「うん、これだな。」
「どれ?」
苦しみがあればあなたと共に苦しみ、あなたに悲しみがあればあなたと共に苦しむものがここに一人いる事を忘れないでください。
僕は戦ってみせます。
どんなにあなたが傷ついていても、僕はあなたをかばって勇ましくこの人生を戦って見せます。
僕の前に事業が、そして後ろにあなたがあれば、僕は神の最も小さい僕(しもべ) として人類の祝福のために一生をささげます。
「これが一番気に入った。」
「どうして?」
「文中にもあるけど、この言葉自体が勇ましいから。猛々しく、強さを感じる。僕(しもべ)となってでも人類の祝福のためって言ってるけれど、人類すべてって言葉で「あなた」を表現しているようだから。」
とてもよく理解できた。観点が同じだからだ。
特に、「人類すべてが『あなた』を表現している」は一般的に考えてもそうかもしれないが、俺もそうであればいいと願ったから。
一瞬言葉に詰まって、動揺を隠すことに重点を置くことにした。なんとなく恥ずかしいのか、悟られたくない。
「あー、一点指摘みたいなもんがしたい。」
「何?」
なんだか駿も楽しそうだ。
声色も表情も一番に輝いている。
「『事業(じぎょう)』って読んだろ?多分だが、読み方は(じぎょう)ではない。」
「なんて読む?」
「実際の本文にルビ・・・ふりがなのことな、が振っていなかったから正解は分からないが、調べたら事業には他に読み方があって」
「なになに!?どんなの!?」
食い気味・・・そこまで気になるのか。まぁ調べた俺も大概だが。
「(しごと)ってのがあった。」
「事業と書いて(しごと)と読ませるんだ。まぁ、読もうと思えばそうも読めるな。」
この時、「勝った」と思ってしまった。同時に「掛かった」とも。
「それだけじゃない。」
「ん?」
「事業と書いて(ことわざ)と読むんだ。」
「それだぁぁぁ!!!」
その時眼前に、声色にも表情にも負けないくらい目をひときわ大きく輝かせる、満面の笑顔があった。
「それだな!だって読める!事業(ことわざ)って読める!」
「おっ、おう、ちょっと落ち着け。」
奇麗と思ったのは一瞬で、興奮している様子に思わず戸惑ってしまった。
こういう時こそよっぽどたじろいでしまうんだよ。と冷静に思った。
「あぁ、ごめん。嬉しくてさ。だって、漢字の意味としてもぴったりだ。」
「俺も知ったときは『これだ!』って思ったな。漢字の意味分かるのか?」
冷静にと言い聞かせることに精一杯だった。
「事(こと)は『出来事』や『事象』だろ?んで業(わざ)は『ごう』つまり『前世での罪への現世の報い』だから」
「そう!例え、前世の罪への報いが今目の前にあったとしても、後ろにあなたがいれば戦って見せるって言ってんだよ!」
あかんかった・・・
「しかも(ことわざ)って読み方も良い!」
「そうなんだよ!読み方も良いよな!これ見つけた時、もう俺嬉しくてさぁ!今お前に言う時も『掛かったな』と思ったもん!」
「やられたよぉ、(しごと)なんて在り来たりだと思ったからさぁ。」
「だろ!?」
突然、駿が大きな声で笑い出した。
俺はさっき以上にたじろいでしまった。
「ど、どうした?」
「楽しくってさぁ。笑うしかなかった。」
「あっ、あぁ、そうか。」
落ち着きを取り戻した俺は恥ずかさで一杯になってしまった。
「春雪は楽しい?」
恥ずかしかったのは確かだが、こう言う時くらい素直になるべきなのだろう。
「うん・・・すっげぇ楽しい。」
「その方が良い。」
「ん?」
「春雪は含みのある笑い顔より、今みたいな笑顔が良いよ。」
お前の笑顔には、敵わないよ。
それは言えなかった。そんなの恥ずかしさで死んでしまう。
「じゃあ次は春雪のお気に入りを教えて。」
「俺はそうだなぁ。」
本の全ての文言を覚えている訳ではないので、本を手に取り、少し見渡してみた。
でも、今の気持ちに合ったものなら。
「これかな。」
あなた様なしには 私の今後の芸術は成り立ちませぬ
もし あなた様と芸術とが両立しなければ
私は喜んで芸術の方を捨ててしまいます
「が、一番好きかな。」
「俺もこれ好きだ。どうしてこれが一番だと思った?」
「やっぱり、投影出来るから。俺にとっての芸術って、『言葉』や『文章』だけど、それが出来ないくらいに「言葉で表せられないくらい」に人を好きになれたら、それ以上の「I Love You」は無いかな。」
「でも、それが出来たら、「言葉」を捨ててしまうんだ?」
「うん。仮の話だがな。そんくらい、人を愛してみたい。言葉に出来なくって、だから言葉なんて捨ててしまってもいいと思えるくらいに、深く人を愛してみたい。」
「素敵だな。さっきのとは違う、これは慈しみと一途さを感じる。」
涙が出てしまいそうだった。なんの涙か分からない。
絶対泣きたくなかった。涙は心の敗北と聞いたことがあったから。
「じゃあ、そこまで深く人を愛したことが無いんだ?」
核心を突く質問だった。
「そう、だな。無いよ。」
突かれた核心が、酷く、傷んだ。
「結局俺は、言葉無しでは生きていけない。そんな世界では生きられないのかも。」
俺は「I Love You」が言えないと言っているようなもんだった。
「ほらな。」
「なにがだよ、馬鹿にしてんのか?」
「違う。俺達やっぱりよく似ている。」
切なくなった。全然違う。選んだ言葉が全然違う。
お前は「戦う」を選んだ。
俺は「捨てる」を選んだ。
そこには隔たりがあるように思えて仕方ないんだ。