最新米国SEP判例の2件目は、標準化団体(Standard Setting Organization: SSO)への知財情報開示義務に違反する行為が「黙示の権利放棄(implied waiver)」とみなされうることを示した事例です。
「黙示の権利放棄」とはどのようなものなのか、いかなる場合に発生し、どのような効果/影響をもたらすのか、みておきたいと思います。
(Core Wireless Licensing v. Apple, Inc., CAFC, 8/16/2018)
事案の概要
CAFC判決
CAFCは、'151特許の有効性と侵害を認定した陪審評決は支持し(affirm)、黙示の放棄(に基づく権利行使不能)を否定した地裁判断については「差し戻し(remand)」としました。
以下、黙示の権利放棄に関するCAFC判断部分について、判決原文から抽出していきます。かなり教科書的に書かれているのでわかりやすいと思います。
黙示の権利放棄とは
黙示の権利放棄を否定 -- 地裁
地裁は以下の理由を挙げて黙示の権利放棄が生じない、としました。
黙示の権利放棄は生じうる -- CAFC
CAFCは以下の通り、黙示の権利放棄を否定した地裁の理由ひとつひとつに反論しました。
(おおよそ)このように述べて、CAFCは地裁の判断を否定したのですが、破棄するのではなく、あくまで事件を地裁に差し戻すことにしました。"Nonetheless, we remand rather than reverse."
その理由とは、
タイトルを「SEPホルダーは要注意」としましたが、正確にいえば、SEPホルダーから特許譲渡を受けた当事者は、標準化団体での譲渡人の行為および標準化団体の知財ポリシーに要注意(たとえ最終的にSEPになっていないとしても)、ということになるでしょうか。
今回参考にした専門家記事
9/9/2018 ヨシロー
「黙示の権利放棄」とはどのようなものなのか、いかなる場合に発生し、どのような効果/影響をもたらすのか、みておきたいと思います。
(Core Wireless Licensing v. Apple, Inc., CAFC, 8/16/2018)
事案の概要
本件は、デジタルネットワークにおける移動機器と基地局との通信方法の改善に関する米国特許6,477,151号(「'151特許」)を対象とする。
1997年から1998年にかけ、欧州電気通信標準化機構(ETSI)は、GPRSネットワークにおける伝搬遅延問題を解決する規格標準の開発に取り組んでいた。1997年11月4日、'151特許の発明者でありノキアの従業員であったDr. Jarkko Oksalaは、この発明がGPRSの改善に関わるとしてETSIへの標準変更案を添付した社内発明レポートを提出した。
ノキアはこの提案を1997年11月に行われていたETSIの作業部会ミーティングに提出。同部会では当初、このノキア提案の採用が有力視されていた。ノキアはこれと同時期に、'151特許の元となる(優先権主張対象となる)フィンランド特許出願を申請していた。
1998年1月、ETSI作業部会はノキア案を採用することなく、エリクソンが提出していた競合案が最終的に採用された。ノキアがフィンランド特許出願および対応米国特許出願('151特許)についてETSIに報告したのは4年後の2002年7月だった。
その後、'151特許をノキアから譲渡されたCore Wireless Licensing S.a.r.l.(「コア・ワイアレス」)は、同特許の侵害を主張して、2015年にアップル社をカリフォルニア北部地区連邦地裁に提訴した。
*実際はもう1件6,633,536号の侵害を主張していますが、ここでは省略します。
陪審は、'151特許の有効性とアップルによる侵害を認定する評決を下した。また、アップルが提起していた、'151特許は「黙示の権利放棄」に基づき権利行使不能(unenforceable)であるという衡平法上の抗弁(equitable defense)については、裁判官による審理(bench trial)が行われた。地裁は、「黙示の権利放棄」抗弁を退け、これを不服とするアップルはCAFCに控訴した。
CAFC判決
CAFCは、'151特許の有効性と侵害を認定した陪審評決は支持し(affirm)、黙示の放棄(に基づく権利行使不能)を否定した地裁判断については「差し戻し(remand)」としました。
以下、黙示の権利放棄に関するCAFC判断部分について、判決原文から抽出していきます。かなり教科書的に書かれているのでわかりやすいと思います。
黙示の権利放棄とは
≪アップルは、ノキアが、GPRS規格に対する改訂案をETSIに提示した際に当該フィンランド特許出願について開示する義務があったのであり、その義務に違反したことで、 '151特許について権利行使する権利を放棄した、と主張する。
標準化団体への参加者は、標準を実施する製品に対し侵害を主張する権利を放棄することができる。また、「特許権者の行為が、権利放棄したと合理的に他者に確信させるほど、自らの権利を行使する意思に反するような場合(inconsistent with an intent to enforce its rights)」は、「黙示の権利放棄」が生ずる。(Hynix Semiconductor Inv. v. Rambus Inc., 645 F.3d at 1348 (Fed. Cir. 2011)他参照)
Hynix判決は、黙示の権利放棄を生じさせるような特許権者の行為として以下を指摘した。
- 特許権者は、標準化団体に対し開示義務を負っていた、かつ
- この義務に特許権者が違反した。
本件における標準化団体たるETSIは、1997年当時有効な知的財産権ポリシー(「IPRポリシー」)を有していた。そこでは、「...標準のための技術提案を提出するメンバーは、その提案が採用されたなら必須になるかもしれない自身の知的財産権について、善意で、ETSIの注意を引かなければならない 」* とされている≫
*「」内の原文 "... a member submitting a technical proposal for a standard shall, on a bona fide basis, draw the attention of ETSI to any of that member's IPR which might be essential if that proposal is adopted."
