≪研究開発チームの主要メンバーが突然退社した。製品開発、製造プロセス改良、営業戦略など社内機密情報へのアクセスを認められていたこのメンバーは、退社後の移籍先を明らかにしていないが、主要ライバル社へ行ったことに間違いはなさそうだ。社内ルールに従い、この従業員の退社前30日の電子データ操作記録を調べたところ、複数の重要報告、会議録、戦略文書を自分のプライベート・eメールアドレス宛に送信していることが判明した......≫(米企業A社の事例)


[後を絶たない企業秘密持ち出し事件と法制強化の動き]

2015年に入っても元従業員による企業秘密/トレードシークレットの持ち出し事件は、増えこそすれ、沈静化することはなさそうです。たとえば、『転職先の中国企業に"手土産"?  モーターショー情報不正取得容疑、日産元社員を逮捕 退社前にファイル1万8千件複製』(産経ニュース 2/14/2015)、『エディオン元課長逮捕 退職前後に営業秘密を不正取得疑い』(日本経済新聞 1/14/2015)

これに対応すべく、≪政府は技術などの企業秘密を海外企業が不正利用した場合、最大で10億円の罰金を科す方針を固めた。国内企業同士の秘密漏洩の罰金も大幅に引き上げるが、海外企業による不正利用の罰金を重くする。... いまの通常国会に、営業秘密の取り扱いを定めた不正競争防止法の改正案を出す≫(日本経済新聞 2/14/2015)、ということです。

一方、アメリカでもトレードシークレット保護の重要性は日本以上に声高に叫ばれており、前連邦議会(第113議会)では時間切れ廃案になったトレードシークレット保護強化法案(下院法案:The Trade Secrets Act of 2014 (H.R. 5233), 上院法案:Defend Trade Secrets Act of 2014 (DTSA) (S. 2267))は、今議会(第114議会)において改めて提出されることは必至です。

アメリカの場合はとりわけ、2014年の連邦最高裁Alice判決や対トロール立法の副作用により弱められた(あるいはそう予測される)特許保護の代替手段として、トレードシークレット保護の重要性が増したという事情も一部にはあるようです。たとえば、"Trade Secrets – A Viable Alternative to Patents" (ipwatchdog 12/9/2014 guest post by Peter J. Toren Partner, Weisbrod Mattels & Copley PLLC)

いずれにせよ、営業秘密/トレードシークレットという知的財産およびこれを適切に守ることの重要性が高まることに間違いはありません。関連法の強化も日米ともに実現しそうです(欧州でもトレードシークレット保護指令案について審議中)。となると、実際問題として、強い保護法をどれだけ実効性あるものとして日常業務、法務戦略に取り込んでいけるかが問われることになります。


[訴えるべきか、訴えざるべきか ... トレードシークレット保護の難しさ]

冒頭に挙げたA社の事例は、このような実際問題のひとつである「トレードシークレット訴訟の難しさ、悩ましさ」についてアメリカの弁護士が紹介している仮説例の導入部です。To Sue Or Not To Sue: That Is The Trade Secret Question (mondaq.com 12/17/2014 Paul R.Monsees Foley & Lardner)

A社ではさらに情報収集をした後、今後とるべき対応策についてゼネラル・カウンセルを交えた戦略会議を開きます。この時点では、元従業員が移籍先でA社の秘密情報やトレードシークレットを開示したのかは明らかになっていません。最悪の事態を想定するにしても、それによってマーケットシェアを失うか、その場合の被害額などを予測することはこの時点では不可能です。

この戦略会議において、特に対策チームを悩ませたのが、元従業員に対し訴訟を提起するか否か、という問題です。訴訟を提起した場合は、法律問題だけでなく、ビジネス戦略に複雑に絡んだ問題、リスクを検討しないと、被害がさらに拡大しかねないというわけです。ここでは6つの問題点が投げかけられています。

