2013年06月21日

神の国と神の義

教会の宣教は、神の国と神の義とを希求するところにある。▼イエスの宣教の第一声は、「時は満てリ、神の国は近づけリ、汝ら悔い改めて福音を信ぜよ」であった。このことは、一時も忘れてはならない。キリスト者であることの証しすなわちイエスの弟子であることの証しは、「まず神の国と神の義とを求めよ」と命じられたイエスの呼びかけに応えて生きる姿を世に示すことにほかならない▼神の国とは、領土領海を超えて統治される愛なる神のお取り仕切りのことである。教会とは、この大きな愛の御取り仕切りのもとでいきいきと生きる群れのことである▼神の義(正義)を求めよとは、端的には、人間の正義を棄てよということである。戦争一つを考えてみても、正義を歌わずに戦う戦争が一度でもあっただろうか。人間は都合のいい正義を創出し自らを説得し満足させる。愛国心、国益をいえば、国民は正気を失い、「天に代わりて不義を討つ」戦いに身を投ずるのである。ここに人間のエゴイズムに起因する原罪ともいうべき最も悪質な罪があるのかもしれない▼創世記における人間の始祖についての神話的な物語は、まさにこの罪の発生を描き出している▼神は、土から人を造り、その鼻に息を吹き込み、生きるものとした。人間をエデンの園におき、そこにあるすべてのものから食べるように、ただし、善悪を知る知恵の木からだけは食べてはならないとした。箇条書きの律法が成立する以前からの人間を規定する定めである。アダムとイブは、、園の中央にあるこの木に魅せられ、ついにその実を食べてしまうのである。善悪を知って神のようになろうとしたのである▼人間の義を退け神の義を求めなければならない。教会は、主の祈りの教会でなければならないのである。 (2013/06/20)

6月の聖書会は 28(金)10:30am.  ヨハネ 9:1-12(-40)

聖書友の会(多摩ニュータウンみどりの教会)通信72

朝山正治 多摩市豊ケ丘6-3-2-308  Tel. 042-373-2710



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