ライセンス対象特許の無効や非侵害の決定がなされた後も、契約が有効な期間中は、特許技術の使用に対するロイヤルティ支払いをライセンシーに要求するライセンス契約は、ライセンシーが合理的通知により当該契約を自由に解除することが可能にされている限り、TFEU第101条1項に基づく競争制限的協定と解釈されるべきではない。(Genentech Inc. v. Hoechst GmbH, C-567/14, CJEU 7/7/2016)

「注目の欧州司法裁判所判決間もなく...」と書いたのが1年4ヵ月前(『第33話:注目の欧州司法裁判所判決間もなく ...特許無効後のロイヤルティ支払い義務と欧州競争』(3/21/2015))。やっと出てくれました。 ...ときどき思い出し、気にはしていたのですが、積極的にウォッチしていたわけでもないので、内容はかなり忘れています。「第33話」に書いたことを振り返ります。

この事件は米ジェネンテック社と独ヘキスト社が1992年に締結した欧州・米国を含むワールドワイドの特許ライセンス契約をめぐる争いに端を発しています。まずはその経緯を見ておきましょう。 

 [紛争の経緯] 
1992年8月6日 独ヘキストと米ジェネンテックがライセンス契約を締結。 

ライセンス対象は、ヘキストが有する特定のDNAシーケンス("HCMV enhancers")に関する技術で、タンパク質の生産に使用される細胞プロセスの効率を高めることを可能にする。1992年4月22日にはヨーロッパ特許EP173177号が認可され、1998年12月15日には米国特許5,849,522号、2001年4月17日には米国特許6,218,140号が認可された。 

ジェネンテックはこの特許技術を使用して研究を行い、得られた製品(医薬など)を生産、販売するワールドワイドの非排他的ライセンスを許諾された。その対価として、契約締結時の一時金払い、年間の固定額払い、さらにライセンス対象製品を販売する場合は、その純販売額(Net Sales Price)の0.5%のランニング・ロイヤルティを支払うこととされた。契約の準拠法は、ドイツ法とされている。 

その後ジェネンテックは、いくつかのガン治療薬を開発したが、これをライセンス対象外と自ら判断し、ランニング・ロイヤルティは一切払っていなかった。 

1999年1月12日 EP173177号は、新規性欠如を理由として欧州特許庁に 無効とされた。 

2008年6月30日 ヘキストの子会社Sanofi-Aventis Deutschland(「サノフィ」)がジェネンテックに書簡を送付。ジェネンテックが開発し、販売しているガン治療薬"Rituxan"他とライセンス対象特許との関係について、情報提供を求めた。 

2008年8月27日 ジェネンテックは、ヘキストとのライセンス契約を2008年10月27日付で解約する旨の通知を送付。 

ヘキストは、ジェネンテックによる契約違反を主張して、ライセンス契約の紛争解決条項に基づき、ICC仲裁裁判所(International Court of Arbitration of the International Chamber of Commerce)に仲裁の申立てをした。 


[アメリカでの特許訴訟] 

2008年10月27日 *2件の訴訟が同日に提起された 

・テキサス東部地区連邦地裁 - サノフィがライセンス対象米国特許の侵害を主張してジェネンテックを提訴 
・カリフォルニア北部地区連邦地裁 - ジェネンテックが同特許の無効、非侵害の確認判決を求め提訴 
⇒ その後、2つの訴訟は併合され、カリフォルニア北部地裁で一括審理されることになった。 

2011年3月11日 カリフォルニア北部地裁判決 - ジェネンテックの"Rituxan"による特許侵害なし 

2012年3月22日 連邦巡回区控訴裁判所(CAFC) - 地裁判決を確認  

米裁判所における特許訴訟の過程で、ジェネンテックは仲裁手続きの中止を命ずるよう申し立てが、地裁、CAFCともに、米国での非侵害判決は外国の仲裁対象である契約違反争点に影響を及ぼすものではない、として申立てを却下。CAFCは、「米国訴訟における侵害製品の定義は、契約中のライセンス対象製品の定義とは同じではない、すなわち両事件の争点は異なるもの」と述べている。 


[ICC仲裁裁定⇒パリ控訴院] 

2012年9月5日 仲裁人裁定: 契約の準拠法であるドイツ法に照らし、ジェネンテックには "Rituxan"その他ライセンス対象物質を用いた医薬品について、ロイヤルティを支払う責任があったことを認定。 
仲裁人は、ドイツ法を準拠法とする本件ライセンス契約は、ジェネンテックが当該医薬を生産する国において対象特許が無効と認定された場合であってもロイヤルティの支払いを要求している、と結論づけた。 

ジェネンテックはこの裁定を不服として、パリ控訴院(Cour D'Appel De Paris)に上訴した。 

ジェネンテックの主張: ライセンス契約では、侵害となる場合にのみロイヤルティを支払うことが定められていた。したがって、特許侵害の認定なしに我々の責任を認定した仲裁人の裁定は、欧州連合域内で生産・販売されている我々の製品が自由に域内を移動することを制限する効果をもたらすものであり、「欧州連合の機能に関する条約(Treaty on the Functioning of European Union: TFEU)」第101条(競争制限的協定・協調的行為の規制)に反する。 

2014年9月23日 パリ控訴院決定: 次の争点につき判断を得るべく事件を欧州司法裁判所に付託する。 *英語ブログとして、最後のここを原文引用とします。

"Should the provisions of Article 81 of the Treaty, now Article 101 of the Treaty on the Functioning of the European Union, be interpreted as an obstacle to giving effect, in case of invalidation of the patents, to a licence agreement which imposes on the licensee royalties for the sole use of the rights attached to the patents under licence?"

