クアルコムとアップル(およびFTC)の米国反トラスト法・特許訴訟のうち、ITC(国際貿易委員会)の関税法337条調査についてとりあげた第133話の続編です。
最初に主な米国訴訟一覧をもう一度掲載しておきます(いずれの事件も進行中なので、今後も内容をアップデート/修正しつつ再掲載してゆきます)。

Qualcomm, Apple, FTC の主な米国反トラスト・特許訴訟

FTC v. Qualcomm (カリフォルニア北部地区連邦地裁, Lucy Koh判事) 
2017.1.17提訴 反トラスト法(FTC法第5条) -- SEPライセンス慣行

2018.11.16 一部略式判決 「クアルコムはSSO知財ポリシーに従い、競合モデムサプライヤーにもライセンス供与しなければならない」

2019.4.()   2019年1月に行われた事実審理(trial)を経て、ルーシー・コー判事の判決が近々下される見込み (*2019.4.14記入)

Apple v. Qualcomm (カリフォルニア南部地区連邦地裁, Gonzalo P. Curiel判事) 
2017.1.20提訴 反トラスト法 -- SEPライセンス慣行、契約違反(10億ドル請求)

2019.3.14 一部略式判決 「クアルコムは、アップルとのビジネス契約に基づきアップルに支払った10億ドルの返還を要求することはできない」

2019.4.15  事実審理開始

Qualcomm v. Apple (カリフォルニア南部地区連邦地裁, Dana M. Sabraw判事) 
2017.7.6提訴 特許侵害(non-SEP 6件)

2019.3.15 陪審評決 - アップルによるクアルコム特許の侵害認定、3100万ドルの損害賠償

④ In the Matter of Certain Micro Devices... (Qualcomm v. Apple) 337-TA-1065 
2017.7.7提訴 関税法337条(特許侵害 non-SEP 6件)

2018.9.28 仮決定(Pender行政法判事)「'490特許は有効、侵害された。ただし、公益に照らし(iPhoneに対する)排除命令は認めるべきでない」

2018.10.26 委員会(ITC)がPender行政法判事の仮決定で示された「公益」問題についてパブリックコメントを募集(83 FR 54138)

2018.12.12 委員会が仮決定のレビューを決定(83 FR 64875)。ここでも「公益」問題に対するパブコメ募集
2019.3.26 最終決定(委員会)'490特許は無効。ゆえに337条違反なし。公益について判断する実益なし」


⑤  In the Matter of Certain Micro Devices...(Qualcomm v. Apple) 337-TA-1093
2017.11.30提訴  関税法337条(特許侵害 non-SEP 5件)

2019.3.26 仮決定(McNamara行政法判事)「アップルによるクアルコム特許の侵害あり、輸入排除命令が妥当」

   *③と④の特許は同じもの。④と⑤の特許は別のもの。


侵害を認定しつつ「公益」を理由に排除命令を認めなかったペンダーALJ

第133話で紹介した通り、「公益」(public interest) 論争が起こったのが、④ITC関税法337条事件(337-TA-1065)です。

ここでクアルコムが侵害輸入を主張した対象特許は以下の6件。
8,633,936('936特許); 8,698,558('558特許); 8,487,658('658特許); 8,838,949('949特許); 9,535,490('490特許); 9,608,675('675特許) --- '658特許、'949特許、'675特許については後に取り下げ。

本件の審理を担当したペンダー行政法判事(Administrative Law Judge: ALJ)は、'936特許と'558特許の侵害を否定したものの、'490特許についてアップル製品(インテル製チップセットを利用した輸入iPhone)による侵害を認定しました。(正確には'490特許のクレーム31の侵害を認定)

国内産業要件など他の要件も満たされたとして、ペンダーALJは関税法337条違反を認めたのですが、下記の「公益」上の懸念を理由に、クアルコムが求めていた排除命令(正確には限定排除命令および停止命令)は認めるべきでないとしました。

  1. 排除命令が実質的にスマホ用ベースバンド・チップセット市場からインテルを排除することになり、クアルコムの独占力をますます強めてしまう恐れがある。さらに、
  2. インテルをベースバンド・チップセット市場から排除することにより、今後5G技術に関する米国の開発能力が弱められ、国家安全保障と国際競争力に影響を及ぼすことになりかねない。

ペンダーALJの仮決定(Final Initial Determination)に対しては、クアルコム、アップルともに委員会による再審査(レビュー)を求め、2018年12月18日に委員会が同仮決定のレビューを決定しました。同時に、委員会はペンダーALJが指摘した「公益」問題についてパブリックコメントを募集しています。
(*委員会は仮決定後の2018年10月26日にも「公益」問題に対するパブコメ募集をしています)

 
「国家安全保障」も「公益」判断の要素となるのか、「公益の濫用」か

委員会のコメント募集に対し、企業、知財・反トラスト法関連団体、上下両院議員などから合計20以上コメントが提出されたといいます。入手できた賛成派、反対派の意見骨子をひとつづつ紹介します。

[賛成派] American Antitrust Institute (2018.11.8 意見書提出)

≪本事案における特異な点は、クアルコムがアップルの侵害品すべての排除を求めているのではなく、クアルコム製ベースバンドチップセットを使用していない製品のみを排除しようとしていることである。これを認めれば、我が国経済にとって極めて重要な市場に対するクアルコムの独占を可能にし、明らかに公益が損なわれることになる≫

≪これこそ正に、連邦取引委員会が別手続きにおいて阻止しようとしていることである。FTC v. Qualcomm Inc. No.17-cv-00220-LHK (N.D.Cal. Jan. 17, 2017提訴)
... インテルをこの市場から退場させるような命令は、FTCが同手続きで求める効果的救済を、先回りして妨害することになりかねない(FTCの訴訟手続きは、2ヵ月も経たぬうちに事実審理が開始される予定だ)≫

