大江健三郎は、戦後まもない高校二年生のとき、書店で偶然手にした岩波新書「フランスルネッサンスの断章」を10ページほど立ち読みし、すっかりその虜にされてしまった。一年の浪人を経て、著者渡辺一夫が教える東大へ行きフランス文学を学ぶことになる。駒場での二年目のある日、何かの授業に渡辺一夫教授が本郷からやって来て話をした。<そのとき、先生が発せられた第一声の、その声が実によかったのです。人間はこういう声で話すべきものなんだと、そしてその声の中に、渡辺一夫の、それまで自分が読みとったこの人の本そのものが、表現されていると思いました。知識人とはこういう声をしているんだ、と納得した。こういう個人としての魅力ある声を発して、個人的なことを語りもする。しかしそれを越えたことを話す人間を、知識人というんだと結論した。自分の声は弱いし、発音不明晰なので、つくづくそれを恥じたものです。>

 このようにして大江は、渡辺一夫を生涯の師と仰ぎ、いつのころからか書斎の机にはその書と水彩画をおいて生きることになる。渡辺は七十三歳で死去するが、その数年前に、そして死去する直前にもほとんど同じ言葉で、大江に語りかけ言う。「私はあと五、六年は生きるでしょうが、その上で死にましたならば、きみはあと四十年ほどでしょうかね。そうやって私が死ぬのと同じ年齢まで生きてください。その上で私の本をぜんぶ読まれれば、私がどういう者だったかわかるでしょう」。(以上、引用は「すばる」August 2007掲載の「知識人となるために」から。)

 大江は、最近の「大江健三郎 作家自身を語る」で次のように言っている。<結局、私にも渡辺一夫という人の全体を分かっているとはいえない。それでいて、先生は1901年に生まれて75年の五月に、七十三歳で亡くなられた。私にはあと二年しかないわけで、そこで二年間しっかり生きて、先生が書かれたものが全部わかるところに出られればいいと願っています。暗い暗い渡辺一夫も含めて。>

 大江は、師に言われたとおり、いま渡辺の全作品を読み返しているはずである。若き日の心酔ぶりと生涯を貫く一途さには賛嘆を禁じえない。その老齢の律儀さには人事ながら面映いものを感じもするが。

 長々と書いたが、大江の本を読んでいて、わたしは別のことを考えていた。大江は、渡辺先生から、自分のことは私の歳にならなければ分からない(という言い方でも大江はどこかで書いていた。)と言われ、いまその歳になった自分を見ている。このわたしはと言えば、だれを見ているだろうか。わたしも来年になれば七十三歳になる。わたしのことはわたしの歳にならなければ分からないだろうなどと言うほどのものはわたしにはない。それよりも、この歳になって、大江が渡辺に対して語るような誰かがいるだろうか。

 いる。

一人おられる。それは、イエスである。中学生のときに出会ったイエスというお方である。

 それは、いま思えば、白いひげを蓄えた老齢の神ではない。

 若きイエスである。三十歳か三十一歳の青年イエスである。

 ああ、そうだ。イエスの歳にならなければ、聖書の言葉は分からないこの歳になって、「イエスの足跡を辿る」をテーマに聖書を読んでいるわたしの心に、そういった思いが啓示のようにひらめいたのだ。

 老齢のわたしが、イエスを、イエスのことばとその行動を、本当に分かりたいと思うなら、イエスの若さに達しなければならない。

 

O Wind

風よ、

わたしを運んでおくれ、

イエスの行かれた

あのはるかなる

いにしえの道へ、

あのなつかしい

いにしえの未知へ。

O Wind,

Carry me to that ancient trail,

Which Jesus once trod.

O, that distant path,

So dear and

As-yet-unknown

To me.

 

こんどの聖書会は、727日(金)午後130。マルコ2:13-22を読みます。豊ヶ丘の拙宅で開かれます。

多摩ニュータウン聖書友の会(別名:多摩ニュータウンみどりの教会)

代表 朝山正治

2007/07/22

206-0031多摩市豊ヶ丘6-3-2-308  Tel. 042-373-2710 

www.ipcc-21.com  http://blog.livedoor.jp/ipcc21b/

asa@ipcc-21.com



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