[欧州司法裁判所判断]

2016年7月7日 欧州司法裁判所(Court of Justice of the European Union:CJEU)は、本件ライセンス契約のロイヤルティ支払い義務が、必ずしも競争制限的とみなされないとする判断を下しました。もう少し詳しく見てみます。

最初に、CJEUは、ジェネンテックの主張を検討したうえで、本件の論点は、契約対象特許が無効とされた場合だけでなく、非侵害とされた場合も含むと述べ、以下のように、争点を少し修正しました。

ライセンス対象技術を保護する特許について無効や非侵害の決定がなされた場合も、ライセンス契約が有効に存続している間は、当該特許技術の使用に対するロイヤルティ支払い義務をライセンシーに課すことは、TFEU第101条1項に基づき排除されるべきか否か。

そのうえでCJEUは、本件に近い先例を引用し、ロイヤルティ支払い義務に対する考えを示しています。

排他的ライセンス契約(exclusive license agreement)を扱ったものではあるが、類似するケースにおいて、すでに当裁判所は次のような判断を示している。
 
≪ライセンス対象特許の有効期間が満了した後であってもロイヤルティ支払いを義務づけることは、当該ライセンス契約によって認められる実施可能性の価値に対する商業上の評価を反映したもの(reflect a commercial assessment of the value to be attributed to the possibilities of exploitation granted by the license agreement)といえる。このことは、特許が認可される前に締結されたライセンス契約の支払い規定の場合はなおさらである。そのような場合において、ライセンシーが、合理的な通知をすることにより当該契約を自由に解除することが認められているのであれば、当該契約の有効期間中にロイヤルティ支払い義務を課すことは、TFEU第101条(1)項が禁止する競争制限的協定には該当しない≫( Ottung, 320/87, EU:C:1989:195, judgment of 12 May 1989)

このOttung判決に従えば、TFEU第101条(1)項は、ライセンシーが自由に契約を解除することができるという条件があることを前提として、すでに特許ではカバーされていない技術の排他的使用に対してロイヤルティ支払い義務を課す契約を禁じていない、ということになる。ロイヤルティというものは、ライセンス対象技術を、ライセンサーが知的財産権を行使しないという保証のもとに商業上実施できることに対する支払いの価格という考えに基づいているのだ。...

要するに、CJEUの考えは、(1)ロイヤルティというものは、ライセンシーが、ライセンサーによる知財権行使の恐れなしに契約対象技術を商業上実施できることに対する総合的な価格を示すものであるため、契約が有効に存続している限りは、ロイヤルティ支払いを義務づけることに問題はない。また、(2)ライセンシーが自由に契約を解除することができるという前提条件があるため、≪特許の無効により他者は自由に実施できるのに、ライセンシーのみロイヤルティを払い続けることで不当な競争を強いられることになる≫という事態も回避される、というもののようです。

判決原文はここに。短いのですが、なかなか難解なのです(私には)。


今回参照した専門家ブログ。

"Breaking News: CJEU Upholds Agreement to Pay Royalties Notwithstanding Noninfringement/ Invalidity"(Thomas F.Cotter, Comparative Patent Remedies 7/7/2016)
-- このなかでCotter教授は、今回のCJEUとは対照的に、とにかく特許存続期間満了後のロイヤルティ支払い条件は即反トラスト法違反とした50年前のBrulotte判決を追認したKimble判決(米最高裁判決)について触れています。(米国も欧州のように経済合理性に根ざした判決を下して欲しいという考えのはずです)
*cf.『第51話:速報! 米連邦最高裁、50年前のBrulotte判決を維持』(6/23/2015)

"EU Court Rules That Royalties for Unpatented Technology Are Not Necessarily Anticompetitive" (Michal Kocon, Antitrust Alert 7/11/2016 Posted in EC Developments,IP Antitrust)
-- 今回の判決を踏まえ、ライセンサーとライセンシーに4つの実務的アドバイスを書いてくれています。...本日は時間切れゆえ、後で追記します

7/19/2016  ヨシロー


追記(7/19/2016): Michal Kocon弁護士による4つのアドバイス

ライセンス契約の交渉をする際にライセンサー、ライセンシー、それぞれが留意すべき4つのポイント

    1. 契約対象特許が無効にされたときの、ロイヤルティの支払い義務の扱いを明示規定しておくこと
    2. ライセンサーが、すでに保護されていない特許に対してロイヤルティを得ようとするのであれば、ライセンシーは、合理的な通知をすることにより、自由に契約を解除することが認められていることを契約中に明示すること。このとき、ライセンサーは、契約の解除後はライセンス対象技術の使用について一切制限されていないことを明確にしておく必要がある。反トラスト法/競争法違反の疑義を極力回避するため、なぜ特許保護されていない技術に対してロイヤルティ支払いが要求されるのかについて、商業上の説明を(たとえば、契約の前文に)手短に挿入しておくとよい。
    3. (ライセンシーの交渉力の強さなどにより)特許保護されていない技術に対するロイヤルティの交渉が難しくなった場合、ライセンサーとしては、特許の権利期間満了後はロイヤルティ・レートを低くするという提案もできよう。
    4. 米国法の要素が入った国際的ライセンス契約を締結する場合、さらに特別な注意が必要である。なぜなら米国法は特許期間満了後にライセンサーがロイヤルティ支払いを要求することを認めていないからである。
アドバイス4.は、特許期間満了後のロイヤルティ支払い条件は即反トラスト法違反とした50年前のBrulotte判決を追認したKimble判決(米最高裁判決)のことをいっていますね。



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