≪確かに、当該市場における独占を可能とする排除命令を得ようとするクアルコムの行為は、Noerr-Pennington doctrine*に基づき、反トラスト法責任を免れることが推定される。
 *「ノア・ペニントン法理」-- 私人による政府への請願行為は、その行為が反競争的な効果をもつものであっても、反トラスト法の適用除外となる、とする法理

しかしこれは、市場独占のために手続きが濫用されることをもITCが許すということではない。逆に、本件における公益要因、とりわけ「米国経済における競争状況」および「米国消費者に及ぼす影響」に鑑みれば、独占を生み出し、維持させるような排除命令は否定されるべきである≫

≪クアルコムによる独占はイノベーションとクオリティを毀損しかねない、というペンダーALJの結論は、本件記録、経済理論、反トラスト法に正しく裏付けられている。...実際、ここで指摘されてるイノベーションの阻害は、5G用チップセット、さらには5G技術自体のイノベーションに影響が及ぶ可能性があるだけに、非常に大きな問題といえる≫


[反対派] Kristen Jakobsen Osenga* & Adam Mossoff** 
*リッチモンド・ロースクール法学教授
**ジョージメイソン大学Antonin Scaliaロースクール法学教授

二人の教授が提出した意見書は'The Use and Abuse of the "Public Interest" in the ITC and in Article III Courts’という表題のついた論文形式となっています。

冒頭、合衆国憲法に定められた特許・著作権条項に触れ、建国のときより、特許制度こそが米国イノベーション促進を支えてきた、と断じます。しかしながら、いまや米国特許制度はそのような機能を失い、イノベーターが頼りにできた米国特許は弱く、不安定なものになってしまったといいます。
弱体化の主たる要因のひとつが、権利侵害に対して差し止め救済が認められる割合の低下であり、今回のペンダーALJ仮決定はまさにその象徴というわけです。

意見書では最初に、特許法上の「公益」、連邦裁判所、ITCそれぞれにおける「公益」の位置づけについて整理したうえで、ペンダーALJが「公益」について誤った適用をしていることを指摘するとともに、本件手続き対象の市場に対する認定/認識の不十分さを批判します。

≪ベースバンドチップセットの独占サプライヤーに関するALJの仮定もまた根拠に欠けており、かつ活気あるスマートフォン市場の証拠に矛盾するものである。現在の5Gモバイル通信技術の開発は、クアルコム、インテル、サムスン、エリクソンその他多くの多国籍企業によって展開されており、その商業利用も彼らや他の無数の企業によって展開されることになる。

本件クアルコム特許を侵害する、一部の、旧型iPhoneに対して排除命令が下されたとしても、これら無数の市場参加者が5Gモバイル通信市場から退出するなどという証拠はない≫

≪当該ベースバンド市場が2者のサプライヤーのみで構成されており、一部の、旧型iPhoneに対して排除命令が下されることにより一方のサプライヤーが市場から離れる、というペンダーALJの余りに単純なベースバンド市場の性質づけは非現実的である≫


そして、「国家安全保障」に関わる「公益」上の問題として排除命令を否定するペンダーALJの決定については、次のように適用上の誤りを指摘します。

≪排除命令によりベースバンドチップ市場において独占が生じた場合、5G通信技術において中国のリードを許すことになりかねない、という国家安全保障上の「公益」懸念は、根拠としては正しいが、その適用において誤っている。

実際、特許侵害を認定しておきながら排除命令を否定することは、すでに生じている米国特許権の弱体化傾向を進め、米国における新たなイノベーションの劣化をもたらすことになる。とりわけ、米国裁判所より強い特許保護を提供し始めた中国をはじめとする諸外国との比較において、このことがいえる。

したがって、国家安全保障上の懸念という「公益」を根拠に排除命令を否定するペンダーALJの決定は、それ自体、国家安全保障上のリスクをもたらすものだ≫

このように、ペンダーALJの「公益」論は、逆に公益に反する「公益の濫用」(abuse of "Public Interest")というわけです。


消えた「公益」論争... 近々の再燃は必至(?)

かなり盛り上がった「公益」論争なのですが、パブコメを募集した委員会の最終決定は、すでに紹介した通り、「クアルコムの特許は無効なため、337条違反が成立せず。ゆえに公益については論ずる必要なし」という拍子抜けの結果となりました(2019.3.26 委員会最終決定)。

しかし、意外と早く「公益」論争が再燃することが見込まれるようです。
やはりクアルコムの特許侵害主張に基づく、上記⑤関税法337条事件(In the Matter of Certain Micro Devices, 337-TA-1093)で、同事件を担当するマクナマラALJは、「アップルによるクアルコム特許の侵害あり、救済措置としては輸入排除命令が妥当」とする仮決定を下しました(2019.3.26)。

専門家は、本件においても、クアルコムとアップル間で輸入排除命令をめぐり「公益」論争が展開されることは必至、と指摘します。たとえば、"Commission Reverses Apple Infringement Finding, Thereby Mooting the Public Interest Inquiry...For Now" (Sandra Badin, Rithika Kulathila, Michael Renaud, James Wodarski   Mintz  (JDSupra 3/29/2019))

正に、ペンダーALJの仮決定が提起した「公益」論争が消えた2019年3月26日に、「公益」論争再燃の種となるマクナマラALJの仮決定が下されました。

引き続き今後の展開を注視したいと思います。関税法337条手続きにおける排除命令と「公益」の問題という狭い範囲でなく、「差し止め救済と米国特許制度の信頼性」という広い文脈で。


4/14/2018   ヨシロー


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