マレーシアイポーたいけんのblog

海外生活8年、外地での驚きや人情に触れる出来事などをつづります。

マレーシアはイスラム教のマレー人、ベジタリアン仏教などの中華系、ヒンズー教のインド系が共存する人種のるつぼ。来るだけでいろいろな発見があります。

イポーは渋滞も喧噪もなくのんびりして、かつ人情あふれる街です。

あなたもイポーの暮らし体験してみませんか?

私のお友達の沈さんが住居、語学学校、旅行、民族の行事参加などお手伝いしますよ。
http://southcountrymalaysia.jp/

戦争中の証言』については複数の方々からフィードバックをいただいた。

「私も同じようなことを聞きましたよ」というものもあったし、中には「マレーシア人はこんなに親日的なのに信じられない」といった反応も返って来た。

 

ナディマ姉さんに聞いてみると、

「それは過去のことだから。それにあの時の軍人は本当の日本人ではないと言われているのよ。朝鮮人日本兵なんかもいたでしょ。」

私の前だから気を遣ってこのように言ったのかもしれない。

「それにあの人たちは仕方なくこんなところまで連れて来られたんだもん。通常の状態じゃあないわよね。」

 

残虐行為については、命令に従わない者は家族ごとターゲットになったそうだ。

『日本軍が来るぞ』という情報が流れると、お母さんは若い娘をジャングルの中に連れて行って、23日、川のそばでテントを張って過ごしたらしい。

 

やはりその時を体験している人たちの中には、今でも日本人や日本製品に対し、抵抗を持っている人もいるということ。

 

実際にナディマ姉さんが東京のマレーシア大使館に赴任することが決まった時(30年以上前のこと)には、親戚の人が、「あなた、日本人怖くないの?」と聞いてきたらしい。

 

遺跡巡りではガイドが、「当時日本人は皆スパイだと言われていた」と言っていた。

ナディマ姉さんは

「それは本当よ。ある日本人のお医者さんがいて、医院はとてもはやっていたけど、結局その人もスパイだったそうよ。」

日本軍に侵入ルートを教えていたのは、駐マレーシアの日本人だったらしい。

 

戦争が始まる前から来ていた日本人は、スパイだった?

というか、ハリマオのように、軍の白羽の矢が当たり、情報を流すスパイになったのではないか?

日本語を勉強しているリーさんは、脳卒中で半身不随になったお母さんの介護を6-7年しているそうだ。お母さんは自力では立つこともできないらしい。

最近日本から来たミエさんが「老人ホームには入れないの?」と聞くと、

「老人ホームに入れると寿命が縮まるから」と言った。

 

「いい介護施設はないの?」と聞くと、

友達のウィさんが、「ありますよ。5つ星並の手厚い介護をしてくれるところがあります。でも、そこは身寄りがない人や、誰も面倒を見てくれる人がいない人だけ入れるんです。」

 

それはすごいことだが、じゃあ、介護をしなければいけない家族の負担は?

マレーシアは30代以上だと比較的兄弟が多い。リーさんは7人兄弟なので、ある程度介護の分担はできるかもしれない。

またリーさんのお母さんの場合、介護は外国人のお手伝いさんを2人雇って手伝ってもらっているらしい。

マレーシアは外国人労働者が安く手に入るのがよいところだ。

 

ナディマ姉さんも息子夫婦と孫2人と一緒に住んでいるが、息子夫婦は共働きで、インドネシア人のお手伝いさんが住み込みで幼い子どもの面倒を見ている。

 

日本もそうなると介護や子育てが少し楽になってよいのに。外国人が多く入ってくることには問題もあるが、クローズアップ現代で若い人が親の介護で身動きが取れなくなっていたのを見ると、余計にそう思った。

 

マレーシアを含み、外国は日本と比べてとても柔軟だと感じる。

食堂では飲み物は普通とても甘いが、「甘さ控えめ」や「砂糖なし」と言うと、対応してくれる。

食事も「辛くないように」や「コリアンダ抜きで」はもちろん、「ココナツミルクは少なく、あずきは大目に」と言ってもOK

 

リリアンは前の晩に残った野菜を持ち込んで、「これもスープ麺に一緒に入れて」と言って注文していた。

 

日本人でもとても外交的にな駐在員が、自分好みのレシピで、店のメニューにはないものを作ってもらったという話も聞いた。

ここまで来るにはもちろんお店の人との信頼関係も必要になることと思うが。

 

リリアンの親戚の誕生日には、予約したレストランに『ケーキを持ち込み』、『冷蔵庫に保管してくれて』出してくれた!

私が驚いていると、

「だってここのレストランにはケーキはないんだからいいのよ。」と言った。

 

以前私はランカウイのツアーに参加したが、パッケージのプログラムを大幅に変えて私たちの行きたいところに連れて行ってくれたこともあった(私と友人の2人だけだったため)

 

日本はサービスがいいと言っても、柔軟性がないと感じる。

ウィさんは福岡の大学の研究室で働き、イポーに戻ってきた。

福岡で有名な川端ぜんざいが彼女には甘い過ぎたので「お湯をいれてください」とお願いすると、逆に店主に叱(しか)られたらしい!

店主のプライドが許さなかったのだろうか。

 

日本以外の外国では『ダメ元』でお願いしてみると、案外それが叶えられるかもしれない。

 

 


このページのトップヘ