1.訴追するビジネス上の目的は何か。
2.訴訟によって、さらなる秘密情報の開示を招かないか。
3.裁判所によって自社の秘密情報のトレードシークレット保護適格を否定されたらどうするか。
4.訴訟による主要顧客やビジネス・パートナーへの影響はないか。
5.我々自身の手は汚れていないか。
6.被告(元従業員)による反訴の可能性はないか。

いずれも「なるほどな」と思わせる指摘だと思いますので、原文を参照してください。ここでは項目2.について原文を見てみます。
 
2. Will litigation result in MORE disclosure?
If the company alleges that confidential information or trade secrets have been misappropriated, the court will require that you disclose the information that you claim was taken. You will have to evaluate whether that disclosure could cause more harm than has already occurred. The court is likely to enter a protective order to guard against inappropriate disclosure in the litigation, but that order might not provide as much protection as you really want. The order can also be violated. Thus, litigation may result in even more disclosure.

≪秘密情報、トレードシークレットが盗まれた/不正使用されたというならば、まず盗まれたという情報について開示しなさい、と裁判所から要求されるのです。このまま裁判所の命令に従い、自社の秘密情報を開示した場合、さらなる被害(情報漏れ)が起こる可能性を検討する必要が出てくるでしょう。裁判所はそのような懸念に対応すべく秘密保護命令(protective order:裁判官と相手方弁護士しか見ることができないように制限する)という措置をとるでしょうが、その命令が期待するほどの保護を提供しない可能性もあります。相手方による命令違反の可能性もあります。このように訴訟によって、さらなる開示を招く可能性があるのです≫

これについては30年近く前に話題となったコカ・コーラ社のトレードシークレット訴訟を思い出します。コカ・コーラ社が新たなダイエット・コークの扱いについて世界各国のボトリングカンパニーに対し、「従来型のコーラとは成分が異なる」ことを理由に別契約の締結を要求したところ、契約改定に納得しないボトリングカンパニーとの訴訟になりました。

デラウェア地裁は、protective orderを出したうえで、「成分が違うというなら、オリジナル・コーラとダイエット・コーラの原液成分を開示する」よう命じましたが、訴訟手続き中の情報漏れ("litigation leak")を恐れるコカ・コーラ社は開示命令に一切応じなかったのです。命令に違反したコカ・コーラへの裁判所の制裁はさほど重いものでなく、「さすがにコカ・コーラのトレードシークレットに対しては裁判所も尊重せざるを得なかった」といった報道がされたものです。


[厳しすぎる競業避止契約に対するクラスアクションのカウンターも]
 
その他、従業員に課す競業避止の条件を不当として、従業員達からクラスアクションを提起された企業の例も紹介されています。Backlash Against Jimmy John’s Non-Compete Agreement Highlights Risks Of Overzealous Business Protection Measures (mondaq.com 1/12/2015, Robert M.Isackson and Derek F.Knerr  Orrick)
日本でも厳しすぎる競業避止契約は裁判所から不当と判断されるでしょうが、アメリカの場合はクラスアクションという形をとることが想定されるので、とりわけ注意が必要ですね。


営業秘密/トレードシークレットをめぐる事件が頻発しているとはいえ、日本では一部の大手企業を除き、自らの体験を通して実効性ある対応策を確立しておくこと(とりわけ海外法人の従業員に対して)など難しいことだと思います。専門家が紹介してくれる上記のような想定例や実例を参照し、丹念に情報武装、理論武装しておくことはますます重要になると思います。

そして、企業の立場からだけでなく、従業員・開発者個人の立場からも、自分の移籍に対しケチをつけられることがないよう万全の対応と理論武装をしておくことは非常に重要になりますよね。


2/22/2015  ヨシロー

追記(訂正): 本文中、「前114議会、現115議会」という誤りがあることに気づき、それぞれ113, 114に訂正しておきました。5/21/2015

 
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