2013年05月30日

「何だろう、この息苦しさは」追々記

わたしは日本キリスト教団に所属する者ではないけれども、同教会が1967年に、総会議長・鈴木正久の名前で公にした「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」は、この国に住むすべてのキリスト者が記憶し実践の指針ともすべきものであると考えています。いわば第二の敗戦のもとに置かれているともいえる現下の状況のもとで、わたしたちは個々のクリスチャンとしてまた教会として自らの信仰のあり方を謙虚かつ真剣に点検し直すべき時に差し掛かっているのではないかと思います。▼上記の「戦責告白」の一部分を引用します。「まことにわたしどもの祖国が罪を犯したとき、わたしどもの教会もまたその罪におちいりました。わたしどもは『見張り』の使命をないがしろにしました。」「終戦から20年余(1967年の時点で)を経過し、わたしどもの愛する祖国は、今日多くの問題をはらむ世界の中にあって、ふたたび憂慮すべき方向に向かっていることを恐れます。この時点においてわたくしどもは、教団がふたたびそのあやまちをくり返すことなく、日本と世界に負っている使命を正しく果たすことができるように、主の助けと導きを祈り求めつつ、明日にむかっての決意を表明するものであります。」▼大きな危機のただ中にありながら、ぼんやりと暮らしているわたしのような者が、それぞれの状況のもとで多大の苦労を負いながら日々忙しく真剣に生きておられる多くの同信の人々に向かってこんなことを言っていいのかと自らを責めながら、それでもやむに止まれぬ何かに突き動かされて、毎回、facebookなどでつまらぬことを書いては「公開」し、その都度「後悔」しています。どうぞ隠退牧師の独り言として聞き流してください。

2012/04/24



ipcc21b at 15:24│Comments(0)TrackBack(0)clip!

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