黙示の権利放棄を否定 -- 地裁
地裁は以下の理由を挙げて黙示の権利放棄が生じない、としました。
- ノキアの技術提案は採用されなかった。
- フィンランド特許クレームの内容(範囲)が確定したのは2002年だった。
- ETSIメンバーその他のいずれかが、ノキアによる1998年の特許情報不開示について、ノキアの特許権放棄を示すものと解釈したことを示す証拠を、アップルが提出していない。
黙示の権利放棄は生じうる -- CAFC
CAFCは以下の通り、黙示の権利放棄を否定した地裁の理由ひとつひとつに反論しました。
≪地裁がかかげた理由のいずれも、地裁の結論を支えるものとはいえない。
ノキアの技術提案がETSIに採用されなかったため、特許出願を開示する義務がなかったという地裁の認定には、証拠による裏付けがない。
ETSIのIPRポリシーは、「提案が採用された場合」に必須となる「かもしれない」知的財産権を保有する場合、その技術提案を提出したメンバーに開示義務が生ずると述べている。同ポリシーに対する地裁の解釈は、開示の目的自体を損ねるものだ。
アップルの専門家証人として証言した前ETSI理事長のウォーカー博士によれば、知財情報開示の目的とは、標準設定の決定者が特定の提案を採用するか否かにおいて、情報に基づく選択(informed choice)をすることを可能にすることだ。ウォーカー博士の証言は、特定の技術に関する特許出願を開示する義務は、提案のときに生じ、ETSIがその技術をETSI標準に含めるか最終的に決定したか否かに左右されるものではないことを明確にしており、この点については原告も争っていない。
地裁の2番目の理由(クレーム範囲が確定していない特許出願は開示しなくていい)についても、ETSIのIPRポリシーは特許出願を開示対象から除外していないことを、ウォーカー博士の争いのない証言が明確にしている。
「ノキアが自身の特許権を放棄することを意図していた」とETSIメンバーが解釈していたことを示す証拠がない、という地裁の3番目の理由にも同意できない。「黙示の権利放棄」の法理には、「特許権者の行為は当該特許権を行使する権利の放棄を構成するもの」と第三者が解釈しなければならない、という要件はない。そのような分析が必要になるのは、衡平法上のエストッペルの法理においてである...≫
(おおよそ)このように述べて、CAFCは地裁の判断を否定したのですが、破棄するのではなく、あくまで事件を地裁に差し戻すことにしました。"Nonetheless, we remand rather than reverse."
その理由とは、
≪今回の地裁の判断を、「最終的にノキアの提案が標準として採用されなかったため、ノキアの特許出願不開示に起因する不衡平な結果が生じなかった」という結論に基づくもの、と解釈できる可能性も残る。
衡平法上の抗弁とは、あくまで当事者が不当行為により不公正な利益を得ることを回避しようとするものであり、不当行為を行った者がその行為により不公正な利益を得ていない場合、裁判所が衡平法上の抗弁を認めていないケースもある。「黙示の権利放棄」も衡平法上の抗弁であり、公正の原則に拘束されるのである...。
地裁は、ノキアまたはコア・ワイアレスが、ノキアの情報不開示により不衡平に利益を得たか否か、あるいは、ノキアまたはコア・ワイアレスが不当行為の結果得たかもしれない利益に関係なく黙示の権利放棄が認められるべき、とされるほどノキアの行為が法外であったか否か、いずれについても認定していない。
ゆえに当裁判所(CAFC)は、黙示の権利放棄に基づき '151特許を権利行使不能とした地裁認定を取り消し(vacate)、本判決に沿ったさらなる手続きを行うよう、地裁に差し戻す。≫
タイトルを「SEPホルダーは要注意」としましたが、正確にいえば、SEPホルダーから特許譲渡を受けた当事者は、標準化団体での譲渡人の行為および標準化団体の知財ポリシーに要注意(たとえ最終的にSEPになっていないとしても)、ということになるでしょうか。
今回参考にした専門家記事
"Federal Circuit provides guidance on implied waiver defense applied to failure to disclose foreign patent application to SDO (Core Wireless v. Apple)" David Long, Essential Patent Blog 8/16/2018
"Participate in standard-setting bodies? The enforceability of your patents could be affected" Jim Burger, Michael Parks, Thompson Coburn LLP, JDSupra 8/22/2018
"Implied Waiver May Result from Failure to Disclose Pending Application to Standard Setting Organization"Joseph Robinson, Robert Schaffer, ipwatchdog 8/29/2018
9/9/2018 ヨシロー